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若き龍の目醒め 3
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そうだ。自分が死んでは雪が悲しむ。そうなっては、雪の笑顔を守る、という誓いが破られることになるのだ。
玖朗は、目を閉じて一度だけ深いため息をつき、竹田が差し出した刀を受け取った。
「……わかりました。これは預からせていただきます」
そう言って玖朗は受け取った刀を自分の左脇に置いた。
「あぁ、そうしてくれ。お前さんまで殺されちまったら目覚め悪りぃしな」
「重ね重ねのご厚意ありがとうございます」
「なに、いいってことよ!俺とお前の仲じゃねぇか!」
(さっき袖すりあっただけの仲だって言ったじゃん!?)
『玖朗』の精神に同調している『九郎』が心の中でツッコむ。ツッコんだところで相手には聞こえていないとはわかっていたが。
「んじゃ本当にそろそろ帰るわ」
そう言って竹田は靴を履き終え、家の外に出る
「では、外まで見送りをさせてください」
受け取った刀を戸棚にしまい、家の外に出たところに、頭に三角巾をかぶり大きなカゴを持った雪が、庭の畑から戻ってきた。
「あら?もうお帰りになるのですか?今から昼餉ひるげの支度をしますので、よろしかったらご一緒にいかがです?」
帰ろうとする竹田に気づいた雪は、持っていたカゴを地面に置いて昼飯を誘う。
「いえいえお構いなく。まだ仕事が残っているので」
「左様でございますか……?何もお構いできなくて申し訳ございません」
遠慮する竹田に頭を深々と下げる雪。
「いやいや、オレの方こそなんか押しかけたみたいで申し訳ない。」
竹田は笑顔で突然の訪問を雪に謝った後、こう続けた。
「今度二人で東京に遊びに来るといい。うまい西洋料理の店があるんだ。奢るぜ?」
「まぁ!東京でございますか!?ぜひ一度行ってみたいです!」
両手を合わせ、東京という言葉に顔を輝かせる雪。明治になり江戸は東京と名を変え、この国でもっとも人が集まり栄えている。
「玖朗様!私、東京に行って『どれす』なる着物を着てみたいです!」
雪は以前、東京では外国の服を着て外を歩くのが今、女性の間で流行っていると山を降りた先にある町の知り合いの団子屋の娘に聞いて以来、ずっと西洋の服に憧れていたのだ。笑顔で玖朗の腕を掴み、ピョンピョンと跳ねてまだ見ぬ東京に思いを馳せている雪。
「こら雪、お客様の前だぞ?」
玖朗は、はしゃぐ雪を優しくたしなめる。
「あっ……!こ、これは、た、大変失礼いたしました……」
玖朗にたしなめられて、顔を真っ赤にしてゴニョゴニョとする雪。
「ハハハハハ!いやいや、実に可愛い奥方だ!こんな可愛くて美人な嫁さんをもらった玖朗は幸せ者だな!?」
「そ、そんな……」
竹田の言葉に雪は、赤い顔を更に赤くして身を縮こまらせる。
「あまりからかわないであげてくださいよ?」
「からかっちゃいねぇさ!本心からそう言ったまでさ!」
竹田は豪快に笑った後、何かに気が付いたかのように、懐ふところから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「おっと、そろそろマジで行かねえとやべぇや!そんじゃな、玖朗!」
別れの挨拶をしながら帰路へと向かう竹田。
「はい、色々とありがとうございました!」
「雪さん!玖朗と幸せになれよ!?」
「はい!でも私はもう十分、幸せ者ですから!」
「ハハ!そりゃ余計なお世話だったな!」
こうして竹田は東京へと帰って行った。
「気持ちのいい方でしたね……?」
竹田が見えなくなるまで玄関で見送った後、雪は玖朗にそう呟いた。
「そうだな……」
雪の言葉に頷く玖朗。
「さて……、それでは私は、昼の支度をしますね?」
そう言って家の台所に向かう雪。
「頼む。あ、そうだ雪」
「はい?」
呼び止められて雪は玖朗の方へと振り向く。
「昼を済ませたら、今日は町へ行こう」
「ん?どうしたのですか?急に」
玖朗の、突然の誘いに首を傾げる雪。玖朗は仕事以外では、あまり出かけるような性格ではないからだ。
「前に手鏡が欲しいと言っていただろう?買いに行こう」
「買っていただけるのですか!?」
「おいおい、そんなに驚くことか?」
嬉しさのあまり、思わず抱きついてきた雪を抱き止める。
「だって玖朗様から、何かを買って下さると言われたのは初めてのことでございますよ?」
「む、そうだったか?」
「はい、明日は雨どころか槍が降ってもおかしくありません!」
雪は玖朗の胸に顔を埋うずめながら、そんな冗談みたいなことを真顔で言う。
「そうか、それは済まなかったな」
今までどれだけ雪に、退屈な毎日を過ごさせていたかと思うと、自分が情けなくなってくる。自分の甲斐性のなさを素直に謝る。
「いえ、よいのです。今こうして玖朗様にずっと欲しかった手鏡を買っていただけるのですから……。今日は目一杯おめかしをしなくてはいけませんね!」
そう言って玖朗の体から離れ、鼻歌を唄いながら、雪は家に入っていく。
「出かけるのは昼飯を食べてからだぞ?」
「はい!すぐに作りますね!」
スキップしながら、台所へと向かう雪を横目に見ながら、玖朗は竹田から預かった刀を戸棚から出して手に取る。
(また、刀を抜かなければならないときが来るのだろうか?)
