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初めての旅行に行く少年の話
幕間 東京駅にて
しおりを挟むその日も東京駅は人が多かった。
サラリーマンや観光客、駅員や従業員など、様々な性別、年齢、人種、人生を歩む人々が、ひっきりなしに行き交っている。
そんな歩調も歩幅も違う彼らを、1人の老女が灰色の車から見ていた。
「……またか、アイツ……」
駅の一般車乗降場となっているロータリー。そこに車を止めてから一体どれだけ時間が経ったろうか。
彼女はため息を吐いた。
ブラックスーツを身にまとい、シルバーグレイの髪を靡かせる彼女の名前は天見 絹枝。
職業は警部。この道40年以上の警視庁捜査一課のベテラン警部である。
そんな彼女が何故東京駅にいるのか、理由は簡単である。
待ち合わせした相方と落ち合う為である。だが、その相方は何故か一向に来なかった。
「ったく、注意してもダメだねぇ……」
ハンドルを指で何度も小突き、舌打ちする。
そんな時、東京駅から猛スピードで飛び出してきた男がいた。
「すみませんでしたぁ!」
天見が彼を視認したその瞬間、男は身体を90度に曲げ謝罪した。
「聞いて下さいよ~! 姐さん~! 遅刻はわざとじゃないんすよ~! 仕方がなかったですって~」
「はぁ、言い訳は聞き飽きたんだが?」
「言い訳じゃありません! 事実です!
俺はただ困っている人がいるなぁと思って声をかけたらナンパしているお姉さんで~!」
「あっそ」
「まだ何も話してない! あと返事が冷たい!」
先程からピーピーギャーギャーとうるさい男。彼こそ天見の相方、同じ警部で後輩の多木昂輝である。
昨晩何があったか天見には想像もつかないが、その髪がやけに汗でベタベタしているところを見るに昨晩風呂に入っていないようだ。おそらく徹夜明けなのだろう。それにしては、朝から元気な人間である。
天見はそんな多木の相手をするのを面倒に思いながらも、彼と話し合いをする為に話を切り替えた。
「ここ1ヶ月、妙な火災や事故が相次いでいるのは知っているな?」
「ちょっ……! ま、まぁ、良いですけど!
○○区の火災とか○○○区の事故ですよね。知ってます。一見すればよくある事故なのに、妙に違和感があるとか色んな先輩方が言っていました」
「あぁ、確実におかしいのが5件。怪しいのが3件……。
私達が気づいていないだけで他にもあるかもしれないが、既にこれだけでも一大事だ。
しかも、どれも違和感はあれど明確な手がかりはないと来た。嫌な話だよ」
「えぇ、正に1ヶ月半前の飛び降り自殺と一緒ですね」
彼らは今、ある事件を追っていた。
とある繁華街で起きた女性が1人死亡した事件……世間では飛び降り自殺だと言われているが、天見は殺人と見ているその事件を二人は追い、捜査しているのだが、この1ヶ月、似たような事件が東京都各地で起きていた。
「海難事故、居眠り運転、火災、駅のホームに転落、スピード違反……確かにどれもよくある事故だ。確かに動機も原因も必然性もどれも十分にある。
しかし……。
溺れ死に海に船に乗って行くか?
居眠りする為に、前々日から徹夜するだろうか?
タバコの火は消すもんだ。わざと火を付けたまま捨てるか?
通い慣れた駅で通い慣れたホームでわざと足を踏み外すことが出来るのか?
スピード違反してわざわざ塀にぶつかりに行く理由はなんだ?
