上 下
89 / 185

87話

しおりを挟む
この辺りでいいか。

メナたちの場所からそれなりに離れると足を止める。ライガ、ヴラドサ、ゼラスを釣れたのはいいが、アイリスとその配下は釣れなかった。

おそらく元からガゼルガとアイリスは俺を釣り出すためのもので釣り出した後はこの3体に任せていたのだろう。そうでなければ少なくとも途中までは釣れたはずだ。

「鬼ごっこはもう終わりかぁ?」

足を止めるなり今までよりも鋭い攻撃が飛んでくる。ここまで来る途中もライガは終始攻撃を仕掛けてきていた。

それらは移動しながら、目的地を決めていない不規則な移動だったこともあり先を読まれず躱すのは容易だった。が、所々で減速させられヴラドサとゼラスを引き離せなかった。

道中でライガに致命傷を負わせて撤退させるのが理想だったが、まさかライガに阻まれるとはな。まぁ、ライガが狙っていたとは思えないが。

「あぁ、終わりでいいぞ」

ライガの拳を受け流してから大きく跳躍する。するとさっきまで居た場所、俺の影から黒いサメが大きく口を開き飛び出てきた。

今のはゼラスのスキルだ。ゼラスは靄に覆われているのもあってスキルの詠唱が聞こえない。おまけに靄で体の動きも見えない。

だから起こりを見てでしか対応できないのだが、ライガを攻撃しようとするとこうやって邪魔される。数の優位、1体居なくなるだけで形勢が俺に傾くことを理解した徹底的な補助役だ。こういう奴が居るだけで相当面倒くさい。

本当ならさっさとここを終わらせてメナの場所に戻らなければならない。今、メナが引き受けている戦力は明らかにメナの許容量を超えている。

真継承で得た力もあるが、それ以上に今は疲労によるダメージが大きい。強引に魔力だけは回復させたが今の精神の疲労状態では勝つのは難しい。もし戦闘が長引けば集中力が切れて負ける。

だから早い内にケリをつけて戻らなければならないのにゼラスが厄介だ。いや、厄介さで言えばヴラドサもいい勝負か。

《愚鈍なる世界》を使ってはいるが、ヴラドサから放たれる魔力の霧に打ち消されている。

どうやら相当俺の《愚鈍なる世界》を研究していたようで効率よく《愚鈍なる世界》を中和できるようだ。その効率は3:1、俺が3の魔力を使ってもヴラドサは1の魔力で打ち消される。

それを圧倒的な魔力濃度で突破することもできるが、それだと即死だ。外で中和できない魔力量が体内に入った瞬間、体の許容量は超える。

これだから体外で中和されるのは面倒くさい。まぁ、他人の内側で中和なんて拒絶反応が起きるからできないが…

偶然の重なった不幸だが、この状況は最悪だ。

柱が全て居なくなるとあいつ等が本気で動けるようになる。柱はあいつ等を拘束する杭で、今、解き放たれれば勝ち目はない。

このことは原初と俺しか知らない。あいつ等は理を超えた力を持っていて庭でしか全力を出せないと思っているが、それは違う。杭は原初が仕掛けた俺の準備が整うまでの時間稼ぎだ。

それに気づかれないようにここを切り抜けなければならないとは本当に面倒くさい。撤退させること自体は覚醒や真継承の慣らしと勘違いさせることはできるが、問題はこいつ等が撤退するかどうか。どうやって撤退させるかだな。

アイリスが居れば多少は撤退させるのも楽になるんだけどな…

「考え事なんてしてんじゃねぇ!《雷閃》」

地上から閃光が走り、一瞬でライガが目の前に現れ拳を振るう。それを受け止めて地上へ蹴り落とす。

あー、面倒くせぇ。

倒し方を考えようにもライガがこうやって邪魔をしてくる。それを脊髄反射に委ねて躱して考えたいところだが、それをゼラスが阻む。ライガと違ってゼラスは頭を使った攻撃をしてくるから脊髄反射だけでは躱し切れない。

