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外伝・大商人ハロルド
大商人ハロルド・真実の姿
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レイオンが国民権を受けて2年の月日が流れた。
エルフの暮らしぶりは、この2年間で飛躍的にに発展したようだ。
家々では夕暮れ時になると、ランタンや蝋燭で明かりをとっていたのだが、その明かりもランプのような明々とした明かりに変わり、
家へ帰るときには、縄梯子で昇降していたものが、簡易的なエレベーターへと変わっていた。
他にも魔法と科学の融合された道具を使い快適に過ごすようになっていた。
これらは全てレイオンの発案した、【魔法を有効に活用する道具を作る】という意見から生まれた道具だった。
なぜ、そういった意見をだしたかというと、元々は夜間の明かりの問題であった。
それは、エルフの国は深い森の中にある為、月明りが届かず夜は完全な暗闇になる。
そこで明かりをとるために、蝋燭や松明などに比べ、 明るく火事のリスクが少ないランタンは必需品であった。
しかし、ランタンを作る技術や材料に使うガラスなどがなく、人間の国と貿易していたのだ。
だが、その貿易が問題であった。
というのも、ランタンやガラス玉などは二束三文で売られているようなものだが、エルフの国では材料が足りず生産ができない物で需要は高い。
そこを人間の商人たちに足元を見られ、同じ重さの貴金属や宝石などと交換していたからだ。
その問題を解決する為に、レイオンはエルフたちの知識と自分の技術で魔力を光に変え持続させることができる発光粘土
※ ≪魔力を与えると 光り輝く石【陽光石】の粉末と、魔力を蓄えることのできる【魔法石】の粉末を混ぜ合わせ、光蜘蛛(巣が日中の光を蓄えて蛍光塗料のように淡く光り昆虫を捕まえる蜘蛛)の糸を水に溶かした物で固めた粘土状の物≫
を発明し、エルフたちに【魔法を有効に活用する道具を作る】という意見を出したのだ。
レイオンの意見に 女王や国の重臣も満場一致で賛成し、エルフの国では【魔法を有効に活用する道具を作る】ことが 国の方針となり、この2年間で飛躍的に発展したのだった。
商人というより、発明家として順風満帆で笑顔の絶えることはないはずだったのだが・・・。
この数週間、レイオンはひどく落ち込み浮かない顔をし続けている。
それは・・・。
~ゼタ家の広間~
いつものゼタ家の広間に、レイオン、ベラドール、ゼペットが集まり真剣な表情で話をしていた。
いつになく真剣な表情でレイオンが何かを質問しベラドールが答えている。
「レイオン、心配するようなことじゃないわよ。
ローレンスは、ただの風邪よ。もう暫くで治ると思うわ。」
「ベラドールさん、そんなにローレンス師匠の体調が悪いんですか?
もう2週間ですよ。いままで体調を崩しても2~3日ほどで治ってたじゃないですか。」
「・・・。」
「どうして2人とも、何も教えてくれないんですか!?」
レイオンは心配のあまり、少々熱くなっているようだ。
だが、すぐに冷静を取り戻し、黙り込む2人に声をかける。
「私は家族であると信じている、2人から本当の話を聞きたかったんです。
さっき モリアーニから話を聞いて驚いたんです。なんで私に話してくれなかったんですか・・・。」
レイオンの一言で、ベラドールが口を割り話し始めた。
「ごめんね、ローレンスが年老いて死ぬ姿を貴方に見せたくないって聞かないのよ。
できれば、私たちも本当のことを教えてあげたかったのだけど・・・。」
「ベラドールさん、年老いて死ぬってどういうことですか?
まだ師匠は250歳くらいでしょ、人間でいう25歳程度じゃないですか!」
興奮しているレイオンにゼペットが厳しい口調で声をかける。
「レイオン、モリアーニと会ったのは嘘じゃな。」
「・・・はい。すみません。」
「いや、嘘をついていたのは、お互いさまじゃ。
レイオンもエルフの民であり、ゼタ家の一員として扱うべきじゃった。」
ゼペットは、そう言い終わるとベラドールを見た。
ベラドールも意を決したように、深くゆっくりと頷く。
その様子を確認した ゼペットは、真剣な眼差しで ゆっくりと話し始めた。
「レイオン、決して話を聞いても、決して取り乱さないと約束してくれ。
ローレンス本人が一番つらいのだから。」
その一言に不安な感情が頭の中を駆け巡り、レイオンの思考を支配しそうになる。
しかし、レイオンは不安な感情を押し殺し、ゆっくりと冷静に頷いた。
レイオンの同意を確認したゼペットは、話を続ける。
「実は、ローレンスは不治の病にかかってしまった。
それは、千年に1人なるかどうかの奇病でエルフの肉体を急激に老化させるものじゃ。
その奇病を発症すれば、約1ヵ月で人間の肉体のように老化が進行し、エルフの魂の年齢まで追いついていく。
つまり、ローレンスの年齢の254歳まで、肉体が人間のような急激な老化を起こし、寿命で死を迎えるというものじゃ。」
「・・・治す方法はないんですか。」
「ない。」
ゼペットはレイオンの質問に即答する。その言葉にレイオンは言葉を失う。
レイオンは何もしてあげることが出来ない自分を恥じ、歯を食いしばり涙を流しているようだ。
そんなレイオンの姿を見て、ベラドールがゼペットに話しかける。
「ほら、あのお方を頼ってみてはどうかしら。」
「ベラドール、辞めるんじゃ。
レイオンに無駄な希望を持たせるようなことを言ってはいけない。」
ベラドールの一言に、レイオンが顔をあげ涙をぬぐい、詰め寄るように質問する。
「ベラドールさん!
あのお方を頼るって、どういう意味ですか!!?
