短編集:人間憐情

氷上ましゅ。

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アガベと向日葵

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私は神である。
効力は、「人の望みを叶えること」。
病だろうと、恋だろうと、結婚だろうと、殺害だろうと。
私は望まれたらなんでもやる。
それで、人から感謝されるなら。
また私のまつられた祭壇に人がやってきた。

「……老父か。」

退屈だ。何も変わり映えがしない。
せめて美少年だとか子を抱いた若い壮年の女だとかが来れば良いのだが、なんせ来たとして、やれ恋だ、やれ鬱だ、やれ人間関係だ、やれ浮気相手だ………
もう少し夢を見せてくれよ。
そう頭の中でほざいていたら老父が私の像の前に跪いた。

「アガベ様、どうか、どうか私を若く逞しかった頃の姿に、戻してはくれませぬか」

なんだつまらない!
私は脳内でそう叫んだ。

“何故だ?”
「私は……私は、若い頃は酷く女から好かれていたのであります。
「向日葵の様な美少年」という二つ名まで付きました。
あの頃の私は美しく、そして爽やかであったのであります。」

なんだただの自画自賛じゃないか。
人間は何度こう自分をよく見せたら気が済むのだろうか。

「……私には妻が居ます。
もう歳も尽きかけて、いつ息を引き取るのかわからない状態であります、」

老父は声を震わせてそう言った。

「なので、私の若い頃を、妻が、この頃がいちばん良かったと言っていたあの頃の姿を、見せてやりたいのです。」

………“ほう?”

なんだ、ならその姿を見て見ぬ事には判断は出来ないでは無いか。
何故か心が昂ってくる。

“良いだろう、但し一つ条件を付ける。”

老父はハッと顔を上げた。

“私にその「向日葵のような美少年」とやらを見せてくれ。”

老父は軽く瞳を震わせ言った。

「承知致しました。」

私は老父に姿を見せないようにして、老父の前に降り立った。
老父の肌は酷くこけて色褪せ、眉と髭は真っ白の伸びっぱなし。おまけに眼は澱んだ灰色をしている。
まるで生きる希望を失くした老人の様だ。
私はそれの望みを叶えてやった。
右手をかざし、ある種の加護を授け、目の前のそれをそれののたまう若き頃の姿へと戻した。
私はそそくさに上に戻ろうとしたが、目の前の光景に私は目を疑った。

痩せこけた肌は美白と言うに相応しい健康的な肌に変わり、背筋は伸び、黄金を映したような少しうねった髪はしっかりと格好の良い様に整えられ、眼には輝きが戻り、瞳は美しい青灰色に輝いていた。
そして何より、彼の顔は美そのものを映し出したらこうなるのでは無いかと言うほど端正で無駄の無い造りをしていて、口角は律儀に下を向いていたがそれでも尚無愛想と感じさせない何かが宿っている様な気がした。
程よく肉付いた腕や脚の節々は全てが完璧で、けれど人間に無い気持ち悪さを纏ったように伸びすぎているということも無かった。

老父だったそれは長いまつ毛を揺らして瞬きを2回した。そしてその後に目を文字通り輝かせて、私の像の顔を見上げた。

「嗚呼、嗚呼!アガベ様、ありがとうございます!
これで妻の最期を、妻の一番だったひと時を思い出させる事が出来ます!
嗚呼、まるで魔法の様だ!ありがとうございます、
ありがとうございます!」

老父だった少年はそう明るく声を張ると、何度も何度も私に頭を下げたあと、その形の整った脚で足音を軽快に立てて走って行った。

「…………なん、という…」

私はそう言いかけて自分の目が老父に釘付けになっているのに気付き、一度自分の足元を見た。
私の足は神らしく、基本地上から浮くような造りになっていた。
けどあの老父、いや青年は軽やかに私の祭壇をかけて行った。
黄金の髪をなびかせ、白い腕を動かしながら。
私は酷くあの青年を気に入ってしまっていた。
あれは正しく、彼の言った「向日葵のような美少年」、それそのものだった。
私は彼の後を追い、彼の妻の居る彼の自宅を覗いた。
青年の姿となった老父は必死に寝たきりの老婆の手をさすっていた。
何時間も何時間もそうしている内に、やがて老婆が息を引き取った事がわかった。
青年の瞳から涙が零れる。
端正な顔が歪んでも尚、それは美しさを平然と保って涙と調和し合っている様に感ぜられた。

「美しい…」

私の口から出た咄嗟のひとことだった。
私はその涙を黄金に変えた。
青年は自分の涙がみるみる金に変わって行くのを触覚で感じて、尚更涙を流した。
私はその様子をじっと凝視ていた。
すると彼は妻の手を離すと、家の中を少し歩いた。
彼は机の引き出しから何かを取り出した。
─────────短剣だった。
彼はそのまま短剣を自分の首元に勢いよく突き刺した。
咄嗟の事で、私はそれを止めることが出来なかった。
彼はすぐさま息絶えた。
けれど彼の身体は向日葵のような美少年のままだった。
私はその遺体を拾い上げて、どうにかして神にしようと試みた。
私の効力は、人の望みを叶えること。
だが私は生憎、「」では無かった。
先程の望みは何処かの誰かの妄想で、それがほぼ奇跡的に私の手の届く範疇に居た彼に運良くかかっただけだった。
私は酷く困惑した。
私の瞳から大粒の涙が零れた。
彼の傷口にそれが落ちた。
その時遠くに人の声が聞こえた。

「お願い誰か!!」

私の涙は無数の光となって彼の首に巻きついた。
不意に笑顔になったのが自分でもわかった。
光が消えると、向日葵は目を覚ました。
私は彼にそのままの状態で言った。












「どうか私の、となってはくれないか?」
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