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第六章 王都テルフレイラ
秘密の話
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「それで、リィカに知られずにしたい話とは?」
最初に通された応接間で、アレクはエレインに尋ねていた。王太子やワズワースはいない。勇者一行だけだ。
「無論、リィカさんについてです。これからの事が心配なのです」
沈痛な面持ちで話を続けた。
性的な被害を受けた時、被害を受けた女性側が「自分も悪かった」と思うのは、良く見られる。
ただ、リィカの場合、少し違った。
「相手が、国王だから、貴族だから、と仰っていたでしょう? おそらくですが、モルタナの出来事の前にも、貴族から似たような経験をしている可能性があると考えています」
エレインの言葉に、驚愕が走る。
「彼女の貴族に対する恐怖が強いんです。皆様と仲良くやれているのが驚くほどです。しかし、彼女は平民です。悪いのは相手だと思っていながらも、相手が国王だから、貴族だから、彼らに罪はないと言っているんです。その気持ちは、本当の意味で理解してあげられません」
「それは……」
「皆さま方も同様でしょう? そして、その事を彼女も知ったんです。ですから、皆様にすら甘えることができなくなってしまった」
誰も言葉を発することができなかった。
「心配なのは、心を失うほどにショックを受けてしまう事です。この先何もなければ、そのうち落ち着くかもしれませんが……。もしまた同じ事があったとき、立ち直れるかどうか分かりません。どうかあの子のことをよく見守ってあげてください」
頭を下げるエレインを、呆然と見る以外にできることはなかった。
※ ※ ※
「……最初は僕たちのことも怖がっていたんでしょうね」
医務室から出て廊下を歩きながら、ユーリが言った。
学園の一年生の遭遇時、何も言わずに逃げ出したのは、そうだったんだろう。
「おそらく、魔王誕生の時の戦いで慣れてくれて、でもしばらく遠慮が強かったですよね。僕たちの機嫌を損ねないように必死だったんでしょうか」
リィカから遠慮がぬけたのは、旅に出てからだ。
リィカが自分たちを信頼してくれているのは、間違いない。けれど。
「……戻んねぇといいけどな」
バルがユーリの懸念を正に言い当てた。
改めて身分差を実感してしまって、また遠慮が強くなってしまうかもしれない。あり得る話だった。
アレクは唇を噛み締めたまま、何も言わない。
無言のまま部屋に着いて、別れた。
暁斗は、泰基の後について部屋に入る。
「どうした?」
「…………うん」
付いてくる暁斗を好きにさせて、部屋に入ってから尋ねれば、応える声は暗い。
「……オレ、どうしたらいいのか分からない」
「そんなの皆同じだぞ?」
「……父さんも?」
「ああ」
暁斗がうつむく。
このままでは駄目かと判断して、考えつつ泰基は話した。
「リィカに何が起こったか、何をされたかは理解できてるな?」
「……うん」
「それで、俺たちはそれをやった張本人と、切っ掛けを作った国王に、リィカに謝罪させようとした。しかし、本人たちが全く自分が悪いと思ってないから、謝罪は断念。代わりにリィカに好きなように扱えと差し出そうとしたら、リィカが拒否した」
「……拒否した理由が、リィカが平民だから、なんだよね?」
「ああ、そうなんだろうな。……平民だから、貴族に対して逆らえない、ということなんだろうな」
自分たちには難しい問題だ。理屈として分からなくはないが、本当に理解しているかと言われると、自信はない。
「……アレクもそうだけど、王様もそんな差別するようには見えなかったな」
暁斗が呟く。
昔の日本にだって、身分制度はあった。
貴族同士、平民同士なら罪になることでも、貴族が平民にする分には罪にならないことも、きっとある。
そういう差別があることは理解しても、感情では納得できないのだ。
「一部の王族や貴族が差別しないだけじゃ、国全体から差別をなくすのは無理だろうな」
「……父さん、オレどうしたらいい?」
質問が最初に戻った。
「何も。今まで通りにしてろ。変に気を遣えば、逆にリィカが気にする。でもそうだな、しばらく甘えるのはやめておけ」
「しないよ! この間だって、父さんが変なこと言わなきゃ、別にオレ……」
「甘えられて良かっただろ?」
暁斗がそっぽを向くので、笑う。
「ほら、もう寝ろ。すっかり忘れていたが、魔族がいつ来るか分からない。寝不足じゃ戦えないぞ?」
「……うん。おやすみ」
部屋を出ていく暁斗を見送る。
改めて泰基は思う。
(本当に、リィカはこの世界で生きてるんだな)
凪沙の記憶があるのだから、身分制度に疑問を持ったっていいはずなのに、それがない。
