浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間

田尾風香

文字の大きさ
10 / 20

9.お見舞い

しおりを挟む
 案内されて入った、殿下の寝室。
 ……一度も使っていない夫婦の寝室ではなくて、殿下の私室にある寝室だ。そこに殿下が寝ていて、その脇にはパウラさんがいた。

「妃殿下っ……!」

 慌ててパウラさんが立ち上がろうとしたけれど、私はそれを手で制す。風邪で休まれている殿下の側で、礼儀も何もない。

「いいわ。――殿下の様子は、どう?」

 言いながら、殿下の顔を見る。熱のせいだろうか、赤い顔をして苦しそうにしている。そして、口が動いていた。

「……たすけて、くれ。だれか、たすけて」

 それを聞いて、私はパウラさんに視線を向けると、静かに首を横に振った。

「ずっと、繰り返しているんです。それだけをずっと、辛そうに」
「そうなのね……」

 正直な所を言えば、「来るな」と追い返されることも覚悟しながらここに来た。寝ていてホッとしたけれど、魘されている姿が想像以上に辛そうで、見ているこちらも胸が苦しくなる。

 パウラさんとは反対側に、用意された椅子に座る。そして、パウラさんが殿下の手を握っていることに気付いた。

「……………」

 迷惑かもしれないと、頭をよぎった。私なんかが力になれるはずがない。それでも、私は手を伸ばしたくなる衝動を、堪えきれなかった。

 恐る恐る、手を伸ばす。いきなり手を握る勇気は出なくて、伸ばした先は額に乗っている布だ。汗ばんでいるのが分かったから、その布で汗を拭き取る。

「妃殿下、私どもがやりますので」
「代わりの布をちょうだい」

 侍女の言葉に答える代わりに、使った布を差し出す。それ以上は何も言われず、侍女は布を受け取り、新しく水で絞った布を渡してくれる。それを殿下の額に乗せたけれど、苦しそうな顔は変わらない。

 私はもう一度手を伸ばした。緊張しつつも、何度も私の手を取ってくれた、殿下の手に。何か反応を期待していたわけじゃない。振り払われることだって、覚悟した。

「…………!」

 だから、私は驚いた。

 殿下は、振り払った。……パウラさんの、手を。そして、恐る恐る伸ばした私の手を、握ったのだ。力強く。

「な、んで……」

 なぜパウラさんの手を払うの。なぜ、私の手を取るの。

 思わず殿下の顔を見て、気付いた。
 相変わらず赤い顔だけど、その口は閉ざされていた。つい先ほどまで魘されていたのが嘘のように、安心した顔をして眠っている。

「あら」
「まあ……」

 エレーセや他の侍女たちが少し驚いたように、微笑ましそうにつぶやいたのが聞こえて、私は我に返った。

「こ、これは、ただの偶然でしょう……!」
「偶然と言うには、ちょっとタイミングが良すぎますよ。本当にずっと、苦しそうにされていたのですから」

 ずっと殿下の側で世話をしていた侍女に言われれば、信じるしかない。

 ――でも、本当に……? 私の手を取って、それで安心したの……?

 聞きたくても、当の本人はほんのり笑顔を浮かべて、寝ているだけ。でもその笑顔に、私は激しく動揺する。

「殿下が落ち着かれて良かったです。あたしはこれで退室します」
「……ま、待ちなさい、パウラさん」

 衝撃で、パウラさんの存在が抜け落ちていた。手を振り払われた側のパウラさんは、どういう気持ちなのだろうか。
 そのまま退室しようとする彼女を、慌てて引き留める。

「疲れたなら、いったん戻って休むのは構わないけれど、休んだらまた戻ってきてちょうだい」
「妃殿下がいらっしゃれば、あたしは不要です」
「そんなはずないでしょう。この二週間、殿下が側に置いたのはあなたなのだから」

 殿下は寝ているのだから、その行動の理由を求めてもしょうがない。殿下の目が覚めたとき、側にいるのはパウラさんでなければいけない。それを、彼女自身も分かっていなければならない。

「……かしこまりました。そのようにいたします。けれど妃殿下、これだけはお伝えします」

 パウラさんの目は、どこか泣きそうな目に見えた。

「あたしと一緒にいても、殿下はあたしを見ていませんでした。いつもあたしを通して、誰かを見ておりました」
「……え?」
「それだけです。では申し訳ありませんが、お言葉に甘えて一度退室させて頂きます」

 頭を下げて出ていくパウラさんを、私は呆然と見送った。

「どういうこと……?」

 つぶやいた疑問に、返ってくる答えはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
突然、婚約解消を告げられたリューディア・コンラット。 彼女はこのリンゼイ国三大魔法公爵家のご令嬢。 彼女の婚約者はリンゼイ国第一王子のモーゼフ・デル・リンゼイ。 彼は眼鏡をかけているリューディアは不細工、という理由で彼女との婚約解消を口にした。 リューディアはそれを受け入れることしかできない。 それに眼鏡をかけているのだって、幼い頃に言われた言葉が原因だ。 余計に素顔を晒すことに恐怖を覚えたリューディアは、絶対に人前で眼鏡を外さないようにと心に決める。 モーゼフとの婚約解消をしたリューディアは、兄たちに背中を押され、今、新しい世界へと飛び出す。 だけど、眼鏡はけして外さない――。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

君は私のことをよくわかっているね

鈴宮(すずみや)
恋愛
 後宮の管理人である桜華は、皇帝・龍晴に叶わぬ恋をしていた。龍晴にあてがう妃を選びながら「自分ではダメなのだろうか?」と思い悩む日々。けれど龍晴は「桜華を愛している」と言いながら、決して彼女を妃にすることはなかった。 「桜華は私のことをよくわかっているね」  龍晴にそう言われるたび、桜華の心はひどく傷ついていく。 (わたくしには龍晴様のことがわからない。龍晴様も、わたくしのことをわかっていない)  妃たちへの嫉妬心にズタズタの自尊心。  思い詰めた彼女はある日、深夜、宮殿を抜け出した先で天龍という美しい男性と出会う。 「ようやく君を迎えに来れた」  天龍は桜華を抱きしめ愛をささやく。なんでも、彼と桜華は前世で夫婦だったというのだ。  戸惑いつつも、龍晴からは決して得られなかった類の愛情に、桜華の心は満たされていく。  そんななか、龍晴の態度がこれまでと変わりはじめ――?

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。

処理中です...