ドラゴン・ゾルダード~二つの魂~

ばくだんいわ

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若き龍の目醒め 10

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 玖朗は、ぱちりと目を開いた。

『俺は……?』

 頭がまだ混乱している。

「一体、どうなった……?」

 呟いてみると、その声が聞き慣れた自分の声よりも、高く感じられた。

 そして、ようやく気が付く。



「違う」

 自分は『天井 玖朗』ではない。天井 九郎だ。
  見慣れた天井。照明パネル。脇には、小学校から使っている勉強机。その上には幼い頃、由紀子と二人で撮った写真。壁には、三年間張られっぱなしのアイドルのポスターとカレンダー。
 生まれてからずっと過ごしていた、自分の部屋。天井 九郎は、その自室のベッドに横になっている。ただの高校生でしかない。平凡な、なんの力もない……。だがそれは自分だけではない。

「そうだよ。僕は九郎だ。愛する人を……目の前で殺された玖朗じゃない……」

 玖朗は口に出してそう言ってみた。言ってみても、胸につかえるような、引っかかるような哀しみや空しさはどうにも晴れない。悔しさは、胸を内側からズタズタに引き裂き続けている。

『泣いてるのか、僕は?……たかが夢なのに』

 九郎は、数度まばたきをして、自分の頬に触れる。ぬるりとした感触が伝わってきた。濡れた指先を見てみると予想とは違っていた。人差し指と中指が、真っ赤に染まっている。血の涙を流したとでもいうのだろうか。
 慌てて自分の顔を触れてみるが、血のみなもとは顔ではなかった。裏返してみたら、右手の甲に血があふれていた。
 そこにある傷口から血がしたたって、二本の指が染まっていたのだ。自分で爪をたてたのだろうか。

(あの夢の中で……?)

 そんなことをしたのかと思い返してみたが、九郎は思い出せなかった。
〈夢〉は玖朗が力尽きても、まだ長く続いたように思えたが、具体的なことは覚えていない。
 断片的なイメージはあったが、それも目覚めると急速に薄れていった。
 ベットから起きあがって、ティッシュで手の甲の血を拭いてみる。
 そこには、奇妙な形の痣ができていた。縦横五センチぐらいの、タトゥーのようにも見えるが意味を成さない。曲線が複雑に絡み合って、まるで紋章のようだった。

「なんだろ?蛇……竜、かな?」

「お兄ちゃ~ん、早く起きないと遅れるよ~!」

 妹の愛子の声が、ドアの外から聞こえた。

「うわ!もうこんな時間!?」

 時計が、いつもの起床時間を二十分も過ぎていた。

「またかよっ!?くっそ!」

 九郎は、慌ただしく登校の準備を始めた。〈夢〉の余韻を忘れるために、あえてそれに集中した。だからとりあえず痣のことも忘れた。
 忙しく動き回ることで、〈夢〉の出来事は忘れられ、気を紛らわすことができた。だが、電車に乗ると他にすることもなく考えてしまう。何気ない一言、日常的な仕草が、どうしてもあの〈夢〉のことに結びついてしまう。愛する人を殺され、 そのすぐ後に無惨に殺された玖朗。
 もう自分は、あの〈夢〉を見ることは二度とないだろうと、九郎は確信していた。その理由はわからないし、論理的でないことは百も承知だ。なんとなくそう思った。
 ただ九郎は悔しかった。あの〈夢〉が悲劇的な結末を迎えたことが。悔しくて、哀しくて、そして腹立たしかった。その感情は、後からの順から強かった。仮面の男たちへの怒りが一番強かった。

(もしも由紀子ちゃんが死んだら……)

 考えたくもなかった。これほどの喪失感を味わうことなど考えたくもない。心を漂わせたまま、電車を降りて駅を出る。ボーッとしたまま学校に向かっていると、後ろから誰かに肩をたたかれた。

