35 / 52
35 約束
変化蜥蜴の記憶を見たスカーレットはない唇で弧を描いた。
スカーレットが繰り返した人生のうちで一度も自分の手を汚すことのなかった第一王子が、やっと己の手が血の色で染まっていることに気づいたのだ。
朝になりレアルが王宮の騎士たちに発見されるところまでを見て、スカーレットは変化蜥蜴への労いにすこし魔力を分けてやってから変化蜥蜴をミルスに渡した。
変化蜥蜴はミルスの腰に下がっていた薄く削いだ木の皮で作られた筒状の籠に入っていった。
「ミルスもご苦労様」
そう微笑めば、微笑まれたのがわかったようにミルスは嬉しそうにその目を細めた。
王族が戦争を起こしても国内の者が裁くことは難しい。
王族とは国の頂点に立つ者だからだ。
そんな王族が平民の少女を一人殺したところでさしたる問題にはならなかった。
特に、殺された少女は王子を魅了の魔法で惑わせ、牢獄から脱走までした人物だ。
さらに、なんらかの方法で王子を誘拐したであろうという嫌疑までかけられている人物であれば、王子に殺されたところで同情する者はいなかった。
むしろ、当然の報いだと、城内で働く者たちや貴族たちには考えられていた。
それにも関わらず、少女を罰した王子は塞ぎ込み、部屋に閉じ籠もるようになった。
「レアル兄様が部屋に閉じ籠もって食事もあまり食べられないということで、今日の晩餐は父上と他の兄弟たちと一緒に食べることになったんだ」
普段は自分たちの別宮でそれぞれに食べているのに面倒だとルーファはスカーレットに愚痴を言った。
王と王太子は本宮に部屋があるが、それ以外の王子にはそれぞれ別宮が与えられ、そこで生活していた。
「お食事も摂れないほどに塞ぎ込んでいるなんて、心配ですわね」
全く心配などしていないスカーレットの声音にルーファは気をよくして焼き菓子を食べた。
「どうせ誰かと一緒に食べるなら、僕はスカーレットと食べたいな」
「そういえば、ルーファ様がスカル領に滞在した時にしかお食事を共にしたことはございませんでしたね」
「そうだよ! だから、今度、一緒に晩餐を食べよう! その日は泊まって行きたいな」
「ルーファ様はお忙しいでしょうからそのような時間はないでしょう」
「ううっ……」とルーファは項垂れた。
しかし、スカーレットはその後にルーファが想定していなかった言葉を言った。
「ですから、今度、お城で一緒に昼食をいただきましょう」
ルーファは表情を明るくして、スカーレットの気が変わらないうちにすぐに賛同した。
「絶対だよ! 約束だからね! スカーレット!! スカーレットが満足いく昼食を用意させるよ!」
「わたくしが満足いく昼食……ルーファ様はわたくしの食事する姿が気味悪くはないのですか?」
「スカーレットのことを気味悪がるわけがないだろう? 僕はスカーレットのことが大好きなんだから!」
そんな素直な言葉でスカーレットが喜んでくれたことは一度もない。
スカーレットは心底呆れたような眼差しをルーファに向けた。
「本当にルーファ様は変わっていますね」
それでも、そういう時のスカーレットの眼差しは優しい。
ルーファにはそう感じられた。
あなたにおすすめの小説
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
【完結】平凡な容姿の召喚聖女はそろそろ貴方達を捨てさせてもらいます
ユユ
ファンタジー
【 お知らせ 】
先日、近況ボードにも
お知らせしました通り
2026年4月に
完結済みのお話の多数を
一旦closeいたします。
誤字脱字などを修正して
再掲載をするつもりですが
再掲載しない作品もあります。
再掲載の時期は決まっておりません。
表現の変更などもあり得ます。
他の作品も同様です。
ご了承いただけますようお願いいたします。
ユユ
【 お話の内容紹介 】
“美少女だね”
“可愛いね”
“天使みたい”
知ってる。そう言われ続けてきたから。
だけど…
“なんだコレは。
こんなモノを私は妻にしなければならないのか”
召喚(誘拐)された世界では平凡だった。
私は言われた言葉を忘れたりはしない。
* さらっとファンタジー系程度
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
聖女を怒らせたら・・・
朝山みどり
ファンタジー
ある国が聖樹を浄化して貰うために聖女を召喚した。仕事を終わらせれば帰れるならと聖女は浄化の旅に出た。浄化の旅は辛く、聖樹の浄化も大変だったが聖女は頑張った。聖女のそばでは王子も励ました。やがて二人はお互いに心惹かれるようになったが・・・
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った
歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。
だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」
追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。
舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。
一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。
「もう、残業はしません」
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。