ドラゴン・ゾルダード~二つの魂~

ばくだんいわ

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若き龍の目醒め 22

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次に九朗が目を開けた時目にしたのは、白い天井だった。

(夢……だったのか?)

 不思議な夢を見た。

 荒野でサーベルタイガーに襲われかけたところを、狼人間たちに救われ、その狼人間の少女が化け物じみた猿人に襲われた。猿のくせにナイフを使う変なやつらだ。どうしようかと思ったら、自分の姿が変わり、剣を振りかざした。戦いに乱入してきたクラスメートの杏は、海賊で、猿人の頭に銃弾を叩き込んだ。猿人の頭には変な物が入っていて―――。

「そうだよな。そんなこと、あるわけないもんな……」

 九朗は何気なく腹部に手を這わせた。ピクリと、手が震えた。
 指先が触れたのは、ガーゼだ。テープで固定されている。―――九朗の腹部に。もちろん、その下には傷口があるはずだ。
 ということは、つまり―――。

「夢じゃなかった」

 呟く。その途端に、記憶が溢れだす。あの、狼人間たちの記憶ではなく、激動の幕末の記憶。懐かしい田園の風景。そして隣にいる何よりも大切な女性の姿。それを確かに、九朗は持っている。涙をこらえなければならないほどに鮮明に。
 それこそが、彼が九朗であると同時に玖郎だという証明。
 彼と九朗は、たしかに一つになった。二つの心は、あの時、想いを共有した。すべてが合わさった時の、あの無尽蔵に力が湧き出してくるような感覚。
 玖郎がいて九朗がいれば、互いを知り尽くした同士がいれば、何も恐れるものはない―――。

「そうだ、夢じゃない!」

 九朗はガバッと身体を起こす。腹部の痛みはさほど感じられない。

「あらあら、気がついたのね。どこか痛いところはない?」

 九朗の声に気がついたのか、養護教諭の上妻 愛華がついたてから顔を出した。九朗が寝ていたのは、自身の通う星鳳学院の保健室のベッドだった。
 漂う消毒薬の匂い。視界を遮る白のついたて。戸棚に並んだ薬瓶と古い記録ファイル。どれも見覚えのある光景だった。

「先生!僕はいったい―――」

「あらあら、まだ興奮しちゃだめよ~」

 噛みつく勢いの九朗を、愛華がいつもののんびりとした微笑でかわす。

 そして―――。

「覚醒なさいましたね、新たな龍の戦士」

 落ち着いた声がついたての向こうから聞こえてくる。
 九朗は、裸足のまま、足を床に下ろして、ついたてを乱暴に押しのけた。足もとに、なくしたはずのカバンと携帯が置かれていることにも気がつかなかった。

「よう、やっと起きたか」


 最初に目に入ったのは、見慣れた親友の顔。

「鴻二……?」

 人好きのする顔立ち、若干伸びた髪をセットした今時の髪型、九郎よりも少し高い背丈。

「具合はどうだ?相棒」

 そう言いながら、保健室にあるパイプ椅子にどっかりと腰を下ろしていた。
 そのかたわらの机の上には、足をぷらんぷらん揺らしながら嬉しそうにこちらを見ている女の子がいる。今日は見慣れない私服姿だ。

「馬野もいるのか……」

「やほ」

 杏が、片手を上げて笑顔で九朗に挨拶した。

 あれが夢でなかったのなら、九朗をここに連れ戻したのは彼女のはずだ。だが、今の杏は、私服姿であり、あの派手な海賊姿ではない。愛華を加えて、彼らは二日前の夜と同じメンツだった。
 だが、今日は、さほど広くないこの保険室に、もう一人いる。
 それは先ほどの落ち着いた声の主。

「星鳳院さん……」

「はい、わたくしは星鳳院綾乃(せいおういんあやの)です」


 名を呼ばれて、綾姫こと星鳳院綾乃は優雅に会釈して見せた。ほとんどが黒目のような、名のごとく星の光をたたえた瞳が、九朗を見る。
 彼女はきちんと膝を揃えて、本来は愛華のものであるべき、肘かけ椅子に腰を下ろしていた。
 その彼女が、どうしてここにいるのだろう。綾乃の細く長い首の右側に、くっきりと痣が浮かんでいた。
 九朗とは微妙に色合いも形も異なっているが、それは紛れもなく。


「……龍」

の形を、していたのだった。
 まだ事態を呑み込めない九朗の前に、鴻二が服の右袖をまくりあげた。

「ま、そういうこった」

 鴻二だ。彼の右の二の腕。そこにも、確かに、<龍の紋様>があった。
 異界の力を呼び込み、肉体の<転換>と装備の<創製>を可能にする、肉体に備えられた門。そして、もう一人の自分が、己の内にいるという証の刻印。

