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若き龍の目醒め 25
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光の通路を抜けて、九朗があの世界に戻った時。
出迎えたのは、ぎらぎらと相変わらず激しく照りつける太陽、乾燥した空気の匂い、そして、飛び散る血と命絶える叫びだった。
猿人たちと狼人間たちが戦っている。いや、狼人間たちが九郎が一晩を過ごしたあの洞窟の前で。襲われている。
光の門をくぐり、彼らが現れたのは、小高い丘のてっぺんだ。そこから、戦場がまっすぐ見下ろせた。距離はおよそ、三十メートルといったところか。
巨大なナイフを振りかざして、猿人たちが狼人間たちに襲いかかっている。女や子供は洞窟に隠れているようだ。見当たらない。
狼人間の男たちも、必死で家族を守ろうとしているが、いかんせん武器の切れ味が違った。すでに狼人間たちの半数ほどもが地に伏している。猿人たちは数でも勝っている。
猿人たちは、敵を倒した後、次の敵に向かうのではなく、獲物にその場でしゃぶりついていた。肉を食いちぎり、内臓を引きずりだし、血をすする。
ただ残虐なのでなく、彼らは飢えきっているのかもしれない。
しかし、玖郎にはそんなことはどうでもよかった。
玖郎の心が怒りに染まる。
「やめろぉ!」
玖郎は、右手で腰の刀を抜き放ち、だんっと地面を蹴った。
すでに<転換>は済ませている。戦うための決心なら、少し前に済ませてきた。
まだまだ多い疑問、バラノイアについてのわからないこと、それを考えている暇もない。自分の為すべきことについて、迷っている場合でもなくなっていた。むしろ迷いがあるから断ち切るためにこそ、目の前の危急を言い訳に、考えることを放棄した。
玖郎は、凄まじいスピードで一気に、猿人たちの群れに突入する。
「その人から離れろ!」
猿人の一人を狙って、刀を持った手で猿人の顔を思いっきり殴り付けた。
「ぐっぎゃあ!」
鉄の塊である刀を持った手で思いきり殴られた猿人は、きりもみ状に三メートルほど吹っ飛んだ。
猿人が喰らっていた狼人間に九朗は見覚えがあった。
ハナの父親だった。
九郎を救えと子供たちにせがまれて、困っていたあのたくましい狼人間が、今は猿人たちの餌にされている。
「貴様ら……っ!」
玖郎は殴れらて吹っ飛んだ猿人の首を刀で一足飛びに落とし、ぎりっと鋭い殺気を周囲に叩きつけた。するとその場にいる猿人、およそ五十あまりが、彼のまわりに集まり始めてきた。
「ぎゃぎゃう!」
「ぎゃっほほっうっ」
驚愕はない。突然現れた人間に驚くほどの、知恵も想像力も、この猿人たちには育っていないのだ。
ただ、敵か味方か、喰えるか喰えないか、それを見極めるだけの知性しかいまだにそなえていない。
「その程度の数で、俺に勝てると思うな」
玖郎の意識が優勢になり、彼はぴたりと刀を構えた。一分の隙もなく、刃を猿人たちに向ける。この多勢に無勢でありながら、玖郎には余裕がある。今まで、知性ある人間を相手にして来たのだ。野蛮人に遅れを取ることはない。
「逃げるなら追わないが………そのつもりはないようだな」
猿人たちは、茶色い乱杭歯(らんぐいば)を剥き出しにして、玖郎を落ちくぼんだ目で睨みつけている。
「ならば、かかってこい」
紅いだんだら羽織が風になびく。
玖郎の鋭い眼光が猿人たちを射し、側面に回ろうとする敵を確かな殺気で威圧する。背後から襲われる心配はなかった。
玖郎の後ろは、狼人間の家族たちが隠れている洞窟だったのだから。
「ぎゃっほうっ」
