【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

文字の大きさ
673 / 681
第十九章 婚約者として過ごす日々

リィカVSセシリー①

しおりを挟む
 それから数日たち、放課後。
 リィカはセシリーと試合場で向かい合っていた。

 場所は、三年目の最初に模擬戦を行った、大きく豪華な試合場だ。場所を聞いたとき、リィカは目立ちたくないと思ったが、観戦したいという希望も結構あるようで、ほぼ強制的にその場所になってしまった。

 ちなみにユーリとブレッドの戦いもこの場所だったらしい。ある意味、そのせいでリィカとセシリーの戦いに興味を持つ人が増えたといっても過言ではない。

 今、リィカはまだ試合場の外にいた。セシリーと向かい合っているが、その雰囲気はまだ友だち同士のそれである。

「リィカ、剣の練習できたの?」
「――全然」

 セシリーに聞かれて、リィカはガックリ肩を落とす。ユーリと戦うと、どうしてもエンチャントの応酬になってしまうし、レンデルやミラベルが「教えて!」と言ってくるせいで、練習らしい練習にならなかった。

 そう説明すると、セシリーは苦笑した。

「アレクシス殿下に教えてって言ったら、あたしじゃなくリィカを教えてくれたと思うけど」
「だって、セシリーと先に約束したんでしょ? それなのに、そんなことできないよ」

 そう言うと、セシリーの笑みが深まった。

「……リィカのそういうところ、好きだよ。自分は勇者一行なんだって、いくらでも強く出られるのに、そうしない。誰が相手でも、対等であろうとする」
「友だちだもの。そんなの当然でしょ?」
「それを当然だって言ってくれるからだよ。……ベルもそうだけど、あたしはホントに友人に恵まれてると思う」

 そして、セシリーはリィカに手を出した。

「今日はよろしく、リィカ。あたしのワガママ聞いてくれて、ありがとう」
「わたしこそ、よろしく。――正直に言えば、なんでセシリーがそんなに戦いたいのか、わたしには分からない。けど望むように本気で戦うよ」

 分からないからこそ、本気で戦う。きっとそうすることで、何かが分かるかもしれないから。

 リィカも手を出して、二人の手が握り合う。そして、どちらからともなく手を離し、お互いに試合場へと登った。


※ ※ ※


「試合開始の合図は?」
「本番の戦いに、そんなものないよ」
「ごもっとも。じゃ、遠慮なく」

 セシリーの問いにリィカが答え、それを受けてセシリーがその場で地面を蹴った。アレクほどじゃない。しかし、素早い動きでリィカの前に躍り出る。その時にはすでにセシリーは剣を抜き放っていた。

「【天馬翼轟閃てんまよくごうせん】!」
「…………!」

 唱えられたのは、風の直接攻撃の剣技だ。
 リィカは咄嗟に魔法を使おうとして……それが禁止であったことを思い出す。舌打ちの一つもしたかった。今からエンチャントは間に合わない。その代わり、脳裏によぎったのは……。

『剣技への対抗手段?』

 旅の途中に、泰基に質問したことがある。バルと戦ったアシュラが剣技を使った。であれば、他にも使う魔族がいるかもしれない。
 魔法を使う暇もなく剣技が放たれてしまったとき、どう対抗したらいいのか。そう聞いたとき、泰基は少し考える様子を見せて、言った。

『遠距離攻撃ができる剣技二つは、普通に魔法で対抗できるだろ。突き技の剣技もだ。遠距離の二つほどじゃないが、距離があっても発動できる剣技だから、逆にお前たちには有利だ。だから、警戒すべきは直接攻撃の剣技のみだろうが……』

 リィカはフッと笑う。泰基が日本に帰っても、旅の間では使うことはなくても、教えてもらったことはちゃんと自分の中に残っている。

『直接攻撃の剣技は、そのインパクトの瞬間に放たれるもの。だからほんの少し、やればいいだけだ』

 セシリーの放つ剣技の軌道を見ながら、リィカは一歩後ろに下がる。それだけで焦点がずれる。とはいっても、セシリーも剣技の実技三位を争う実力の持ち主。この程度、簡単に対応してくるだろうが、それでも一瞬の間は空いた。

「《土の付与アース・エンチャント》!」

 今度こそ、エンチャントを唱えることに成功する。
 セシリーは決して空振りすることはなく、リィカの空けた一歩の間に対応して、剣を振り下ろそうとしていた。その眼前に、リィカの唱えた《土の付与アース・エンチャント》が大きく広がった。

「なっ!?」

 普通《土の付与アース・エンチャント》とは、剣を土が覆って厚みと長さが増す魔法だ。これを使うと、切るというよりは打撃に近い攻撃になる。
 しかし、今リィカが唱えたものは、剣を中心に土が長方形に広がっていた。それを日本人が見たならば、「盾」と表現しただろう。その盾が、セシリーの放った剣技を受け止めたのだ。

