【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第十九章 婚約者として過ごす日々

ミラベルの無詠唱

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「無詠唱ってどうやるの」

 目の据わったレンデルに詰め寄られて、リィカは首を傾げた。

「テキトー?」
「ちゃんと教えて!」

 そう言われても、やったらできたという感じなのだ。だが、これで納得するとは思っていない。旅に出る前にも、こうやって詰め寄られたことがあったなと思う。

「ユーリに教えたことと同じで良ければ、教えるよ?」
「うぐっ!? い、いや、うん、お願いします……。いやでも大丈夫かなぁ。ユーリッヒができたからって、僕ができるとは限らないんじゃ……。い、いや、まずはやってみないと……っ!」

 話が二転三転しつつも、気合い入れるように拳を握っている。それを見て苦笑していたら、横からも声がかかった。

「リィカさん、私も教えてほしいわ」

 ミラベルだ。まぁ当然そう言ってくるだろうなとは思った。だから、頷く。

「うん。でも、ベル様は多分できると思う」
「「え?」」

 二人の疑問が揃った。

「前からできるだろうなと思ってたんだけど、色々事情があって言えなくて。でもそれも解決したから」

 それは、完全な無詠唱で魔法を使えるようになると、魔封じの枷を使っても魔法が使えてしまうという問題だ。犯罪を起こさなければ必要のないものだが、将来どうなるかなど分からない。

 夏期休暇中に、とりあえず王都にある魔封じの枷の作成は終了した。だから、無詠唱を教えてしまっても問題ない。

「ベル様、いつものように集中して……あ、待って、椅子があった方がいいよね」

 ここは屋外の練習場だ。貴族用らしく、色々と設備が整ってはいるが、剣や魔法の練習をするのに不要だから、座って休めるような類いのものは置いていない。

 イメージをするのに集中するなら、座っていた方がいい。だからといって、公爵令嬢に地べたに座れというのは違うだろうと思って、リィカは地面に手を向けた。
 ちなみに、リィカ自身は先ほど地べたに座り込んだわけだが、自身も公爵令嬢だとの認識は薄い。

 リィカが魔法を使うと、石柱が四本、地面から出てくる。そして座るのにちょうどいい高さになった。

「「「………………」」」

 無言でリィカを見るのは、ミラベルとレンデル、そしてアレクだ。これは何なんだと、その顔が物語っている。
 リィカは首を傾げた。

「土の初級魔法の《石柱ストーンピラー》だよ?」

 何を当たり前のことをと言いたげなリィカに、ミラベルとレンデルはやはり無言のまま。
 アレクはため息をついて、リィカが作った“椅子”に座った。リィカは旅の間、《石柱ストーンピラー》で何度もお風呂に入るための浴槽を作っていたのだ。この程度、朝飯前だろうということを、今さらながらに思い出していた。

 一方、レンデルも恐る恐るといった様子で、その椅子に腰掛ける。

「《石柱ストーンピラー》って、二メートルくらいの石の柱ができるんじゃなかったっけ……?」
「そうよ。しかも、できるのは一本だけ。こんな四本も一緒にできないわ」

 ミラベルは立ち直ったのか、冷静な口調でそう告げる。そして、仄かに笑った。

「すごいわね。詠唱しないと、こんなことができるようになるのね」

 かつて、リィカが階段から突き落とされたときも思ったが、身近な魔法であればあるほど、その凄さを感じる。そして、自分もこうなりたいと思うのだ。

「うん。詠唱に頼らない分、自分自身の思う形、イメージする形を反映しやすいんだと思う」

 魔法を使うとき、魔力付与を使ってさらに形を変えることができる。

 混成魔法の詠唱するかしないかでもそうだが、魔法というのは本当に不思議だらけだ。でもだからこそ、自分たちの知らない可能性もたくさんある。だから、その可能性を狭める必要はない。なんでもやってみればいいのだと、そう思う。