猿人の一人が、ナイフを振り上げて、玖郎に突っ込んでくる。猿人は飛び上がって上段からナイフを振りおろす。
玖郎は少しだけ体を反らし、ナイフを避けながら、猿人の足首を斬り、倒れかかったところを背後から一気に頭から斬り裂いた。
血を吹きながら倒れる猿人。それに目をやることもなく、また玖郎は洞窟の前に 立ちふさがった。
「ここは、通さない」
玖郎は、刀を脇に添えて体を低く構え、そして突撃した。
赤と黒の旋風が、猿人たちを薙ぎ倒す。
「あらぁ~あの子、見かけによらず激情家なのねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く、くろーくんを助けないとっ!」
「あのバカ、勝手に突っ走りやがって!」
女性陣を残して、ウォン・フェイフォンが丘を駆け降りる。
一歩一歩がジャンプのようだ。言葉とは裏腹に、その顔は楽しい遊びを始める前の子供のように笑っている。
鴻二のアナザーバージョン〈ウォン・フェイフォン(黄飛鴻)〉は、武術の腕が全ての基準で決められる世界で生まれ、<獅子王>の称号を持つあらゆる武術の達人だ。
彼の見かけは頭の前頭部を剃りあげ、後頭部の残りを伸ばして編んだいわゆる弁髪で、大陸風の武闘着を着用した拳士である。
肉体の<転換>と、身にまとう<再創製>は、次元旅行のあいだにすませてある。
というか、ドラゴン・イェーガーたちにとっては、それが当然なのだ。
肉体の故郷世界から別の世界に旅する時、異なる次元の時の流れに物理法則に適応するためには、本来の肉体よりも、改変され思念エネルギーによって維持される、<転換>された肉体のほうが適しているのである。
九朗が、初めてこの世界に来たとき、元の肉体のままだったのは、彼がいまだ自分の中の玖郎を認識せず、<転換>に必要な思念エネルギーを生み出せなかったからだ。
「覇ィィィィィィィィ!」
フェイフォンが、丘を駆け降りた勢いそのままに飛び蹴りを放つ。蹴りはそのまま猿人に吸い込まれていき、猿人の顔を歪ませる。
「うきゃきゃ」
フェイフォンを敵と認めた猿人たちが、フェイフォンに次々と襲いかかる。フェイフォンはそれを一人一人確実に倒してゆく。あるものは胸板を打たれ、あるものは投げられ、またあるものは足を払われ、倒れる前に蹴りで吹き飛ばされる。
「オラオラぁ!どんどんかかって来いやぁ!」
「やれやれ、着くなりバトル?忙しいわねぇ」
男の子たちを追いかけて、シスターアイカは、丘を滑り降りていく。彼女の格好は教会の修道女のようだった。
愛華の別<バージョン>は、二つの宗教国が百年間、戦争を繰り返している世界からやって来た。
アイカは、その片方の国の小さな町のシスター兼医者だった。
朝も昼も夜も毎日毎日繰り返される戦争。負傷した兵士たちの治療を行いながら彼女は神に祈った。早く戦争が終わりますようにと。そんな願いも空しく敵国がディヴァスターから受け取った殺人ウィルスをばらまかれ、アイカの住む国は疫病にかかり国民は脳みそが破裂し滅びた。
ほんのわずかな強い魂を持った者だけが、この世界にやってきた。アイカもそうしてドラゴンイェーガーになったのだ。
丘のふもとまで、アイカは滑りおりた。軽々とした動作で立ち上がる。ヒップについたほこりを振り払う。
すでに、玖郎とフェイフォンは、猿人と乱戦を繰り広げていた。どちらも、複数の猿人を相手どって、一歩も引いていない。もっとも、このまま二人だけで始末させるには、いささか数が多すぎるようだ。
「さぁ~て、久々に暴れちゃうぞぉ!」
アイカの声を聞き取った猿人が、くるりと彼女を振り向く。
「きゃほっっほっ!」
