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第4章
22.眠れる魅惑の王子様
しおりを挟む「ねぇ。そういえば、足はきちんと医者に診てもらったんだよね? 医者はなんて?」
「えーと……異常なかったですよ」
私の返答を信用していないのか、チラリと私の足元に視線を向ける。
ささっと足元をドレスの中に引っ込めたけど、み、見えてない……よね?
ニコッと笑った私を見て、一瞬間が空いたかと思うと、ニコリと微笑んだノエル様は、振り向かずに私の専属メイドへと静かに声を掛けた。
「……イヴ?」
「はい。骨に異常はありませんでしたが、包帯で固定をして、念の為2、3日はなるべく安静にとの事です」
「あ、ちょ、イヴっ!?」
そんな一言一句違わずノエル様に伝えなくてもよいのでは……!?
うぐ、結局は雇い主には逆らえないのか……
「……サシャ、君はもう寝よう。ベッドまで抱えてあげるから」
よいしょ、と寄りかかっていた肩から頭を起こすと、スルリと手を回して、私の腰を抱いた。
「いやいやいや、ちょ、待ってくださいっ!? だって、この後は……」
「現場確認は3日後の、君の足次第だね」
言いかけた言葉に被せるように、ピシャリと告げられる。
うぁ。
至近距離でキラキラと微笑まれているのに、何故かめちゃめちゃ怖い。
「~~~私、普通に歩けます! それに、2、3日も会場をそのままにしとくなんてご迷惑ですし、非効率すぎますって……!」
私の必死の弁解に、抱き上げる事はやめてくれたけれど、ジトッとした目で不服な表情を浮かべるノエル様である。尚、腕はまだ私の腰に回したままだ。
「絶対に走ったり、無茶しませんって約束します。ノエル様だって事件の早期解決を願ってますよね? クララ様を危険な目に遭わせた犯人、探したいですよね!?」
「いや、まぁ……勿論そう思ってはいるけど……」
「なら、お願いします……! 歩くのを禁止するとは、お医者様は一言も言ってなかったですし! ね、イヴ?」
「はい。確かに歩くな、とはおっしゃっておりませんでした」
物は言いようである。
「仕方ないな……じゃあせめて、明日にしよう。レクドはその内ここに来るだろうから、今日は情報整理だけ先に軽くして、現場は明日確認。時間も制限を設けるから。いいね?」
「はい」
私の、珍しく勢いのある説得に負けたのか、ノエル様は深い溜息を吐き、熟考の末にそう告げたのだった。
よし……この交渉、私の勝ちだ。
────────────────
「あれ? それにしてもレクド王子、中々いらっしゃいませんね……」
「言ったでしょ? 当分は来ないと思うってさ」
ノエル様は何を思ったか、肩に乗せていた頭をずりずりと下ろして、今度は膝の上に乗せた。
もぞもぞと頭のポジションを定めたかと思うと、その後すぐに、小さくスー……という寝息が聞こえてきた。
「えぇ……? うそ、寝ちゃった感じ?」
想定外の展開に困った私は、助けを求めようとイヴに視線を向ける。イヴは私と目が合うと、無表情のままコクリと頷いた。
それはどういう意味だ……!?
……ノエル様もシャワーを浴びられたのかな。
夜会仕様の、ワックスで固められていた髪の毛は普段のようにサラサラとしていた。キラキラだし、まつ毛も長くてお人形みたいだな。
私は行き場のなくなった手を彷徨わせた挙句、ノエル様の頭上にそっと重ねてみた。
起こさないように気をつけながら、手櫛のように小さく髪をいじると、やっぱり指通りが良い。
「三つ編みしてもすぐ解けそう」
暫くの間、無意識に撫で続けてしまっていたらしい。
その内に扉がノックされ、俺です~と、何とも気の抜ける声が小さく聞こえてハッとする。
誰だかはすぐ見当がついたけれど、イヴが扉を開けに向かった。
「ライ」
「ただいま戻りました。……あれ、珍しいっすね。普段誰かのいるところじゃ絶対寝ないんですよ、この方」
よっぽど今日は疲れたんですかねー、と自然に私達のソファーの向かい側に座った。
……護衛騎士、とは?
イヴの方がよっぽど護衛らしさがある気がする。
というかこの姿、レアな姿だったのか。
乙女ゲームでいう、所謂スチルというやつなのかな。確か……イベントクリアとかで見せてもらえる、特別なシーン的な……?
私は悪役令嬢ポジションだし、乙女ゲームを動かしてる訳じゃないから関係ないけどね。
「そりゃ疲れてると思いますよ」
だって大切なクララ様が、突然目の前で命の危険に晒されたんだから。
ノエル様がクララ様の事を特別に想っている事は間違いない、そんな気がずっとしてる。
……別に臨時の婚約者である私がそれを気にしたところで、何も意味も持たないからいいんだけどさ。
私は私の仕事をこなすだけ。
ちゃんと契約したんだから、無事に終わればお役御免で、報酬もたんまり貰えてハッピーエンドだ。
うんうん、と心の中で納得させて、噛み砕いて飲み込む。それから私は、ちょいちょいと指をぴょこぴょこさせて、ライに声を掛けた。
「あの、ちょっとそこのクッキー取ってください」
今更ではあるが、ノエル様を起こさないように、声のボリュームを落とした。
「え? クッキーよかったらどうぞ? ちょうど腹減ってたんすよ。ありがとうございます、いただきます」
「いや、食べても構いませんけどね……? 私は取ってくださいって言ったんですよ……?」
えぇい、コントか。
空耳にも程があるぞ、護衛騎士様。さては天然か……?
ふと、クスクスと小さな笑い声が聞こえた。目線を下に向けると、ノエル様の頭がプルプルと小刻みに震えていた。
「起こしちゃいましたか」
「楽しそうな掛け合いが聞こえてきてね」
恨むなら正面にいる護衛騎士を恨んでくださいね、と、私は向かい側にいるライに視線を向けたのだった。
「……サシャには色々驚かされてばっかりだな」
「はい?」
「ううん、もう少し寝ていたかったなって」
何だか名残惜しそうに、私の膝の上から頭を起こしたノエル様だった。
やっぱり相当お疲れなのかもしれない。
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