竹田の好意の手前、受け取りはしたが、やはり刀を持つことには抵抗がある。こうして刀を眺めていると、新撰組零番隊の隊士として、毎日のように血の雨を降らしていた、あの動乱の日々を思い出してしまうのだ。
あの頃の日々があまりに強烈で、今の平和な生活が霞かすみのようにぼやけてくる。
だが、かつての仲間が次々と殺した犯人が、次は自分を狙ってくるかもしれない。
(背に腹は代えられない、か)
そう、万が一その犯人が襲ってきた時、雪に危害を加えないとは限らない。その時は自分が雪を守らなくてはいけない。
そのためにはこちらにも備えは必要だ。贅沢は言っていられない。そう自分を無理やり納得させて、手に持った刀を戸棚の奥にしまう。雪にはこのことを内緒にしておくことにした。
いつ襲われるのかもわからないのに、余計な心配をかけたくない。
「玖朗様!」
玖朗が一人で考えに耽っていたところに、台所で鼻歌を唄い、踊るように昼食を作っていた雪が台所から顔だけ出して玖朗に声をかけた。
「ん?」
「この藍色のリボンと桜色のリボン、どちらが似合うと思います?」
そう言って、雪は両手に持った、色鮮やかなリボンを二つ見せて笑顔で玖朗に聞く。
「どちらでもよく似合う……って、何か焦げ臭くないか?」
異臭に気が付き、台所を見てみると黒い煙が立ちこめていた。
「あーーーー!!」
雪も台所の異変に気が付き、慌てて台所へと走る。
「やれやれ……」
そんな雪を苦笑しながら見守る玖朗であった。
玖朗は、目を閉じて一度だけ深いため息をつき、竹田が差し出した刀を受け取った。
「……わかりました。これは預からせていただきます」
そう言って玖朗は受け取った刀を自分の左脇に置いた。
「あぁ、そうしてくれ。お前さんまで殺されちまったら目覚め悪りぃしな」
「重ね重ねのご厚意ありがとうございます」
「なに、いいってことよ!俺とお前の仲じゃねぇか!」
(さっき袖すりあっただけの仲だって言ったじゃん!?)
『玖朗』の精神に同調している『九郎』が心の中でツッコむ。ツッコんだところで相手には聞こえていないとはわかっていたが。
「んじゃ本当にそろそろ帰るわ」
そう言って竹田は靴を履き終え、家の外に出る
「では、外まで見送りをさせてください」
受け取った刀を戸棚にしまい、家の外に出たところに、頭に三角巾をかぶり大きなカゴを持った雪が、庭の畑から戻ってきた。
「あら?もうお帰りになるのですか?今から昼餉ひるげの支度をしますので、よろしかったらご一緒にいかがです?」
帰ろうとする竹田に気づいた雪は、持っていたカゴを地面に置いて昼飯を誘う。
「いえいえお構いなく。まだ仕事が残っているので」
「左様でございますか……?何もお構いできなくて申し訳ございません」
遠慮する竹田に頭を深々と下げる雪。
「いやいや、オレの方こそなんか押しかけたみたいで申し訳ない。」
竹田は笑顔で突然の訪問を雪に謝った後、こう続けた。
「今度二人で東京に遊びに来るといい。うまい西洋料理の店があるんだ。奢るぜ?」
「まぁ!東京でございますか!?ぜひ一度行ってみたいです!」
両手を合わせ、東京という言葉に顔を輝かせる雪。明治になり江戸は東京と名を変え、この国でもっとも人が集まり栄えている。
「玖朗様!私、東京に行って『どれす』なる着物を着てみたいです!」
雪は以前、東京では外国の服を着て外を歩くのが今、女性の間で流行っていると山を降りた先にある町の知り合いの団子屋の娘に聞いて以来、ずっと西洋の服に憧れていたのだ。笑顔で玖朗の腕を掴み、ピョンピョンと跳ねてまだ見ぬ東京に思いを馳せている雪。
「こら雪、お客様の前だぞ?」
玖朗は、はしゃぐ雪を優しくたしなめる。
「あっ……!こ、これは、た、大変失礼いたしました……」
玖朗にたしなめられて、顔を真っ赤にしてゴニョゴニョとする雪。
「ハハハハハ!いやいや、実に可愛い奥方だ!こんな可愛くて美人な嫁さんをもらった玖朗は幸せ者だな!?」
「そ、そんな……」
竹田の言葉に雪は、赤い顔を更に赤くして身を縮こまらせる。
「あまりからかわないであげてくださいよ?」