「いやん!女の子相手に三人はひどくない?」
自分たちより大きな体格のフェイフォン、優れた武装を持っている玖郎、そのどちらよりもくみしやすいと見て、二人の猿人が、彼女めがけて突進してきたのだ。
「イヤァァァッ!……なんちゃって」
アイカはどこからか取り出した長さ三十センチほどの鉄の棒を猿人たちに突きつけた。
「げべべっ!」
「ぐばばばばば!」
すると猿人は体を二、三度大きく痙攣させたあとその場に倒れ、息絶えた。倒れた猿人の死体からは煙がたちのぼり焦げている。
「アイカ先生特製の改造ADHDよん!よい子は真似しちゃダメだゾ☆」
どうやら二つの短い鉄棒から大出力の電気を放出して感電死させたようだ。
「うほっほぉ!」
そこへ、さらに猿人の一匹が突進してきた。電気ショックの再チャージには多少のタイムラグがあり、今のアイカは隙だらけだ。
「あ、やば」
慌てて体制を整えようとするが、猿人はもう目前に迫っている。振り上げられた鋼鉄のナイフ。
猿人がナイフを振り落とそうとした途端、ばこっという音とともに頭蓋が炸裂する。 猿人の頭蓋が。まき散らされたのは赤い血ではなく、銀色の液体だ。
さらに二発の銃声。
発砲音の後、大地の石で何かが跳ね返る音がして―――。
「げべっ」
「ぎゃばっ」
もう二匹、続いてこちらに駆けてきた猿人も、頭蓋を破壊されて倒れた。
「う~んっ、やっぱ爆裂弾は気持ちいい~っ!」
丘の上から声が聞こえた。杏の<アナザーバージョン>である海賊のアン・ボニーだ。
「アンちゃん、ありがとぉ」
アイカはほわんと笑って、アンに礼を言う。
「いいんだよ、先生。あたしとしてもこいつらはくろーくんをいじめたからブチ殺してやりたいの!」
アンが、ブロンドのポニーテールを揺らしながら、丘を下ってアイカに近づく。
「こぉらぁ、いつも言ってるでしょぉ?女の子が『ブチ殺す』なんて言葉、使っちゃダメだって」
「いいんですっ!あたしは海賊なんだから!てかなんで先生がここにいるの!?待機要員でしょ!?」
アイカは医者であるため万一、他のメンバーの有事のために普段はいつもの保健室で待機している。
「だってぇ大事な生徒の初陣だもの~♪しっかり見届けなきゃ……ねぇ?」
ふふふと、おかしな笑いを浮かべながら、真っ赤な舌が、ペロリとくちびるを舐める。
「へ?うきゃ?」
「そうねぇ。じゃあ、まずは女の子らしい声から出してみましょうか?」
いつの間にかアイカがアンの背後に回って、彼女の後ろの首に腕を回している。指先は胸元に触れるか触れないかのところでさ迷い、熱い息がアンの首にかかった。
「ちょ、ちょっとちょっと!こういうのは先生がやってるゲームだけにしてよ!」
愛華の趣味は、パソコンのアダルトゲームで、かなりの量を持っており、自宅に収まりきらなくなったソフトは学校の保健室の薬棚の奥に隠してあるほどだ。ちなみに鴻二もたまに借りている。
「ふふふ、だぁいじょうぶ。アンちゃんもすぐに楽しくなるから……」
チロチロっと伸びた舌が、アンの耳を探り……。
「ぎゃっほぅ!」
またさらに猿人がアンとアイカに向かって突進してきた。
「しまっ……」
体がもつれあって、とっさに避けられない。
そいつはひときわ大きな肉体を持っていた。怪物じみた容貌だ。 ヒヒに近い顔つきに、太い腕。その猿人の体が落とす影がアイカたちに覆い被さり太陽の光を遮った。
その時、動けないアイカたちの目の前に、突然、猿人の体が燃え上がりヒヒは跡形もなく燃え尽きた。
そしてアイカたちの髪もほんの少し焦げた。
「ちょっとぉ、ティターニアちゃん!あなた、わざと私たちにかすらせたでしょ~!」
