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1.プロローグ
儀式
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メシア・エヴァは、しばらく主人公を見つめていた。
感情を測る視線ではない。道具の状態を確かめるような、冷たい静けさだった。
やがて、彼女はおもむろに口を開いた。
「――お前は、“何もわからない”と答えるそうだな」
問いかけというより、確認だった。
主人公が言葉を探す前に、彼女は続ける。
「記憶がないのか」
声は硬質で、澱みがない。
「かつて、お前のような人間がいた」
その言葉に、テーブルの周囲の空気がわずかに張り詰めた。だが誰も口を挟まない。
「もし、お前がその人物と同じ“ところ”から来たのなら――」
メシア・エヴァは一拍置いた。
「それが良いことか、悪いことか。現状では、判別がつかない」
彼女は視線を落とし、テーブルの上に手を伸ばした。
灰色の石が、音もなく置かれる。
それは四面体だった。
掌に収まるほどの大きさで、角は滑らかに削られている。人工物でありながら、どこか自然石のような重みがあった。
四つの面には、それぞれ印が刻まれている。
黒い亀。
青い龍。
黄色い虎。
赤い鳥。
主人公は、無意識に先ほど見た四人の額を思い出した。
「――今から、これを振る」
メシア・エヴァは淡々と言った。
占いの宣告でも、遊戯の開始でもない。
結果が“出る”ことを前提とした口調だった。
四面体の石は、彼女の指先の間で、静かに回転していた。
メシア・エヴァの指が開いた。
四面体の石は、ほとんど音を立てずに宙へ放り出された。
落下――そのはずだった。
だが、石は落ちない。
正確には、落ちているのに、進んでいない。
主人公はそれを「見た」というより、「理解してしまった」。
石の回転が、途中で引き延ばされる。
一面が正面を向き、そこから次の面へ移るまでの間が、不自然に長い。瞬き一つ分のはずの時間が、呼吸一つ分、いや、それ以上に伸びている。
音が、遠ざかった。
この部屋にいたはずの気配――兵士の革靴が床を踏む重さ、衣擦れ、誰かの呼吸――それらが一様に薄くなり、綿を通したように歪む。
主人公は、自分の心臓の音だけを、やけにはっきりと聞いていた。
遅い。
鼓動が、異様に遅い。
次の瞬間、彼は気づく。
自分だけが動いている。
いや、動けてしまう。
視線を動かすと、メシア・エヴァの手は半ば空中で止まり、痩せた男の笑いかけた口元も、歪んだ形のまま固定されている。
左右の四人も同じだった。
虎の印の男の瞳は見開かれたまま、鳥の印の女の胸も上下していない。
世界が、凍結している。
冬のせいだ、と主人公はなぜか思った。
少年が言っていた。
寒ければ寒いほど、時間は伸びる。
だがこれは、伸びるというより――裂けている。
石だけが、わずかに、わずかに回り続けていた。
灰色の面に刻まれた印が、順番に視界をよぎる。
亀。
龍。
虎。
鳥。
そのどれでもない瞬間。
刻まれていないはずの“隙間”が、一瞬だけ主人公の目に映った。
何も描かれていない、ただの石肌。
その瞬間、胸の奥が、微かに痛んだ。
――知っている。
理由はわからない。
だが、その「何もない面」を、彼は確かに知っていた。
次の瞬間。
音が、戻る。
重力が、戻る。
石はテーブルに当たり、乾いた音を立てて跳ねた。
時間は、何事もなかったかのように流れ始める。
だが主人公だけが理解していた。
今の一瞬で、この場の前提が、静かに壊れたことを。石は二度、小さく跳ねてから静止した。
上を向いた面に刻まれていたのは――黄色い虎。
一拍の沈黙。
次の瞬間、反対側の席から椅子が軋む音がした。
「ははっ」
虎の印の男が、声を上げて笑った。
獣を思わせる大きな目が、愉快そうに細められる。
