30 / 50
第5章
30.ヒロイン観察日記。
しおりを挟む「なっ、なんだったんだ、あの人……」
私は小走りしていた歩みを止めて、はふ、と息を吐いた。何が、とは言えないけれど、私の中で危険レーダーが作動していた。
「まぁ……別にもう会う事もないだろうからいっか」
私が待ち合わせ場所のオープンカフェに到着した時、予め決めておいた集合時間を少しオーバーしてしまっていた。
「イヴ! ごめん、お待たせ」
「いえ」
そう短く返すとイヴは、とたぱたと駆け寄った私のズレたフードを直してくれる。今日1日薄々と感じてたけど、何か……赤ずきんになった気分だな。さっきまでカゴの代わりみたいにケーキの箱持ってたし。
「ナタリーの様子、どう?」
「途中報告させていただいた時と、あまり変わり映えはしておりません」
丁度今はあちらに、と話すイヴの視線を追うと、とあるアクセサリーショップのガラスに映るナタリーの姿があった。
「あのさ……王宮メイドのお給料って、そんなにいいの?」
ナタリーが今いる店は、平民向けというよりは少し値がはる店だ。
「今日1日で服屋でしょ、アクセサリーにカフェ……羽振りよすぎだよね?」
「明らかにメイドの1ヶ月分の給金は超えているかと」
「だよね。パパ活でもしてるのかな……」
「……? パパ……?」
「えーと、なんて言うんだろう……合ってるか分からないけど、パトロン? みたいな」
イヴは、私の言い換えた言葉であぁ、と納得がいったようだ。
「その可能性もありそうですね」
このタイミングで都合よく王宮メイドに内定した事といい、ナタリーにヒロイン補正がかかってると考えたにしても、バックに有力貴族が付いているような気がする。
順を追って冷静に考えると、いくら何でも上手く行き過ぎているんだ。
夜会の時の行動や、庭園での誰かとの密会……ナタリーの最終的な目的って何なんだろう。
「殿下方に見初められて、行く行くは王妃になりたいとか……?」
ヒロイン的にはハッピーエンドだけど、私の気分的にはバッドエンドである。
私の呟きを拾ったイヴが、隣で心底嫌そうなオーラを放っていた。
「ナタリーの生い立ちとかって調べはもう済んだ?」
「はい。別の者が担当しておりますが、そろそろ調査結果が上がるかと。些か厄介な状況だったらしく、確認に遅れが生じていたようです」
「へぇ……本当にパトロンがいたとして、その人が結構な有名人とかだったりしてね」
ナタリーの休日を監視してくれたイヴの為にも、追々色々と辻褄が合うといいな。
「誰かと会う感じは……もう今日はなさそうだね」
「そうですね。非番の王宮騎士に偶然会って、カフェでご馳走になっていた位でしょうか」
なら後はもう少しだけ様子を見て、帰るだけかな。紅茶を飲んで一息ついた私に、イヴが口を開く。
「サシャ様。殿下に外出許可をいただきに伺った際、その行き先と理由を聞かれまして、お答えしました。漠然とした感覚なのですが……何かを悟られているように感じられました」
「えーと、理由は私が用意しておいたやつを言ってくれた?」
「はい。ですが、やはり納得はしておられない様子でした。それだけ?と訝しんで、もう少し詳しく説明をするよう求められましたので……申し訳ありません」
ロワン家が出資しているケーキ屋の名前を挙げて、そこに行きたい、なんて言ったら色々勘ぐりされそうだなと思った。
だから一応それらしい理由を用意しておいたのだけど、やっぱり無理だったか。
「いいよ。イヴの本来の主は私じゃなくてノエル様なんだから、それで大丈夫。ま、私はイヴの事を頼りにしてるけどね?」
「……はい」
冗談を交えた、あっけらかんとした私の言い方に、少し驚いた様子のイヴだったけれど、すぐに普段通りの表情へと戻っていた。
「それにあの王子様、私がケーキ屋に行くって知った時点で、多分色々と察してたんじゃないかなとも思って」
いつだったか、私が王家のお菓子についてあれこれ感想を言ってた時に、不思議そうにしていたし。
頭の切れる王子様は本当に仕事のパートナーとして申し分ないけれど、隠し事をするにはとても厄介だ。
「それにしても、特定の記憶を消す……かぁ」
イヴに、また急に何やら物騒な事を呟いているな、と思われているに違いない。私が誰かの記憶を消す訳じゃないからね?
先日ノエル様が話していた、幼少期に王妃様から聞いていた御伽話の記憶を忘れていたという不可思議な件。
王妃様は病弱ながらも温厚で、美しくも聡明だった。そんな王妃様が亡くなられたのは、お2人が確か10歳になる年だったはず。王家の仲睦まじい姿は有名な話だった為、国民の哀しみもとても深かった。
そんな王妃様との大切な思い出を自ら記憶にしまうなど、あるのだろうか。
「消したくない思い出なのに消えてしまうってさ、どうしてなのかな」
「消したくない思い出以上に、何か心を惑わす衝撃的な事があったから、でしょうか」
「そっか……」
王妃様の死、か……
幼い王子様達の心に蓋をした人がいる。それは良心からなのか、それとも──……
答えは出ないまま、夕暮れを迎えていた。
────────────────
サシャとイヴが街へ外出した日の夜。
町はずれの酒屋の、貴族の密会に使われる地下の部屋。そこは薄暗く、煙たい空気が漂っていた。
「名前はサシャ・ロワン。子爵令嬢で、第2王子の婚約内定者として今王宮に滞在している」
「ふーん? その子が今度のターゲット?」
「そうだ。先日マクシミリ嬢の時はその娘のせいで失敗に終わったからな。こちらから処理すると決めたらしい」
「だから俺、確実に息の根を止めるやり方にすればって提案したのに」
スパッと首元を掻っ切るような動作をして、ペロリと唇の端についたパイ生地を舐めた。
「知らん……あの方なりのプランがあるのだろう。いいか、特徴は紺色の長い髪に、紫色の瞳。人目を引く容姿だから、お前なら間違えない筈だ」
「はいはい。紺色の髪に、紫の目の女の子ね。……ん? そういやあの子も、そんな髪色だったような……」
「何か言ったか?」
「ま、いーや。ううん、何でもなーい」
「というかお前、その強いシナモンの香り……どうにかならんのか」
「やだなー雇い主さん。……俺が刺激的な物がだーいすきなの、わかってるっしょ?」
ニヤリと妖しく笑うその姿。笑っているのに瞳の奥は冷え切っていて、雇い主と呼ばれた人物は、思わずうっ……と小さく後退りした。
「っ……期日は1週間以内。やり方はお前に任せる、との事だ。好きにしろ」
「へぇ、珍し。りょーかいしましたぁ」
「どうやらこの令嬢、想定していたよりも第2王子のお気に入りらしい。部屋は王子の隣室、更には警備も固められているからな……気をつけろよ」
「王宮の警備と俺、どっちが勝つかなんて愚問だね。伊達に高ーい報酬貰ってないからさ、その分のお仕事はするって」
その警告に、何だそんな事、と言わんばかりにカラカラと笑ったのだった。
10
あなたにおすすめの小説
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる