ドラゴン・ゾルダード~二つの魂~

ばくだんいわ

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若き龍の目醒め 21

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二つの意志が、強い強い願いが、ぴたりと重なったその瞬間。
 おのれ以外に、守るべきものを見いだしたその時。
 
 九郎は、自分の中に玖朗がいたことを知った。彼の記憶と意志とが、すなわち魂が時空を超える旅をして、自分に宿っていたことを悟った。
 そして、そんなことが起きた理由も。
 
 異なる世界で育ったとはいえ。九郎は玖朗であり、玖朗は九郎だったからだ。
 彼らは異なる世界の自分同士。その認識を直感的に得た、その時。

 右手の甲の痣から白い光がほとばしる。

 彼らの思念エネルギーが、鍵となって扉を開いた。この時空の外から、送られてきたエネルギーが〈龍の紋様〉を輝かせたのだ。
 世界の外から〈龍〉が、彼の力を導き出す。そして、光が九郎を包み、その中で変化が起こった。
時間と空間が断絶され、特異な閉鎖空間が構成される。


 次元転換。

 世界から世界へ、法則がねじ曲げられる。新たな決まりごとが、九郎の行動に適用されることになる。この閉鎖空間の中で九郎は無限にも等しい時間の中で自分の肉体が改変されていくのを見た。
 胴体はあらゆる衝撃に耐えうるしなやかかつ柔軟に。

 腕は剣を振るうために必要な筋肉が加えられる。

 脚はあらゆる状況に対応できるよう強靭に組み替えられていく。

 次に玖朗の記憶からこれからの戦いに必要なものがピックアップされた。

 強い想いの、精神エネルギーを利用して鋳型を作り、形になる。

 まず作り出されたのは衣服。動きやすい伊達袴と、手甲に足甲。そして、玖朗が所属した新撰組零番隊のトレードマークである丹色のだんだら羽織が構成され、身につけられていく。

 最後に得物。

 幾多の敵を葬った愛用の刀。雪と結婚してからは山に埋葬した業物だ。剣士にとって腕の延長とも感じられる武具。何度となく玖朗の命を救ってくれたものだ。

 かくて〈再創生〉が終了する。

 最後は精神の番だった。

 世界と世界の間で二つの心が、互いを理解し合い、協力することを誓い合う。

『僕は生まれて五年目に親を強盗に殺され、由紀子ちゃんに出会った』

『俺はランドセル背負って小学校に通い、初めて人を殺した』

『僕は、独学で剣術を習い、父さんと野球を見に行ったときはほんとに楽しくて自衛のためとはいえ人を殺すのには抵抗があり、それも次第に慣れ始め―――』

『俺は新撰組に入り、中学に通って目立たない生活を暗殺部隊に配属されてからは心を失くしかけた時に雪と出会い―――』

『僕の平凡な暮らしはそれなりに楽しくけれど何のために生きて俺は何のために戦うのかわからなかったが目前のあのひとしか望めることはなくそれで充分なのか―――』

『ぼ、お、く、れ、は、いくら戦争だからって人殺しなんてしたくないけれどそんなのは大嫌いで生きるためにには仕方なくだからといって殺すのは間違っていてふざけるな伏して死ぬくらいなら自刃したほうが意味ないね目的が遂げられなきゃ』

 交錯する記憶。ぶつかり合う意志。好みも違えば、経験も違う。
 二人が溶け合うことは永遠にないかと想われたが―――。

『目的?』

『そう、成すべきこと』

『我らの願い?』

『そう、やりたいこと』

『なら、決まっている』

 もう一度、あの人に会う―――。

『そうではないだろう?』

 どちらの心が、それをとがめたのだろう。

 今、成すべきことは。

『弱きものを救う』

 どちらもが、その言葉に頷き。

〈フェニックス〉は新たな戦士を世界へ解き放った。

 そして光が収まった時、姿を現したのは、平凡な高校生の天井 九郎ではなく、かつて『人斬り玖朗』と呼ばれた、新撰組零番隊、天井 玖郎だった。

光が消える。


 光から現れた玖朗は静かに目を閉じて佇んでいた。
 一本に縛った長い髪と丹色のだんだら羽織が風になびいている。そして自分たちとは違う戦士が飛び出してきた時、猿人たちは驚かなかった。
 驚いていたのかもしれないが、その感情を覆い隠すほどに、ぎらつかせた殺意のほうが激しかったのである。
 玖朗は静かに目を開け、猿人たちに向かって剣気を叩き込んだ。幾多の戦場を、勝ち抜いてきた戦士だけが放てる空気を震わせるほどの剣気。相手がこれに怯んでくれればよし、もちろん威嚇としての意味もある。

「その女性を放して今すぐここから立ち去れ」

 この威嚇で、猿人たちが逃げてくれるならありがたいところだ。
 玖朗とて血に飢えているわけではない。いざという時はためらわないが、不必要に命は奪いたくないのだ。その気持ちは、九郎と一体になることで強められている。

「ふーぎゃっぎゃっ!」

 猿人たちは、玖朗のただならぬ雰囲気を、野生特有の勘でみてとったのか、威嚇の大声をあげた。
 猿人に腕を掴まれたままのハナは、身を強ばらせ、つぶらな瞳を大きく開いて、玖朗を見つめている。

「ぎゃうっ!」

 猿人が、ナイフをぶんぶん振り回して、こちらに突進してきた。
玖朗は、それを紙一重で受け止め、かわしていく。
前のようなナイフに対する恐怖はない。だが先ほど刺された腹がズキズキと痛み、顔をしかめる。
 それを見た猿人は自分が優位に立っていると見たのか、ナイフを大きく振り上げる。それは玖朗から見れば大きな隙だ。それを黙って見ていることなどしない。

「甘いな」

 鞘に収まったままの刀を、前に突きだし、相手の喉笛を正確に狙いヒットした。

「ぎゃびん!」

 鉄拵の鞘に喉を突かれた猿人はそのまま昏倒した。
 仲間を倒された猿人たちは、一瞬怯むが恐怖よりも闘争本能が勝ったのか、もう一匹が芸もなくまたしてもナイフを振り回して突進してきた。玖朗は、今度は避けずにしゃがみ込んで猿人の顎に刀の柄を相手の顎に叩き込んだ。顎を思い切り打たれ、脳を揺さぶられた猿人は、そのまま気絶した。

「貴様らごとき、剣を抜かなくとも事足りる」

 そして最後の一匹を睨む。

「残るは貴様のみ。とっとと逃げてはどうだ」

 玖朗は鞘に収まったままの刀を猿人に突きつけた。本来なら、一気に叩きのめしているところだ。
 そうしなかったのは。

「ぎゃっほっほっほぅっ!」

「くぅーん……」

 そいつがハナを背後から抱え込み、喉元にナイフを突きつけているのだ。
 ハナは、どうやら玖朗が九郎だと理解しているらしい。異なる造作の顔にそれでもはっきりとわかるすがるような表情浮かべて―――。

「人質か。姿形は猿でも悪知恵だけは働くようだな。」

 そう言って玖朗は、刀の鯉口を切る。が、内心、玖朗は迷っていた。
 自分の技を以てすれば確かにハナは助けられる。だが確実にあの猿人を殺すことになってしまうのだ。玖朗の中にいる九郎の精神がそれを大いに悩ませていた。