ローレンス師匠は治るんですか!」
レイオンの気迫にベラドールが口を滑らせる。
「え、ええ、海底神殿の妖艶の魔女リルム様よ。」
「妖艶の魔女リルム?」
ゼペットに止められていたが口を滑らせてしまったベラドールは、気まずそうにしている。
そんなベラドールに変わり、ゼペットが説明を始める。
「太古の時代より一切、年を取ることなく生き続ける魔女じゃよ。
魔女と言っても魔法を使って何かをするといった話はなく、様々な調合した薬を使い魔法と同等以上の効果をもたらしてくれるそうじゃ。
妖艶の魔女に気に入られれば、望みのままの薬を、そうでなければ災いを引き起こす薬を渡されるという噂じゃ。
飲んでみるまでは、何が起こるか分からないといった話じゃがな。」
「望みのままの薬・・・ですか。」
レイオンの表情を覗き込むように見ていたベラドールがレイオンに声をかける。
「レイオン、この数千年・・・もっと前からかも知れないけど、望みのままの薬を貰った者は存在しないのよ。
私が話しておいて言うセリフでは ないかもしれないけど、あまり期待しすぎるのは よくないわ。」
「・・・ゼペットさん、ベラドールさん、ありがとうございます。
私は海底神殿の妖艶の魔女の元に行き、ローレンス師匠を治す薬を貰えるように頼んできます。」
レイオンは、2人が止めるのも聞かず自分の部屋に戻り出発の準備をする。
海底神殿はエルフの森から半日ほどの距離にあり、近くに漁場もあるので気軽に行ける場所だ。
ただ名前の通り、海底に作られた神殿の為、海に潜る必要があるのだがレイオンは泳ぐことができない・・・。
とにかく、レイオンは荷物をまとめ、海底神殿のある海岸へ向かうことにした。
レイオンが家の玄関に向かうと、見慣れない老女が立っていた。
その老女を一目みて、レイオンはローレンスであると気が付く。
一気に年を取り、風が吹けば倒れそうなくらい弱っている老女ローレンスは、レイオンを止めるように玄関を遮り、言葉にならないほど かすれた声で話し始めた。
「レイオン、あなたを危険な海底神殿に行かせはしないわ。
私も行方不明者の探索で 海底神殿に入ったことがあるのだけれど、中には 小型のドラゴンや見たこともない魔物も存在しているの。
弓も魔法も使えない貴方が入っても無駄死にするだけよ。
妖艶の魔女の元に たどり着くことすら出来ないわ。
貴方に何かあれば私が耐えられないのよ。心配なの・・・わかって・・・。」
それだけ話し終えると、老女ローレンスは壁にもたれるようにして 辛そうにしている。
レイオンは、老女ローレンスに肩を貸し、部屋へと連れていきながら話す。
「ありがとうございます。
師匠の言う通り、私に戦う才能がないですからね・・・。
師匠は とりあえず部屋で休んでいて下さい。私は森で疲労回復の薬草を採取してきますから。
・・・安心してください。師匠を悲しませるようなことはしないですよ。」
レイオンは老女ローレンスをベッドに寝かせると、ローレンスの目につくところに準備した荷物を置き、部屋を出る。
その様子に安心したのか、ローレンスは目を閉じ眠りについたようだ。
ローレンスの部屋から出てきたレイオンをゼペットたちは心配そうに見つめている。
そんな2人に、レイオンは声をかける。
「ローレンス師匠に止められてしまいました。
私は疲労回復の薬草を採取してくるので、師匠の様子を見ていてください。」
レイオンの言葉に2人も安心した表情を見せる。
レイオンは、薬草採集の装いで家を出て海とは反対方向の森の入り口へと歩いて行った。
~薬草の森の入り口~
レイオンは、しばらく森の中を進み、適当に薬草を採取している。
そのまま森の中にいる他のエルフたちに気づかれないように注意しながら大きな木の根元にある小さな穴に入り始めた。
小さな穴の奥は広めの洞窟に繋がっており、洞窟の奥からは風が吹いている。
この洞窟は3年ほど前に足を滑らせ穴に落ちたレイオンが、偶然発見した抜け道で 海岸近くまで繋がっている洞窟である。
レイオンは光のない洞窟を手探りで進んでいく。
以前、穴に落ちた時はローレンスが助けるために降りてきてくれてローレンスの魔法で明かりを灯し進んだのだが、今回は魔法が使えないレイオン一人なので、手探りでの移動になる。
暗闇の中、洞窟の奥へ奥へと進んでいくうち、レイオンはローレンスのことを思い出し考えていた。
そんなレイオンの目から熱い涙が自然と流れてくる。
それは、ローレンスを失う悲しみからだろうか、それとも・・・。
半日ほど歩き続けると、奥の方が明るくなっている場所に近づいた。
外も日が暮れようとしているのだろう、外から差し込む光は、弱弱しくいまにも暗闇に飲み込まれてしまいそうな光であった。
しかし、それでも日の光は 温かく優しく暗闇で覆われた洞窟内を明るく照らし、レイオンを導いてくれているようであった。
レイオンは、光に導かれるまま 天井から垂れている木の根を掴み 洞窟の壁を登り外に出た。
レイオンが外に出ると、ちょうど日も落ち、森の中も暗闇に包まれた。
「ついてないな・・・。
まあ、洞窟内よりましかな。」
レイオンは独り言をいいながら、海岸を目指す。
夜の森は、様々な音が混ざり合い、不気味な場所でもある。
しかし、森の民として育ったレイオンには、むしろ心地よい音にすら感じる。
レイオンは、休むことなく森を進み続け、海岸へと進みだした。
~海底神殿付近の海岸~
レイオンが目的の海岸へたどり着くころには、すっかり夜も明け、あたりは優しい日の光で包まれていた。
夜明け時というのもあり、海底神殿付近の海岸にエルフの姿はなく、風と波の音だけが聞こえてくる。
この世界に一人だけしかいない。そんな気持ちにさえなってくる。
レイオンが、海底神殿の見える崖によじ登り、崖の上から海底神殿を見下ろしていると背後に人の気配を感じた。
「なにか珍しいものでもあるのかな?」
その声は、老人の声のようだ。
驚いたレイオンは、声のする方を振り返り確認する。
「おやおや、驚かせてしまったようだね。すまないね。」
声の主は、見たこともない人間の老人のようだ。
エルフの領土を抜けなければ来ることができない海岸に、人間の老人がいること自体 驚きなのだが、声をかけてきた老人は、その見た目とは相反してしっかりとした姿勢で立っていた。
それに、この崖は老人が登ってこれるような道はなく、レイオンのいる位置には、崖をよじ登る必要があったからだ。
レイオンは、老人に声をかけた。
「あの、どうやってここまで?」
「ああ、君が崖をよじ登っているのが見えたから、何か面白いものでもあるのかと思って僕も登ってきたんだよ。」
「・・・この崖をですか?」
レイオンの質問に老人は、軽く頷き返事をする。
「他に道がなさそうだったからね。」
レイオンは老人は悪人ではない気がしていた。
とくに根拠などないのだが、表情が豊かで優しい目をした老人に一目で魅了されていたのだろう。
レイオンは優しそうな老人に質問することにした。
「あの、私は妖艶の魔女を探して海底神殿にきたんです。
おじいさん、妖艶の魔女について何か知っていますか?」
老人は、何か考えているのか、思い出そうとしているのか、腕を組み目をつぶり首をかしげている。
「すまない、妖艶の魔女のことは知らないな。
でも、なぜ君は 妖艶の魔女を探しているのかな?」
「それは・・・。」
レイオンは、いま妖艶の魔女を頼ってきている理由を老人に包み隠さず話すことにした。
なぜ、すべて話してしまおうという気になったのか分からなかったが、この老人には話した方がいい気がしたからだ。
老人は、レイオンの話を黙って最後まで聞き、いくつかレイオンの事やエルフに関しての質問をしてきた。
レイオンは、自分が知る範囲で全て答えていった。
すると、老人はブツブツと独り言を言い始めた。
「なるほど、D遺伝子の損傷による細胞の劣化が・・・。」
老人は、レイオンに声をかける。
「レイオン君、一度 ローレンスの状態を見せてもらえないかな。
もしかすれば、ローレンスを治せるかもしれないよ。」
「ほんとうですか!