「やっとか。正直、退屈してたんだ」
彼は主人公に視線を投げる。
「ちょうどいい。身体も鈍ってたところだしな」
そう言って、立ち上がろうとした。
椅子の脚が床から離れかけた、その瞬間。
「――急くな」
低い声が、空気を切った。
主人公の右側、黒い服の男――亀の印の男だった。
声量は大きくない。だが、否応なく耳に届く。
「座れ。まだ、主の話は終わっていない」
虎の男の動きが止まる。
一瞬だけ、二人の視線が交錯した。
重いものと、鋭いものがぶつかるような沈黙。
虎の男は、肩をすくめた。
「……ちっ」
短く舌打ちすると、再び椅子に身を沈める。
だが、その表情から興味は消えていなかった。
むしろ――獲物を前にした獣のそれに、近づいていた。
メシア・エヴァは、まだ何も言わない。
ただ、石と主人公を、同時に見つめていた。
まるで、結果そのものではなく、
それによって生じた“歪み”を計っているかのように。「さて」
メシア・エヴァは、静かにそう言った。
その一言で、場の空気が整え直される。
彼女は主人公を見る。
「――虚ろの男」
それは名ではなかった。
ここにいる誰も、彼の名前を知らない。ただ、そう呼ぶしかないというだけの呼称だった。
「お前が本当に記憶を失っているのか」
一拍。
「あるいは、偽りを述べているのか」
さらに一拍。
「これから判断する」
主人公は、小さく頷いた。
呼ばれた言葉に、胸は何も応えなかった。
そして、初めて言葉らしい言葉を発する。
「……どうすれば」
メシア・エヴァは、灰色の石から視線を上げる。
「簡単だ」
淡々とした声だった。
「お前は――その男と向き合え」
彼女の視線が、テーブルの向こう側にいる、額に虎の印を持つ男を示す。
虎の男は、にやりと笑った。
今度こそ、立ち上がる準備をするように、肩を鳴らした。ビャクは腰に手をやり、ナイフを抜いた。
刃渡りは、成人の掌より少し長いほど。
短剣というより、処置用の刃物に近い。
柄は黒く、磨かれた石のような鈍い光沢を帯びている。
握りの根元には、指を守るための輪が付いていた。殴打にも使える造りだ。
刃は異様なほど研ぎ澄まされていた。
ビャクが軽く振る。
ひゅ、と――空気が裂けたような音がした。
それを二度、三度。
刃の重さと切れ味を確かめるように振ったあと、主人公に向き直る。
「動くなよ」
静かな声だった。
「動くと、ろくなことにならない」
主人公はうなずき、遅れて気づいて慌てて言葉を足す。
「……はい」
ビャクは口の端を上げた。
「いい子だ」
それから、眠っていた赤い鳥の印の女に声をかける。
「火を貸してくれ、シュ」
シュと呼ばれた女は、ゆっくりと瞼を上げた。
眠たげに目をこすり、左手を少しだけ持ち上げる。
手首を、軽く弾くような仕草。
次の瞬間。
ビャクのナイフの刃が、赤い炎に包まれた。
燃え上がることはない。
一瞬、舐めるように走り、すぐに消える。
だが刃は、わずかに赤みを帯びていた。
ビャクは右手で主人公の顎を掴む。
力は強いが、乱暴ではない。
「舌を出せ」
「……はい」
主人公は素直に舌を出した。
ビャクは至近距離でその様子を確かめ、低く言う。
「痛いのは一瞬だ」
囁くような声。
「痛みは、すぐ過ぎ去る。恐れるな」
刃が、ゆっくりと近づく。
「恐れると、痛みはそこに居座る」
黄色い瞳が、主人公を射抜く。
「火鼠みたいにな。だらだら、だらだらと」
刃先が、舌の上に触れた。
「いいな。――動くんじゃないぞ」
主人公は、不思議と恐れを感じていなかった。
理由はわからない。
それどころか、ビャクの獣のような薄黄色の瞳孔を見ていると、胸の奥が静まっていくのを感じた。
安心、と呼ぶにはおかしい。
だが、確かにそこには落ち着きがあった。
ビャクは、ゆっくりとナイフの先端を舌の中央に刺す。
浅く。
それから、人差し指の第一関節ほどの長さで、横に引いた。
一瞬、鋭い痛みが走る。
