魔法使いと皇の剣

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5章 運命

複合

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 静寂が部屋を包み込んでいた。イランカランが今語ったことを、皆が完全に理解できずにいた。その言葉は重く、誰もが受け止めきれないほどの衝撃を伴っていた。

 ミエラは顔色を失いながら、震える声で口を開いた。

「ノストールが…アスケラでありオルフィーナであると…?」

 その言葉は空気を切り裂くように響いた。部屋の中の者たちは皆、息を潜め、イランカランの返答を待った。

 イランカランは静かに頷いた。彼の表情には、長年の秘密を明かす者特有の複雑さがあった。

「そうだ。主体はノストールであるが、その中には古の神々の力が宿っている。それは我々の想像を超える存在だ」

 しかしアイリーンが前に進み出て、感情を抑えきれない様子で声を上げた。

「でもそれじゃオーデントは何なの? アスケラがアーベンのお父さんに何かしたからあーなったんでしょ!?」

 その声には怒りと混乱が入り混じっていた。イランカランはアイリーンを見据え、声を落とした。彼の姿は嫌なものだったが、その眼差しには古代の知識を持つ者の深遠さが宿っていた。

「本来神と神が混ざるなど例はない。だが神の肉、そしてケンニグの力、オルフィーナを願うもの全てが組み合わさった。それは前代未聞の出来事だ」

 イランカランは部屋の中を見回し、一人一人の表情を確かめるかのように視線を巡らせた。そして続けるように、しかし何処か楽しそうに、まるで長年の謎を解き明かす学者のように語り始めた。

「王妃サミエラは神の肉を用いた。本来は多くの信仰の元に生まれるのが神のはず、それを叶えるのが神の肉だった。しかし神の肉に込められた信仰はオルフィーナの者だけではなかった、病の神も含まれていた」

 その言葉に、部屋の空気がさらに重くなった。古の書物が載った棚から、わずかに埃が舞い上がるのが見えた。

 ミエラは信じられないという思いが滲み出ていた。

「そんな…そんな不完全なものをどうして…更にそれで神が生まれるなんて」

 イランカランは満足げに笑みを浮かべた。その笑みには歓喜と共に、何か暗いものが混じっていた。

「その通り…実にその通りだ!だが生まれたそれこそ歪みノストールの力、ケンニグが仕掛けたものだ。彼の策略は我々の想像を超えていた」

 イランカランは両手を広げ、まるで壮大な物語を語るかのように続けた。彼の声は強く、部屋の隅々まで響き渡った。

「ケンニグが掛けた呪いは、オルフィーナの加護から外れることではなかったのだ。実に素晴らしい! もしオルフィーナの加護が外れたら誰がオルフィーナを呼び出すか、ケンニグはわかっていた。そしてそれは自身の子孫ではないと。そこでケンニグは呪いを賭けた、歪みノストールが顕現するように」

 彼は一歩前に進み、声を落として続けた。その眼差しは誰かに向けられたものではなく、遠い過去を見つめているかのようだった。

「そこから先は本人に聞くしかないが、ノストールは生まれ、そして神の肉により、そしてオルフィーナを信仰する王妃サミエラとその村により、神は生まれ落ちた。不完全ながらも、強大な力を持つ存在として」

 ミエラは理解ができなかった。彼女の頭の中でイメージが混乱し、そしてノストールを思い浮かべた。

 三つの顔を持つノストール。
 病のコウモリの顔、異質な身体を持つ歪んだモノグ、そして美しい女性の顔。

 それらが一つの存在として結びついた姿は、恐怖と畏怖を同時に呼び起こすものだった。

 ミエラはちらりとアーベンを見た。彼の表情には緊張が走っていた。そして再び声を上げた。

「ですが、それならノストールは病の力も慈愛の力も使えると?」

 イランカランは指先を合わせ、考え込むように言った。

「オーデントに起きた事を思えばそうだろうが…恐らく自身だけでは完全には力が使えないのだろう。だからその為に誓いが必要になる。いまの歪みの神は不完全な状態、そして完全になりたがっている」

 イランカランはゆっくりとミエラを見ると、声に力を込めて言った。

「奴はアルミラを求めた。そしてアルミラはその求めに応じるべきだった。だが大陸の外へと逃げた。それが全ての始まりだ」

 ミエラは眉を潜め、困惑の色を隠せなかった。彼女の指先が小刻みに震えていた。

「ノストールは姿を変える事ができる。歪みの力、それだけでない。奴の中にはオルフィーナ、そしてアスケラがいる。眷属達は信仰に逆らえない、付き従うしかない…それがいまのベイルガルドだ」

 イランカランの言葉が終わると、部屋は再び静寂に包まれた。誰もが自分の考えに沈み込み、この啓示の意味を理解しようとしていた。

「それで…運命とやらはなんなのよ」

 アイリーンの声には苛立ちと困惑が混ざり合っていた。彼女は両腕を組み、まるで盾のように自分を守るような姿勢をとっていた。瞳には怒りと、それよりも深い恐れが宿っていた。

 イランカランは彼女の問いに対し、わずかに顎を上げ、高みから見下ろすような視線を向けた。長い指が静かに指輪を撫でる。

「逃げたアルミラを連れ戻す必要があった。だがアルミラには子がいた。運命の神はなんらかの理由でお前が必要だと判断し、竜族に命じてお前をグランタリスに送ったのだ」

 イランカランは窓の外を見やるように視線を移した。その目は遠い何かを見つめているようだった。

「竜族ブリスタリスが一緒にいないならば力尽きたのだろう。そのような任務は容易なものではない」

 彼の言葉には感傷も哀悼の意もなく、ただ事実を述べるような冷たさがあった。

 アイリーンは震える声で尋ねた。彼女の顔から血の気が引いていた。

「私の…親なの?」

 その問いには、長年抱いてきた疑問の重みが込められていた。しかしイランカランは興味なさそうに肩をすくめ、その問いを軽んじるかのように答えた。

「知らぬ。そもそも連れ戻すだけならブリスタリスだけ行けばよかった。なぜお前まで連れて行ったのか…」

 視線をアイリーンから外し、まるでその存在に価値を見出せないかのように続けた。

「まぁどちらにしろ死んだならばやつらの言葉を受ければ"運命"なのだろう」

 アイリーンは自身が知りもしない竜族をぞんざいに話すイランカランに怒りをぶつけることもできず、ただうつむいた。

 アイリーンは拳を強く握りしめていた。その姿には、突然知らされた真実の前に立ちすくむ若さが痛々しく映った。

 部屋の隅にある時計の音だけが静寂を破る。やがてイランカランはあらためてミエラを見て、その瞳を鋭く捉えた。

「ノストールは気づかれないように、形ではアスケラとしてベイルガルドにて力をつけていった。しかしアルミラに子供がおり、その知恵が育ち成長するのを待っていたのだ」

 彼は一歩前に進み、その目に新たな光を宿して言った。

「そしてお前を見つけた。グランタリスにてオルフィーナの信仰がある街を利用し顕現し、その歪みを使い街を歪めた。そして今ここにお前がいる」

 ミエラはイランカランを真っ直ぐに見つめ返した。彼女の表情は落ち着いていたが、その瞳の奥には決意の火が灯っていた。

「この話はただそれを伝えるためのものでしょうか?」

 彼女の声は静かだったが、その問いには鋭い知性が感じられた。部屋の空気が一瞬凍りついたように思えた。

 イランカランは薄く笑みを浮かべた。その笑みには何か不吉なものが潜んでいた。彼は杖を床に突き、その音が部屋中に響き渡った。

「いいや…勿論違うとも。アルミラがいない今、お前が誓いを立てるのだ、ノストールへと。それがお前がアルベストにきた運命だ」
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