 セシリーの驚く声を聞きながら、リィカは魔力を流した。

「弾けて!」
「っっっ!」

 土でできた盾が、リィカの指示に応じて弾ける。小さな土塊がセシリーへとぶつかり、慌てたセシリーが後ろに下がる。リィカは、エンチャントの解けた剣に再び魔法を唱えた。

「《風の付与ウインド・エンチャント》!」

 剣の周りに風が渦巻く。その剣を、リィカはその場で横に薙ぐ。その動きに合わせて、渦巻いた風が、ムチのようにセシリーに伸びた。

「ムチャクチャ……っ」

 セシリーが毒づくのが聞こえた。この風のムチは結構使っているのだが、アレクやバルから聞いてはいないんだろうか。そんな疑問がわいたが、攻撃の手は緩めない。

「【金鶏陽王斬きんけいようおうざん】!」

 唱えられたのは火の直接攻撃の剣技。風のムチの不規則な動きに惑わされることなく、剣技は確実にその動きを捉えて相殺する。
 けれど、とリィカは口元を緩める。あくまでもムチが相殺されただけ。エンチャントはまだ残っている。

 リィカは再び剣を構え、横薙ぎに切る。剣から、複数の小さい三日月型の風が放たれた。


※ ※ ※


「チャンスがあるとするなら初撃だと思ったが、駄目だったか」
「剣技への対処はユーリもやってたから、リィカも知ってっとは思ったが」
「タイキさんが教えたのか?」
「ああ。らしいぞ」

 アレクとバルは、二人の戦いを見ながら会話を交わす。
 この場にユーリはいない。離れた場所で、レンデルやミラベルといった魔法組と一緒にいる。代わりに、というわけではないが、この場にいるブレッドが口を開いた。

「教えられただけで簡単にできるもんでもないだろうが」

 ユーリにいなされて、リィカも躱してみせた。一応、剣には自信があるというのに、格上とはいえ魔法職にそれをされたことが悔しくてしょうがない。
 そんなブレッドに、アレクが肩をすくめてバルは苦笑した。

「俺たちと剣を合わせた影響だろうな」
「ああ。手加減をしていたとはいっても、おれたちと手合わせしてたせいで、色々と見切れるようになってやがる」

 剣を振るスピードが速いのもそのせいだろう。ユーリもリィカも、何とか自分たちに食らいつこうとした結果なのだ。

「迷惑極まりない話だな」

 ブレッドのしかめられた顔は、心の底からそれを言っていることが分かる。それを分かっていながら、アレクが言ったのは別のことだった。 

「だが、やはりリィカがすごいのは魔法だ。あの一瞬で、エンチャントを発動したんだから」

 たった一歩の間を修正するだけの、ほんの僅かな間で。

 リィカとユーリが剣を習おうとするきっかけとなった、ポールとパールとの戦い。もしあの時に、これだけの早さで魔法の発動ができていたなら、きっと二人が剣を習うこともなかっただろうと思う。

 そうであれば、今この試合が行われることもなかったはずだ。それが良かったのか悪かったのか、それを判断するのはユーリであり、リィカだろうが。

 アレクはフッと笑った。

「どちらにしても、もうセシリー嬢に勝ち目はないな」

 その言葉にバルも口元を緩め、ブレッドは逆に不満そうに口を結ぶ。
 だが、どちらも何も言わず、試合場を見上げたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

​【マグナギア無双】チー牛の俺、牛丼食ってボドゲしてただけで、国王と女神に崇拝される~神速の指先で戦場を支配し、気づけば英雄でした~

月神世一
ファンタジー
「え、これ戦争? 新作VRゲーじゃなくて?」神速の指先で無自覚に英雄化! ​【あらすじ紹介文】 「三色チーズ牛丼、温玉乗せで」 それが、最強の英雄のエネルギー源だった――。 ​日本での辛い過去(ヤンキー客への恐怖)から逃げ出し、異世界「タロウ国」へ転移した元理髪師の千津牛太(22)。 コミュ障で陰キャな彼が、唯一輝ける場所……それは、大流行中の戦術ボードゲーム『マグナギア』の世界だった! ​元世界ランク1位のFPS技術(動体視力)× 天才理髪師の指先(精密操作)。 この二つが融合した時、ただの量産型人形は「神速の殺戮兵器」へと変貌する! ​「動きが単調ですね。Botですか?」 ​路地裏でヤンキーをボコボコにしていたら、その実力を国王に見初められ、軍事用巨大兵器『メガ・ギア』のテストパイロットに!? 本人は「ただのリアルな新作ゲーム」だと思い込んでいるが、彼がコントローラーを握るたび、敵国の騎士団は壊滅し、魔王軍は震え上がり、貧乏アイドルは救われる! ​見た目はチー牛、中身は魔王級。 勘違いから始まる、痛快ロボット無双ファンタジー、開幕!

処理中です...