ぜひ、お願いします!」
レイオンは笑顔で返事をした後、困った顔をした。
「あの、エルフの国に人間は入れないんですよ。
それに、ローレンス師匠も弱っていて家から連れ出すことも難しいです。」
「・・・問題ないと思うよ。」
そういうと老人は胸に右手を当てて声を出す。
「我、魂に命じる。我が姿を全ての視界から消し去れ。」
老人がそういうと、老人の姿が徐々に消え始める。
その不思議な魔法にレイオンは興奮を隠せない。
「すごい!
これならバレずにローレンス師匠の元に行けますね!
あれ?でも、この状態だと案内するのが難しいですよ。
ほら、消えてしまっては・・・。」
レイオンは老人のペースで歩いていこうと考えていたので、老人に消えられると面倒だと考えた。
もし森の中で はぐれてしまえばエルフの結界で老人は迷い、もう会えなくなってしまうかもしれないからだ。
老人はレイオンの心配をよそに、どこからか元気よく答える。
「そうだね、でも実際に消えているわけじゃないから、触られると存在がわかるよ。」
そう老人が言い終わると、レイオンの右手を何かが掴んだ。
すると、その瞬間、老人の姿がはっきりと目の前に現れた。
「ほら、こうして手を繋いでいると問題なく目視できるでしょ。」
レイオンは苦笑いしながら答える。
「ええ、でも姿が見えちゃいますよね・・・。」
「大丈夫!
君以外には存在は気づかれていないよ。
ほら、ものは試しっていうから早速エルフの国へ行ってみよう!」
そういうと老人は再び不思議な魔法を唱え、レイオンの手を引き崖から飛び降りる。
レイオンと老人の体を下から吹き上げる風が ゆっくりと崖の下へと2人を連れていく。
「次から次に不思議な魔法ですね!」
興奮しっぱなしのレイオンに老人は笑って答える。
「これは魔法じゃないよ。」
「魔法じゃないんですか?
でも不思議な現象が起きてるじゃないですか?」
不思議そうなレイオンに老人は笑いながら答える。
「ああ、何度もこういったやり取りをしてる気がする。
これは、魔法じゃなくて、僕たちの周りにある 魂に頼むんだよ。そうすると 魂が答えてくれるんだ。」
「お願い?頼む?完全に上から目線で命令でしたね。」
レイオンの反応に、なぜか老人は涙を流して笑っていた。
どうも感性はエルフに近いものがあるようだ。
老人の笑いが収まるのを待って2人はエルフの国を目指すことにした。
~エルフの国(国境付近)~
大柄な老人と手を繋ぎ歩く 背の低いレイオンは、まるで祖父に連れられて散歩する子供のようだ。
エルフの国の国境付近に差し掛かったあたりで、レイオンが周囲を見渡している。
どうやら、エルフたちに気づかれないように注意して歩いているようだ。
「レイオン君、さっきからキョロキョロしてどうしたの?
道にでも迷った?」
「いえ、ここはエルフの国の国境付近なので、見つかればリューマさんが追い返されるんじゃないかと思って・・・。」
2人は、道中で自己紹介も済ませたようで、名前で呼び合っている。
発明好きのレイオンと物知りのリューマ(老人)は気が合ったようで かなり打ち解けていた。
「レイオン君、心配しすぎだよ。
それに僕たちを目視できているのなら、すでに止められているだろうからね。」
そう言ってリューマ老人が指さす先には弓を持ったエルフが木の上から見張りを続けている。
しかし、見張りのエルフは2人のことに気づいていないようで他の場所を見ているようだ。
「本当に気づかれないんですね。」
「もしかして、信じてなかった?」
「え、ええ、少し疑っていました。」
優しく微笑むリューマとレイオンは、エルフの国へと入っていった。
~ゼタ家の広間~
家にたどり着き周囲を見渡すが、ゼペットやベラドールの姿はない。
もしかすると森にレイオンを探しに行ったのかもしれない。
レイオンはリューマに状況を説明し透明化の魔法?を解除してもらった。
「ローレンスさん、いま帰りました!」
レイオンが奥の部屋にいると思われるローレンスに声をかける。
ローレンスの部屋から物音がして、部屋からローレンスが出てくる。
この1日で更に老いてしまったようで、自力での歩行も難しいのだろう、両手でしっかりと杖を握っていた。
「レイオン、みんな心配したのよ。
いままでどこに行っていたの。」
弱々しく消えそうな声でローレンスがレイオンを叱りつける。
レイオンはローレンスに駆け寄り抱きかかえるように体を支える。
「師匠、心配をかけて ごめんなさい。」
「もう心配かけさせないでね。
これから私が死ぬまでの間でいいから、私から離れたらダメよ。」
ローレンスはレイオンに体を預ける。
その様子を見ていたリューマが2人に声をかける。
「レイオン、深刻な状態のようだね、よかったら急いでローレンスに紹介してもらえると嬉しいんだけど。」
「あ、すみません。
ローレンスさん、こちらは・・・。」
レイオンはローレンスにリューマを紹介する。
ローレンスも最初はリューマを疑うように見ていたのだが、彼の説明する症状が、いまのローレンスの症状と完全に一致し話を聞いてみることにしたようだ。
リューマの話は難しく聞いたこともない単語が続く、どうやらリューマは高名な魔法使いのようだとローレンスは感じ取った。
「と、いうことだね。
要するに君たちの概念で説明すれば、魂と肉体の拒絶反応が出ているからなんだ。」
「リューマさん、治るってことですか?それとも・・・。」
「ああ、問題なく治るよ。
僕が魂にお願いして調整するか、薬を作って完治させるかの2通りなんだけど、見たところ時間もなさそうだから薬を調合するとなると間に合わないかもしれない。
だから、魂にお願いして調整する方法をとろうと思うんだけど・・・ただ、」
「ただ、・・・?」
リューマが言葉を濁したことに、レイオンとローレンスは反応する。