「お前も……なのか?あの幕末を……」

「あー違う違う、俺の<バージョン>は、お前さんとは別の生まれ。俺が育った世界は武術が全ての世界だった」

 鴻二は、九朗には理解できない単語をつかい、わざと彼を突き放すように言う。

「ちなみに、あたしの<バージョン>は見た通り、海賊だよ~」

 いつの間にか、杏は九朗の隣にいた。

「んで~、あたしの<紋章>はここだよっ」

 杏が、袖をまくりあげて、痣をさらす。

「その……つまり、これは……どういう?」

「もちろん、ご説明させていただきます。この星鳳院綾乃が」


 綾乃がうなずく。なぜいちいち名乗るのかは謎であった。

「お願いします。一体、何がどうなってるんですか?」

「そうですね、どこからお話しましょうか」

 綾乃は、視線を鴻二に投げる。どうも分担させるつもりらしい。

「夢、見ただろ?」

「夢くらい、誰だって見るだろ」

「ちげぇよバカ。んな普通の夢じゃなくて、自分が殺されたり、世界が滅びる夢だ。綾姫、やっぱ、無理じゃね?」


鴻二らしくないわざとらしいほど乱暴な口調だ。さすがに九朗も険悪な表情になる。

「まぁまぁ、落ち着いて。ねぇ?」

愛華が、許可を得るように綾乃を見る。頷かれた。

「私が見た夢はね、中世ヨーロッパに似た世界が、異世界のウィルスに侵されて滅びる夢だったの。あの黒い逆ピラミッドが連れてきた未知のウィルスで、みんな脳みそ破裂して……死んじゃった」

 そう言って、愛華は顔をうつむかせた。怒りと悲しみを隠すかのように。

「あたしの夢に出てきた世界は、果てしなく海が広がる世界だったよ」

 杏はいつもの笑顔ではないあまり見たことのない真剣な顔で呟く。

「その世界はね、陸地がほとんどない海だけの世界だったの。それが……」

 ぎりっという音がした。杏が、いつも笑顔で皆を楽しませている杏が怒りで顔を歪ませていた。

「……あの黒い逆ピラミッドから出てきた女たち、あいつらが世界中の海底火山を爆発させて、世界を滅ぼされた」

 九朗は、いたたまれなくなって、杏から視線をそらした。九朗にはそれが理解できる。
 胸の中の、このどうしようもない喪失感。思い出せばもう食欲なんてなくなってしまう、やるせない、諦めきれない、この気持ち。

「僕の夢は、日本の幕末に似た世界だった……。平和になって田舎で暮らしてたら、仮面の集団に襲われて、殺された……」

「それが夢でないことを、今のあなたは知っておられるはずですわ」

 綾乃が問いかける。いや、質問ではない。単なる確認だ。あの<夢>の中の、空想の登場人物でしかなかったはずの剣士、天井 玖郎が自分の中にいる。

「星鳳院綾乃がお尋ねします。天井さんは、パラレルワールド、多元宇宙、という言葉を知っておられますか?」

 今度は、かなり質問らしい口調だった。九朗はしっかりと頷きを返した。

「へぇ、知ってんのか。俺なんか、ずいぶん説明されてもぜんぜんわかんなかったけどな」

 妙に素直に、鴻二が感心した。

「こーじとくろ~くんじゃ、頭の出来が違うんじゃない?てかゲーム好きなのになんで知らなかったの~?」

「るっせぇなー。俺はリアル志向なんだよ!」

 杏がいつもの人懐っこい笑顔で、鴻二を茶化す。

「……たまたま知ってただけだよ」

 九朗が苦笑する。


 時の流れは無数に分岐している。世界は、可能性の数だけ存在する。一つの決断を下した時、全く正反対の決断をされた世界もあって、二つはそこから異なる歴史を歩み出すことになる。
 今、自分たちが住んでいる宇宙と平行して、全く違う宇宙がある。目にも見えず手にも触れることは出来ないが。
 そこにはやはり自分がいて、今の自分とよく似た、あるいは全然違った風に暮らしているのだ。ほんの些細な決断で分岐して。
 無限の宇宙は、互いに交わることのない時の流れを作り出し、そして、また新たな分岐をする。それが多元宇宙というアイデアである

 ある宇宙ではフランス革命が起きなかったかもしれない。
 ある宇宙ではタイタニックが沈まなかったかもしれない。
 また別の宇宙では、九朗が出会った狼人間たちのように、全く別の進化を遂げた生き物が、人間の代わり文明を築いたかもしれない。

種族が違っていても―――。

―――そこにも、自分がいるかもしれないのだ。


「そうか……。あれは別の宇宙で起こった、<現実>だったんだ……」

 九朗の呟きに、みんなが一斉に頷いた。

「でも……だったら、どうして殺された?いや!どうして殺されなきゃいけなかったんですっ!?」

 あの仮面の男たちは、断じて玖郎の世界の存在ではなかった。
 先ほどの話では、愛華や杏が夢見た世界も、その世界の外からやってきた敵によって、破滅させられたというではないか。

「あいつらに言わせると、あたしたちの世界は間違った世界なんだってさ」

 杏が、再び机の上に座り込んだ。左足を空中でぶらぶらと揺らし、右足を抱えて膝に顎を乗せて、拗ねた子供のように。

「あいつら……。ああ、あいつらだ。そうか、あいつらなんだ」

 九朗の声に憎悪が交じった。彼が思い浮かべているのは、あの黒い逆ピラミッドだ。ぎょろりと蠢く瞳をそなえた、奇怪な存在。仮面の男たちを操り、猿人の脳に潜んでいた……。

「それは『ディヴァスター』の単なる兵士に過ぎません」

 まるで、九朗の思考を読み取ったのように、綾乃が言った。

「ディヴァスター?」

「でもぉ、ディヴァスターの中枢がどうなっているのかはぁ、誰も分かんないのよねぇ。ドラゴンさん達は知ってるかもしれないんだけどぉ~」

 愛華が、いつもの間延びした口調で綾乃の言葉をつなげる。

「ディヴァスターというのが、僕らの世界を滅ぼしたんですか?」

 僕ら、と自然に九朗は口にしていた。そして、彼の質問に、肯定の頷きが返ってくる。
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