ドラゴン・ゾルダード~二つの魂~

ばくだんいわ

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若き龍の目醒め 23

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もう、九朗にはわかっていた。記憶が蘇ってきている。
 あの世界樹の記憶だ。自分には、無限の数に枝分かれした、幹のように感じられたあれこそ、無限の可能性に分岐した多元宇宙だったのだ。
 宇宙から宇宙へと渡る時、九朗は、『見下ろす』ことができたのだ。

 そして今、考えてみれば、あれを『見る』のは―――。

(二度目だった。僕は初めてだったけど)

 玖郎の精神は、既に一度、世界を渡る旅をしてきたのだ。

 九朗の世界へやってくる時に。そして、玖郎の肉体が死ぬときに見た、白い光。全ての色を含んだ、あの真っ白な光こそ、九朗が狼人間たちの世界へ転移する直前に見た輝きと同じものだった。

 あの光は、確かに生き物だった。宇宙から宇宙への旅は、あの光に乗って行われていたのだ。
 そして、あの生き物は、九朗の手の甲にある痣と同じものを連想させた。


「ドラゴン。空想上の生き物かと思ってたけど……。でも彼らって一体……?」

 玖郎の精神を救い、再び戦いに導いた意図はなんなのだろうか。

「そうですね。そのためには……もう一度、見ていただくのがよろしいでしょう」

 綾乃が言った途端。空間を裂いて、白い光が現れた。
 光は、時には空間を切り裂く鋭い爪を持ち、あるいは大きく羽ばたく翼を広げ、ほとばしる存在感と燃え上がる力をそなえ、そして確実な知性を感じさせる。
 だがそれは、すべて直感的な理解でしかなく、説明することはできなかったが、九朗は自分の感覚を信じた。

「この光が、ドラゴン……」

「そうです。十一次元に住まう、我々とは相互理解すら不可能な、全く異質な生命。それがドラゴンです」

 綾乃が淡々とした口調で言った。
 三次元が、自分たちの住むこの世界のことだというの知っている。縦横高さ、三つの方向の空間の広がりだということも。
 ただ詳しい理屈はまったくわからないし、十一次元と言われてもイメージすることは不可能だった。
 だが目の前の光には、何かを感じる。伝説上の存在であるものとはいえ、ドラゴンを連想することはできる。この光が、超高等な数学や物理の知識がない、理解できない存在だとは、あまり思えなかった。

「あまりにかけ離れた存在だから、お互いに理解が……できない?」

 綾乃の言葉を繰り返した九朗が、いぶかしげな表情になっても、彼女は静かにうなずいただけだった

「あの、ええと、その……」

「わかりました。星鳳院綾乃が説明しましょう。天井さん、あなたは、このあたりにいるウィルスと意志疎通ができますか?」

「……それは、つまり、彼らに比べると僕らはバイキン並に劣っているってことですか?」

「劣っているとか優れているということではありません。根本的に違うのです。」

「じゃあ、それは……」

 九朗は、手のひらで、現れた白い光を示した。

「星鳳院さんが呼んだんじゃないんですか?」

「そうです。わたくし、星鳳院綾乃が呼んだのではありません。意志が疎通できているのではないのです。ただ、ある表示を行えば、どのような一定の反応が戻ってくるかを心得ているだけです」

「ま~あれだね、ドラゴンは多元宇宙の間に住んでる生物。もっとぶっちゃけて言えば、大きな木の枝に暮らしてる小鳥みたいなもんだねっ」

 杏の言葉に、九朗はなんとなくわかったような気がした。

「説明を続けます」

 綾乃の静かな声で、九朗はそちらに目をやる。

「ある時、ドラゴンたちは、自分たちの住み処がどんどん狭くなっていることに気がつきました。いくつもの枝が立ち枯れていったのです。あるものはねじられ歪められて、無理やり他の枝に合流させられました」

「枝が少なくなればぁ、枝の『間』もなくなるのねぇ。わかる?『間』がなくなれば、住み処もなくなっていくってわけ」

 さりげない調子で愛華がわかりやすく説明してくれたが、枝が少なくなる――――それはつまり、分岐した歴史そのものが消滅していることを意味する。
 全ての命を滅ぼした。いまある知性を摘み取り、新たな知性の芽も根絶やしにされたのだ。