「魂にお願いして調整すれば、副作用として君たちの概念でいう魔力が大幅に増強されてしまうんだよ。」
「それって、すごいことじゃないですか!」
リューマの話を聞いて、2人の表情が分かれた。
笑顔のレイオンと暗い顔をするローレンス。
リューマは、ローレンスの表情を見て察したのか、レイオンに説明する。
「・・・つまり、寿命が短くなるってこと。
生きて80年が限界だろう。
薬を調合するのが間に合えば、エルフとして1000年の時を生きることもできると思うけど・・・。
薬が間に合わない恐れがあるね。」
短命のレイオンにとって80年と言われれば十分な時間があるような気にもなる。
しかし、1000年もの時を生きるエルフにとって80年とは短すぎる時間なのだ。
少し考えたあと、ローレンスが答える。
「以前の私なら、エルフとして生を受けエルフとして死を迎えることを選んだわ。
だから、賭けにでて 薬を待つ方を選んだかもしれない。
でも、いまは少しの時間でもいいから、確実に生き延びたい。
・・・レイオンの成長を見届けないといけないからね。」
そういって、ローレンスはレイオンを見つめる。
レイオンは、照れ笑いしながらもローレンスを見つめなおし頷く。
ローレンスの意思を確認したリューマは、ローレンスの額に手を当て、不思議な呪文を詠唱する。
「我、魂に命じる。この者のD遺伝子に働きかけ・・・。」
事細かに命じられた魔法が発動するのに、3分ほどかかった。
魔法の詠唱が終わると、徐々にローレンスの肉体が若さを取り戻していく。
30分ほど ゆっくりと時間をかけ、ローレンスの肉体は若々しい肉体へと戻っていった。
~30分後~
肉体の再生が終わるころ、リリアスがゼタ家を訪ねてきた。
リリアスは、ローレンスの部屋をノックすると同時に部屋に入ってきた。
「ローレンス、入るわよ。
駄目ね。どこを探してもレイオンが居な・・・。」
部屋に入ってきたリリアスは、混乱している。
リリアスの目に飛び込んできた情報は、不治の病のローレンスが完治して、行方不明のレイオンが部屋でくつろぎ、侵入不可の領域であるエルフの国に人間の老人が居る。
「あれ、私?
おかしいな、疲れてるのかな?」
「リリアス、大丈夫よ。幻覚じゃないわ。
レイオンとリューマさんのおかげで、完治することができたみたいなの。」
「え、誰?
リューマ?
その お爺さん?」
リリアスは混乱が解けない。
ローレンスとレイオンは、順を追って説明することになった。
柔軟な思考のリリアスは、2人の説明で何とか納得してくれた。
しかし、怪訝そうな表情を見せ、ローレンスに話しかける。
「ローレンス、言いにくいことなんだけど、リューマさんには早く国を出て行ってもらった方がいいかもしれないわよ。
確かに命の恩人なんだろうけど、他のエルフに見つかるとリューマさんが捕まって処刑されてしまうかもしれないわ。」
「・・・それもそうね。命の恩人が罰せられるのを黙って見てられないもんね。」
2人の会話から察したのか、リューマが軽く会釈をして手を振り、その手を自分の胸に当てる。
リューマは不思議な魔法を詠唱し消えて帰っていくのだろう。
名残惜しそうに、握手を求めるレイオン。
リューマはレイオンと握手をしようとした、その時!
「きゃーーー!
人間よ!人間がレイオンを誘拐しようとしてるわー!
だれかーーー!
誰かきてーーー!」
家に帰ってきたベラドールがリューマを見て悲鳴を上げている。
その声にレイオン探索のために集められ、外で待機していたエルフの兵士たちがなだれ込んでくる。
リューマは、周囲を包囲されてしまった。
いまのまま消えたとしても、狭い部屋の中で誰に触れることもなく外に出ることは無理だろう。
リューマは 兵士に捕らわれ、城に連行されていく。
レイオン、ローレンス、リリアスが弁解しようとするが、リューマは首を横に振り笑顔で軽く微笑む。
そのまま、リューマは城へと連れていかれてしまった。
~翌日~
ローレンスは レイオンを連れ、城に連行されていった命の恩人、リューマの状況を聞こうとリリアスの元へ訪れた。
「ごめんね、リリアス。
リューマさんは大丈夫そう?」
リリアスは、逆にローレンスに質問する。
「ねえ、リューマさんって何者?」
「何かあったの?」
「それが、女王との謁見の前に、短文詠唱をして姿を消しいなくなったのよ。」
「短文詠唱?」
「・・・ローレンス、知らないの?」
「・・・なんとなく覚えてるかな。」
たぶん覚えていないローレンスの返事に、
『仕方ないわね。』そういった表情でリリアスが説明し始める。
「短文詠唱は、面倒な魔法の詠唱や呪文を唱えずに、思い描いた魔法を自由に発動できる術よ。
現代では失われた詠唱方法で、大昔の文献に登場するソロモン王独自の詠唱方法なのよ。」
「ソロモン王 リュウマ・・・。
まさか、リューマさんって・・・。」
「ええ、たぶんね。いま お城は大混乱よ。
ソロモン王と知らずに捕らえた兵士たちは、ひどく落ち込んでいるし、
女王陛下にいたっては、ソロモン王に王位を返上するって言って聞かないのよ。」
「リューマさんは、そんなこと気にもしてないと思いますよ。
海底神殿から家までの間、ずっと話してたけど、すごく気さくな人でした。」
「そうね、ありがとう。レイオンの言葉を女王陛下に伝えてみるわ。」
リリアスは、2人に礼を述べ別れを告げると城へと移動していった。
2人も、ソロモンの安否を気にかけながらも家へと戻った。
玄関の前につくと、家の中からゼペットとベラドールの大きな笑い声が聞こえてくる。
ローレンスとレイオンが家に戻ると、そこにはリューマの姿があった。
「リューマさん、どうしてここに!?」
「ああ、忘れ物を取りにね。
ついでにゼペットさんの人形を改良して意思を持たせてみたんだ。
面白いことを言うから話しかけてみてよ。」