アイカの声が、尻上がりに大きくなる。その横で、ぺたんと座り込んでいるアンが、ふるふると頭を上下にふった。
「あなたがたが戦場の真ん中で遊んでいるからです。猿人相手とはいえ、油断は禁物ですよ?流れ魔法ということもあるんですから」
にっこりと優雅な笑みを浮かべた美女が、ゆっくり近づいてきた。
綾姫こと星鳳院綾乃の<アナザーバージョン>妖精女王ティターニアだ。
ティターニアは、魔法や妖精が存在する世界からやってきた若き女帝である。銀色の長い髪に、翡翠色の瞳と豪華なドレス、そして同性でも赤面してしまうほどの美貌を持った女性だ。
彼女の戦闘スタイルは、もちろん魔法。右手をかざせば炎が吹き上がり、左手を振れば雷(いかずち)を呼び、両手を突き出せば津波を起こすことができる。
「流れ魔法って……」
「あらかた、片付いたようですわね」
アイカのぼやきを見事に流してティターニアは戦場を見やる。
猿人たちの群れに突入した、玖郎とフェイフォンがほとんどの猿人たちを倒している。アイカたちが倒した猿人は、戦場から逃げてきたものたちのようだ。
「ティターニア、まだ終わってないよ」
アンが、ティターニアの脇をつついた。
「わかっております。……来たようですわね」
ティターニアは静かに振り返った。
陽炎がゆらめいている、限りなく透き通った水の中で、ガラスより透明な海草が身をくねらせているかのように激しく。その、隙間からするりと。
影が忍び出た。黒いドレスの三人の女たちが、忽然と。
小石や枯れかけた草を踏みにじって、そこに立っていたのだ。
アンはホルスターに収まってる銃を手にかけ、ティターニアはいつでも魔法を出せるように、アイカもいつでも武器が出せるように、黒衣の女たちに向き合った。
「なんだ……“アレ”は?」
玖郎とフェイフォンと、アンたち、そして黒衣の女たち。ちょうど、一辺が二十メートルばかりの正三角形を描いている。
「ふん、出てきやがったな。機械女どもが」
「何?」
「ボス戦ってところだ。気を付けろ、こいつらは今までのザコとはちげぇぞ?」
出迎えたのは、ぎらぎらと相変わらず激しく照りつける太陽、乾燥した空気の匂い、そして、飛び散る血と命絶える叫びだった。
猿人たちと狼人間たちが戦っている。いや、狼人間たちが九郎が一晩を過ごしたあの洞窟の前で。襲われている。
光の門をくぐり、彼らが現れたのは、小高い丘のてっぺんだ。そこから、戦場がまっすぐ見下ろせた。距離はおよそ、三十メートルといったところか。
巨大なナイフを振りかざして、猿人たちが狼人間たちに襲いかかっている。女や子供は洞窟に隠れているようだ。見当たらない。
狼人間の男たちも、必死で家族を守ろうとしているが、いかんせん武器の切れ味が違った。すでに狼人間たちの半数ほどもが地に伏している。猿人たちは数でも勝っている。
猿人たちは、敵を倒した後、次の敵に向かうのではなく、獲物にその場でしゃぶりついていた。肉を食いちぎり、内臓を引きずりだし、血をすする。
ただ残虐なのでなく、彼らは飢えきっているのかもしれない。
しかし、玖郎にはそんなことはどうでもよかった。
玖郎の心が怒りに染まる。
「やめろぉ!」
玖郎は、右手で腰の刀を抜き放ち、だんっと地面を蹴った。
すでに<転換>は済ませている。戦うための決心なら、少し前に済ませてきた。
まだまだ多い疑問、バラノイアについてのわからないこと、それを考えている暇もない。自分の為すべきことについて、迷っている場合でもなくなっていた。むしろ迷いがあるから断ち切るためにこそ、目の前の危急を言い訳に、考えることを放棄した。
玖郎は、凄まじいスピードで一気に、猿人たちの群れに突入する。