「ベル様、やってみよう」
「ええ」

 イメージして集中して少したつと、自然に口から詠唱が零れ出る。その時の魔力の動きを感じ取ること。そして、イメージしてから詠唱するまでのタイムラグがほとんどゼロになったとき、口に出さずに心の中で詠唱してみること。

 リィカが自分自身の経験を元に説明すると、ミラベルは首を傾げた。

「もうほとんどタイムラグはないわよ?」
「うん。だからできるんじゃないかと思う」

 リィカが言うと、ミラベルは頷いた。そして集中してすぐに口が動きかけたが、止まる。それからほんの一秒程度、再びミラベルの口が動き、今度ははっきりと音を出した。

「《アクア》」

 静かに唱えられた言葉とともに、その指先に水の固まりが生み出された。

「すごい……」
「……できた、わね」

 レンデルが感動したように、ミラベルは呆然としてつぶやく。
 今、ミラベルは詠唱しなかった。それなのに、魔法は発動したのだ。指先の水をただ見ていたミラベルは、すぐ顔を上げる。

「もう一度、やってみるわ。――《アース》」

 目を瞑ってすぐ、ミラベルの口が動く。唱えたのはミラベルの持つもう一つの属性、土の生活魔法だ。地面にほんの少し穴を開けるだけの魔法で、生活魔法として使われることはほとんどない。だが、練習には十分だ。

 先ほどの《アクア》よりも早く唱えられた魔法は、しっかりその効果を発動した。足元に開いた穴に、ミラベルは少し驚いて、すぐに笑顔を見せた。

「大丈夫、できるわ。自分の中の魔力が分かる」

 笑顔で、そしてその中に自信を覗かせたミラベルに、リィカも嬉しそうに頷いた。

「うん。生活魔法ができるようになれば、他の魔法もできるようになってくよ。そうしたら、そのうち混成魔法も使えるようになるかもしれない。がんばって、ベル様」
「ええ、ありがとう、リィカさん。これでますます、父から勘当される理由ができたわ」

 笑顔、というには少しあくどい笑みを見せたミラベルに、リィカはヒクついた。
 夏期休暇中に、その“父親”と顔を合わせたのだ。魔法師団への指南の手段としてもこのイメージを用いて、その父親であるレイズクルス公爵に「ふざけるな」と怒られた。

 そういえば、暁斗に魔法を教えて無詠唱での発動に成功させたときも、見ていた彼らに怒られた。きっと“無詠唱”など認めることはないだろう。である以上、それができるようになったミラベルが、勘当される理由ができたというのも分かる。

 同意していいのか笑っていいのかよく分からないが、勘当されて自由になることをミラベルが望んでいる以上、それは良いことなのだろうか。

「……勘当?」

 レンデルが不思議そうにしているが、まさかそこを勝手にリィカが説明するわけにはいかない。だから、言ったのはミラベルだった。

「ええ。魔法師団の副師団長の派閥に入って、父から勘当されることを目標にしているの。あなたと同僚になる可能性もあるのかしら。その時にはよろしくお願いするわ」

「……うっわぁ、なんかすっごい目標。ってか、師団長の娘がライアン伯爵の派閥に入るとか、そんなのアリなんだ……」

 つぶやいて、気を取り直したように「よろしく」と言った。そして、グリンと音が出そうな勢いで、首を動かしてリィカを見た。

「僕にも教えてくれるんでしょ!」
「あ、う、うん」
「待ってちょうだい。水と土の混成魔法ってどんなのがあるか知りたいわ。それとリィカさん、魔法名すら唱えてないでしょう? それはどうやって……」
「それは後! 僕が先!」
「いいじゃない。私はずっと前からリィカさんに教わってたのよ?」

 レンデルとミラベルの言い合いが始まり、リィカはそれを見ながら、どうしようかと悩む。
 そしてそんな三人を、アレクが少し寂しそうな目でありながらも、笑顔で見ていたのだった。
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