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第2章
12.あの子がヒロインだ
しおりを挟むオススメしてくれた本の中から、ひとまず手近にあった本を取って、ペラリとめくった。
歴史書によると【黒猫の涙】と呼ばれる宝石は、別名【王家の秘宝】とも呼ばれている。20歳の成人を迎えるまでに王位継承権を持つ者がこの秘宝を見つけた時、次期王として認められるらしい。
今更だけど、この秘宝とやらを見つけただけで、次期王様を決めてしまっていいものなのだろうか。
いや、逆を返せば……
「それ程までに、黒猫の涙は価値のあるものって事……?」
恐らく、私が思っている以上にだ。
「何処に隠されてるんだろ……」
その手掛かりを見つけるのがサシャ様のお役目なのでは、という視線を、後ろで待機しているイヴからひしひしと感じる。
そうなんだけど、私の浅い知識でやる占いで王家の秘宝が見つかったら、苦労しないと思うのだよ。
「あれ?」
今気がついたけど、ストーリー的にヒロインも黒猫の涙を探す事になるんだよね?
だとしたら、私ヒロインと対決するの……?
そしたら私、いよいよ本当に悪役令嬢ポジションになっちゃうのでは。
「……でも、王宮迷宮の悪役令嬢って、こんな見た目だったっけ?」
攻略対象者の顔だってうろ覚えの私だ。
ライバルのキャラクターデザインまではっきりとは覚えてないけど……自分がその悪役令嬢ポジションだという事には、何だか違和感を覚える。
私は自分の藍色の髪の毛をヒョイと摘んで、クルクル指に絡める。
ポッと出の子爵令嬢がヒロインのライバルになんて、ちょっとインパクトが足りないと思うんだよね。
その点、レクド王子の婚約者であるクララ様は公爵令嬢という申し分ない身分と、美しい見た目を兼ね備えている。
ふぅ、と途中から開きっぱなしだった本を閉じた。
壁時計を見ると、図書館に来てからかなり時間が経っていたようだ。
「そろそろ戻ろっか。これと……あとこれは借りて、部屋でゆっくり読む事にするね」
「かしこまりました」
────────────────
本を借りる手続きを済ませた私達は、図書館を出てテクテクと応接室に向かって歩いていた。
「はぁ……王宮メイドの面接に受かるなんて、ラッキーすぎるわ……!」
角を曲がろうとした所でそんな台詞が聞こえて、ちょっと驚いた私は思わず足をピタッと止めた。
さっきも角を曲がろうとしてアルシオ王弟殿下にぶつかってしまったので、同じミスはしないように、という気持ちもあったのである。
こちらに人が向かって来る気配もないので、ワンテンポ遅れてそっと覗く。
少し離れた所に、真新しそうなメイド服に身を包んだ女の子の後ろ姿が見えた。
ふむ。
言動からして、最近受かった新人メイドだろうな。
にしても……よく通る声で凄い赤裸々に言ってたな、あの子。
メイド長にでも聞かれてたら、勤務開始早々お説教コースになりそうなものだけど。
私はイヴに、人差し指を立てて「しぃーっ」とリアクションを取ると、向こうにいる新人メイドにこちらの姿がバレないよう気をつけながら、再び向こう側を覗き込んだ。
あぁ……でもなんか、あの子な気がしてならないな、ヒロイン。
さっきまでは後ろ姿しか見えなかったから分からなかったけど、チラリと見えた横顔からして、かなり容姿が整っているのが見て取れた。
赤茶色のセミロング丈の内巻き髪の毛はキラキラ艶めいているし、大きな金の瞳は、まるで猫のような可愛らしさだ。
「うーん……あっけらかんとした発言にはちょっと問題がありそうだけどね……」
あの子がヒロインだと仮定して、前世の記憶があるのかどうか。
そこも追々、どうにかして確認すべき点ではあるな。
そんな事を考えていると、私達が隠れている角とは反対の方面から偶然ノエル様とライが現れた。
「君、こんな所で何してるの?」
「えっ……ノエル王子……っ!?」
ヒロインがキャアッと嬉しそうな悲鳴を声を上げていて、後ろ姿でも興奮しているのがよく分かった。
逆にノエル様は笑顔のまま固まったけどね。
「うそ、まさか王宮に来てすぐ会えるなんて……! しかも後ろにいるのって、もしかしてノエル王子の専属騎士の、ライ様っ……!?」
突然声を掛けられて、ライがビクッとしている。背が高い男性が、ちょっと怯えて縮こまってるのって何だか面白い。
「へぇ、ライって有名なんだ?」
「殿下方の専属騎士であるお2人は、特に有名ですね」
淡々としたイヴの解説に、ほうほうと頷く私。
ヒロインと偶然出会ったノエル様とライ。これもゲームの流れとかだったりするのかな。
「……見かけないメイドだね。最近雇われたのかな? ここから先は王家の居住スペースになるんだけど、こちらへ入る許可は取ってある?」
「いっ、いえ……」
平民だから王族への対応の仕方をまだ習ってないのかもしれないけれど、これは些か問題である。ノエル様だからやんわりと怒ってるけど、普通に考えて無礼だもんな。怒っていても笑顔のままなのが逆に怖い。
「し、失礼いたしました……」
そう言ってしょぼんと肩を落としたヒロイン。しゅんとしている表情も可愛らしいのは羨ましい。というか、可愛いと分かっててやってるのかもしれないけど。
「ナタリー! 貴方ここで何してるのっ!? メイド長が貴方が居なくなったってカンカン……」
ノエル様の存在に気付き、ハッとしたメイドは慌てて駆け寄って、ナタリーの頭も一緒に深々と下げた。
「だっ、第2王子殿下にご挨拶申し上げますっ! この者が何か粗相をいたしましたでしょうか!?」
顔を上げていいよと許可を貰ったメイドは、青ざめた様子で恐る恐る問い掛けた。
「見慣れない顔の子が居住スペースに足を踏み入れようとしてたからね、声を掛けたんだ」
「なっ……大変申し訳ございません……! 今日から入りました新人でして、迷ってこちら側まで来てしまったようです……!」
「今日のところは構わないよ。ただ今後気をつけるよう、しっかり教育してね」
もう行っていいよ、と言わんばかりにノエル様がヒラッと手を振る。
後から来たメイドは、ナタリーと呼ばれていたヒロインの手を引いて、慌てて早足でこの場を去った。
ナタリーは最後まで名残惜しそうに、ノエル様とライをチラチラと振り返っていた。
……どうやらノエル様の好感度はあまり期待できなそうだよ、ナタリー。ライは分からないけどね。
「何かもう、カオスだなぁ……」
「カオス、ですか」
「混沌としてるって意味ね。よし、私達は今何も見なかったという事にして、遠回りしてから応接室に向かおう」
イヴにそうコソコソと告げて、私は来た道を戻ろうとクルリと背を向けた。
「サシャ? どこに行くの?」
「ひっ」
「あの新人メイドは僕とライに夢中で気が付いてなかったみたいだけど、ここの曲がり角からサシャの可愛い髪の毛、見え隠れしてたよ?」
流れるように私の髪を掬って、クルクルと弄ぶ。
「僕を置いて行こうとするなんて酷いじゃないか、婚約者殿」
……さっきの笑顔より怖いかもしれない。
第2章 終
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