【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

文字の大きさ
618 / 681
第十八章 ベネット公爵家

クリフとのデート①

しおりを挟む
 その日の朝。
 侍女たちから、「アレクシス殿下がやけに不機嫌で……」という困り果てた報告を聞いたジェラードは、会いに行ってそれが紛れもない事実であることを悟った。

(リィカ嬢関連で、何かあったかな)

 侍女たちは気にしていたが、彼女たちの不手際ではないだろう。その辺りのことを気にする人ではないし、気にするレベルであれば自分たちに言ってくる。何も言わずに不機嫌にはならない。

 となると、残る可能性はリィカのことしかないだろう。二日続けてリィカはベネット家に泊まった。正直ここまで宿泊が重なると、鼻のきく貴族なら「何かある」と探りを入れているだろうから、露見するのも時間の問題だ。

(さて、どうしようかな。コーニリアスに聞いてみようか)

 不機嫌な隣国の王子をそのまま放置しておけない。リィカ側で何かあったのか、それを聞いてから判断するしかなさそうだった。


※ ※ ※


「フン、フン、フーン」

 一方、ベネット邸。ここの当主、クリフは朝からご機嫌だった。

「おっでかっけ、おっでかっけ、リィカとお出かけだー!」

 ご機嫌すぎて、今にも踊り出しそうなクリフに、コーニリアスが釘を刺した。

「クリフ様、外出は認めますが、あまり変な行動をなさいませんように。ベネット家の新しい当主は変人だと噂が立ちますので」
「へんっな、こうどうぅなんーて、しーないよー」

 どこからどう見ても聞いても変でしかないクリフに、コーニリアスはこっそりため息をついた。

 昨日、アルカトルの大使邸から戻ったリィカに、一緒に出かけないかという話をされてから、異様なまでにご機嫌だ。今すぐにも出かけようとするクリフには、さすがに待ったをかけた。間もなく夕方だからだ。

 納得を見せたクリフだが、次の日の朝に出かけようというのは、絶対に譲らなかった。仕事がないわけではないのだが、コーニリアスは早々に説得を諦めた。

 そうして迎えた今朝はヤケに早起きだったし、朝から言動がおかしい。そもそも突然の"一緒に出かける"がどういう意味なのか、クリフは分かっているのだろうか。

 間違いなく、アルカトル大使であるマルティン伯爵からの入れ知恵だろう。ベネット家の一員になるかならないか、その判断のための外出なのだ。妙な行動をすれば、リィカが離れる結果になりかねない。

「うっれしいなうれしいな、リィカとおっでかっけ、うっれしいなー」

 ……まあ何も分かっていないだろう。ただ純粋にリィカと出かけられることを喜んでいる。

 コーニリアスは意識を切り替えた。リィカを相手に策を練ったところで意味がない。クリフの裏表ない態度だからこそ、短時間でリィカと仲良くなったのだ。だからここはきっと、ただ喜んでいて貰うだけの方が間違いないはずだ。

「リィカイエーイ! お兄ちゃんとデートだぞー!」
「…………」

 自分の判断が間違っていないことを、心から願うコーニリアスだった。


※ ※ ※


「お兄ちゃん、ごめんねお待たせ」
「ううん、大丈夫。待ってないよ」

 クリフの元に準備を終えたリィカがやってきた。クリフも、先ほどまでの怪しすぎる浮かれ具合を隠し、笑顔でリィカを迎え入れる。

 二人とも街に出てもおかしくない、いたって普段着である。クリフはシャツとズボンにベストという、シンプルな装い。リィカは、濃い赤のワンピースで胸元辺りはレース状になっていて、その上から花柄模様の薄手のカーディガンを羽織っている。

 アレクが見たら、「俺以外の男の前で可愛い格好をするな」とか本気で言うかもしれない。だが別にリィカが選んだわけではなく、侍女が選んだ服である。

「じゃあ行こっか、リィカ」
「うん。コーニリアスさん、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」

 クリフが手を差し出し、それにリィカが一瞬迷ってから、結局手を繋ぐ。コーニリアスは一礼して送り出した。

 最初はついていくつもりだったが、クリフに嫌がられたのでやめた。どちらにしても、公爵家当主が街に行くのに、護衛もなしというわけにはいかない。リィカがいればいいという問題でもない。