「からかっちゃいねぇさ!本心からそう言ったまでさ!」
竹田は豪快に笑った後、何かに気が付いたかのように、懐ふところから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「おっと、そろそろマジで行かねえとやべぇや!そんじゃな、玖朗!」
別れの挨拶をしながら帰路へと向かう竹田。
「はい、色々とありがとうございました!」
「雪さん!玖朗と幸せになれよ!?」
「はい!でも私はもう十分、幸せ者ですから!」
「ハハ!そりゃ余計なお世話だったな!」
こうして竹田は東京へと帰って行った。
「気持ちのいい方でしたね……?」
竹田が見えなくなるまで玄関で見送った後、雪は玖朗にそう呟いた。
「そうだな……」
雪の言葉に頷く玖朗。
「さて……、それでは私は、昼の支度をしますね?」
そう言って家の台所に向かう雪。
「頼む。あ、そうだ雪」
「はい?」
呼び止められて雪は玖朗の方へと振り向く。
「昼を済ませたら、今日は町へ行こう」
「ん?どうしたのですか?急に」
玖朗の、突然の誘いに首を傾げる雪。玖朗は仕事以外では、あまり出かけるような性格ではないからだ。
「前に手鏡が欲しいと言っていただろう?買いに行こう」
「買っていただけるのですか!?」
「おいおい、そんなに驚くことか?」
嬉しさのあまり、思わず抱きついてきた雪を抱き止める。
「だって玖朗様から、何かを買って下さると言われたのは初めてのことでございますよ?」
「む、そうだったか?」
「はい、明日は雨どころか槍が降ってもおかしくありません!」
雪は玖朗の胸に顔を埋うずめながら、そんな冗談みたいなことを真顔で言う。
「そうか、それは済まなかったな」
今までどれだけ雪に、退屈な毎日を過ごさせていたかと思うと、自分が情けなくなってくる。自分の甲斐性のなさを素直に謝る。
「いえ、よいのです。今こうして玖朗様にずっと欲しかった手鏡を買っていただけるのですから……。今日は目一杯おめかしをしなくてはいけませんね!」
そう言って玖朗の体から離れ、鼻歌を唄いながら、雪は家に入っていく。
「出かけるのは昼飯を食べてからだぞ?」
「はい!すぐに作りますね!」
スキップしながら、台所へと向かう雪を横目に見ながら、玖朗は竹田から預かった刀を戸棚から出して手に取る。
(また、刀を抜かなければならないときが来るのだろうか?)
竹田の好意の手前、受け取りはしたが、やはり刀を持つことには抵抗がある。こうして刀を眺めていると、新撰組零番隊の隊士として、毎日のように血の雨を降らしていた、あの動乱の日々を思い出してしまうのだ。
あの頃の日々があまりに強烈で、今の平和な生活が霞かすみのようにぼやけてくる。
だが、かつての仲間が次々と殺した犯人が、次は自分を狙ってくるかもしれない。
(背に腹は代えられない、か)
そう、万が一その犯人が襲ってきた時、雪に危害を加えないとは限らない。その時は自分が雪を守らなくてはいけない。
そのためにはこちらにも備えは必要だ。贅沢は言っていられない。そう自分を無理やり納得させて、手に持った刀を戸棚の奥にしまう。雪にはこのことを内緒にしておくことにした。
いつ襲われるのかもわからないのに、余計な心配をかけたくない。
「玖朗様!」
玖朗が一人で考えに耽っていたところに、台所で鼻歌を唄い、踊るように昼食を作っていた雪が台所から顔だけ出して玖朗に声をかけた。
「ん?」
「この藍色のリボンと桜色のリボン、どちらが似合うと思います?」
そう言って、雪は両手に持った、色鮮やかなリボンを二つ見せて笑顔で玖朗に聞く。
「どちらでもよく似合う……って、何か焦げ臭くないか?」
異臭に気が付き、台所を見てみると黒い煙が立ちこめていた。
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「やれやれ……」
そんな雪を苦笑しながら見守る玖朗であった。
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