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32話

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奴隷に落ちてから数年、ようやくここまで来た。手の届く所に父様の仇が居る。そう思うと内側から溢れてくる憎悪を抑えられない。

昔と何ら変わらない別荘。それが身内の裏切りを何よりも表していた。

「それでは中に侵入するので前の人の肩に手を置いてください。《光学迷彩》」

闇商人に言われた通り私は闇商人に、ララが私の肩に手を置くとそうスキルが唱えられた。すると、不思議なことにさっきまで見えていたはずの闇商人の姿が消える。でも、私の手は闇商人の肩に触れたままだ。

「どういう仕組みなのですか?」

そうララが素直な疑問を口にする。

「説明すると長くなるので後にしてください。それと姿は見えなくともそこに居ることには変わりなく、声も聞こえるので喋らないでください」

その闇商人の言葉に対するララの返事はない。きっと無言で頷いているのだろう。見えないと言われたのに何をしているのだか…

闇商人に先導され隠れていた森を出て別荘の正面から中に入る。正面の門には2人、皇国の兵士らしき人が立っていたが、気づかれていない。

扉の前まで歩き門の兵士がこちらを見ていないタイミングで扉を開けて中に入る。

吹き抜けの玄関から上り口で2つに分かれて2階で1つに合流するアルファベットのOのような階段を上り奥の部屋へと向かう。

本当に私が居た時と何も変わっていない。普通ならそこに懐かしさを覚えるのだろうが、今は憎しみしかない。

1番奥の部屋の前まで来ると闇商人は足を止めた。扉の横に2人の兵士が立っていたからだ。玄関と違ってこの扉の警備をしているのだから気づかれずに中に入ることは無理だろう。

私は肩に手を置く感覚で闇商人が止まったのが分かったが、ララは分からなかったのか私にぶつかる。そしてこともあろうに尻餅をついて倒れてしまった。

トスンという音が鳴り、兵士がそれに気づく。

「困った方たちですね」

闇商人の呆れたような声が聞こえると肩に置いていた手は離れてしまう。その直後、2人の兵士は床に倒れた。

「《解除》」

《光学迷彩》が解かれ、闇商人は堂々と部屋の中へ入っていく。

「勝手に___」

そう私たちの侵入に対して女性が言葉を紡ごうとするが、すぐに言葉を失う。母だ。他にも姉が2人居る。その煌びやかなドレスからも生活には不自由していないようだ。

「お久しぶりです」

自分でも驚くくらい冷たい声が出た。

「リース、どうして貴方が……それにレイネちゃんまで…」

どうやら私たちの存在自体は覚えていたようだ。久しく呼ばれていない私とララの昔の名前が聞こえてきた。

「運よく良いご主人様に買われたので復讐に来ました」

「復讐?私たちは貴方に復讐されるようなことをした記憶はないわ。何か勘違いしているのではないかしら?」

そう母は何を言われているのか分からないような顔をする。ふざけるな。

「惚けるな!父様を騙して王国を滅ぼした!」

「何を言っているのかしら?あの人が勝手に戦争を始めて王国が滅びたのよ。リースはあの人の事を慕っていたしこの状況を理不尽に感じるのは分かるわ。だけど私たちもこの別荘から出ることを許されず監禁されているの!辛いのは貴方だけじゃないのよ!」

まだふざけたことを。そっちがそのつもりなら逃げられなくする。

「なら何でレイネシアは皇族を追放された!私の巻き添えで奴隷に落とされた!違うなら理由を説明して!」

その言葉に母は答えない。いや、答えられないのだ。

そんな中、口を開いたのは上の姉だった。

「もういいんじゃないかしら?今更奴隷に嘘を吐く必要はないでしょ。そうよ、リースがレイネに話したからレイネは奴隷に落ちた。貴方が危険を考えず軽い口で話したからよ」

「違う!私は___」

「私は何?お父様の死の真相を明らかにしたかった?王国滅亡の真実を明るみにしたかった?そう思うのは勝手よ。だけど力なき者が何を為そうとしても何も為せないのよ。その無駄な正義感と自分勝手な行動が今を招いているの。分かる?」

「でも、私は___」

「また言い訳?見苦しいわよ」

……そうだ。私がララを巻き込んだ。たった1人の友達を最低の地位まで落としてしまった。

運よくゼギウスに拾われただけで屑に買われていた可能性の方が高かった。いや、高いどころの話じゃない。ゼギウスは私たち以外に奴隷を持っていないのだから本当にただの奇跡だ。

それなのに、またララを危険に曝してしまった…自分の身勝手で2回も友達を最低の地位に落とそうとしている。もう私には何も言う資格はない……

そう思っているとララが口を開いた。

「話を逸らさないでください!今リースが聞いているのは王国滅亡の真相、父親を騙した人の正体です!私が奴隷に落ちたのが誰かが裏で糸を引いていることとリースのお父様の潔白を証明しています!何故なら何もやましいことがないなら子供の戯言だと笑えばいいだけの話ですから!」

「やっぱりレイネは消して正解だったわね。いえ、あの時殺しておくべきだったかしら。奴隷に落ちてもここまで辿り着けるとは本当に厄介な子。貴方のお母様に感謝することね」

「そうですね、後でお礼を言いに行きます。ですので、早くお礼を言いに行くためにも真実を教えていただけますか?」

ララは皮肉も気にしないで話を進めようとする。

そうだ、ここまで来たのだから目的は果たそう。それで終わったらララに謝る。ここで止めてしまってはゼギウスや闇商人、アルメシアに悪い。

また私は無駄に危険な身に遭わせるところだった。

「今更知って何になるのよ。まぁ、いいわ。怨まれても嫌だから冥土の土産に教えてあげる。王国を滅ぼした真犯人はマルスよ。父様は勝てないと分かっていたから交戦はおろか出軍も渋っていた。これでいいかしら?」

姉はそう素直に認めた。しかし、それが引っ掛かる。何か違う目的があってそれを誤魔化すために言っているようにしか見えない。

「元とはいえ、王族の方が人類の希望とされる七英雄の方を呼び捨てですか。地位を失って随分と野蛮になられたのですね」

「何が希望よ。アレは約束も守らない屑よ。私たちが出軍に冒険者を王都に集める指令、越街の禁止に関する書類を偽造したっていうのに見返りがこれ。王城の何分の1かも分からない1つの別荘に閉じ込められている。最悪よ。でも、計画が狂ったのはいい気味ね」

「計画?何の事?」

薄々は内容を知っているが、この人たちがどこまで深く関わっているのかを探るために聞き返す。

「詳しくは知らないわ。ただ、私たちが何の見返りもなく手を貸す訳ないでしょ?王国よりも広い国土を手に入れられるって言われたから手を貸したのよ。そのために魔物との戦争を始めたいって。だけど結果がこれよ」

まるで自分たちが被害者のような言い方だ。許せない。

冷静に話を聞いてからこの手で殺そうと決めていたのに、手が勝手に腰の短剣へと伸びる。

「そんなことのために父様を死なせた?」

自分の私利私欲のために最低な国王の汚名を着せて死なせた?それをやったのが自分たちなのに、それを棚に上げて被害者面……もう限界が近い。

「そうよ。何か悪いかしら?小間使いの娘に王位を継がせる気だったんだもの、当然でしょ。まだ、聞きたいことはあるかしら?」

「もういい。これ以上は抑えられない」

そう腰の短剣を握り締めていた手が半ば勝手に動くと母と姉の方に走り出していた。

「馬鹿ね。話していたのは時間稼ぎよ」

そう姉が指を鳴らすと窓から2の影が入って来て、次の瞬間には母も姉も倒れていた。
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