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34 罪
ユリアはラフェル攻略のためにどうしたらいいのか考えながら森の中を歩き出す。
「おい! ターゲットを変えるというのはどういう意味だ? 其方は私のことが好きなのではないのか?」
「あんたなんて好きなわけないじゃない? 王太子だったから攻略したかっただけよ」
それはレアルにとってあまりにもひどい言葉だった。
王太子としての地位しか自分にはないとわかっていたつもりでも、そうではなく、自分のことを見てくれる者が現れることをどこかで期待していた。
そんな期待など、夢のまた夢だったのだ。
「次は、ラフェルを狙うということか?」
レアルの声がやけに低く、冷たいものに変化したことにユリアは気づかずに答えた。
「ええ、そうよ。邪魔しないで……」
言葉の途中、ユリアは腰のあたりに強い衝撃を感じた。
衝撃のあった場所を見れば、豪奢な飾りのついた短剣が刺さっていた。
レアルは確かに魅了の魔法で操られたような状態だった。
しかし、魅了の魔法にかかっていた間の記憶もレアルにはしっかりと残っており、その間に見せていたユリアの無邪気で明るい振る舞い、自分に縋ってくる様子、甘える仕草なども覚えていた。
ユリアが牢屋に入れられている間も時にレアルはユリアのことを思い出していた。
ユリアが平民ではなく、男爵や子爵という下級貴族でもいいから、せめて貴族であったのなら側室にするくらいはできたかもしれないと考える程度には、レアルはユリアを気に入っていた。
ユリア本人を気に入っていたというよりも、他の弟たちと比べると見劣りのする自分のことを本当に好いている少女を気に入っていたのだ。
もちろん、ユリア以外にも自分に言い寄ってくる貴族令嬢たちはいたし、レアル自身、そうした令嬢たちと遊んだこともあった。
けれど、貴族は王太子を利用することができる。
そうした者たちに惑わされてはいけないと教え込まれてレアルは育ってきたため、その教えに逆らうことはできなかった。
令嬢たちと遊んでいても、一人に夢中になることはできなかった。
自分が持つ王太子という香りに寄ってくる蝶たちを平等に扱っていた。
しかし、ユリアは平民だった。
王太子の隣に立つことが許されない存在だ。
だからこそ、ユリアは魅了の魔法を使ってまで王太子である自分を振り向かせたかったのだ。
それほどまでに自分のことを好いてくれていたのかと思えば、可愛いような気もしたのだ。
貴族令嬢には警戒するのに、ユリアが貴族令嬢だったら側室にできたと考えるのは矛盾があるが、それほどまでにレアルは自分に自信がなく、自己肯定感を上げてくれる存在を求めていた。
しかし、ユリアも結局は王太子の自分を求めていただけであり、しかも、自分が王太子でなくなったのならば次の王太子であるラフェルに近づこうとする。
なんという変わり身の早さだろうか。
そして、それはレアルにとってはとんでもない裏切りだった。
「あ……」と、小さな声を漏らしたユリアだったが、腰から止めどなく流れる血に思考が追いつかないまま、その場に倒れた。
これまで、レアルは幾度となく剣の稽古をしてきた。
王太子とはいえどいざという時は戦場に立って、騎士たちを奮い立たせなければいけないこともあるだろう。
そうしたことから、剣の稽古を繰り返してきた。
しかし、実際のところ、こうして誰かを刺したことなどなかった。
少女の柔肌とは言えど、若い筋肉はそれほど柔らかいものではなかった。
殺意がなければ、決して深くまで刺さるようなものではない。
抵抗感のある人の体に、レアルは確かな意思を持って、深く、短剣を突き刺したのだ。
そして、その感触は短剣から手を離した後も、ずっと、レアルの手のひらに残っていた。
まるで、罪の重さのように、ずっしりと重く、レアルの手には肉塊に刃物を入れた生々しい感触が残り続けた。
倒れた少女の隣にレアルは膝をつき、そのまま声もなく頭を抱えた。
まるで、深淵が己を飲み込むようだった。
たった一人の命を奪った。
そのことだけでもレアルは発狂しそうだった。
それなのに、どういうわけかレアルの頭の中には身に覚えのない記憶が流れ込んできた。
隣にはまるで王妃のように着飾ったユリアが立っている。
そして、ユリアが自分に囁いたのだ。
もっと広い国土が必要だと。
その囁きに応えるように、自分は家臣に隣国へ攻め込むように命令した。
そうして進められる戦争準備、王国の騎士たちだけではなく、碌な訓練も受けたことがない農民や若者たちが戦争に駆り出されて戦場に連れて行かれる。
王国の騎士たちが隣国の無垢な村人たちを殺していく。
進軍した町で隣国の騎士たちと相対することとなり、戦いの中でさらに他者を殺す者もいれば殺される者もいる。
特に、力のない農民や若者たちは碌に抵抗もできないままに切り捨てられていく。
まさに、そこは地獄だった。
そんな地獄を引き起こしたのは、レアルだ。
騎士たちが人々を殺し、隣国の民が死に、自国の民が死ぬ。
それは全て、レアルの罪だった。
それは知らない記憶だった。
今よりも大人びて見える自分は未来の自分のはずだった。
それなのに、これらのことは全て、確かに起こったことなのだと、なぜか確信できた。
深淵の底には、まだまだ深い闇があった。
森の中でうずくまるレアルは、その夜、顔を上げることができなかった。
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