 だが、今は。

 じりじりと照りつける太陽。暑い。体力の消耗も激しい。痛みはどんどんひどくなり下半身は真っ赤に染まっている。足下には血溜まり。

「できることなら―――」

 足の感覚が失せていく。

「殺さずに収めたかったが、そうも言ってられないか―――」

 抜刀術の構えを取る。右足を前に出してギリギリまで折り曲げ、左足を後方に伸ばして膝を地面にすれすれに伸ばす、玖朗独特の構え。

 それから機会を待つ。血溜まりが広がっていく。
 わずかに玖朗の体が揺れた。もうすぐ倒れそうだ―――。

「ぎっひっひっひぃ」

 猿人の顔が緩んだ。勝てると思ったに違いない。それは油断。

「今っ!」

 玖朗は、ギリギリに曲げた脚のバネを伸ばして駆け出した。だが、その瞬間に不運が彼を襲った。
 彼の足元にたっぷりと血を含んだ土によって足を滑られせたのだ。

「何ッ!?」

 彼の足は、倒れる体を支えきれなかった。大量の出血によって、九郎の体力が既に消耗し切っていたのである。
 体制が崩れる。右膝から、地面に向かって砕けてゆく。

「ぎゃっはぁっ!」

 すかさず猿人が動く。ハナを突き飛ばし、ナイフを振りかざして。

―――もう一度。という意識がその瞬間に彼から失せた。

(あの子が助かったのなら)

 もういいではないか。痛い思いをして、つらい思いをして、踏ん張ることはない。次の危機は、自分じゃない誰かが、ハナを救うだろう。自分じゃなくても、誰かがそれをやるだろう。
 この一時のためだけでも、自分の人生があって良かった。
 だがそれは本当にそうなのか。
 
 冷たい死が、彼を貫く瞬間―――。

 パンっという音とともに、猿人の頭が爆ぜた。

 それは銃声。

 朦朧とする意識のなか、音のある方向に目をやると、一人の女性が銃を構えて立っていた。
 ボリュームのある金髪をポニーテールに縛り頭にはリンガーハット。多様な装飾やアクセサリーを身につけたジャケットと真っ赤なスカーフ。下は麻のズボンに腰布を巻き、そして帽子の中央にはドクロのマーク。

 それはまるで。

「海、賊?」

 海賊らしき女性は倒れている残りの猿人の頭にも銃弾を叩き込んだ。

「ヤッホ~九郎くん!大丈夫?うわすごい怪我!」

 猿人をためらいもなく、殺した後だというのに、女海賊は平然とした顔で自分に近づいてくる。

「遅れてごめんね!途中で見失っちゃってさ~、間に合って良かったよ!」

 銃をホルスターにしまい無遠慮に近づいてくる女海賊に玖朗は警戒した。

「誰だ?貴様は」

 眼に殺気を込めて問う。

「こっわ!勘違いしないでよ~あたしだよ~クラスメイトの―――」

「……っ!馬野?」

「あったり~!でもこの姿でのあたしはアン・ボニーだから!そこんとこよろしくゥ!」

「……どういうことだ?」

「それは帰ってから説明するよ。怪我の治療もしなきゃいけないしね」

「『帰ってから』?一体何がどうなってるんだよ!?」

 別世界に来たと思ったら狼人間たちが生活していた。その他にも猿人たちに襲われて自分は瀕死の重傷を負って、死ぬかも知れないと思ったところに海賊の姿をしたクラスメイトの馬野 杏(うまの きょう)が窮地を救ってくれた。
 あまりの急展開に、精神は九郎にシフトして混乱している。事態が理解できないのは、血をなくしすぎて朦朧としているだけではないと思う。だが、痛みもひどいが、眠りたいという欲望も強い。複雑な思考ができない。

「ま、帰ってからじっくり話してくれるからとりあえず帰ろ~」

 玖朗の脇に肩を差し入れて、杏は彼を立たせてやる。胸のふくらみが押し付けられたが、九郎はそれを感じる余裕はない。

「でも、あれだけは見といたほうがいいかもね……」

 彼女が九郎の顎をつまんで顔をそちらに向けた。閉じかけた瞼を九郎はどうにか支えた。そこで目にしたものは猿人たちの死体。
 頭を銃弾で撃ち抜かれ、流れ出ているのは血と水銀のような液体。それと目玉のついた逆三角形の黒いピラミッド。

 そこまでで九郎の意識は闇に落ちていった。
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