 護衛のリーダーに自分が信頼している者を当てて、そこからの報告を聞くことで納得することにしたのだ。

 その一方、クリフは屋敷から出て、後ろをふり返って不思議そうにしていた。

「どうかしたの?」
「いや、護衛がつくってコーニ先生言ってたでしょ。でもいないなって思って」

 リィカの質問に、クリフが素直に思った事を伝える。すると、リィカは笑った。

「ちゃんと来てるよ、護衛の人たち。三人かな」
「え」
「わたしもチラッと聞いただけだけど、お忍びとかで出かける場合、護衛対象ができるだけ自由にのびのびできるように、なるべく視界に入らないようにするんだって」
「……へぇ」

 クリフが辺りを見回すが、それっぽい人は見当たらない。見つけるのは諦めて、今度はリィカを見た。

「リィカはそういうの分かるんだ」
「うん、魔力で探れるの。最初のうちは難しかったけど、今は結構慣れてきたかな。だから変な人がいたら、わたしも気付けるから、お兄ちゃん安心してね」
「うーん……それはとっても頼もしいけど……」

 リィカは首を傾げた。クリフが眉をひそめている。

「けど?」
「頼もしいけど、できれば僕がリィカを守るって言いたいなぁ」

 リィカは一瞬キョトンとして、そして笑った。

「お兄ちゃん、魔力少ないし、剣も使えないみたいだし、わたしが守るよ!」
「……ああ、お兄ちゃんの威厳が欲しい」

 リィカの宣言にクリフは項垂れて、リィカはさらに笑ったのだった。


※ ※ ※


「ごめんねリィカ、最初に来るのがここで」
「ううん、いいよ。お兄ちゃん、ずっと来たかったんでしょ?」
「うん」

 クリフが最初にリィカを連れてきた場所。そこにはお墓があった。誰のお墓なのかと、聞くまでもない。リィカは一歩下がり、クリフは手を合わせた。

「――母さん、久しぶり。色々あって来られなかったんだ。これからも、どれだけ来ることができるか、分からないけど」

 クリフが七歳の時に亡くなったという母親。どんな人だったんだろうと思いはしても、ここまで話を聞く機会はなかった。

「母さんは、ちゃんと僕の父親のこと知ってたのかなぁ。父親は母さんのこと、何とも思ってなかったよ。迎えに来るはずなんて、なかったのに。本当に、母さんはバカだよ」

 ほんのわずか、クリフの声が震えた。そうだったんだ、とリィカは思う。クリフの母親は、いつかあの男が自分自身と息子のクリフを迎え入れてくれると、本気で信じていたのか。

「……でも、僕は父親の……後を継いだつもりはないけど、それでも父親の血のおかげで、公爵家の当主なんてものになれたよ。だから母さん、安心してね」

 そこまで言うとクリフはふぅっと息を吐き、後ろをふり返ってリィカを見た。手招きして隣に来たリィカを指し示しながら、さらにお墓に向かって語りかけた。

「母さん、この子が僕の妹。母親違いの妹だよ。ね、分かるでしょ。あの男、あっちこっちで子ども作ってさ。……でもね、すっごくこの子可愛いんだよ。僕の最高の妹だよ」

 その言葉にリィカは笑う。恥ずかしいけれど、嬉しく感じてしまってしょうがない。

「さ、行こう、リィカ」
「わたし、挨拶しなくていいの?」
「いいよ。母親違いの妹なんて、母さんきっと怒るから。僕が自慢したかっただけだから、さっさと行こう」

 クリフは手をひいて、お墓を後にする。最後にチラッとふり返った。

「しょっちゅうは来れないけど。できるだけ顔を出すようにするからね」

 ほんの少し寂しそうな笑顔で、そう言ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

1000年生きてる気功の達人異世界に行って神になる

まったりー
ファンタジー
主人公は気功を極め人間の限界を超えた強さを持っていた、更に大気中の気を集め若返ることも出来た、それによって1000年以上の月日を過ごし普通にひっそりと暮らしていた。 そんなある時、教師として新任で向かった学校のクラスが異世界召喚され、別の世界に行ってしまった、そこで主人公が色々します。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

処理中です...