143 / 169
5章 運命
荒野
しおりを挟む
間所を越え、旅路の先に広がっていたのは、まるで異世界に足を踏み入れたかのような荒涼たる光景だった。
オーデントの領土では、街道は整地され、平原には豊かな草が揺れ、ところどころに森林や山々が彩を添えていた。だが、オステリィアの大地は違った。裂け目のような断崖を荷馬車が悲鳴を上げながら越えた先に広がっていたのは、見渡すかぎりの荒野――不毛にして沈黙した大地だった。
「うっそ……なんか、思ってたのと違うわね……」
アイリーンのぽつりとこぼした言葉に、ミエラは同意の頷きを返す。
「そういえば、オステリィアってオーデントのような王都はないんですよね?」
ミエラの問いに、アーベンはどこか嬉しそうに微笑む。
「ああ。オステリィアには王が存在しない。代わりに、“賢者”と呼ばれる魔法使いたちが上に立つ。君の母君も、そうだったはずだね?」
「……みたいですけど、直接話を聞いたわけではないので……」
ミエラは少し曖昧に返した。母アルミラと一体化した存在、レミアから過去を尋ねることはなかった。神の力を帯びたその存在が語る“母の記憶”に、どうしても違和感が拭えなかったのだ。いま思えば、訊くべきことを多く聞き逃してきた――そんな自覚が、彼女の胸に鈍い痛みを残す。
それでも過去を話すときに見せる神の顔がミエラを遠ざけていた。
「ならば道すがら、少し私の知識を話してあげようか」
アーベンが得意げに話し始めたその瞬間、ロスティンが馬の手綱をアーベンに手渡しながら、無造作に荷台に寝転がった。
「じゃあその間、俺はのんびりさせてもらう。馬の操作、任せたぞ」
「だったらアタシがやるわ!」
すかさずアイリーンが手綱を奪い取り、馬が怯えたように鼻を鳴らす。ロスティンはたまらず起き上がり、
「おい! 俺は安眠がしたいだけなんだ!」
と文句をぶつけるが、アイリーンの闘志に抗う術はなく、二人は軽口を交わしながらも、どこか楽しげに言い合いを始めていた。
アーベンは肩をすくめながらも、荷台に腰をおろし、改めて話を始めた。
「オステリィアが“魔法使いの国”と呼ばれているのは知っているね?」
ミエラは頷く。
「他国に魔術師を支援してきたと聞いています。魔法使いの頂点として……」
「馬は何かと問われ、“馬は四足歩行の獣です”と答えるような単純な理解だね。オステリィアは古来より存在し、オーデントよりもさらに長い歴史を持つ。そして、その中心を成すのが、“賢者たちが住まう都市”なんだ。つまり、国土全体ではなく、その都市自体を“オステリィア”と呼ぶ」
ロスティンは横になりながらも口を挟む。
「まぁ、好きで来るような場所じゃねぇな。今のうちに休んどくのが吉だ」
ミエラは眉を寄せるが、アーベンはそれに応じるように続けた。
「元々は各国に散らばっていた魔法使いたちが、自らの力と知識を磨くために集った地。それがオステリィアの起源だと言われている。彼らの目的は国づくりではなく、“魔法そのもの”の探求だった」
「でも、こんな場所なら他の国が奪い合ってもおかしくないですよね? 商業や地政学的な中心でもあるのですから」
ミエラの疑問に、アーベンは苦い笑みを浮かべる。
「確かに、昔は争いがあった。だが、この荒野は……神々の戦争によって生まれた“不毛の地”とされている。ここに眠るのは力と死。しかも、魔物が数多く棲みついている。しかも“強い”魔物ばかりだ。理由は簡単。各国が平和になり整備されるほど、こうした“整っていない地”に魔が集中する」
「でも……これだけ荒れていたら、魔物たちも食事に困るのでは?」
アーベンは頷く。
「その通り。だからこそ、ここに棲む魔物たちは生き残り、進化し、洗練された強者ばかりとなった。加えて、いまのように各国が対立している状況下では、この土地に軍を進める国などない。しかも、“何をしでかすかわからない”魔法使いたちの領域だ。誰も無理に手出しなどできはしない」
アイリーンが興味を引かれたように前を見ながら尋ねる。
「でも、神の力なら無視できるんじゃない? セイクリッドランドにでもして、全部浄化すればいいじゃない」
「信仰があれば、ね。だが、今の時代――それは難しい。加えて、賢者たちがそれを黙って見過ごすとは思えない。少なくとも“以前のオステリィア”であれば、の話だが……」
その言葉に、ミエラは小さく呟いた。
「……神の肉……」
アーベンの顔に、わずかな緊張が走る。
「ああ、“神の肉”――神を自在に顕現させうる存在。かつては不可能だった神の再臨が、いまや人の手でなされようとしている。オステリィアが国を閉ざした理由も、恐らくそれと無関係ではないだろうね」
ミエラの瞳は、風に吹かれる髪の向こうで、遠くの荒野をじっと見据えていた。
「……でも、どうしてアスケラは完全に大陸を支配できなかったんでしょう? グランタリスも、ジンのいた大陸でさえ、結界をつくるほどの力を持つ神がいるのに。なら、なぜ……?」
「さぁ、そこまでは私にもわからない。だが、もしかしたら……これから訪れるオステリィアの地が、君に答えを示してくれるかもしれない。“神ノストール”についても、ね」
その名を聞いたとき、ミエラの胸にはひときわ強い鼓動が響いていた。
旅は、いまや神々の秘密、そして世界の在り方そのものに触れようとしている。
母の故郷、オステリィア。
ミエラはその先に待つ答えに高ぶる気持ちを抑えられなかった。
