世界の果ての階段を

kijima13

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1.プロローグ

招待

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 ひどく痩せた男だった。猛禽類を思わせる顔つきで、頬は削げ、鼻筋が不自然なほど尖っている。色白の肌は血の気がなく、年齢は四十代半ばほどに見えた。短く撫でつけられた髪は乱れひとつなく、仕立てのいい洋服がその身体にぴったりと沿っている。足元の革靴は、場違いなほど磨き上げられていた。
 男は部屋を一瞥し、満足そうに口角を上げた。
 「いやあ、思ったより快適そうだ」
 甲高い声だった。耳に残る響き方をする声で、言葉の終わりがわずかに跳ね上がる。
 「ここ、窓がないでしょう。落ち着くんですよ。外が見えないというのは、実に平等でね」
 男は一人で話し、一人で頷き、突然クスクスと笑った。何が可笑しいのか、説明する気配はない。
 「昨日は賑やかでしたねえ」
 そう言って、男は天井を見上げた。
 「遠くが、ね」
 男は、主人公の方を見た。
 「さて、本題に入りましょうか」
 言葉とは裏腹に、急ぐ様子はない。歩み寄り、椅子の背に指先をかける。爪は短く整えられている。
 「あなたに、会いたいという方がいます」
 一拍置いてから、男は付け加えた。
 「かなり高貴な身分の方です。ですから、くれぐれも注意してください」
 注意、という言葉が、脅しでも忠告でもない調子で発せられる。
 「失礼があれば、困るのは私ではなく、あなたですからね」
 男は、また小さく笑った。
 「名前を名乗らない無礼くらいは、許されると思いますが……まあ、それも含めて、見ものです」
 彼は扉の方を振り返り、指を鳴らした。乾いた音が、部屋に残る。
 「さあ、行きましょう。あまりお待たせすると、機嫌を損ねられる」
 男は振り返らずに言った。
 「もっとも、すでに損ねている可能性もありますが」
 クスクスと笑いながら、男は出口に立った。
 少年はいなかった。
 代わりに現れたこの男が、この街のもう一つの顔なのだと、主人公は理解した。痩せた男に促され、主人公は再び歩かされた。
 階段を上り、曲がり、また下る。どちらへ進んでいるのかは分からない。建物の内部は、方向という概念を拒むように組み立てられていた。足の裏に伝わる感触だけが連続しているのに、距離は測れなかった。
 やがて、仰々しい扉の前で立ち止まる。
 扉は重く、高く、過剰なほどに装飾されていた。この街で初めて見る、明確な誇示だった。
 痩せた男が、肩をすくめる。
 「失礼があると、厄介なことになりますからね」
 甲高い声でそう言い、すぐに付け足す。
 「もっとも、すでに十分厄介な状況だと思いませんか?」
 男は喉を鳴らして嗤った。軽く、しかし長い笑いだった。
 扉が開かれる。
 中は、信じられないほど広かった。
 中央に、異様に大きく、異様に長いテーブルが置かれている。端から端まで視線を走らせるのに、時間がかかった。磨き上げられた天板は光を反射し、距離感をさらに曖昧にしていた。
 奥側に、若い女性が一人、座っている。
 年齢は分からない。姿勢は正しく、動きはない。衣服は簡素だが、質の良さだけははっきりしていた。
 その少し手前、左右に男女が一人ずつ座っている。互いに視線を交わすこともなく、像のように静止していた。
 テーブルから離れた壁際には、兵士が八人、等間隔で立っている。誰一人として動かない。呼吸の気配すら感じられなかった。
 主人公たちが入ってきても、誰も顔を上げなかった。
 視線は落とされたまま。興味も警戒も、そこにはない。存在しないものとして扱われているようだった。
 痩せた男が、一歩前へ出る。
 わざとらしく咳払いをし、甲高い声で呼びかけた。
 「メシア・エヴァ」
 その名が、空間に落ちる。
 次の瞬間だった。
 全員が、一斉に顔を上げた。
 視線が、主人公に集中する。若い女性も、左右の男女も、壁際の兵士たちも、同時だった。打ち合わせたかのような動きに、わずかな遅れもない。
 初めて、主人公はこの部屋に「意思」があるのを感じた。
 痩せた男は、その様子を見て満足そうに口元を歪めた。
 「ほら、ご覧なさい」
 囁くように言う。
 「あなたは、ずいぶん注目されている」
 主人公は、長いテーブルの向こうにいる若い女性――メシア・エヴァと呼ばれた存在から、目を離せなかった。
 彼女だけは、視線を逸らさなかった。
 まるで、最初からここに来ることを知っていたかのように。
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