リィカの平民という身分は、リィカを縛り付けている。
そこから抜け出すことなど、考えたことすらないのだろう。
最初に通された応接間で、アレクはエレインに尋ねていた。王太子やワズワースはいない。勇者一行だけだ。
「無論、リィカさんについてです。これからの事が心配なのです」
沈痛な面持ちで話を続けた。
性的な被害を受けた時、被害を受けた女性側が「自分も悪かった」と思うのは、良く見られる。
ただ、リィカの場合、少し違った。
「相手が、国王だから、貴族だから、と仰っていたでしょう? おそらくですが、モルタナの出来事の前にも、貴族から似たような経験をしている可能性があると考えています」
エレインの言葉に、驚愕が走る。
「彼女の貴族に対する恐怖が強いんです。皆様と仲良くやれているのが驚くほどです。しかし、彼女は平民です。悪いのは相手だと思っていながらも、相手が国王だから、貴族だから、彼らに罪はないと言っているんです。その気持ちは、本当の意味で理解してあげられません」
「それは……」
「皆さま方も同様でしょう? そして、その事を彼女も知ったんです。ですから、皆様にすら甘えることができなくなってしまった」
誰も言葉を発することができなかった。
「心配なのは、心を失うほどにショックを受けてしまう事です。この先何もなければ、そのうち落ち着くかもしれませんが……。もしまた同じ事があったとき、立ち直れるかどうか分かりません。どうかあの子のことをよく見守ってあげてください」
頭を下げるエレインを、呆然と見る以外にできることはなかった。
※ ※ ※
「……最初は僕たちのことも怖がっていたんでしょうね」
医務室から出て廊下を歩きながら、ユーリが言った。
学園の一年生の遭遇時、何も言わずに逃げ出したのは、そうだったんだろう。
「おそらく、魔王誕生の時の戦いで慣れてくれて、でもしばらく遠慮が強かったですよね。僕たちの機嫌を損ねないように必死だったんでしょうか」
リィカから遠慮がぬけたのは、旅に出てからだ。
リィカが自分たちを信頼してくれているのは、間違いない。けれど。
「……戻んねぇといいけどな」
バルがユーリの懸念を正に言い当てた。
改めて身分差を実感してしまって、また遠慮が強くなってしまうかもしれない。あり得る話だった。
アレクは唇を噛み締めたまま、何も言わない。
無言のまま部屋に着いて、別れた。
暁斗は、泰基の後について部屋に入る。
「どうした?」
「…………うん」
付いてくる暁斗を好きにさせて、部屋に入ってから尋ねれば、応える声は暗い。
「……オレ、どうしたらいいのか分からない」
「そんなの皆同じだぞ?」
「……父さんも?」
「ああ」
暁斗がうつむく。
このままでは駄目かと判断して、考えつつ泰基は話した。
「リィカに何が起こったか、何をされたかは理解できてるな?」
「……うん」
「それで、俺たちはそれをやった張本人と、切っ掛けを作った国王に、リィカに謝罪させようとした。しかし、本人たちが全く自分が悪いと思ってないから、謝罪は断念。代わりにリィカに好きなように扱えと差し出そうとしたら、リィカが拒否した」
「……拒否した理由が、リィカが平民だから、なんだよね?」
「ああ、そうなんだろうな。……平民だから、貴族に対して逆らえない、ということなんだろうな」
自分たちには難しい問題だ。理屈として分からなくはないが、本当に理解しているかと言われると、自信はない。
「……アレクもそうだけど、王様もそんな差別するようには見えなかったな」
暁斗が呟く。
昔の日本にだって、身分制度はあった。
貴族同士、平民同士なら罪になることでも、貴族が平民にする分には罪にならないことも、きっとある。
そういう差別があることは理解しても、感情では納得できないのだ。
「一部の王族や貴族が差別しないだけじゃ、国全体から差別をなくすのは無理だろうな」
「……父さん、オレどうしたらいい?」
質問が最初に戻った。
「何も。今まで通りにしてろ。変に気を遣えば、逆にリィカが気にする。でもそうだな、しばらく甘えるのはやめておけ」
「しないよ! この間だって、父さんが変なこと言わなきゃ、別にオレ……」
「甘えられて良かっただろ?」
暁斗がそっぽを向くので、笑う。
「ほら、もう寝ろ。すっかり忘れていたが、魔族がいつ来るか分からない。寝不足じゃ戦えないぞ?」
「……うん。おやすみ」
部屋を出ていく暁斗を見送る。
改めて泰基は思う。
(本当に、リィカはこの世界で生きてるんだな)
凪沙の記憶があるのだから、身分制度に疑問を持ったっていいはずなのに、それがない。
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