オーデントの領土では、街道は整地され、平原には豊かな草が揺れ、ところどころに森林や山々が彩を添えていた。だが、オステリィアの大地は違った。裂け目のような断崖を荷馬車が悲鳴を上げながら越えた先に広がっていたのは、見渡すかぎりの荒野――不毛にして沈黙した大地だった。
「うっそ……なんか、思ってたのと違うわね……」
アイリーンのぽつりとこぼした言葉に、ミエラは同意の頷きを返す。
「そういえば、オステリィアってオーデントのような王都はないんですよね?」
ミエラの問いに、アーベンはどこか嬉しそうに微笑む。
「ああ。オステリィアには王が存在しない。代わりに、“賢者”と呼ばれる魔法使いたちが上に立つ。君の母君も、そうだったはずだね?」
「……みたいですけど、直接話を聞いたわけではないので……」
ミエラは少し曖昧に返した。母アルミラと一体化した存在、レミアから過去を尋ねることはなかった。神の力を帯びたその存在が語る“母の記憶”に、どうしても違和感が拭えなかったのだ。いま思えば、訊くべきことを多く聞き逃してきた――そんな自覚が、彼女の胸に鈍い痛みを残す。
それでも過去を話すときに見せる神の顔がミエラを遠ざけていた。
「ならば道すがら、少し私の知識を話してあげようか」
アーベンが得意げに話し始めたその瞬間、ロスティンが馬の手綱をアーベンに手渡しながら、無造作に荷台に寝転がった。
「じゃあその間、俺はのんびりさせてもらう。馬の操作、任せたぞ」
「だったらアタシがやるわ!」
すかさずアイリーンが手綱を奪い取り、馬が怯えたように鼻を鳴らす。ロスティンはたまらず起き上がり、
「おい! 俺は安眠がしたいだけなんだ!」
と文句をぶつけるが、アイリーンの闘志に抗う術はなく、二人は軽口を交わしながらも、どこか楽しげに言い合いを始めていた。
アーベンは肩をすくめながらも、荷台に腰をおろし、改めて話を始めた。
「オステリィアが“魔法使いの国”と呼ばれているのは知っているね?」
ミエラは頷く。
「他国に魔術師を支援してきたと聞いています。魔法使いの頂点として……」
「馬は何かと問われ、“馬は四足歩行の獣です”と答えるような単純な理解だね。オステリィアは古来より存在し、オーデントよりもさらに長い歴史を持つ。そして、その中心を成すのが、“賢者たちが住まう都市”なんだ。つまり、国土全体ではなく、その都市自体を“オステリィア”と呼ぶ」
ロスティンは横になりながらも口を挟む。
「まぁ、好きで来るような場所じゃねぇな。今のうちに休んどくのが吉だ」
ミエラは眉を寄せるが、アーベンはそれに応じるように続けた。
「元々は各国に散らばっていた魔法使いたちが、自らの力と知識を磨くために集った地。それがオステリィアの起源だと言われている。彼らの目的は国づくりではなく、“魔法そのもの”の探求だった」
「でも、こんな場所なら他の国が奪い合ってもおかしくないですよね? 商業や地政学的な中心でもあるのですから」
ミエラの疑問に、アーベンは苦い笑みを浮かべる。
「確かに、昔は争いがあった。だが、この荒野は……神々の戦争によって生まれた“不毛の地”とされている。ここに眠るのは力と死。しかも、魔物が数多く棲みついている。しかも“強い”魔物ばかりだ。理由は簡単。各国が平和になり整備されるほど、こうした“整っていない地”に魔が集中する」
「でも……これだけ荒れていたら、魔物たちも食事に困るのでは?」
アーベンは頷く。
「その通り。だからこそ、ここに棲む魔物たちは生き残り、進化し、洗練された強者ばかりとなった。加えて、いまのように各国が対立している状況下では、この土地に軍を進める国などない。しかも、“何をしでかすかわからない”魔法使いたちの領域だ。誰も無理に手出しなどできはしない」
アイリーンが興味を引かれたように前を見ながら尋ねる。
「でも、神の力なら無視できるんじゃない? セイクリッドランドにでもして、全部浄化すればいいじゃない」
「信仰があれば、ね。だが、今の時代――それは難しい。加えて、賢者たちがそれを黙って見過ごすとは思えない。少なくとも“以前のオステリィア”であれば、の話だが……」
その言葉に、ミエラは小さく呟いた。
「……神の肉……」
アーベンの顔に、わずかな緊張が走る。
「ああ、“神の肉”――神を自在に顕現させうる存在。かつては不可能だった神の再臨が、いまや人の手でなされようとしている。オステリィアが国を閉ざした理由も、恐らくそれと無関係ではないだろうね」
ミエラの瞳は、風に吹かれる髪の向こうで、遠くの荒野をじっと見据えていた。
「……でも、どうしてアスケラは完全に大陸を支配できなかったんでしょう? グランタリスも、ジンのいた大陸でさえ、結界をつくるほどの力を持つ神がいるのに。なら、なぜ……?」
「さぁ、そこまでは私にもわからない。だが、もしかしたら……これから訪れるオステリィアの地が、君に答えを示してくれるかもしれない。“神ノストール”についても、ね」
その名を聞いたとき、ミエラの胸にはひときわ強い鼓動が響いていた。
旅は、いまや神々の秘密、そして世界の在り方そのものに触れようとしている。
母の故郷、オステリィア。
ミエラはその先に待つ答えに高ぶる気持ちを抑えられなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる