ドラゴン・ゾルダード~二つの魂~

ばくだんいわ

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若き龍の目醒め 6

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 二つの影に、気付いた玖朗は立ち止まり、雪もそれに倣う。
 その二つの影は、やはり白い仮面を被り忍び装束を着用して、背中には小振りの直刀を背負っていた。

「忍か……」

 その二人組の忍者は、無言で背中の得物を抜いて構えた。進路は塞がれ、後退すれば敵の大軍が待っている。

(腹を括るしかない……か?)

 覚悟を決め、刀の鯉口を切る。
 だが手が震え、柄を握ろうとする右手は汗でべっとりと濡れている。

 恐い……。

 今までこんなに戦うことが恐ろしいと思ったことはない。
 それは刀を握ることへの恐れなのか、それとも再び人を斬るという恐れなのか。

「玖朗様、私も――――」

「下がっていろ……」

「……はい」

 何かを言い掛けたその言葉を、玖朗に遮られ、それを素直に従う雪。近くの木の陰に隠れた雪の姿を確認した直後、二人組の忍者が玖朗に向かって走り出してきた。
 仮面の二人は左右に、それぞれ飛び上がり、右に飛んだ忍者は苦無くないを、そして左に飛んだ忍者は重りのついた鎖分銅くさりふんどうを玖朗に投げつけた。
 自分に向かって投げられた苦無を、難なく刀が納められた鞘で弾き飛ばし、伸びてきた鎖分銅を左腕で受け止めた。

 鎖が首に巻き付かれるのは何とか回避したが、左腕に巻き付き封じられ、お互いに鎖を引っ張り合っているので、動きが取れない。互いの力が拮抗し、ピンと張り詰めた鎖が小刻みに震えている。
 その隙にもう一方の忍者が刀を構え、玖朗に襲いかかる。

「……チィっ!」

 小さく呻いた玖朗は左腕に込めた力を一瞬抜いて、相手のバランスを崩させ、引っ張られた鎖を緩ませる。支えるものをなくし、バランスを崩した忍者を玖朗は見逃さずに、緩んだ鎖を力いっぱい両手で引っ張り、自分の元へと引き寄せた。強制的に引き摺られる形となった忍者は、玖朗の目の前まで来たところで、玖朗の左手に持った刀の柄尻にこめかみを殴られて昏倒した。
 続けざま、直刀の切っ先を玖朗に向けて刺突を繰り出そうとする、もう一人の攻撃を上体を反らして避け、忍者の右手首を逆手に持ち、空いた左手で胸ぐらを掴み相手の遠心力を使って背負い投げするように地面に叩きつけた。
 受け身も取れないまま地面に叩きつけられた忍者は、肺の中の空気を一気に吐き出し、呼吸困難になったところに玖朗は相手のみぞおちへ体重を乗せて鞘ごと打ちつけた。みぞおちを打たれた忍者は、その激痛に悶え気絶する。

(強い……)

 玖朗の戦いを視ていた九郎は、素直にそう思った。
 前の林の戦いでも視ていたが、素手でも玖朗がこれほど強いとは、正直驚いた。体格は自分と同じで小柄なのに、大の男を傷一つ負わずに倒してしまった。

『これなら絶対逃げられる!頑張れっ、玖朗!!』

 戦いが終わり、襟を正す玖朗の下へ、雪が駆け寄ってきた。

「玖朗様、お怪我は――っ!?」

 鎖を巻きつけられ、赤黒く充血した玖朗の左腕を見て、雪の顔色が変わる。

「大したことはない。すぐに治る」

「でも……」

 赤黒くなった玖朗の左腕に、ソッと指先で触れ、心配そうな顔で見つめる雪。

「本当に大丈夫だ、それより先を急ごう」

 そう言って先を歩き出す玖朗。
 未だに心配そうな顔をしていた雪だが、本人に大丈夫と言われればこれ以上、追求することもできず 、黙って玖朗の後を追う。
 もうどれぐらい歩いただろうか。
 空は暗く、山の中では方角も分からないが、山を降りているという感覚だけで二人は歩き続ける。

「はぁ、はぁ……」

 雪は荒い息を吐き、よたつきながら玖朗に必死について歩いてくる。

(そろそろ限界か?)