「その人から離れろ!」
猿人の一人を狙って、刀を持った手で猿人の顔を思いっきり殴り付けた。
「ぐっぎゃあ!」
鉄の塊である刀を持った手で思いきり殴られた猿人は、きりもみ状に三メートルほど吹っ飛んだ。
猿人が喰らっていた狼人間に九朗は見覚えがあった。
ハナの父親だった。
九郎を救えと子供たちにせがまれて、困っていたあのたくましい狼人間が、今は猿人たちの餌にされている。
「貴様ら……っ!」
玖郎は殴れらて吹っ飛んだ猿人の首を刀で一足飛びに落とし、ぎりっと鋭い殺気を周囲に叩きつけた。するとその場にいる猿人、およそ五十あまりが、彼のまわりに集まり始めてきた。
「ぎゃぎゃう!」
「ぎゃっほほっうっ」
驚愕はない。突然現れた人間に驚くほどの、知恵も想像力も、この猿人たちには育っていないのだ。
ただ、敵か味方か、喰えるか喰えないか、それを見極めるだけの知性しかいまだにそなえていない。
「その程度の数で、俺に勝てると思うな」
玖郎の意識が優勢になり、彼はぴたりと刀を構えた。一分の隙もなく、刃を猿人たちに向ける。この多勢に無勢でありながら、玖郎には余裕がある。今まで、知性ある人間を相手にして来たのだ。野蛮人に遅れを取ることはない。
「逃げるなら追わないが………そのつもりはないようだな」
猿人たちは、茶色い乱杭歯(らんぐいば)を剥き出しにして、玖郎を落ちくぼんだ目で睨みつけている。
「ならば、かかってこい」
紅いだんだら羽織が風になびく。
玖郎の鋭い眼光が猿人たちを射し、側面に回ろうとする敵を確かな殺気で威圧する。背後から襲われる心配はなかった。
玖郎の後ろは、狼人間の家族たちが隠れている洞窟だったのだから。
「ぎゃっほうっ」
猿人の一人が、ナイフを振り上げて、玖郎に突っ込んでくる。猿人は飛び上がって上段からナイフを振りおろす。
玖郎は少しだけ体を反らし、ナイフを避けながら、猿人の足首を斬り、倒れかかったところを背後から一気に頭から斬り裂いた。
血を吹きながら倒れる猿人。それに目をやることもなく、また玖郎は洞窟の前に 立ちふさがった。
「ここは、通さない」
玖郎は、刀を脇に添えて体を低く構え、そして突撃した。
赤と黒の旋風が、猿人たちを薙ぎ倒す。
「あらぁ~あの子、見かけによらず激情家なのねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く、くろーくんを助けないとっ!」
「あのバカ、勝手に突っ走りやがって!」
女性陣を残して、ウォン・フェイフォンが丘を駆け降りる。
一歩一歩がジャンプのようだ。言葉とは裏腹に、その顔は楽しい遊びを始める前の子供のように笑っている。
鴻二のアナザーバージョン〈ウォン・フェイフォン(黄飛鴻)〉は、武術の腕が全ての基準で決められる世界で生まれ、<獅子王>の称号を持つあらゆる武術の達人だ。
彼の見かけは頭の前頭部を剃りあげ、後頭部の残りを伸ばして編んだいわゆる弁髪で、大陸風の武闘着を着用した拳士である。
肉体の<転換>と、身にまとう<再創製>は、次元旅行のあいだにすませてある。
というか、ドラゴン・イェーガーたちにとっては、それが当然なのだ。
肉体の故郷世界から別の世界に旅する時、異なる次元の時の流れに物理法則に適応するためには、本来の肉体よりも、改変され思念エネルギーによって維持される、<転換>された肉体のほうが適しているのである。
九朗が、初めてこの世界に来たとき、元の肉体のままだったのは、彼がいまだ自分の中の玖郎を認識せず、<転換>に必要な思念エネルギーを生み出せなかったからだ。
「覇ィィィィィィィィ!」