ローレンスが人形に声をかける。
「こんにちは、私は ハイエルフのローレンスよ。」
「こんにちは、僕は ピノキ男。ウソをつくと鼻が伸びるんだよ。」
ベラドールが大笑いしながらピノキ男に突っ込む。
「いま、ウソをついてるじゃない、はなが伸びてないわよー!」
レイオン以外は、リューマも含め大爆笑をしている。
レイオンは思った・・・。
(リューマさんって、本当は エルフなんじゃないだろうか・・・。)
→ NEXT
エルフの暮らしぶりは、この2年間で飛躍的にに発展したようだ。
家々では夕暮れ時になると、ランタンや蝋燭で明かりをとっていたのだが、その明かりもランプのような明々とした明かりに変わり、
家へ帰るときには、縄梯子で昇降していたものが、簡易的なエレベーターへと変わっていた。
他にも魔法と科学の融合された道具を使い快適に過ごすようになっていた。
これらは全てレイオンの発案した、【魔法を有効に活用する道具を作る】という意見から生まれた道具だった。
なぜ、そういった意見をだしたかというと、元々は夜間の明かりの問題であった。
それは、エルフの国は深い森の中にある為、月明りが届かず夜は完全な暗闇になる。
そこで明かりをとるために、蝋燭や松明などに比べ、 明るく火事のリスクが少ないランタンは必需品であった。
しかし、ランタンを作る技術や材料に使うガラスなどがなく、人間の国と貿易していたのだ。
だが、その貿易が問題であった。
というのも、ランタンやガラス玉などは二束三文で売られているようなものだが、エルフの国では材料が足りず生産ができない物で需要は高い。
そこを人間の商人たちに足元を見られ、同じ重さの貴金属や宝石などと交換していたからだ。
その問題を解決する為に、レイオンはエルフたちの知識と自分の技術で魔力を光に変え持続させることができる発光粘土
※ ≪魔力を与えると 光り輝く石【陽光石】の粉末と、魔力を蓄えることのできる【魔法石】の粉末を混ぜ合わせ、光蜘蛛(巣が日中の光を蓄えて蛍光塗料のように淡く光り昆虫を捕まえる蜘蛛)の糸を水に溶かした物で固めた粘土状の物≫
を発明し、エルフたちに【魔法を有効に活用する道具を作る】という意見を出したのだ。
レイオンの意見に 女王や国の重臣も満場一致で賛成し、エルフの国では【魔法を有効に活用する道具を作る】ことが 国の方針となり、この2年間で飛躍的に発展したのだった。
商人というより、発明家として順風満帆で笑顔の絶えることはないはずだったのだが・・・。
この数週間、レイオンはひどく落ち込み浮かない顔をし続けている。
それは・・・。
~ゼタ家の広間~
いつものゼタ家の広間に、レイオン、ベラドール、ゼペットが集まり真剣な表情で話をしていた。
いつになく真剣な表情でレイオンが何かを質問しベラドールが答えている。
「レイオン、心配するようなことじゃないわよ。
ローレンスは、ただの風邪よ。もう暫くで治ると思うわ。」
「ベラドールさん、そんなにローレンス師匠の体調が悪いんですか?
もう2週間ですよ。いままで体調を崩しても2~3日ほどで治ってたじゃないですか。」
「・・・。」
「どうして2人とも、何も教えてくれないんですか!?」
レイオンは心配のあまり、少々熱くなっているようだ。
だが、すぐに冷静を取り戻し、黙り込む2人に声をかける。
「私は家族であると信じている、2人から本当の話を聞きたかったんです。
さっき モリアーニから話を聞いて驚いたんです。なんで私に話してくれなかったんですか・・・。」
レイオンの一言で、ベラドールが口を割り話し始めた。
「ごめんね、ローレンスが年老いて死ぬ姿を貴方に見せたくないって聞かないのよ。
できれば、私たちも本当のことを教えてあげたかったのだけど・・・。」
「ベラドールさん、年老いて死ぬってどういうことですか?
まだ師匠は250歳くらいでしょ、人間でいう25歳程度じゃないですか!」
興奮しているレイオンにゼペットが厳しい口調で声をかける。
「レイオン、モリアーニと会ったのは嘘じゃな。」
「・・・はい。すみません。」
「いや、嘘をついていたのは、お互いさまじゃ。
レイオンもエルフの民であり、ゼタ家の一員として扱うべきじゃった。」
ゼペットは、そう言い終わるとベラドールを見た。
ベラドールも意を決したように、深くゆっくりと頷く。
その様子を確認した ゼペットは、真剣な眼差しで ゆっくりと話し始めた。
「レイオン、決して話を聞いても、決して取り乱さないと約束してくれ。
ローレンス本人が一番つらいのだから。」
その一言に不安な感情が頭の中を駆け巡り、レイオンの思考を支配しそうになる。
しかし、レイオンは不安な感情を押し殺し、ゆっくりと冷静に頷いた。
レイオンの同意を確認したゼペットは、話を続ける。
「実は、ローレンスは不治の病にかかってしまった。
それは、千年に1人なるかどうかの奇病でエルフの肉体を急激に老化させるものじゃ。
その奇病を発症すれば、約1ヵ月で人間の肉体のように老化が進行し、エルフの魂の年齢まで追いついていく。
つまり、ローレンスの年齢の254歳まで、肉体が人間のような急激な老化を起こし、寿命で死を迎えるというものじゃ。」
「・・・治す方法はないんですか。」
「ない。」
ゼペットはレイオンの質問に即答する。その言葉にレイオンは言葉を失う。
レイオンは何もしてあげることが出来ない自分を恥じ、歯を食いしばり涙を流しているようだ。
そんなレイオンの姿を見て、ベラドールがゼペットに話しかける。
「ほら、あのお方を頼ってみてはどうかしら。」
「ベラドール、辞めるんじゃ。
レイオンに無駄な希望を持たせるようなことを言ってはいけない。」
ベラドールの一言に、レイオンが顔をあげ涙をぬぐい、詰め寄るように質問する。
「ベラドールさん!
あのお方を頼るって、どういう意味ですか!!?