 ずっと足場の悪い、山の中を何時間も歩いてきてるのだ。戦いに慣れている玖朗はともかく、女の雪には少々、キツいものがある。

「雪」

 息も絶え絶えになっている雪に声をかける。

「だっ、大、丈夫で、ござい、ます……。まだ、雪は……」

「いや、少し休もう。ずっと歩き通しだからな」

 そう言って周りを見渡すと、ちょうど目の前に、大木の根元に大きく空いた木の洞(うろ)があった。

「あそこで少し休もう。二人でも十分に入れるだろう」

 雪を支えながら、木の洞に入り、腰を休める二人。数分、無言でいた二人だが、不意に雪が口を開く。

「一体、何者なのでしょうか……?」

「ん?」

「あの仮面の者たちのことです……」

「わからない……、だが普通ではないという事だけは確かだ」

 最初の襲撃者の頭から出てきた、黒い不気味なピラミッドを思い出す。

「私たち、逃げられるのでしょうか……?」

 と、雪の口から弱気な発言が飛び出す。無理もない。突然、家は壊され、その後、逃げるために休みなしでずっと歩き通しだったのだ。

だが、玖朗はそんな弱気な雪に。
「逃げられるさ……弱気になるな。いつもの元気な雪はどうした?」

 無理に笑顔を作り、雪を励ます玖朗。

「そう……ですね。すみません、弱音を吐いてしまって」

 雪は元気な声で、玖朗に応える。空元気なのは一目でわかるがこれならばもう少し大丈夫だろう。と、その時、外から焦げた臭いと、何かが焼ける音がした。

「ちっ……!奴ら、山に火を付けたか……!?」

 敵は山に火を放ち、その熱と煙で玖朗たちを、いぶりだす作戦に出たらしい。次いで、玖朗は耳を澄ますと大量の足音が聞こえてきた。かなりの数だ。

「玖朗様……?」

「……」

 玖朗は一瞬だけ黙考した後、雪のほうへと体を向け、その目をまっすぐに見ながら告げる。

「雪……よく聞け。俺は今から奴らのいる所に飛び出して、時間を稼ぐ。少し時間が経ったら、お前は一人で街へ下りろ」

 こうなったら逃げられない。敵の目がこちらへ、向いている間ならば雪も安全に山を降りられる。

「そんな……!?危険でございますっ!」

 雪は慌てて、玖朗の話を遮る。

「奴らの目的は俺だ……俺だけ飛び出せば、奴らもお前を襲ったりはしないだろう……」

「そうではございません!玖朗様が危険だと言ったのです!命を捨てるつもりですか!?」

 雪は胸ぐらをつかむ勢いで玖朗に詰め寄る

「それならば私も一緒に戦います!!夫婦になった日に、誓ったではございませぬかっ!?何があっても二人は一緒だとっ!!」



 確かに、あの廃寺で二人だけの結婚式を挙げた時、二人はそう誓い、そして口づけを交わした。

だが。

「そんな物より、お前の命の方が大事だ!頼むから――――」

「嫌でございます!!玖朗様が戦うのなら、私も戦います!!これでも北辰一刀流の免許皆伝を受けた身。足手まといになりませぬっ!」

 雪は、いい刀を作るには刀を扱う術を知らねばならぬと、刀鍛冶師である父から幼い頃より、剣術を叩き込まれており並の男なら負けない程の腕を持っている。だが相手は、実戦慣れをしている。実戦を経験していない雪では歯が立たないだろう。

「駄目だ、危険すぎる」

 もちろん玖朗は止めるが、雪は負けずに食い下がる。

「玖朗様を、捨て駒にして逃げるよりはマシでございますっ!」

 雪の決意は固い。こうなっては何を言っても、聞かないだろう。そうなると、取るべき手段はただ一つ。

「……仕方がないな」

 玖朗のその言葉を聞き、雪は顔を綻ばせる。

「やっとわかってくれたのですね!私だって――――うっ……!?」

 共に戦うことを了承してくれたのだと勘違いし、ホッとした雪だったが直後、その腹には玖朗の鞘に収まったままの刀がめり込んでいた。激痛で気が遠くなり、目がうつろにして前のめりに倒れる雪。

「……玖……朗様……どう……して……?」

 雪は、その瞳に涙を流し、そのまま気絶した。倒れかかった雪を抱き止め、木の洞の奥に静かに寝かせる。

「済まない……雪」

 頬に伝った雪の涙を指で拭き取り、玖朗は立ち上がり、洞から出て行く。
 山の中の森には、何十人もの刺客が玖朗たちを探していた。そんな彼らの前に、黒い着物を着て、一振りの刀を左手で携え、長髪で小柄な男が現れた。

 玖朗だ。

「俺はここにいるぞっ!!この命が欲しければついてこい!」

 そう叫び、玖朗は刺客たちに背を向けて走り出した。慌ててその後を追う刺客たち。

(出来るだけ、遠くへ……!)