だが――
本当に、一瞬だった。
ビャクの言った通り、痛みはすぐに過ぎ去った。
舌に残ったのは、熱と、鉄の味だけだった。
ビャクは主人公から手を放した。
満足そうだった。
血の処理も確認もせず、ただ結果だけを受け取った顔だ。
「――これでいい」
ナイフを軽く振り、刃についた赤を空気に払う。
「お前に印をつけた。これでお前は、もう俺の所有物だ」
言い切りだった。
「誰かに何者かと問われたら、舌を見せろ。それで話は終わりだ」
説明というより、運用方法の提示だった。
ビャクは続ける。
「お前は、この後、何かを失う」
淡々と。
「それが印の代償だ」
主人公の顔色を確かめるように、一瞬だけ目を細める。
「声かもしれねえ。味かもしれない。痛みかもしれねえし、視界かもしれねえ」
どれも同列に扱われている。
「すぐには発現しねえ。ある日、突然だ」
間。
「だが慌てるな」
諭すようでいて、慰めではない。
「何かを得るなら、何かを失う。理ってのは、だいたいそうできてる」
肩をすくめる。
「何を失ったとしても、じきに慣れる。人間ってのはな、だいたい何にでも慣れる」
そして、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「もっとも――お前さんは、そもそも何も持ってないかもしれんがな」
主人公は、どう反応していいかわからなかった。
痛みはもうない。
舌はまだそこにあり、声も出る。
だが「失う」と言われた何かが、すでに自分の中から切り取られたような感覚だけが残っていた。
ビャクは構わず続ける。
「これから、お前は西の街に行く」
指で自分の胸を叩く。
「俺と一緒にな」
「俺の仕事をしてもらう」
命令ではない。決定事項だ。
「お前が一体誰なのか」
一拍。
「本当に記憶がないのか、あるのか」
黄色い瞳が、まっすぐ主人公を捉える。
「それは俺が審査する」
その言葉で、この儀式が終わりではないことが、はっきりした。
これは始まりだった。
所有された者としての、始まりだった。
感情を測る視線ではない。道具の状態を確かめるような、冷たい静けさだった。
やがて、彼女はおもむろに口を開いた。
「――お前は、“何もわからない”と答えるそうだな」
問いかけというより、確認だった。
主人公が言葉を探す前に、彼女は続ける。
「記憶がないのか」
声は硬質で、澱みがない。
「かつて、お前のような人間がいた」
その言葉に、テーブルの周囲の空気がわずかに張り詰めた。だが誰も口を挟まない。
「もし、お前がその人物と同じ“ところ”から来たのなら――」
メシア・エヴァは一拍置いた。
「それが良いことか、悪いことか。現状では、判別がつかない」
彼女は視線を落とし、テーブルの上に手を伸ばした。
灰色の石が、音もなく置かれる。
それは四面体だった。
掌に収まるほどの大きさで、角は滑らかに削られている。人工物でありながら、どこか自然石のような重みがあった。
四つの面には、それぞれ印が刻まれている。
黒い亀。
青い龍。
黄色い虎。
赤い鳥。
主人公は、無意識に先ほど見た四人の額を思い出した。
「――今から、これを振る」
メシア・エヴァは淡々と言った。
占いの宣告でも、遊戯の開始でもない。
結果が“出る”ことを前提とした口調だった。
四面体の石は、彼女の指先の間で、静かに回転していた。
メシア・エヴァの指が開いた。
四面体の石は、ほとんど音を立てずに宙へ放り出された。
落下――そのはずだった。
だが、石は落ちない。
正確には、落ちているのに、進んでいない。
主人公はそれを「見た」というより、「理解してしまった」。
石の回転が、途中で引き延ばされる。
一面が正面を向き、そこから次の面へ移るまでの間が、不自然に長い。瞬き一つ分のはずの時間が、呼吸一つ分、いや、それ以上に伸びている。
音が、遠ざかった。