ローレンス師匠は治るんですか!」
レイオンの気迫にベラドールが口を滑らせる。
「え、ええ、海底神殿の妖艶の魔女リルム様よ。」
「妖艶の魔女リルム?」
ゼペットに止められていたが口を滑らせてしまったベラドールは、気まずそうにしている。
そんなベラドールに変わり、ゼペットが説明を始める。
「太古の時代より一切、年を取ることなく生き続ける魔女じゃよ。
魔女と言っても魔法を使って何かをするといった話はなく、様々な調合した薬を使い魔法と同等以上の効果をもたらしてくれるそうじゃ。
妖艶の魔女に気に入られれば、望みのままの薬を、そうでなければ災いを引き起こす薬を渡されるという噂じゃ。
飲んでみるまでは、何が起こるか分からないといった話じゃがな。」
「望みのままの薬・・・ですか。」
レイオンの表情を覗き込むように見ていたベラドールがレイオンに声をかける。
「レイオン、この数千年・・・もっと前からかも知れないけど、望みのままの薬を貰った者は存在しないのよ。
私が話しておいて言うセリフでは ないかもしれないけど、あまり期待しすぎるのは よくないわ。」
「・・・ゼペットさん、ベラドールさん、ありがとうございます。
私は海底神殿の妖艶の魔女の元に行き、ローレンス師匠を治す薬を貰えるように頼んできます。」
レイオンは、2人が止めるのも聞かず自分の部屋に戻り出発の準備をする。
海底神殿はエルフの森から半日ほどの距離にあり、近くに漁場もあるので気軽に行ける場所だ。
ただ名前の通り、海底に作られた神殿の為、海に潜る必要があるのだがレイオンは泳ぐことができない・・・。
とにかく、レイオンは荷物をまとめ、海底神殿のある海岸へ向かうことにした。
レイオンが家の玄関に向かうと、見慣れない老女が立っていた。
その老女を一目みて、レイオンはローレンスであると気が付く。
一気に年を取り、風が吹けば倒れそうなくらい弱っている老女ローレンスは、レイオンを止めるように玄関を遮り、言葉にならないほど かすれた声で話し始めた。
「レイオン、あなたを危険な海底神殿に行かせはしないわ。
私も行方不明者の探索で 海底神殿に入ったことがあるのだけれど、中には 小型のドラゴンや見たこともない魔物も存在しているの。
弓も魔法も使えない貴方が入っても無駄死にするだけよ。
妖艶の魔女の元に たどり着くことすら出来ないわ。
貴方に何かあれば私が耐えられないのよ。心配なの・・・わかって・・・。」
それだけ話し終えると、老女ローレンスは壁にもたれるようにして 辛そうにしている。
レイオンは、老女ローレンスに肩を貸し、部屋へと連れていきながら話す。
「ありがとうございます。
師匠の言う通り、私に戦う才能がないですからね・・・。
師匠は とりあえず部屋で休んでいて下さい。私は森で疲労回復の薬草を採取してきますから。
・・・安心してください。師匠を悲しませるようなことはしないですよ。」
レイオンは老女ローレンスをベッドに寝かせると、ローレンスの目につくところに準備した荷物を置き、部屋を出る。
その様子に安心したのか、ローレンスは目を閉じ眠りについたようだ。
ローレンスの部屋から出てきたレイオンをゼペットたちは心配そうに見つめている。
そんな2人に、レイオンは声をかける。
「ローレンス師匠に止められてしまいました。
私は疲労回復の薬草を採取してくるので、師匠の様子を見ていてください。」
レイオンの言葉に2人も安心した表情を見せる。
レイオンは、薬草採集の装いで家を出て海とは反対方向の森の入り口へと歩いて行った。
~薬草の森の入り口~
レイオンは、しばらく森の中を進み、適当に薬草を採取している。
そのまま森の中にいる他のエルフたちに気づかれないように注意しながら大きな木の根元にある小さな穴に入り始めた。
小さな穴の奥は広めの洞窟に繋がっており、洞窟の奥からは風が吹いている。
この洞窟は3年ほど前に足を滑らせ穴に落ちたレイオンが、偶然発見した抜け道で 海岸近くまで繋がっている洞窟である。
レイオンは光のない洞窟を手探りで進んでいく。
以前、穴に落ちた時はローレンスが助けるために降りてきてくれてローレンスの魔法で明かりを灯し進んだのだが、今回は魔法が使えないレイオン一人なので、手探りでの移動になる。
暗闇の中、洞窟の奥へ奥へと進んでいくうち、レイオンはローレンスのことを思い出し考えていた。
そんなレイオンの目から熱い涙が自然と流れてくる。
それは、ローレンスを失う悲しみからだろうか、それとも・・・。
半日ほど歩き続けると、奥の方が明るくなっている場所に近づいた。
外も日が暮れようとしているのだろう、外から差し込む光は、弱弱しくいまにも暗闇に飲み込まれてしまいそうな光であった。
しかし、それでも日の光は 温かく優しく暗闇で覆われた洞窟内を明るく照らし、レイオンを導いてくれているようであった。
レイオンは、光に導かれるまま 天井から垂れている木の根を掴み 洞窟の壁を登り外に出た。
レイオンが外に出ると、ちょうど日も落ち、森の中も暗闇に包まれた。
「ついてないな・・・。
まあ、洞窟内よりましかな。」
レイオンは独り言をいいながら、海岸を目指す。
夜の森は、様々な音が混ざり合い、不気味な場所でもある。
しかし、森の民として育ったレイオンには、むしろ心地よい音にすら感じる。
レイオンは、休むことなく森を進み続け、海岸へと進みだした。
~海底神殿付近の海岸~
レイオンが目的の海岸へたどり着くころには、すっかり夜も明け、あたりは優しい日の光で包まれていた。
夜明け時というのもあり、海底神殿付近の海岸にエルフの姿はなく、風と波の音だけが聞こえてくる。
この世界に一人だけしかいない。そんな気持ちにさえなってくる。
レイオンが、海底神殿の見える崖によじ登り、崖の上から海底神殿を見下ろしていると背後に人の気配を感じた。
「なにか珍しいものでもあるのかな?」
その声は、老人の声のようだ。
驚いたレイオンは、声のする方を振り返り確認する。
「おやおや、驚かせてしまったようだね。すまないね。」
声の主は、見たこともない人間の老人のようだ。
エルフの領土を抜けなければ来ることができない海岸に、人間の老人がいること自体 驚きなのだが、声をかけてきた老人は、その見た目とは相反してしっかりとした姿勢で立っていた。
それに、この崖は老人が登ってこれるような道はなく、レイオンのいる位置には、崖をよじ登る必要があったからだ。
レイオンは、老人に声をかけた。
「あの、どうやってここまで?」
「ああ、君が崖をよじ登っているのが見えたから、何か面白いものでもあるのかと思って僕も登ってきたんだよ。」
「・・・この崖をですか?」
レイオンの質問に老人は、軽く頷き返事をする。
「他に道がなさそうだったからね。」
レイオンは老人は悪人ではない気がしていた。
とくに根拠などないのだが、表情が豊かで優しい目をした老人に一目で魅了されていたのだろう。
レイオンは優しそうな老人に質問することにした。
「あの、私は妖艶の魔女を探して海底神殿にきたんです。
おじいさん、妖艶の魔女について何か知っていますか?」
老人は、何か考えているのか、思い出そうとしているのか、腕を組み目をつぶり首をかしげている。
「すまない、妖艶の魔女のことは知らないな。
でも、なぜ君は 妖艶の魔女を探しているのかな?」
「それは・・・。」
レイオンは、いま妖艶の魔女を頼ってきている理由を老人に包み隠さず話すことにした。
なぜ、すべて話してしまおうという気になったのか分からなかったが、この老人には話した方がいい気がしたからだ。
老人は、レイオンの話を黙って最後まで聞き、いくつかレイオンの事やエルフに関しての質問をしてきた。
レイオンは、自分が知る範囲で全て答えていった。
すると、老人はブツブツと独り言を言い始めた。
「なるほど、D遺伝子の損傷による細胞の劣化が・・・。」
老人は、レイオンに声をかける。
「レイオン君、一度 ローレンスの状態を見せてもらえないかな。
もしかすれば、ローレンスを治せるかもしれないよ。」
「ほんとうですか!
