老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴

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クルムロフ城

第93話:遅すぎる勝利

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 クリアが死を覚悟した瞬間、少し離れた場所で右肩を抑えているフォローの呻《うめ》き声が、微《かす》かに耳に届いた。
 『いいか、クリア。絶対に諦めるな。どんなに惨めでも必死に最後まで足掻《あが》け――』
 過去の記憶がふと蘇る。フェローの教え。今はアームの攻撃を受けて倒れているが、ここで自分が諦めると二人とも死ぬ。
 そんな恥ずかしいことは出来ない。そして、

「――アクアさんが、本当に蘇ると思ってるの?」

 とにかく追撃されないように、シェルに本音で、そして相手の心を揺さぶろうと、対話を求めた。アームは、なにいってんだ? と眉をしかめたが、シェルは、

「……どういう意味だ」

 その誘いに乗って口を開いた。
 今はとにかく時間を稼ぐ。そうすれば、きっと師匠はふたたび動けるようになる。例え手足がもがれても、頭だけで相手を噛み付くような人だ。絶対にあんな攻撃で終わるわけがない。

「おい、シェルこいつ時間かせ――」
「黙れ!」

 アームの言葉を遮るように、シェルが叫んだ。続けて、

「それはどういう意味だ? クリア」

 折れた魔法の杖をぎゅっと握りしめながら、少しだけ震えているのを悟られないように抑えつけた。

「――ヴェルネルさんとセーヴェルさんが、今朝私たちの前に現れたの。それで、シンドラは死んだ人を蘇らせていたわけじゃなくて、死霊使《ネクロマンサー》い。だということもわかった。だから、アクアさんが蘇ったとしても、すぐに死んでしまう。見せかけの希望で、あなたの欲望で……」

 クリアは少しだけ口調を落として申し訳なさそうな声をしたが、

「アクアさんを悲しませてはいけない」

 最後だけはハッキリとした声で、しっかりとシェルの目を見据えて言い切った。体の震えはもう止まっている。
 シェルが表情を曇らせていると、その横でアームが居ても立っても居られないと、

「うるせえんだよ、早く死にやがれ――!」

 獣のように跳躍してクリアに突進した――

「クリア!」

 その時、遠くからフェローの叫び声が聞こえた。倒れたまま何かを投げた。
 クリアはそれを受け取り、

「な、なにぃ!?」

 アームの攻撃を受け止めた。驚いて、アームが後ろに下がる。クリアが受け取った物、それはフェローがいつも使っている鞭。そして、ビュンビュンと勢いよく振り回した。
 決して練習していたわけではない。いつも間近でフェローの動きを視ていた。ただ呆然《ぼうぜん》と隣に立っていたわけじゃない。

 一人の相棒として、いつどんな状況でも戦えるように、想定してきた。
 それが今、生きた。

「私は最後の最後まで、――諦めない」

 クリアのその目、覚悟と決意の瞳を見たシェルは――剣を握りしめて――構えた。

「へっ、お前も鞭野郎かよ、じゃあ死にな――」

 アームもふたたび魔力を漲らせた。シェルもクリアに向かって地を蹴ろうとした瞬間――

「やめろ、アーム!」

 城てっぺんの近くにある、小さな小窓、城内からレッグの声が聞こえた。すると、その小窓からアイレたちが現れた。
 アームは怪訝《けげん》そうな顔をしながら、怒り口調で、

「ああ? どいうことだよ!? ――てめぇら、カルムはどうした?」

 その言葉に、アイがゆっくりといつものように無感情で、

「もう終わり。カルムは死んだ。今は矛《ほこ》を収めて」

 ハッキリと、そして丁寧に言った。アームは「はぁ、ふざけんなよ」とキレていたが、意外にも大人しく言うこと聞いた。
 三人はお互いの話は必ず聞く。それは信頼の現れにも思えた。

 そして、剣を握りしめてクリアに向かって攻撃をしようとしていた瞬間を、

「シェル……」

 複雑な想いで、アイレはそれを見てしまった。シェルは唇を強く噛んでから、

「僕は……信じない……。もう、戻れないんだ!」

 城のてっぺんから飛び降りるように、その場から消えた。すぐにアイレが後を追ったが、すでに姿はなかった。
 壁には剣で抉《えぐ》れた深い縦筋が残っており、おそらくアズライトやアイレのように落下の慣性を緩めたことだけはわかった。

 だが、クリアの言葉もシェルには届くことはなかった。

「……」

 シェルの姿を探すように、城のてっぺんから見下ろしていたアイレは無言で振り返ると、インザームたちが無事を確かめるために駆け寄っていたフェローの元に走った。
 痛みで肩を抑えているが、それ以外は無事のようだった。アームは、俺は悪くないもんと少しふてくされていた様子だったが、少しだけ申し訳なさそう顔もしていた。
 やはりこの三人はどこか悪人には見えない。

「インザームさん、……大丈夫です。あたしは魔族と人間のハーフなので、少し休めば……戦えるようになります。それよりも、魔法具を」

 その言葉で、レッグ、アーム、アイの明らかに表情が変化したが、誰もそのことに気が付くことはなかった。
 フェローは痛みで指を指すことができずに、視線だけで魔法具の位置を伝えた。全員がそれに振り向くと、アズライトがいち早く駆けあがった。
 これで、シンドラの位置が……。少しだけ不安と、そして期待を抱きながら、アズライトは剣で魔法具を粉々に切り裂いた。

 しかし……。

「フェア、どうだ!?」

 アイレが叫んだ。魔法具は粉々に砕かれたものの、シンドラの位置は……。

 ――特定できなかった。それどころか、ほかに魔力の痕跡すら感じない。ルチルもレムリのもだ。さっぱり意味がわからなかった。
 するとアイレが、ヴェルネルの胸ぐらを勢いよく掴む。 まだここは城のてっぺんで、落下しそうになり、全員が危ないと注意をしたが、構わず。

「おい、ヴェルネル! どういうことだよ! てめぇ、嘘ついていたのか!?」
「そ、そんなわけがない……。僕も……セーヴェルもわかっていた。ここに……ここにいることは……いや、もしかすると……」

 ヴェルネルが困惑した表情を見せたとき、フェアが小さく囁いた。

「……魔力が……今魔力が感知できた……」
「どこだ!?」

 ヴェルネルの胸ぐらを掴んだまま、顔をフェアに向ける。なぜかその表情は浮かないようで、誰にもその意味がわからなかったが、クリアだけは同じく気が付いていた。

「これは……」

 フェアが答えづらそうに、間を空ける。そしてクリアが、

「これは……レムリさんの魔力……だけど……シンドラの魔力もなぜか……一緒に、同じ人から感じます」

 その言葉が意味するのはただ一つ。すでに、シンドラはレムリを乗っ取り、身体を奪っているという事実だった。
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