「――――ん?」

「お、おはようございます……」

 クラスメイトの、兵藤沙耶だった。
 だが、いつも隣にいる幼なじみの、馬野 杏の姿が見えない。

「あぁ、おはよう。あれ、馬野は一緒じゃないの?」

「はい、杏ちゃんは日直なので、早めに家を出たみたいです」

 少し寂しそうな顔で、沙耶は答えた。

 「そうなんだ……」



 それからは、目的地は一緒ということもあり、なし崩し的に黙って二人は並んで学校へと向かう。
 何か会話をしなくてはとも思うのだが、いつも一人で喋っている杏がいない為、話題が見つからない。
 沙耶の方も性格上、自分から話しかけるようなことも出来ないため、何とも言えない気まずさが二人に広がる。なんとか話題がないかと頭を捻って学校に向かっている九郎だが、不意に沙耶が、

「あっ……!」

 と、声を上げた。

「ん?どうした?」

 沙耶の口調から、何かあったと気づいて、九郎が訊ねる。

「い、いえ……何でもありません――――」

 沙耶が慌てたように目をそらしたが、九郎は何があったか気づいた。路地で何か揉め事が起きている。
 数人の、星凰学院の生徒が、一人を囲んでいるようだ。恐喝か、それともいじめだろうか。
九郎の足が止まる。他にも何人もの学生が、彼らをかわして歩み去っていく。いかにも自分は気づいていないと、知らない振りをして、見てみぬ振りをする。

「行きましょう?関わらない方がいいです……」

 彼の肘を掴んで、沙耶は促した。

「あ、あぁ」

 九郎は生返事だけして、動かなかった。沙耶を振り切って前に出ることもできず、けれど見捨てて行ってしまうこともできない。

(なんで、僕は……)

 決断が下せない。痛みが怖いというよりも、他人に干渉して自分に面倒事が降りかかるのが恐くて。


(……どうして、こんなに中途半端なんだ!)


 やっぱり足が動かない。前へも出られず、逃げもできずに。
 流れに逆らうほど馬鹿にはなれず、流されるほどのヤワにもなれずに。

「い、行きましょう……。見てたら気づかれちゃいます……あ、」

 沙耶が、肘を掴む力を緩めた。
 次の瞬間、九郎の前を横切って、路地に向かっていった見覚えのない男子生徒だった。
身長は百九十センチ近いだろう。がっしりした筋肉質。顎なんか割れてそうである。その目は獲物を、見つけた獣ごとく爛々と輝いていた。
通り過ぎる瞬間、その学生がほんの一瞬、微笑んだのを九郎は確かに見たのだった。

「始まります。早く行きましょう?」

 沙耶は、九郎よりも小柄な体からは、信じられないほどの力で九郎を引っ張った。

「あ、うん」


 曖昧に頷いて、結局、九郎は歩き出した。
 あの、路地に入っていった男子が、漂わせていた物騒な雰囲気に、どこかで見たようなデジャヴをを感じながら、その既視感ゆえに近づくべきではないと思った。

「あの人、四組の転校生でああいう揉め事が起こると自分から飛び込んでいっている正義の味方だってみんなが言っています……」

「そう……なんだ?」

 九郎は首をねじって後ろを見た。ちょうど、路地へと入っていったあの男子生徒が、取り囲んでいたほうの学生たちに、殴りかかられているところだった。
 だが、男子生徒は、それを避けたと思ったら、目にも止まらない速い動きで、取り囲んでいた学生たちを薙ぎ倒していった。


「あまり見ないほうがいいですよ?目を合わせたらこっちまで……」


「う、うん……」


 そう答えて、九郎は今度こそ顔を戻して歩き出した。
 情けない。いざという時に、動かなかった自分の足に。助けられたかもしれないのに勇気が出なかった自分の弱さに。
 痛みを恐れ、目立つことを恐れて結局、見てみぬふりをしてしまった。今までこんなことを思ったことはなかったのに。
 今まで九郎は目立つのが嫌いだった。突出すれば潰される。
 大人しいのが本当の自分で、ささやかな幸せで満足できると思っていた
 だが、このあいだからモヤモヤとしたすっきりしない気持ちが、心の中で渦巻いていた。
 自分の人生、これでいいのだろうか、何かできることがあるのではないかと、考える時間が多くなっていく。
 なぜこのような悩みを抱えたのか、自分でもわかっていた。