ライガと俺が重なれば影が生まれ、そこから闇が飛び出てくる。だからライガも放置できない。かと言って滅のスキルを使えない今、速攻で倒すには《愚鈍なる世界》しかない。

だが、それも使えない今、ライガを倒すのは困難だ。

「苦戦しているようだね。君が為す術のない姿は見ていて最高だよ」

そうヴラドサが自分に酔いしれた笑みを浮かべる。大方、ヴラドサの中では《愚鈍なる世界》さえ防げれば勝てると思っているのだろう。

現状、俺が何もできていないのもあってその作戦が嵌まっていると思っているようだ。それで自分の策略に酔っている。

倒すならヴラドサからだな。全ての判断をヴラドサがしているだろうからライガ辺りが望ましかったが、これだけ隙があるならヴラドサが1番楽だ。

「それで勝ったつもりか?まだ俺は傷1つ負ってねぇぞ?」

「その減らず口もすぐにきけなくなるよ。ゼラス」

ヴラドサが指示を出すと辺りに闇が広がる。それを《絶闇》で消すとヴラドサの姿が消えていた。

こうなることは分かっていた。ヴラドサは闇や影の中を自由自在に移動でき、ゼラスの出したサメのように影から出てくることができる。

そう思っていると丁度、影からヴラドサが飛び出てきた。

それに蹴りを合わせると蝙蝠の群れになって散っていく。それを全て消そうとするとライガに横槍を入れられる。馬鹿の癖に本能でこういった行動ができるから面倒くさい。

ライガを追い払うと再び闇に包まれる。が、今度は《絶闇》で消さない。そうしているとヴラドサが背後から現れた。

「《吸血》」

その声と共に首筋に噛みつかれた。そこから血ではなく魔力を吸い取られる。

かかった。

逆にこっちから膨大な魔力を流し込む。それに気づいてヴラドサは離れようとするが、そうはさせない。ヴラドサの頭を掴み離れられないようにして魔力を流し続ける。

これならヴラドサだけに疑似的な《愚鈍なる世界》を再現できる。しばらく魔力を流し込み続けると中和も追い付かなくなったのかヴラドサの体から力が抜けていく。

振り返ってヴラドサの体を手刀で体を貫く。そして《絶闇》で闇を消す。

これで退いてくれねぇかな。

そんな淡い期待を抱くが上手くいきそうにない。ライガが閃光を走らせて目の前に現れる。それを空いた手で防いでいると影からサメが現れヴラドサをさらっていく。それに合わせてライガも撤退していった。

あのライガが退いた?そこに予め考えていた策略を感じる。少し探りたいところだが、話の通じる奴がいない。それでもこの不気味さは無視できない。

「やけにおとなしいが、何が狙いだ?」

そうゼラスに聞くと靄が消える。靄の内側に隠れていたのは血のような赤い瞳に色素の抜けた白い髪、そして褐色の肌に端正な顔立ちをした男性だ。

「目的を達成した。ただそれだけだ」

「その目的ってのは教えてくれねぇのか?」

「敵に教える道理がどこにある?」

そう冷たくあしらわれる。そこからは他の柱と違って会話すらしたくないというオーラが出ている。それは仕方ないのだが、内容次第ではここでヴラドサの息の根を止めなければならない。

「そりゃそうだが、俺とお前の仲だろ?」

「よくそんなことが言えたな。あのこと、忘れたとは言わせないぞ」

その言葉と同時にゼラスから溢れる闇が強くなる。それは明らかに靄よりも深くて濃い。今のは煽り過ぎたか。

「忘れてねぇよ。だからお前が居る場では逃げてねぇだろ」

「グラを葬った」

そう短く返答がくる。

グラが負けた?シアンを助っ人に送ったのに?にわかには信じ難い話だが、ゼラスが嘘を言うとは思えない。

それが事実だと言わんばかりにガゼルガの軍とアイリスの軍の足音が聞こえてくる。

「次も逃げるな」

その言葉と同時に辺りは闇に包まれる。それを《絶闇》で消すとライガもヴラドサもゼラスの姿も消えていた。

アイリスに会って話を聞きたいところだが、アイリスも撤退してきているということはメナも無事ではないだろう。だが、ゼラスがグラの名前しか挙げなかったということは、メナはまだ生きている。

ここでメナまで失う訳にはいかず、全速力でメナの元へ戻った。
しおりを挟む

処理中です...