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静かな鬼
しおりを挟む静かな鬼は樹齢二千年をこえる巨木の枝に立ち、遠く二十体の鬼が人間の町を襲っているのを見ていた。
赤や青、黄に紫色をした鬼が金棒や大刀を手に人々を襲い。家を破壊。金品を奪う。各々が叫び笑い好き勝手に暴れていた。
人間は刀や長槍、棍棒を手に三百人ほどの隊を組織し鬼たちに抗戦した。
鬼は人間の倍はある大きな身体。金棒の一撃で岩をも砕く剛力。鋼鉄のように硬い肌。攻守ともに高い戦闘力を持っていた。鬼たちは金棒や大刀を振るい武装して現れた人間の隊列へむかって行った。
人間は知恵と数を武器に鬼を囲み、足に縄を絡めて機動力を奪い、さらに大勢で引き倒す。遠く大弓から矢を放ち怯んだところを攻め込む。同じ箇所を何度も攻撃するなどして鬼に損傷を与えていた。
戦いは一進一退。人間の数は徐々に減ったものの鬼側も負傷し動けなくなった者も出てきた。
ふわりと風が吹いた。静かな鬼の横に、風なる鬼が立っていた。
「加勢しないのか?色鬼だけでは略奪に失敗してしまうぞ」
「後方支援の命は受けてない」
「たまたま通りかかり見物していたわけではあるまい。仲間の働きが気になったのだろう。見ての通り苦戦しておる。術で支援すれば一気にカタがつく」
「仲間」静かな鬼は笑う。
「風なる鬼は後方支援の命を受けて来たんだろ?私に構わず早く助けに行けよ」
「ふん。ワシも年だからのう。楽をしたいものよ。まぁよい。早く行かねば」
口より吹き出した風でふわりと舞い上がり、両腕で風を操り戦場に向かい飛翔した。
戦場上空へ移動するやいなや両腕を大きく振り、巻きおこした強風で人間たちを吹き倒していった。
倒れてた鬼たちは立ち上がり武器を拾って暴れ回った。
人間たちは風により倒れたことで組織が乱れうまく動けず次々とやられていった。そして、武器を捨て四方八方へ逃げ出して行った。
それから鬼たちは人々の家や蔵から食料や金品を持ち出し荷車にのせて鬼ヶ国へ帰って行った。静かな鬼は枝から飛び降りて、額の二本の角が見えぬように術で隠し町に入った。術を使う鬼の体型は人間と変わらない。中でも、静かな鬼は小柄で色白の優男だった。
怪我をしている人のそばに行っては次々と治していった。そうして怪我人すべてを治し終え町をあとにした。鬼ヶ国への道すがら風なる鬼が飛んできた。
「まずいわい。影もぐる鬼が治すのを見ていたぞい」
隣にすとんと降りたった。
「気づいていたよ」
静かな鬼は歩みを止めず道を進んだ。
「軍法会議で問題になるぞい。猛き鬼がうるさくいいそうじゃ」
心配そうに風を吹いて両腕を振り鬼ヶ国へ飛び去った。
軍法会議。
参加。統べる鬼。識鬼。猛き鬼。静かな鬼。
不参加。燃ゆる鬼。爆ぜる鬼。凍てつく鬼。笑う鬼。泣き鬼。怒り鬼。
不参加の鬼はそれぞれの部隊を率い外国で戦っていた。
風なる鬼の心配した通り批判があがった。
猛き鬼は鬼たちに加勢をしなかったこと。人々を治療したことをあげ
「どういうことか説明してくれんかな」
バンッと岩台を叩いて恫喝した。
「支援の命は受けていない。不当な暴力の被害者を治した」
「不当?何が不当だ!仲間を見捨てた奴が偉そうに!」
「我が国は軍事支援で多額の外貨を得ている。隣国の町を襲い利を得る理由はない」
「何を言うか!戦闘の場を作るのも指揮官のつとめだ!そうでなければ、あやつらは喧嘩をしてしまう」
「戦闘がなくとも喧嘩にならぬようするのが指揮官のつとめとやらでは?」
「たかだか二十年しか生きてない赤子が!千年からなるわが軍のやり方を愚弄するか!」
「話にならない」
「貴様!殺すぞ」
「もうよい!」
統べる鬼が二人のやり取りに割って入った。
「猛き鬼の言い分は古来から鬼を率いてきた指揮官として当然の訴えだ。静かな鬼よ。わかってくれ」
「は!」
「ふん!人間の血が入っている奴は何を考えているかわからん。仲間の危機は放置。人間を治す。いつ裏切るかわかりませぬぞ!」
「猛き鬼よ。言葉を選べ。わしも不毛な略奪に賛成したわけではない。隣国全ては人間の国。寿命が千年の鬼と比べ数十年と短いが数は増え文明も進化させてきている。我々を簡単に打ち倒せる技術を生み出すかもしれぬ」
「は!申し訳ありません」
「統べる鬼。人間は子々孫々と知識や技術をただ受け継ぐだけではなく創意工夫をして来ております。私たち鬼は戦闘力と術に頼る形が千数百年と変わっておりませぬ。私は人間との共存を進めるべきと考えているのです。さもなくば鬼は滅びるでしょう」
「鬼が滅びるだと!貴様ぬけぬけとよくもそんなことを」
「猛き鬼。黙って聞け。静かな鬼よ。そうかもしれぬな。ではどう共存を進めるべきと考える?」
