ショートショートアソート

三木 佳

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パスタに溺れる

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 苦しい。苦しい。
 息ができない。なぜだなぜだ。
 口の中に詰め込まれているのはパスタだ。
 飲み込んでも飲み込んでも詰め込まれる。
 パスタは口から溢れて、溢れて。
 視界をパスタの赤が埋め尽くす。
 息が、できない……。
 まなじりに涙がにじみ、零れ落ちた。
 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
 このパスタは何パスタだったか。
 ああ、そうだ。
 ナポリタンだったね。


「すぐ戻るから。お願いね」
 買い物へ出かける妻を玄関先で見送る。
 5歳になる陽太と二人での初めての留守番だ。
 食卓には湯気のあがるナポリタンがある。
 陽太と一緒に食事をすること。
 妻から命じられたミッションだ。
「ちょっとだけ待っててね」
 妻はかがんで、陽太の視線まで目線を落としてからそう言うと、ドアの向こうへ消えていった。
 寂しそうな表情を見せる陽太の手を握った。
「さあ、ご飯食べよう」
 ここまでは別に何の問題もなかったのだ。
 陽太はとにかくぐずった。
 分からなくはない。母親と長時間離れるのは陽太にとっては初めてのことだからだ。
 ナポリタンを口元に持っていっても、いやいやと首を振り、頑なに口にしようとはしない。
 弾みで赤い雫が跳ね、床に模様を作った。
 ため息をつき、ティッシュで拭き取ったが赤くついた染みはそのままそこに残った。
 二つあるナポリタン、大きい皿は手つかずのまま冷めていく。
 小さい皿もいつまでも量は減らない。
 様々な言葉をかけて、何度陽太の口元へナポリタンを持って行ったことだろう。
 大きい皿のナポリタンにフォークを指した。そのまま持ち上げると塊で持ち上がった。
 もう完全に冷め切っていた。
「ママはすぐ帰ってくるって言ってだろう、なぜわからないんだ」
 怒気をはらんだ声に、陽太の肩がびくりと震えた。
「なぜ、わからないんだ」
 陽太の首根っこを押さえつけ、口の中に無理矢理ナポリタンを押し込む。
「なぜ!」
 ナポリタンを押し込む。
「分からないんだっ!」
 押し込む。押し込む。
 ごほっと陽太はむせたが、構わず押し込む。
 妻から食べさせておいてね、と言われている。
 これが今日の父親としての役目だ。
 陽太のまなじりに涙がにじみ、零れ落ちた。
 この日、渋滞にはまった妻の帰りは運悪く予定より遅くなった。


 ドアの向こうから声が聞こえる。
 話している内容の意味は俺にはよく分からない。
「こちらの早崎さん、毎朝暴れるのなぜなんですか? ただ暴れるだけじゃなくて、とても苦しそうですし」
「若いころ息子さんを彼が原因で亡くされたそうよ。詳しくは知らないんだけど。奥様とも息子さんの死が原因で離婚されてそこからは長く独りだったって聞いたわ。認知症になるのも早くて毎朝なのはそれからずっと。息子さんを亡くされた時のことを思い出すんじゃないかしら」
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