最後の出会いと別れ

氷上ましゅ。

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5話。

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由真さんは一拍置いて息を吐いて言った。

「で?君も自殺しに来たんでしょ?」

松尾は小刻みに震えるように数回頷いた。
由真さんはその目を伺うように見て言う。

「そっか。でもまだ死ぬ気じゃ無いみたいだね。
だってキャンバスは立てられてるし。
絵の具とかも用意しかけてるし。」

松尾は視線を下に動かしながら口を開いた。

「え…あ……  …
えっと、こっ、この、食べ物が尽きたら、もう、
あ諦めて、しっ死ぬ……つもり………です……」

松尾は歯をガタガタ震わせながらそう言った。
とてつもなく不安そうだった。
私はその大きな背中にポンと右手を置いた。

「大丈夫。人間いつかは死ぬんだから。
どう足掻いても、それは変わらないんだから。
それを自分で決めるのって、別に悪い事じゃないと思うの。だから落ち着いて。深呼吸。」

松尾は音がするくらい深く呼吸した。
でもやっぱりまだ身体の震えは止まらなかった。
私は話題を少し逸らした。

「そういえば、君たちどうやってここに来たの?
今日普通の月曜だけど。私は有給使った。」

由真さんは真顔で言った。

「いえ、僕は学校に電話も入れずに来ました。
ズル休みですね。」

それはズル休みじゃねぇよゆましょー…
松尾も「ぼ…僕も……です」と言った。
こんな表現使いたくないが、今の子はそういうのに割とラフな様だ。
まぁ私の学生時代よりは良い時代になったなー…と呑気に考えていたら、湖の方から何か重いものが落ちるような音がした。
ふとそちらに目をやると、そこにはさっき同じバスに乗って寝ていた少年のヘッドフォンが浮いていた。
静かに血の滲んだ波紋が広がる。
すると下からぬっと手が伸びてきてそれを掴み、また沈んで行った。
決断早ぇ…と思いながらふと松尾を見た。
松尾は目を見開いて、口を閉じ、両手で服の真ん中辺りを握りしめ、その光景を目に焼き付けているようだった。
私は驚いた。対照的に由真さんは、「ああ、落ちた」とでも言うように真顔でそれを無情に眺めていた。
松尾は少し歩いて、小型のイーゼルを立ててキャンバスを置き、筆箱やビニール袋を地に置いて、そのまま絵を描き始めた。
さっき怯えていたような姿はまるで別人かの様に、右手で力強く、それでも繊細でなだらかな線をえがいている。
由真さんはその様子を物憂げな瞳で、睨む様に見ていた。
私はその様子に少し違和感を覚えながら、また湖を見た。
少年のものと思われる血が、水に溶けながら沈んで行く。
紅い、紅い血の中に、影が見えた。
もがく事もせず、ただひっそりと死を受け入れる様に沈んで行くそれは、デッサン人形かの様に動く事をしなかった。
それを見た時、高校の旧校舎の美術室で見た、腕の一本欠けたデッサン人形を思い出させた。
木目が浮き上がって、所々欠けている、不完全な姿でそれは放置されていた。
そこまで思い出した時、鼻先を薄い鉄の匂いが掠めた。
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