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44話

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流石は七英雄の操縦する魔導馬車、ご主人様の大剣のような速度はないが安全運転の範囲内では最速と言っていいほど快適で速く移動していた。

「この速度で問題ありませんか?」

そう何度目か分からない確認をされる。ご主人様にも少しはこういった気遣いをしてほしいと思う反面、今はただの一般人に過ぎない私には少し居心地が悪い。

「はい、問題ありません。それと何度も言っていますが、私はもう皇族ではありませんから普通に接して頂いて構いません」

「そう言われてもこれは癖って言うかなんて言うか…仕方ないのさ」

指摘した直後はこうやって普通の喋り方になるが、少しするとさっきみたいに丁寧な喋り方になる。友達という訳ではないから皇族でなくとも敬語を使われるのはあり得る話だが、明確に身分が上の七英雄にそうされると変な感じがしてしまう。

きっと皇族の時の私と今の私を完全に切り離したいからそう思ってしまうのだろう。もう興味がないつもりでも潜在的には意識しているようだ。

「聞いていませんでしたがレイネシア様は御母上の事をどう思っているのですか?」

しばらく無言で移動していると今度はそう聞かれた。質問しかこないというのはそれだけ話題がないということでいい空気ではない。しかし、会話がないよりはいい。

「私自身は何も思っていないつもりですが、潜在的には憎んでいるのだと思います」

「それなら直接話して誤解が解けるといいですね」

誤解、何か私の知らないことを知っていてそう言っているのだろうが、話したところで何かが変わるとは思えない。ご主人様は単純に決断の重さから後に悔いが残らないようにしっかりと決別して来い、というものだったがシアン様のは違う。

蟠りがあってそれを解こうとしているようだが、正直言って余計なお世話だ。

何があっても心変わりするとは思えない。仮に私を守っていたと言われてもそれを信用することはできない。だから無駄なのだ。

「誤解が何なのかは分かりませんが、結果が全てです。強いて感謝することがあればご主人様に出会う機会を作ってくれたことくらいです」

私の不機嫌な声が伝わったのか、それ以上シアン様はこのことについて踏み込んではこなかった。

それからしばらく魔導馬車が走ると皇国に着いた。前回とは違い、隠れることなく堂々と街中を進んでいく。

シアン様は七英雄ということもあり街中から親しみ深い声を掛けられている。その全てに手を振るだけでなく言葉も返しているが、私の知る限りここまで丁寧な対応をしているのはシアン様だけだ。

多くはシアン様が久しぶりに顔を出したことに対する歓迎の言葉だった。それだけでも慕われているのが分かる。

メナドール様もマルス様も印象が悪くならないようにはしているが、日常は軽く手を振るくらいだった。何年か前の話で今もそうかは分からないがシアン様の印象が特別良かったのは覚えている。

その対応を荷台の中から見ていると気づけば皇城に着いた。

念のためフードを被って顔を見えないようにしてシアン様についていく。前回とは違い地下ではなく正面にある階段を上る。

この時間だと執務室だろうか。3階まで上がるとシアン様は予想通り執務室の方へ歩いて行った。

「失礼します」

扉の横に控える兵士を気にもせずコンコンとノックをして部屋に入る。やはりコソコソと動くより堂々と動いていた方が気持ちいい。それは悪いことをしていないと分かっていてもだ。

これからの憂鬱さを振り払うために些細なことで気持ちを誤魔化す。きっと別荘でのルルのように感情的になってしまうのだろう。それが腹立たしい。

シアン様に続いて執務室に入ると、執務机に向かい眼鏡を掛けて紙と睨めっこしている母がいた。この時期だと税の過不足、天候や今の有事に対して減税や増税、移住、等をどうするべきかの判断だろう。

「シアン様でしたか。急に居なくなったと思えば急に現れて何かよからぬ事が起きたのですか?」

「色々とありましたが、それはマルスから報告が上がると思います。今日はミレーネ様に会わせたい方を連れてきました」

「私も忙しいので手短にお願いします」

承諾の言葉を聞いてからフードは脱ぎ髪を手で掬い出す。

「レイネ…シア…?レイネシアなのですか?」

私の顔を見ると母は眼鏡を外し持っていた紙は手から落ちる。そして手を口元に当て目を大きく見開いて私を見ていた。今にも泣きそうな顔をしているが全てが演技に見えてしまう。

「お久しぶりです、お母様。貴方に捨てられたレイネシアです」

母の要求通り手短に終わらせるために仲良く話すつもりはないという意思表示をする。が、母は感極まったように涙を溢れさせた。

「よかった…生きていたのですね。本当に、よかった…」

「よかった、ですか?幸運の連続で私は生きていますが、私は奴隷に落ちました。それを貴方によかったと言われたくはありません!」

やはり感情的になってしまった。分かっていて抑えようとしてもいざ目の当たりにすると怒りが溢れてしまう。

「ごめんなさい。そういうつもりでは……ですが、そうですね。レイネがどんな目に遭ったのかも知らずに今の言葉は軽率でした」

「そういった演技は必要ありません。本性を出してくださって構いません」

「レイネにはそう見えているのですね。それは全て私が悪いので受け入れますが、何があったのかは教えてくれませんか?」

そう見えている…まるで事実は違うような言い方だ。それが私の感情を逆撫でするが、大きく深呼吸をして静めようとする。怒りを抱くだけ損だ。今日はレイネシアとは決別し、ララになるために来た。

「そうですね。まずは身包みを剥がされ薄汚れた服に着替えさせられ牢のついた馬車に乗せられました。周りには私と同じように売られる予定の子が乗せられ瞳には生気がなく、私も何れそうなるのではないかという恐怖に怯え続けていました。そんな中、私を正気で居させてくれたのは一重に貴方への復讐心でした」

当時の事を思い出しながら言葉を紡いでいく。そこに感情は乗せず淡々と言葉を続ける。それを母は静かに聞いていた。

「私は皇国の地下ではなく、帝国に連れて行かれました。多くの人に気色の悪い目を向けられ何度買われそうになり試されそうになったかは分かりません。ですが、そうならなかったのは私に付けられていた値札が高く誰も手出しができなかったのだと私は認識しています。栄養価だけを気にした味のない残飯のようなドロドロとした物を食べ見世物にされること1週間、今度は王国の地下に連れて行かれました」

そこからは闇商人さんに引き取られルルと再会し、奴隷という体裁を持ちつつも日の光を見られないこと以外は並みの生活を提供された。そしてご主人様に拾われ今に至る。

全てを聞き終えると母は「うぅ…」と嗚咽を漏らしながら涙で顔がグチャグチャになっていた。それは本心からの涙なのだろうが、演技という疑念を拭いきることはできない。

それで確信した。もうこの人とは相容れないと。

「辛かったですね…」

「いえ、今のご主人様に拾われてからはここに居た時よりも楽しく生活しています。貴方も私が戻ってこない方がいいでしょうし私もその方がいいです。ご主人様とシアン様に言われてここに来ましたが良かったです。ここへの未練はないつもりでしたが、完全になくなりました。では、失礼します」

一方的にそう言うとフードを被り執務室を後にする。母は私の去り際に「そうですか…」と憂いたように言っていたが私の心に何も響くことはなかった。
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