フェイフォンが、丘を駆け降りた勢いそのままに飛び蹴りを放つ。蹴りはそのまま猿人に吸い込まれていき、猿人の顔を歪ませる。
「うきゃきゃ」
フェイフォンを敵と認めた猿人たちが、フェイフォンに次々と襲いかかる。フェイフォンはそれを一人一人確実に倒してゆく。あるものは胸板を打たれ、あるものは投げられ、またあるものは足を払われ、倒れる前に蹴りで吹き飛ばされる。
「オラオラぁ!どんどんかかって来いやぁ!」
「やれやれ、着くなりバトル?忙しいわねぇ」
男の子たちを追いかけて、シスターアイカは、丘を滑り降りていく。彼女の格好は教会の修道女のようだった。
愛華の別<バージョン>は、二つの宗教国が百年間、戦争を繰り返している世界からやって来た。
アイカは、その片方の国の小さな町のシスター兼医者だった。
朝も昼も夜も毎日毎日繰り返される戦争。負傷した兵士たちの治療を行いながら彼女は神に祈った。早く戦争が終わりますようにと。そんな願いも空しく敵国がディヴァスターから受け取った殺人ウィルスをばらまかれ、アイカの住む国は疫病にかかり国民は脳みそが破裂し滅びた。
ほんのわずかな強い魂を持った者だけが、この世界にやってきた。アイカもそうしてドラゴンイェーガーになったのだ。
丘のふもとまで、アイカは滑りおりた。軽々とした動作で立ち上がる。ヒップについたほこりを振り払う。
すでに、玖郎とフェイフォンは、猿人と乱戦を繰り広げていた。どちらも、複数の猿人を相手どって、一歩も引いていない。もっとも、このまま二人だけで始末させるには、いささか数が多すぎるようだ。
「さぁ~て、久々に暴れちゃうぞぉ!」
アイカの声を聞き取った猿人が、くるりと彼女を振り向く。
「きゃほっっほっ!」
「いやん!女の子相手に三人はひどくない?」
自分たちより大きな体格のフェイフォン、優れた武装を持っている玖郎、そのどちらよりもくみしやすいと見て、二人の猿人が、彼女めがけて突進してきたのだ。
「イヤァァァッ!……なんちゃって」
アイカはどこからか取り出した長さ三十センチほどの鉄の棒を猿人たちに突きつけた。
「げべべっ!」
「ぐばばばばば!」
すると猿人は体を二、三度大きく痙攣させたあとその場に倒れ、息絶えた。倒れた猿人の死体からは煙がたちのぼり焦げている。
「アイカ先生特製の改造ADHDよん!よい子は真似しちゃダメだゾ☆」
どうやら二つの短い鉄棒から大出力の電気を放出して感電死させたようだ。
「うほっほぉ!」
そこへ、さらに猿人の一匹が突進してきた。電気ショックの再チャージには多少のタイムラグがあり、今のアイカは隙だらけだ。
「あ、やば」
慌てて体制を整えようとするが、猿人はもう目前に迫っている。振り上げられた鋼鉄のナイフ。
猿人がナイフを振り落とそうとした途端、ばこっという音とともに頭蓋が炸裂する。 猿人の頭蓋が。まき散らされたのは赤い血ではなく、銀色の液体だ。
さらに二発の銃声。
発砲音の後、大地の石で何かが跳ね返る音がして―――。
「げべっ」
「ぎゃばっ」
もう二匹、続いてこちらに駆けてきた猿人も、頭蓋を破壊されて倒れた。
「う~んっ、やっぱ爆裂弾は気持ちいい~っ!」
丘の上から声が聞こえた。杏の<アナザーバージョン>である海賊のアン・ボニーだ。
「アンちゃん、ありがとぉ」
アイカはほわんと笑って、アンに礼を言う。
「いいんだよ、先生。あたしとしてもこいつらはくろーくんをいじめたからブチ殺してやりたいの!」
アンが、ブロンドのポニーテールを揺らしながら、丘を下ってアイカに近づく。
「こぉらぁ、いつも言ってるでしょぉ?女の子が『ブチ殺す』なんて言葉、使っちゃダメだって」