 全速力で森の中を走り抜け、刺客たちをおびき寄せる玖朗。
 走っている途中、玖朗の頭の中に一瞬だけ、愛する妻の、雪の笑顔が浮かんだ。全力で、しかし相手が見失わないよう、後方を確認しながら、森の中を走る玖朗。
 後ろからは多数の玖朗を追い掛ける仮面の集団。

(もう少し……!)

 雪のいる場所から離れなければ一人で飛び出した意味がない。なんとか時間を稼ぎ、雪を敵の目からそらす、そのために今、玖朗は走る。


――――。

――――。


 しばらく走っていくと、広い開けた野原にたどり着いた。玖朗はその野原の中央で立ち止まり、すぐに敵も玖朗に追いつく。
立ち止まった玖朗は、ゆっくりと仮面の集団の方へと振り向き、敵を観察する。

(――――百、いやそれ以上か……?)

 敵の数は、優に百を超え、各々の武器を構えている。玖朗も左手に持つ刀の柄に右手を添え、構える。しばらくのにらみ合いが続き、敵の一人が玖朗に向かって走ってきた。玖朗はすぐに反応し、刀を抜く。

 だが。

「なっ……!?」

 抜いたその刀は、刃こぼれもひどく、赤茶色に錆びて使い物にならない代物だった。さすがに驚いて、一瞬無防備になる玖朗。それを敵は見逃すはずもなく、玖朗に攻撃を仕掛けに走ってきた刺客は、玖朗の頭をめがけて斬りかかる。まさかの出来事に呆然としていた玖朗は、自分に向かって放たれる殺気に、意識を取り戻し、間一髪右に跳んだ。

「チィッ……!」

 だが、頭を砕かれることは回避したが、ギリギリのところで左肩を切り裂かれてしまった。斬られた左肩の傷口から血が流れ、腕を伝い地面に滴り落ちる。

「……くそ!」

 肩を押さえて、うずくまる玖朗。

(どうする……?どうするっ……!?)

 この人数を、素手で戦うのは自殺行為だ。どちらにせよ死ぬのなら、少しでも時間を稼ぎたい。敵を睨みつけ、考えを巡らせる玖朗。と、不意に仮面の集団の後方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ぃよう!玖朗!大変そうじゃねぇか?」