「それは私にもわかりませぬ。よって人の国へ行き人間を知りたいと考えておりました。統べる鬼よ。どうかお許しを」
「な!人間の?統べる鬼いけません!こやつは必ず裏切ります!今すぐに捕えるべきです!」
「わしは黙れと言ったな。識鬼。猛き鬼を下げろ」
「承知致しました。識術拘束」
見えない縄が猛き鬼を縛り上げ空中に浮かせ消えた。
「静かな鬼よ。母の国へ行くのだろう?」
「はい。お見通しですか。母の日国に行きたいと考えております。そこで人間たちと出会い。考えを知り。成長したいと考えておりました」
「そうか。人間を知らねば鬼の未来は暗いであろう。静かなる鬼よ。存分に見聞を広め必ずや国に帰ってきてくれ」
「は!」
「うむ。人間にも様々な者がいる。くれぐれも気をつけるのだぞ。出会う全てが修行と心得よ」
静かな鬼は黙って頭を下げた。
会議場を出てすぐ自分の影に手を伸ばし術力で影もぐる鬼の首を掴み引き上げた。そして影のない壁に打ちつけた。
「いつつ。乱暴だなぁ。気づいてたんだ」
「ずっとな。次は心の臓を沈黙させる」
「それは酷すぎる。もうもぐらないよー」
「消えろ」
「はーい」
と近くの影にもぐり消えた。
鬼ヶ国を出る時。五体の鬼に囲まれた。猛き鬼も現れた。
「ここで終わりだ」
「無理だよ。無駄に術を使いたくない」
「やれ」
鬼たちが襲ってきた。が、脚の力を失い倒れた。
「何をした!」
「脚の筋肉を沈黙させた」
「何?」
「筋活動を止めた。もう行くよ」
静かな鬼は怪鳥に変化し日国へ飛び立った。
猛き鬼は呆然とそれを見送っていた。
日国に降りた。記憶を頼りに母の住む町に向かった。静かな鬼は三歳の時に術の類い稀な才能が発覚し鬼ヶ国へ連れさられた。その時に術鬼の父は鬼たちと戦い死んだ。そこに恨みも孤独も感じなかった。それほど術に夢中になった。町への道中で人の争いを治め。鬼が人を襲うのを助けるなどした。ある夜。狼に変化し駆けていると術が解け拘束された。術師が潜んでいた。
「体が小さい術鬼だな。労働力にならんかもな」
術師は捕えた静かな鬼を里へと連れていった。里に着くと広大な結界の中に入れられた。そこでは鬼たちが、木を抜き土をおこし田畑を作るため働かされていた。結界の中から出られず術も使えない。静かな鬼は足手まといとなった。わずかな食べ物も奪われ叩かれ笑われた。空腹は耐えられるが傷をすぐに治せない。非力なわが身を嘆きぼろぼろになりながら働いた。それからは全てを恨み溜め込んでいった。
五年が過ぎた。結界が不安定になり里が騒がしくなった。鬼たちは助けが来たと歓喜した。結界が消えかけた時、笑う鬼が現れた。
「やっと見つけた。苦労したよ。術で探っても居場所がわからない。それで見つけろと命を受け来たのさ」
「術師たちは全滅だ。捕えると結界だけ。人間の術はつまらんな」
「おーっ助かった!うおーっ」
鬼たちは喜び、叫び声を上げた。
「うるさいなぁ」
と笑う鬼は一瞬のうちに鬼たちを切り刻んでみせた。
「ふう。オレは半鬼のアンタが嫌いでね。ここで死んでいたと報告するよ」
静かな鬼は天を指さした。
それを見上げた笑う鬼から笑みが消えた。
結界が消えた空に黒い巨大な球体が浮いていた。
「五年分。結界が解けたら放つつもりだった。渡す相手がいなくなったからやるよ」
「ひぃっっ」
頭上から落ちてきた球体は逃げる笑う鬼を飲み込んで爆発した。
術師の里は消滅。静かな鬼だけ残った。
五年。母の元に行く気持ちは萎えていた。
国を出る時、不安はなかった。強さに自信があった。
術がないと弱い。思い知らされた弱さに落胆した。
あてなく道を歩いていると老人が農作業をしていた。腰を曲げて作業しながら、たびたび腰を痛そうに伸ばしていた。農作業は重労働だ。術で治そうかと思ったが何となくやめた。角を見えなくし声をかけ手伝った。非力と嘆いていた力が役にたった。老人と日が暮れるまで一緒に汗を流した。
老人はお礼にと芋粥を用意してくれた。二人。会話をしながら食べた。芋粥はあたたかく今まで食べた物で一番美味しいかった。
「こんなものしか出せなくてすまんなぁ」
老人は申し訳なさそうに言った。
「いえ。すごく美味しいです。あたたかくて。本当に美味しいです」
そこで涙が落ちたことに気づいた。つらく寂しかった。恨みを糧に生きた。その気持ちが老人との農作業。会話。あたたかい芋粥でゆるんだ。
老人は青年が泣き出したことに戸惑いながらも黙ってそばにいき背中をさすった。
静かな鬼は人を知るということは、自分の弱さを知ることかもしれない。
そんなことを考えていた。
それもまた人間を知る過程のなのだ。
修行は始まったばかり。
涙を拭いて芋粥を平らげた。
母に会いに行こう。
再び心に決めた。
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