まるでそうなるよう誰かに操られたかのように……どいつもこいつも不審な死を遂げている。
監察医の連中が血眼になって調べているが、今のところ、遺体に目立った異常はない。血液や胃の中まで調べても何も出てこなかった。
私達の知らない未知の方法で彼らは死んでいる。
オマケに、被害者達には今のところ共通点がない。私達が追っている事件を除けば、せいぜい全員が男という性別くらいだろう。年齢も職業も住所もまるで違う。元から無作為に選んでいる可能性もあるが……」
「本当、不可解で厄介ですよね~。
連続殺人事件だと思われるのに、それを裏付けるものが違和感しかないんですから」
「あぁ……だが、この違和感を放置し、ただの事故死だと片付けるのは、秩序を守る者としてあってはならない。我々は秩序を犯す者に厳粛であらなければならないのだから」
天見は舌打ちする。その隣で多木は深く何度も頷いた。
しかし、頷く多木にはイマイチ緊張感がない。天見はそれに目を細めた。だが、天見はそれを指摘することなく、また話を変えた。
「ところで、お前の調べ物はどうだ?」
「あーそれっすか……ちょっと困ったことになってて……」
「困ったこと?」
予想外の言葉に天見は多木を二度見した。
多木はため息を吐きながら、スマホをズボンのポケットから取り出した。
「姐さんから探せって言われてた子、俺は見つけたんですよ。ちゃんと」
多木はスマホを操作し、1枚の画像を出す。
そこには緑色のパーカーを着た少年が街の中を走っている姿が写っていた。
画像が荒くその顔までは分からないが、その身長や身なりはよく分かる。
その姿は正に探している人間の姿だった。
「ほら、正に姐さんの言ってた通りの特徴の子でしょ? 身長がわりと低くて細身で少年少女ぐらいで……って。
事件現場周辺で当てはまる子探したら、この子しかいなかったんです!」
「へぇ、やるじゃないか。で、どこの誰だった?」
「どことか名前とかないっす」
「は?」
「男の子なのは確かなんですけど、姓名不明、年齢不詳、住所不定です。
……彼、所謂、浮浪児とかストリートチルドレンってやつでして……」
「…………」
耳を疑うとはこのことである。天見は多木を疑いの目で見たが、多木は「マジです!」と叫んだ。
「児相とか警察が無能とか思わないで下さいよ? 地元の関連機関にはマークされてた子だったんですよ、一応……。
何処から来たとか不明ですけど、数年前からあの街でよく目撃されてた子で、まぁ、言い難いですけど……彼、ウリをしてたらしいです。不特定多数の大人に」
その言葉に天見は顔を顰める。未成年、ストリートチルドレン、ウリ……並んで欲しくない言葉ばかり並ぶ。天見は頭を抱えた。
「子どもは明るく無邪気に生きるべきだってのに……その子は悪い大人の忌み物になって生きていたのか……」
「まぁ、どういう事情かなんて本当のところはわかりませんが……それしか無かったんでしょうね」
「ったく……。で、そいつは何処に?」
「行方不明です」
「……はぁ?」
「あの日、あの街に風営法の立ち入り調査が入ってたのは姐さんも知ってますよね?
その調査中の警官が、たまたま彼を発見しているんです。まぁ、逃げられた上に、途中で撒かれちゃったらしいんですが……その目撃を最後に彼は行方不明になりました」
「なんだと?」
多木はスマホの画面をスクロールし、何枚も画像を出す。
それら全て警官から逃げ惑う少年が写っていたが、少年が人混みの中へ走り去ったところで画像は終わった。
「あの街は元々設置されている監視カメラが少ない上に、人通りが多い場所と少ない場所の差が激しくて……目撃情報を探して虱潰しに調べましたけど、ダメでした」
「他に分かったことはないのか?」
「一応、彼が住居にしていたらしき場所は見つけましたよ。
廃ホテルの一室。でも、何日も帰っていないみたいで、空の弁当箱と約42万円分のお金が残されてそのまま……。
マジで行方不明なんです」
「まさか消された?」
「と思って調べてるんですけど、今のところ、それも不明で……」
「…………チッ……最悪だねぇ」
状況は芳しくない。犯人に関する手がかりは無いに等しい上に、第一発見者である少年すらどこかに消えている。
そんな状況に天見は舌打ちした。だが。
「まぁ、いい。こうなればとことん地道にやろうじゃないか……。
真実に辿り着くそれまでな……」
「お、姐さん、何か策でも?」
「被害者の共通点をとにかく洗うぞ。パッと見、バラバラでも繋がりは確かにあるはずだ」
「はい!わかりました! 俺も引き続き、少年の行方を探してみます!」
ロータリーから2人を乗せた灰色の普通車が発進する。
前だけを見て、真っ直ぐに。
それはまるで彼ら自身のようだった。
そして、灰色の車が去ってぽっかり空いたそこに、白いタクシーがやってきた。
そのタクシーの助手席には『支払』の文字がある。乗客を東京駅に降ろしにきたのだ。
車は歩道に幅寄せして停車し、後部座席の扉が自動で開く。
そこから荷物を持った2人の乗客が降りてきた。
「では、良い旅を」
乗客を降ろすと運転手はそう言ってタクシーを発進させ颯爽と去っていく。
乗客だった少年はタクシーに手を振り、もう一人の男はキャリーケースのハンドルを握り転がした。
「稔。忘れ物はないか」
「うん!」
「楽しみか?」
「楽しみ!
タクシーも初めてだったけど、電車も初めてだし、旅館も初めてだし、ワクワクしてる!」
「そうか」
「ところで、この大きな建物、全部が駅なの……?」
「そうだ。迷子になると大変だから、俺の傍を離れるなよ」
「うん……!」
そう会話して2人は東京駅に向かっていく。少年は弾むような足取りで、男はいつも通りの足取りで。1泊2日、人生でたった2日だけの特別な日を過ごす為に、東京駅に入っていった。
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