「いいんですっ!あたしは海賊なんだから!てかなんで先生がここにいるの!?待機要員でしょ!?」
アイカは医者であるため万一、他のメンバーの有事のために普段はいつもの保健室で待機している。
「だってぇ大事な生徒の初陣だもの~♪しっかり見届けなきゃ……ねぇ?」
ふふふと、おかしな笑いを浮かべながら、真っ赤な舌が、ペロリとくちびるを舐める。
「へ?うきゃ?」
「そうねぇ。じゃあ、まずは女の子らしい声から出してみましょうか?」
いつの間にかアイカがアンの背後に回って、彼女の後ろの首に腕を回している。指先は胸元に触れるか触れないかのところでさ迷い、熱い息がアンの首にかかった。
「ちょ、ちょっとちょっと!こういうのは先生がやってるゲームだけにしてよ!」
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「ふふふ、だぁいじょうぶ。アンちゃんもすぐに楽しくなるから……」
チロチロっと伸びた舌が、アンの耳を探り……。
「ぎゃっほぅ!」
またさらに猿人がアンとアイカに向かって突進してきた。
「しまっ……」
体がもつれあって、とっさに避けられない。
そいつはひときわ大きな肉体を持っていた。怪物じみた容貌だ。 ヒヒに近い顔つきに、太い腕。その猿人の体が落とす影がアイカたちに覆い被さり太陽の光を遮った。
その時、動けないアイカたちの目の前に、突然、猿人の体が燃え上がりヒヒは跡形もなく燃え尽きた。
そしてアイカたちの髪もほんの少し焦げた。
「ちょっとぉ、ティターニアちゃん!あなた、わざと私たちにかすらせたでしょ~!」
アイカの声が、尻上がりに大きくなる。その横で、ぺたんと座り込んでいるアンが、ふるふると頭を上下にふった。
「あなたがたが戦場の真ん中で遊んでいるからです。猿人相手とはいえ、油断は禁物ですよ?流れ魔法ということもあるんですから」
にっこりと優雅な笑みを浮かべた美女が、ゆっくり近づいてきた。
綾姫こと星鳳院綾乃の<アナザーバージョン>妖精女王ティターニアだ。
ティターニアは、魔法や妖精が存在する世界からやってきた若き女帝である。銀色の長い髪に、翡翠色の瞳と豪華なドレス、そして同性でも赤面してしまうほどの美貌を持った女性だ。
彼女の戦闘スタイルは、もちろん魔法。右手をかざせば炎が吹き上がり、左手を振れば雷(いかずち)を呼び、両手を突き出せば津波を起こすことができる。
「流れ魔法って……」
「あらかた、片付いたようですわね」
アイカのぼやきを見事に流してティターニアは戦場を見やる。
猿人たちの群れに突入した、玖郎とフェイフォンがほとんどの猿人たちを倒している。アイカたちが倒した猿人は、戦場から逃げてきたものたちのようだ。
「ティターニア、まだ終わってないよ」
アンが、ティターニアの脇をつついた。
「わかっております。……来たようですわね」
ティターニアは静かに振り返った。
陽炎がゆらめいている、限りなく透き通った水の中で、ガラスより透明な海草が身をくねらせているかのように激しく。その、隙間からするりと。
影が忍び出た。黒いドレスの三人の女たちが、忽然と。
小石や枯れかけた草を踏みにじって、そこに立っていたのだ。
アンはホルスターに収まってる銃を手にかけ、ティターニアはいつでも魔法を出せるように、アイカもいつでも武器が出せるように、黒衣の女たちに向き合った。
「なんだ……“アレ”は?」
玖郎とフェイフォンと、アンたち、そして黒衣の女たち。ちょうど、一辺が二十メートルばかりの正三角形を描いている。
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