この部屋にいたはずの気配――兵士の革靴が床を踏む重さ、衣擦れ、誰かの呼吸――それらが一様に薄くなり、綿を通したように歪む。
主人公は、自分の心臓の音だけを、やけにはっきりと聞いていた。
遅い。
鼓動が、異様に遅い。
次の瞬間、彼は気づく。
自分だけが動いている。
いや、動けてしまう。
視線を動かすと、メシア・エヴァの手は半ば空中で止まり、痩せた男の笑いかけた口元も、歪んだ形のまま固定されている。
左右の四人も同じだった。
虎の印の男の瞳は見開かれたまま、鳥の印の女の胸も上下していない。
世界が、凍結している。
冬のせいだ、と主人公はなぜか思った。
少年が言っていた。
寒ければ寒いほど、時間は伸びる。
だがこれは、伸びるというより――裂けている。
石だけが、わずかに、わずかに回り続けていた。
灰色の面に刻まれた印が、順番に視界をよぎる。
亀。
龍。
虎。
鳥。
そのどれでもない瞬間。
刻まれていないはずの“隙間”が、一瞬だけ主人公の目に映った。
何も描かれていない、ただの石肌。
その瞬間、胸の奥が、微かに痛んだ。
――知っている。
理由はわからない。
だが、その「何もない面」を、彼は確かに知っていた。
次の瞬間。
音が、戻る。
重力が、戻る。
石はテーブルに当たり、乾いた音を立てて跳ねた。
時間は、何事もなかったかのように流れ始める。
だが主人公だけが理解していた。
今の一瞬で、この場の前提が、静かに壊れたことを。石は二度、小さく跳ねてから静止した。
上を向いた面に刻まれていたのは――黄色い虎。
一拍の沈黙。
次の瞬間、反対側の席から椅子が軋む音がした。
「ははっ」
虎の印の男が、声を上げて笑った。
獣を思わせる大きな目が、愉快そうに細められる。
「やっとか。正直、退屈してたんだ」
彼は主人公に視線を投げる。
「ちょうどいい。身体も鈍ってたところだしな」
そう言って、立ち上がろうとした。
椅子の脚が床から離れかけた、その瞬間。
「――急くな」
低い声が、空気を切った。
主人公の右側、黒い服の男――亀の印の男だった。
声量は大きくない。だが、否応なく耳に届く。
「座れ。まだ、主の話は終わっていない」
虎の男の動きが止まる。
一瞬だけ、二人の視線が交錯した。
重いものと、鋭いものがぶつかるような沈黙。
虎の男は、肩をすくめた。
「……ちっ」
短く舌打ちすると、再び椅子に身を沈める。
だが、その表情から興味は消えていなかった。
むしろ――獲物を前にした獣のそれに、近づいていた。
メシア・エヴァは、まだ何も言わない。
ただ、石と主人公を、同時に見つめていた。
まるで、結果そのものではなく、
それによって生じた“歪み”を計っているかのように。「さて」
メシア・エヴァは、静かにそう言った。
その一言で、場の空気が整え直される。
彼女は主人公を見る。
「――虚ろの男」
それは名ではなかった。
ここにいる誰も、彼の名前を知らない。ただ、そう呼ぶしかないというだけの呼称だった。
「お前が本当に記憶を失っているのか」
一拍。
「あるいは、偽りを述べているのか」
さらに一拍。
「これから判断する」
主人公は、小さく頷いた。
呼ばれた言葉に、胸は何も応えなかった。
そして、初めて言葉らしい言葉を発する。
「……どうすれば」
メシア・エヴァは、灰色の石から視線を上げる。
「簡単だ」
淡々とした声だった。
「お前は――その男と向き合え」
彼女の視線が、テーブルの向こう側にいる、額に虎の印を持つ男を示す。
虎の男は、にやりと笑った。
今度こそ、立ち上がる準備をするように、肩を鳴らした。ビャクは腰に手をやり、ナイフを抜いた。
刃渡りは、成人の掌より少し長いほど。
短剣というより、処置用の刃物に近い。
柄は黒く、磨かれた石のような鈍い光沢を帯びている。
握りの根元には、指を守るための輪が付いていた。殴打にも使える造りだ。
刃は異様なほど研ぎ澄まされていた。
ビャクが軽く振る。