ぜひ、お願いします!」
レイオンは笑顔で返事をした後、困った顔をした。
「あの、エルフの国に人間は入れないんですよ。
それに、ローレンス師匠も弱っていて家から連れ出すことも難しいです。」
「・・・問題ないと思うよ。」
そういうと老人は胸に右手を当てて声を出す。
「我、魂に命じる。我が姿を全ての視界から消し去れ。」
老人がそういうと、老人の姿が徐々に消え始める。
その不思議な魔法にレイオンは興奮を隠せない。
「すごい!
これならバレずにローレンス師匠の元に行けますね!
あれ?でも、この状態だと案内するのが難しいですよ。
ほら、消えてしまっては・・・。」
レイオンは老人のペースで歩いていこうと考えていたので、老人に消えられると面倒だと考えた。
もし森の中で はぐれてしまえばエルフの結界で老人は迷い、もう会えなくなってしまうかもしれないからだ。
老人はレイオンの心配をよそに、どこからか元気よく答える。
「そうだね、でも実際に消えているわけじゃないから、触られると存在がわかるよ。」
そう老人が言い終わると、レイオンの右手を何かが掴んだ。
すると、その瞬間、老人の姿がはっきりと目の前に現れた。
「ほら、こうして手を繋いでいると問題なく目視できるでしょ。」
レイオンは苦笑いしながら答える。
「ええ、でも姿が見えちゃいますよね・・・。」
「大丈夫!
君以外には存在は気づかれていないよ。
ほら、ものは試しっていうから早速エルフの国へ行ってみよう!」
そういうと老人は再び不思議な魔法を唱え、レイオンの手を引き崖から飛び降りる。
レイオンと老人の体を下から吹き上げる風が ゆっくりと崖の下へと2人を連れていく。
「次から次に不思議な魔法ですね!」
興奮しっぱなしのレイオンに老人は笑って答える。
「これは魔法じゃないよ。」
「魔法じゃないんですか?
でも不思議な現象が起きてるじゃないですか?」
不思議そうなレイオンに老人は笑いながら答える。
「ああ、何度もこういったやり取りをしてる気がする。
これは、魔法じゃなくて、僕たちの周りにある 魂に頼むんだよ。そうすると 魂が答えてくれるんだ。」
「お願い?頼む?完全に上から目線で命令でしたね。」
レイオンの反応に、なぜか老人は涙を流して笑っていた。
どうも感性はエルフに近いものがあるようだ。
老人の笑いが収まるのを待って2人はエルフの国を目指すことにした。
~エルフの国(国境付近)~
大柄な老人と手を繋ぎ歩く 背の低いレイオンは、まるで祖父に連れられて散歩する子供のようだ。
エルフの国の国境付近に差し掛かったあたりで、レイオンが周囲を見渡している。
どうやら、エルフたちに気づかれないように注意して歩いているようだ。
「レイオン君、さっきからキョロキョロしてどうしたの?
道にでも迷った?」
「いえ、ここはエルフの国の国境付近なので、見つかればリューマさんが追い返されるんじゃないかと思って・・・。」
2人は、道中で自己紹介も済ませたようで、名前で呼び合っている。
発明好きのレイオンと物知りのリューマ(老人)は気が合ったようで かなり打ち解けていた。
「レイオン君、心配しすぎだよ。
それに僕たちを目視できているのなら、すでに止められているだろうからね。」
そう言ってリューマ老人が指さす先には弓を持ったエルフが木の上から見張りを続けている。
しかし、見張りのエルフは2人のことに気づいていないようで他の場所を見ているようだ。
「本当に気づかれないんですね。」
「もしかして、信じてなかった?」
「え、ええ、少し疑っていました。」
優しく微笑むリューマとレイオンは、エルフの国へと入っていった。
~ゼタ家の広間~
家にたどり着き周囲を見渡すが、ゼペットやベラドールの姿はない。
もしかすると森にレイオンを探しに行ったのかもしれない。
レイオンはリューマに状況を説明し透明化の魔法?を解除してもらった。
「ローレンスさん、いま帰りました!」
レイオンが奥の部屋にいると思われるローレンスに声をかける。
ローレンスの部屋から物音がして、部屋からローレンスが出てくる。
この1日で更に老いてしまったようで、自力での歩行も難しいのだろう、両手でしっかりと杖を握っていた。
「レイオン、みんな心配したのよ。
いままでどこに行っていたの。」
弱々しく消えそうな声でローレンスがレイオンを叱りつける。
レイオンはローレンスに駆け寄り抱きかかえるように体を支える。
「師匠、心配をかけて ごめんなさい。」
「もう心配かけさせないでね。
これから私が死ぬまでの間でいいから、私から離れたらダメよ。」
ローレンスはレイオンに体を預ける。
その様子を見ていたリューマが2人に声をかける。
「レイオン、深刻な状態のようだね、よかったら急いでローレンスに紹介してもらえると嬉しいんだけど。」
「あ、すみません。
ローレンスさん、こちらは・・・。」
レイオンはローレンスにリューマを紹介する。
ローレンスも最初はリューマを疑うように見ていたのだが、彼の説明する症状が、いまのローレンスの症状と完全に一致し話を聞いてみることにしたようだ。
リューマの話は難しく聞いたこともない単語が続く、どうやらリューマは高名な魔法使いのようだとローレンスは感じ取った。
「と、いうことだね。
要するに君たちの概念で説明すれば、魂と肉体の拒絶反応が出ているからなんだ。」
「リューマさん、治るってことですか?それとも・・・。」
「ああ、問題なく治るよ。
僕が魂にお願いして調整するか、薬を作って完治させるかの2通りなんだけど、見たところ時間もなさそうだから薬を調合するとなると間に合わないかもしれない。
だから、魂にお願いして調整する方法をとろうと思うんだけど・・・ただ、」
「ただ、・・・?」
リューマが言葉を濁したことに、レイオンとローレンスは反応する。
「魂にお願いして調整すれば、副作用として君たちの概念でいう魔力が大幅に増強されてしまうんだよ。」
「それって、すごいことじゃないですか!」
リューマの話を聞いて、2人の表情が分かれた。
笑顔のレイオンと暗い顔をするローレンス。
リューマは、ローレンスの表情を見て察したのか、レイオンに説明する。