「これは大変にわかりやすくした例え話です。実際のところがどうなっているのかは、我々には理解できていません」

 綾乃の言葉に、九朗は頷きを返した。もうそんなことはどうでもよかった。
 九朗は、次の言葉を待った。

 理由を。どうして、そんなことが起こったのかを、明らかにしてくれる言葉を。

「ドラゴンたちは、原因を探しました。そして突き止めたのです。ディヴァスターの存在を。たった一つの歴史しか認めない、歴史の管理者たちのことを」

「たった一つ?」

 九朗が繰り返した。

「そう、一つだけ。彼らにとって、正しい歴史は一つだけなのです。ディヴァスターたちは、いずれかの歴史線からやってきたものと考えられています。その世界の住人は、自分たちがたどった歴史だけが正しいと思い込んでいます。それから逸脱するものは、修正、抹殺の対象として、逆ピラミッド型の思考機械、<端末>を送り込むのです」

九朗は、あの、仮面の男たちを操っていたもの、猿人たちの脳の中に巣食っていた存在を思い出した。

「でも、あの逆ピラミッドの機械が思考する生物なら、話し合うこともできるんじゃないんですか?」

「甘ったれたこと言ってんじゃねぇぞ!あいつらはっ!!」

 鴻二が、九朗に詰めかかる勢いを愛華が手で制す。

「確かにぃ、あの逆ピラミッドはぁ、私たちと同じ三次元の生き物よ。技術は驚くほど進んでるけどね。でもね、話し合うなんて絶対できないの」

「なぜ……です?」

「出会ったら、戦うしかないからよ。あいつらからしたら、私たちは忌むべき時間改変者。世界の秩序への反逆者なの。殺すか殺されるか……飛川くんの言う通り、そんな甘ったれた考えじゃいられないってわけ」

愛華はいつもの間延びした口調ではなく、聞いたことのない真剣な口調で九朗に厳しくあたる。

「彼らディヴァスターは、自分たちの歩んできた歴史のみが正しい歴史だと考えています。それ以外のすべては間違い。抹消されるべき間違いなのです。対等な平行宇宙の存在を認めず、唯一無二の自分たちしかあってはならない、と」

 綾乃が愛華の言葉を繋いで淡々と言葉を紡いでいく。けれどそれが淡々と聞こえるだけではないと、九朗は知った。
 彼女の瞳は青く輝いている。絶対零度の怒りをたたえて、どんな氷よりも冷たく。

「だから、あいつらは起こらなくていい悲劇を起こすんだよ……。自分たちの歴史と違うからって、落ちなかったはずの爆弾を落とす、起きなかったはずの地震を起こす。こんなのひどいよ……」

 九朗は、いつもはおしゃべり大好きな杏が、ずっと黙り込んでいる理由がわかった。
 あまりに深い憎しみのせいで身動きが取れなくなってしまうのだ。

「ディヴァスターは訪れた世界の住人をたぶらかし、自らのしもべとするのです。そして、歴史を、彼らの思い描く『正しい』ものに修正します」

 静かな綾乃の声が、九朗にもう一つ納得をもたらした。
 仮面の男たちがアサルトライフルを持っていたのも、猿人が精錬されたナイフを持っていたのも、そのディヴァスターに与えられたからだ。遠未来からの使者ならば、その程度のことは簡単だろう。

「あまりに違いすぎて、修正が無理なようでしたら、異なる宇宙の存在を導き入れ……」

「抹殺……するんですね」

 この話を聞いて九朗は、自分が見た夢はディヴァスターによって修正されたのだとわかった。玖郎の世界では、新撰組はほぼ全員生きていた。玖郎が所属していた零番隊も含めて。
 ディヴァスターのいう『正しい』歴史では新撰組は生きていてはいけなかったのだ。だから皆殺しにされた。
 そして玖郎も殺された。身勝手な理由で。
 それがわかった途端、九朗の胸の中でどうしようもない怒りが込み上げてきた。話し合いなどできるわけもない。


自分の考えの甘さに、九朗は恥じた。
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