 仮面の集団の奥から現れたのは、先日、玖朗の家を訪ねてきた元新撰組隊士、竹田 小十朗だった。



「た、竹田さんっ!なぜここに……!?」

 目を丸くして驚く玖朗。

「はっ……!何故もなにも、俺がこいつらの指揮官だからに決まっているからだろうが?」

「何……だと……?」

「まぁ……、指揮官っつっても俺は雇われただけなんだけどよ。お前を殺せば金をしこたまくれるってんで引き受けちまった。悪ぃな?玖朗」

「貴……様……!!」

 竹田は悪びれた顔もせず、笑みを浮かべて謝る竹田に、玖朗は殺気の籠もった目で睨みつける。

「お~怖っ!おい、動けねぇように足も壊しとけ」

 玖朗に襲いかかった仮面の男に命令する竹田。 竹田に命じられた仮面の男は、持っていた刀を逆手に持ち、うずくまる玖朗に近づき、その右足を貫き、抉った。

「がぁぁぁっ!!」

 右足に刀を差し込まれ中をかき混ぜられた玖朗は、苦痛の声を上げる。

「うるせぇな……大の男が叫ぶんじゃねぇよ……」

 そう言いながら竹田は、玖朗のもとへ歩いてくる。玖朗の近くまで歩いてきた竹田はしゃがみこみ、苦悶の表情の玖朗を覗き込みながら、

「まぁ、心配すんな?おめぇさんが死んでも雪ちゃんの面倒は俺がちゃんと見てやっからよ?」

 いやらしい顔で、クックックッと笑いながら、竹田は続ける。

「な……に……?」

 雪の名前を出されて、痛みに耐えながら顔をあげる玖朗。

「しっかし、べっぴんだよなぁ?雪ちゃんは……。声もかわいいしよ?この前、会ったばかりだが、惚れちまったよ!まぁ……生娘じゃあねぇだろうがな……!」

 竹田は、恍惚の表情で謳うように、喋り続ける。

「この下衆が……!」

「うるせぇよ……。ったく!手こずらせやがって!何回、刺客を送っても、そのたんびにのしちまいやがって!おかげでこっちの立場も危ういんだっ!!」

 ヒステリックな声で訳の分からないことを、延々と怒鳴り散らしている竹田を、無言で睨む玖朗。散々、怒鳴った後、竹田は一度、息を落ち着かせ玖朗を見下ろしながら、

「まぁ、いい。これで仕事は終わりだ……。もう死ねや……?」

 そう言って、傍らにいる仮面の兵士から刀をひったくり、刃を玖朗に向けた。
 刃を向けられた玖朗は、足の痛みを無視して立ち上がり、後ろに飛び退った。

「おいおい~、この期に及んでまだ抵抗するってのかい?もういい加減諦めてくれよ~?」

 竹田はうんざりという顔で玖朗を見る。

「一つ、聞かせろ……」

「あん?」

「局長や沖田さん達を、俺の仲間を殺したのも貴様か……?」

 顔を伏せ、小さく、だがハッキリと通る声で竹田に問う。

「へっ……!んなわけねぇだろうが。あんな化け物じみた奴らを俺が殺せるわきゃねぇだろうが!それは別の奴が殺ったって話だぜ?」

 呆れた顔で玖朗の質問に答える竹田。

「……そうか」

「もうおしゃべりは終いにしようや……?なぁ!?玖朗っ!!」

 叫び、竹田は刀を振りかぶりながら、玖朗に襲いかかる。だが、玖朗はそれを避けようともせず、その場にジッと立っている。

「ヒャッハァァァァァ!!」

 刀が玖朗に届く間合いまで近づいた竹田は奇声を上げながら玖朗に斬りかかる。だが、玖朗は刀が玖朗に当たるその刹那、竹田の刀を持つ右手首を左手で素早く掴み、同時に伸びきった竹田の肘を右掌底で、テコの原理のように本来曲がるはずのない方向へ無理やり折り曲げた。

「ギァっ……!!」

 耳障りな骨が折れる音が竹田の腕から鳴り、その激痛に思わず持っていた刀を手放す。すかさず玖朗は、竹田が取りこぼした刀が落ちる前に空中で掴み取り、一度、右回りに体を回転させ、その勢いを利用して、竹田の首を跳ねた。
 首と胴を両断された竹田は、自分になにが起きたのかわからないという顔のまま、その人生の幕を閉じた。切断された首から、噴水のように血を噴き出し、地面に倒れる竹田の首なし死体。
ふ、敵の集団に背を向けていた玖朗は、ゆっくりと振り向き、

「新撰組局中法度第一条、士道に背くまじき事……」

 ぼそりと呟き、竹田の首なし死体を見下ろす玖朗。

「この者これを犯し罰した……」

 そう言って振り向いたその男は、愛する女性と結婚し、幸せに暮らす『天井 玖朗』ではなく、かつて京の都で攘夷志士や幕府の悪徳役人を恐怖に震わせた、新撰組零番隊『人斬り玖朗』の姿だった。

「さて……待たせたな……?」


 冷たい眼光と、まるで感情が抜け落ちたかのような冷徹な顔で、ゆっくりと仮面の集団へと近づいていく玖朗。先ほどまでの玖朗の雰囲気が、がらりと変わり、一斉に警戒態勢に入る仮面の集団。
 その間にも、両手をダラリと垂らし、一見、無防備で敵に近づいてゆく玖朗。これを好機と見たのか、仮面の集団の一人が刀を構え、玖朗に走っていく。
 だが、玖朗は襲いかかって来た仮面男を、まるでゴミを払うかのように、右手だけ動かしてあっさりと斬り捨てた。赤い血液と、水銀のような液体を撒き散らしながら、息絶える仮面男。

「――――さあ、始めようか……?」

 酷薄な笑みで、血に濡れた刀をベロリと舐めた玖朗は、仮面の集団に開戦を促す。
その言葉を皮切りに一斉に仮面の集団は玖朗に襲いかかる。玖朗も、敵が動いたと同時に、仮面の集団へと突っ込んでいった。
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