「・・・つまり、寿命が短くなるってこと。
生きて80年が限界だろう。
薬を調合するのが間に合えば、エルフとして1000年の時を生きることもできると思うけど・・・。
薬が間に合わない恐れがあるね。」
短命のレイオンにとって80年と言われれば十分な時間があるような気にもなる。
しかし、1000年もの時を生きるエルフにとって80年とは短すぎる時間なのだ。
少し考えたあと、ローレンスが答える。
「以前の私なら、エルフとして生を受けエルフとして死を迎えることを選んだわ。
だから、賭けにでて 薬を待つ方を選んだかもしれない。
でも、いまは少しの時間でもいいから、確実に生き延びたい。
・・・レイオンの成長を見届けないといけないからね。」
そういって、ローレンスはレイオンを見つめる。
レイオンは、照れ笑いしながらもローレンスを見つめなおし頷く。
ローレンスの意思を確認したリューマは、ローレンスの額に手を当て、不思議な呪文を詠唱する。
「我、魂に命じる。この者のD遺伝子に働きかけ・・・。」
事細かに命じられた魔法が発動するのに、3分ほどかかった。
魔法の詠唱が終わると、徐々にローレンスの肉体が若さを取り戻していく。
30分ほど ゆっくりと時間をかけ、ローレンスの肉体は若々しい肉体へと戻っていった。
~30分後~
肉体の再生が終わるころ、リリアスがゼタ家を訪ねてきた。
リリアスは、ローレンスの部屋をノックすると同時に部屋に入ってきた。
「ローレンス、入るわよ。
駄目ね。どこを探してもレイオンが居な・・・。」
部屋に入ってきたリリアスは、混乱している。
リリアスの目に飛び込んできた情報は、不治の病のローレンスが完治して、行方不明のレイオンが部屋でくつろぎ、侵入不可の領域であるエルフの国に人間の老人が居る。
「あれ、私?
おかしいな、疲れてるのかな?」
「リリアス、大丈夫よ。幻覚じゃないわ。
レイオンとリューマさんのおかげで、完治することができたみたいなの。」
「え、誰?
リューマ?
その お爺さん?」
リリアスは混乱が解けない。
ローレンスとレイオンは、順を追って説明することになった。
柔軟な思考のリリアスは、2人の説明で何とか納得してくれた。
しかし、怪訝そうな表情を見せ、ローレンスに話しかける。
「ローレンス、言いにくいことなんだけど、リューマさんには早く国を出て行ってもらった方がいいかもしれないわよ。
確かに命の恩人なんだろうけど、他のエルフに見つかるとリューマさんが捕まって処刑されてしまうかもしれないわ。」
「・・・それもそうね。命の恩人が罰せられるのを黙って見てられないもんね。」
2人の会話から察したのか、リューマが軽く会釈をして手を振り、その手を自分の胸に当てる。
リューマは不思議な魔法を詠唱し消えて帰っていくのだろう。
名残惜しそうに、握手を求めるレイオン。
リューマはレイオンと握手をしようとした、その時!
「きゃーーー!
人間よ!人間がレイオンを誘拐しようとしてるわー!
だれかーーー!
誰かきてーーー!」
家に帰ってきたベラドールがリューマを見て悲鳴を上げている。
その声にレイオン探索のために集められ、外で待機していたエルフの兵士たちがなだれ込んでくる。
リューマは、周囲を包囲されてしまった。
いまのまま消えたとしても、狭い部屋の中で誰に触れることもなく外に出ることは無理だろう。
リューマは 兵士に捕らわれ、城に連行されていく。
レイオン、ローレンス、リリアスが弁解しようとするが、リューマは首を横に振り笑顔で軽く微笑む。
そのまま、リューマは城へと連れていかれてしまった。
~翌日~
ローレンスは レイオンを連れ、城に連行されていった命の恩人、リューマの状況を聞こうとリリアスの元へ訪れた。
「ごめんね、リリアス。
リューマさんは大丈夫そう?」
リリアスは、逆にローレンスに質問する。
「ねえ、リューマさんって何者?」
「何かあったの?」
「それが、女王との謁見の前に、短文詠唱をして姿を消しいなくなったのよ。」
「短文詠唱?」
「・・・ローレンス、知らないの?」
「・・・なんとなく覚えてるかな。」
たぶん覚えていないローレンスの返事に、
『仕方ないわね。』そういった表情でリリアスが説明し始める。
「短文詠唱は、面倒な魔法の詠唱や呪文を唱えずに、思い描いた魔法を自由に発動できる術よ。
現代では失われた詠唱方法で、大昔の文献に登場するソロモン王独自の詠唱方法なのよ。」
「ソロモン王 リュウマ・・・。
まさか、リューマさんって・・・。」
「ええ、たぶんね。いま お城は大混乱よ。
ソロモン王と知らずに捕らえた兵士たちは、ひどく落ち込んでいるし、
女王陛下にいたっては、ソロモン王に王位を返上するって言って聞かないのよ。」
「リューマさんは、そんなこと気にもしてないと思いますよ。
海底神殿から家までの間、ずっと話してたけど、すごく気さくな人でした。」
「そうね、ありがとう。レイオンの言葉を女王陛下に伝えてみるわ。」
リリアスは、2人に礼を述べ別れを告げると城へと移動していった。
2人も、ソロモンの安否を気にかけながらも家へと戻った。
玄関の前につくと、家の中からゼペットとベラドールの大きな笑い声が聞こえてくる。
ローレンスとレイオンが家に戻ると、そこにはリューマの姿があった。
「リューマさん、どうしてここに!?」
「ああ、忘れ物を取りにね。
ついでにゼペットさんの人形を改良して意思を持たせてみたんだ。
面白いことを言うから話しかけてみてよ。」
ローレンスが人形に声をかける。
「こんにちは、私は ハイエルフのローレンスよ。」
「こんにちは、僕は ピノキ男。ウソをつくと鼻が伸びるんだよ。」
ベラドールが大笑いしながらピノキ男に突っ込む。
「いま、ウソをついてるじゃない、はなが伸びてないわよー!」
レイオン以外は、リューマも含め大爆笑をしている。
レイオンは思った・・・。
(リューマさんって、本当は エルフなんじゃないだろうか・・・。)
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