魔法使いと皇の剣

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5章 運命

荒野

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 間所を越え、旅路の先に広がっていたのは、まるで異世界に足を踏み入れたかのような荒涼たる光景だった。

 オーデントの領土では、街道は整地され、平原には豊かな草が揺れ、ところどころに森林や山々が彩を添えていた。だが、オステリィアの大地は違った。裂け目のような断崖を荷馬車が悲鳴を上げながら越えた先に広がっていたのは、見渡すかぎりの荒野――不毛にして沈黙した大地だった。

「うっそ……なんか、思ってたのと違うわね……」

 アイリーンのぽつりとこぼした言葉に、ミエラは同意の頷きを返す。

「そういえば、オステリィアってオーデントのような王都はないんですよね?」

 ミエラの問いに、アーベンはどこか嬉しそうに微笑む。

「ああ。オステリィアには王が存在しない。代わりに、“賢者”と呼ばれる魔法使いたちが上に立つ。君の母君も、そうだったはずだね?」

「……みたいですけど、直接話を聞いたわけではないので……」

 ミエラは少し曖昧に返した。母アルミラと一体化した存在、レミアから過去を尋ねることはなかった。神の力を帯びたその存在が語る“母の記憶”に、どうしても違和感が拭えなかったのだ。いま思えば、訊くべきことを多く聞き逃してきた――そんな自覚が、彼女の胸に鈍い痛みを残す。

 それでも過去を話すときに見せる神の顔がミエラを遠ざけていた。

「ならば道すがら、少し私の知識を話してあげようか」

 アーベンが得意げに話し始めたその瞬間、ロスティンが馬の手綱をアーベンに手渡しながら、無造作に荷台に寝転がった。

「じゃあその間、俺はのんびりさせてもらう。馬の操作、任せたぞ」

「だったらアタシがやるわ!」

 すかさずアイリーンが手綱を奪い取り、馬が怯えたように鼻を鳴らす。ロスティンはたまらず起き上がり、

「おい! 俺は安眠がしたいだけなんだ!」

 と文句をぶつけるが、アイリーンの闘志に抗う術はなく、二人は軽口を交わしながらも、どこか楽しげに言い合いを始めていた。

 アーベンは肩をすくめながらも、荷台に腰をおろし、改めて話を始めた。

「オステリィアが“魔法使いの国”と呼ばれているのは知っているね?」

 ミエラは頷く。

「他国に魔術師を支援してきたと聞いています。魔法使いの頂点として……」

「馬は何かと問われ、“馬は四足歩行の獣です”と答えるような単純な理解だね。オステリィアは古来より存在し、オーデントよりもさらに長い歴史を持つ。そして、その中心を成すのが、“賢者たちが住まう都市”なんだ。つまり、国土全体ではなく、その都市自体を“オステリィア”と呼ぶ」

 ロスティンは横になりながらも口を挟む。

「まぁ、好きで来るような場所じゃねぇな。今のうちに休んどくのが吉だ」

 ミエラは眉を寄せるが、アーベンはそれに応じるように続けた。

「元々は各国に散らばっていた魔法使いたちが、自らの力と知識を磨くために集った地。それがオステリィアの起源だと言われている。彼らの目的は国づくりではなく、“魔法そのもの”の探求だった」

「でも、こんな場所なら他の国が奪い合ってもおかしくないですよね? 商業や地政学的な中心でもあるのですから」

 ミエラの疑問に、アーベンは苦い笑みを浮かべる。

「確かに、昔は争いがあった。だが、この荒野は……神々の戦争によって生まれた“不毛の地”とされている。ここに眠るのは力と死。しかも、魔物が数多く棲みついている。しかも“強い”魔物ばかりだ。理由は簡単。各国が平和になり整備されるほど、こうした“整っていない地”に魔が集中する」

「でも……これだけ荒れていたら、魔物たちも食事に困るのでは?」

 アーベンは頷く。

「その通り。だからこそ、ここに棲む魔物たちは生き残り、進化し、洗練された強者ばかりとなった。加えて、いまのように各国が対立している状況下では、この土地に軍を進める国などない。しかも、“何をしでかすかわからない”魔法使いたちの領域だ。誰も無理に手出しなどできはしない」

 アイリーンが興味を引かれたように前を見ながら尋ねる。

「でも、神の力なら無視できるんじゃない? セイクリッドランドにでもして、全部浄化すればいいじゃない」

「信仰があれば、ね。だが、今の時代――それは難しい。加えて、賢者たちがそれを黙って見過ごすとは思えない。少なくとも“以前のオステリィア”であれば、の話だが……」

 その言葉に、ミエラは小さく呟いた。

「……神の肉……」

 アーベンの顔に、わずかな緊張が走る。

「ああ、“神の肉”――神を自在に顕現させうる存在。かつては不可能だった神の再臨が、いまや人の手でなされようとしている。オステリィアが国を閉ざした理由も、恐らくそれと無関係ではないだろうね」

 ミエラの瞳は、風に吹かれる髪の向こうで、遠くの荒野をじっと見据えていた。

「……でも、どうしてアスケラは完全に大陸を支配できなかったんでしょう? グランタリスも、ジンのいた大陸でさえ、結界をつくるほどの力を持つ神がいるのに。なら、なぜ……?」

「さぁ、そこまでは私にもわからない。だが、もしかしたら……これから訪れるオステリィアの地が、君に答えを示してくれるかもしれない。“神ノストール”についても、ね」

 その名を聞いたとき、ミエラの胸にはひときわ強い鼓動が響いていた。

 旅は、いまや神々の秘密、そして世界の在り方そのものに触れようとしている。

 母の故郷、オステリィア。
 ミエラはその先に待つ答えに高ぶる気持ちを抑えられなかった。
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