ひゅ、と――空気が裂けたような音がした。
それを二度、三度。
刃の重さと切れ味を確かめるように振ったあと、主人公に向き直る。
「動くなよ」
静かな声だった。
「動くと、ろくなことにならない」
主人公はうなずき、遅れて気づいて慌てて言葉を足す。
「……はい」
ビャクは口の端を上げた。
「いい子だ」
それから、眠っていた赤い鳥の印の女に声をかける。
「火を貸してくれ、シュ」
シュと呼ばれた女は、ゆっくりと瞼を上げた。
眠たげに目をこすり、左手を少しだけ持ち上げる。
手首を、軽く弾くような仕草。
次の瞬間。
ビャクのナイフの刃が、赤い炎に包まれた。
燃え上がることはない。
一瞬、舐めるように走り、すぐに消える。
だが刃は、わずかに赤みを帯びていた。
ビャクは右手で主人公の顎を掴む。
力は強いが、乱暴ではない。
「舌を出せ」
「……はい」
主人公は素直に舌を出した。
ビャクは至近距離でその様子を確かめ、低く言う。
「痛いのは一瞬だ」
囁くような声。
「痛みは、すぐ過ぎ去る。恐れるな」
刃が、ゆっくりと近づく。
「恐れると、痛みはそこに居座る」
黄色い瞳が、主人公を射抜く。
「火鼠みたいにな。だらだら、だらだらと」
刃先が、舌の上に触れた。
「いいな。――動くんじゃないぞ」
主人公は、不思議と恐れを感じていなかった。
理由はわからない。
それどころか、ビャクの獣のような薄黄色の瞳孔を見ていると、胸の奥が静まっていくのを感じた。
安心、と呼ぶにはおかしい。
だが、確かにそこには落ち着きがあった。
ビャクは、ゆっくりとナイフの先端を舌の中央に刺す。
浅く。
それから、人差し指の第一関節ほどの長さで、横に引いた。
一瞬、鋭い痛みが走る。
だが――
本当に、一瞬だった。
ビャクの言った通り、痛みはすぐに過ぎ去った。
舌に残ったのは、熱と、鉄の味だけだった。
ビャクは主人公から手を放した。
満足そうだった。
血の処理も確認もせず、ただ結果だけを受け取った顔だ。
「――これでいい」
ナイフを軽く振り、刃についた赤を空気に払う。
「お前に印をつけた。これでお前は、もう俺の所有物だ」
言い切りだった。
「誰かに何者かと問われたら、舌を見せろ。それで話は終わりだ」
説明というより、運用方法の提示だった。
ビャクは続ける。
「お前は、この後、何かを失う」
淡々と。
「それが印の代償だ」
主人公の顔色を確かめるように、一瞬だけ目を細める。
「声かもしれねえ。味かもしれない。痛みかもしれねえし、視界かもしれねえ」
どれも同列に扱われている。
「すぐには発現しねえ。ある日、突然だ」
間。
「だが慌てるな」
諭すようでいて、慰めではない。
「何かを得るなら、何かを失う。理ってのは、だいたいそうできてる」
肩をすくめる。
「何を失ったとしても、じきに慣れる。人間ってのはな、だいたい何にでも慣れる」
そして、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「もっとも――お前さんは、そもそも何も持ってないかもしれんがな」
主人公は、どう反応していいかわからなかった。
痛みはもうない。
舌はまだそこにあり、声も出る。
だが「失う」と言われた何かが、すでに自分の中から切り取られたような感覚だけが残っていた。
ビャクは構わず続ける。
「これから、お前は西の街に行く」
指で自分の胸を叩く。
「俺と一緒にな」
「俺の仕事をしてもらう」
命令ではない。決定事項だ。
「お前が一体誰なのか」
一拍。
「本当に記憶がないのか、あるのか」
黄色い瞳が、まっすぐ主人公を捉える。
「それは俺が審査する」
その言葉で、この儀式が終わりではないことが、はっきりした。
これは始まりだった。
所有された者としての、始まりだった。
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