 あの〈夢〉を見てからだ。
 
命を懸けて一人の女性を守り抜こうと、激動の時代を駆け抜けた、自分と同姓同名の剣士の生き様を見てしまったからだ。


(のめり込むな。あれは夢なんだ……)


 そう自分に言い聞かせても、頭から離れていかない。ましてや、あんな最期を見せられたら尚更だ。
 そんな風に一人で考えていると、

「――――まいくん!天井くん!」

「ん?」

「どうしたんですか、早く行きましょう?遅刻しちゃいます」

 沙耶に声をかけられていたようだが、全く気が付かなかった。

「ごめん、ボーッとしてた」

 そう言って再び、学校に向かって早足で歩き出す。
 沙耶も、歩き出した九郎のあとを追いかけて、隣に並んだ。またしばらく無言で登校していた二人だが、不意に沙耶が九郎に遠慮がちに声をかける。

「気に、してるんですか?」

「え……?」

「さっきのことです。」

「あぁ……」

 さっきのこと”とは、路地でカツアゲが行っていたことだろう。歩きながら沙耶は言葉を続ける。

「その……天井くんが気にする必要はないと思います。誰だって面倒な事には巻き込まれたくないですから……」

 沙耶の言葉は、まだ続いていたが、その意味がわからないまま、とりあえず頷く。言われたことが理解したら、九郎は軽い自己嫌悪に陥った。


(なんでもかんでも適当に答えて……)

 でも。

「ありがとう、兵藤。気ぃ使わせちゃって……」

 とりあえず、気にかけてくれた礼を言う。

「いえ、そんな……」


 何故か沙耶は、顔を赤らめ下を俯く。そしてパッと顔を上げ、

「あ、あの……!」

「あ」

 何かを言おうとした沙耶の言葉を、九郎はさえぎってしまった。

「……どうしました?」

 沙耶は何故か少しふてくされた口調で言った。


「あれ、危なくないか……?」


 白い杖にサングラスの若い女性が、横断歩道を歩いていた。青信号はもう点滅して、赤信号に変わろうとしている。視力に障害があるのだろう。 その状態で外を歩くことに、まだ慣れていないようだった。駆け寄るべきだろうか、と九郎は思った。
 だが、彼と女性の間には、他にも十何人もいるのだ。誰かが手を差し伸べるかも……。
 そう思っているうちに、横断歩道の信号は青から赤に変わる。女性はまだ、歩道の半分ほどの距離しか渡っていない。

(迷う理由なんて……)

 何もないはずなのに。

「ああ、よかった」

 沙耶が言った。
 歩行者道路から歩み出た長身の女性が、盲目の女性に声をかけている。
 自分の肘に掴まってもらって、横断歩道を渡りきった。それは、とても自然な動作に見えた。
 何の迷いも見せず、赤信号の横断歩道に進み出て、ごく当たり前の雰囲気を伴っていた。そして、彼女は何事もなかったかのように去っていった。


「星凰院(せいおういん)さんです……」

 沙耶が、どこかうっとりとしたような声で呟き、九郎もそれに頷いた。
 さっきの転校生の男子はともかく、こちらの彼女のことなら九郎だって知っている。いや、星凰学院の生徒で、鳳松院ほうしょういん 綾乃あやのを知らない生徒はいないのではないのだろうか。
 九郎の通う、星凰学院の理事長の孫で、生徒会副会長という立場もさることながら、なんといってもその美貌と、膝までもあろうかいう、つややかな黒髪という容貌は、綾乃を学校でもっとも有名な生徒にするには充分だった。
 さすがに成績は――――運動も含めて――――中の上といったところなので、まわりの全員が劣等感を持つという事態は免れているが。
 九郎も、うっとりとしていると、綾乃はあくまでも優雅な動作のまま学校へと向かっていった。

「……あ、ぼうっとしてる場合じゃないや」

 九郎は、沙耶ともども、足を早めて教室にたどり着いた。
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