文官たちの試練の日

田尾風香

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6.再びアンドの場合

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 場所は戻る。
 王太子とその婚約者は婚約破棄宣言の後、双方ともに口を開くことなくにらみ合っている。アンドは胃がキリキリと痛くなるのを感じた。

(体力勝負だからと思って、肉をもりもり食べたのに。ちっとも話をしないから、動くに動けないし。ああもう嫌だ。なんで俺王太子の立ち会いなんかやってんだよ)

 胃をさする。何でもいいから話を始めてくれ、そしてこの緊張から解放してくれ。
 そんなアンドの願いが届いたのかどうなのか、王太子が口を開いた。

「婚約破棄までも素直に受け入れるのか。いつも君はそうだ。私の一歩後ろを下がって、何でもただ頷くだけだ。何を考えているのか、まるで分からない」

「では、わたくしも申し上げますが、何を考えているか分からないのは、殿下も同じです。誰に対しても同じような作り笑いを浮かべられているでしょう。あなたのような方と、一生を共になどしたくない。素直に受け入れたのではなく、わたくしが、あなたと結婚したくないのです」

「……ほう」

 王太子が少し驚いたように目を見開いた。婚約者は無表情のままだ。アンドはさらに胃の痛みが増した気がした。

(やっぱりそうだよな。二人揃って似たような薄ら笑い浮かべて、こっちだって怖かったっての。どっかで爆発すんじゃないのかって思ってたよ)

 そして、爆発させるのに一番ふさわしい日は、この日しかないだろう。多分こうなる、とは予想していた。誰もがこの立ち会いだけはやりたくないと言って、始まる直前にジャンケン勝負になった。負けてしまった自分が悔しい。

 そして、耳から聞こえてくる宰相の声も嫌だ。

『そうだ、そのまま婚約破棄してしまえ。父は構わぬぞ。嫁になどいかずともよい。父の側で一生を困ることなく過ごせば良いのだ』

 黙ってろこの親馬鹿、とアンドは内心で毒づく。大体、映像を見ながらあちこちに指示を出しているはずなのに、なぜしっかり会話まで聞いている余裕があるのか。ちゃんと仕事しろよと思ったが、きっとそこは息子がフォローしているのだろう。

「そうか。君にも感情があったのか」
「そう仰るあなたもですね。あなたの方から婚約破棄を言われるとは、思っておりませんでしたから」

 いやいや感情があるなんて当たり前だろ、お前ら二人揃っておかしいんだ、とアンドはツッコむ。口に出しては言えないが。というか、ラブラブカップルの国王夫妻の息子と、親馬鹿宰相の娘が、なぜこんな育ち方をしたのだろうか。

「……父上から、王太子は感情を表に出してはならぬと。若いうちは侮られる。だから、いつも笑っていろと言われたのだ」
「わたくしも、です。お父様から、王太子の妃となる者は感情を見せず、相手に黙って従っていなさい、と」

 王太子がポツリと漏らせば、婚約者も驚いた顔をしてそう漏らす。聞いていたアンドはツッコみたかった。それができなかったのは、耳から聞こえた宰相の声だ。

『そうだ、その通りだ。そしてあの国王の息子だ。そのような娘などいらぬだろう? だからさっさと私に返せ』
(おいこら宰相お前の仕業か。娘のき遅れを心配してたんじゃないのかよ)

 もしかして、娘に婚約破棄されたという醜聞を作って一生閉じ込める気か、それってヤバすぎじゃないだろうか。一応尊敬できる上司であるはずの宰相が、危ない人間に思えてきた。

「そう、なのか……」

 王太子の声がしたことで、アンドは宰相が危ない人間か否かを考えるのを止めた。

「勝手で済まないが、先ほどの婚約破棄の宣言は、一時保留としたい。もう少し君と話をしてみたくなった。駄目だろうか」
「いえ、わたくしも話をしてみたいです。もしかしたら、案外話が合うのではないかと、思えてきました」
「ああ、私もだ」
(あれ……?)

 聞いていたアンドはポカンとした。なぜか、二人がいい雰囲気になっている。あれか、お互いに感情を見せるなと言われていたことが分かって、仲間意識でも芽生えたのだろうか。

『……は? いや待てどういうことだ!?』

 耳から聞こえる声はやたらと慌てている気がするが、アンドの知ったことではない。自分のするべきことは、この場での立ち会いと所感を報告するだけである。

『おいアンド! 止めろ! 二人を止めるんだ!』
「それは仕事じゃないので」
『アンドっ!」

 だから知るか、と思いながら、紙に記していく。王太子も婚約者も笑顔で……決して今までのような貼り付けた薄ら笑いではなく、話をしているのを見れば、国民の一人として喜ぶべきことだと思うのだった。
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