31 / 50
第5章
31.彼は星の導きを乞う
しおりを挟むヒロイン(仮)ナタリーの観察日記という名の、休日尾行を終えた私は、部屋に戻ってからいそいそと寝室へと足を運んだ。勿論イヴも後ろからついて来ている。
「これは……」
「……乾燥させたドクダミの葉?」
わざとらしく小首を傾げて笑ってみたけれど、イヴの無表情の顔の中に「うわ……」という感想を述べているのが、ありありと見てとれた。
「サシャ様がドクダミの葉をコソコソと並べて乾燥させていらっしゃったのは存じて上げております。これをどうされるおつもりなのでしょうか」
「いや、そんな大した理由はないよ? 諸事情で自分で摘んだものだし、折角だから乾燥させてみようかなーなんてふと思って。……やっぱり香り、きつかった?」
あわよくば煎じて飲んでみようかなと思っている事は、ドン引きしているイヴにはちょっと言う勇気がなかったので、黙っておいた。
数日前から、寝室にある窓際に置かれたサイドテーブルの上に布を敷いて、そこにドクダミの葉を数枚並べていた私。
夜中に窓から月が見えるその位置は、ドクダミの葉に月明かりがよく当たっていた。
黒猫のロジャに出会った時の事を思い出させてくれるから、何となく丁度いい置き場なんじゃないかなと、自分なりに感じたのである。
その件について、イヴから何もお咎めがないから不思議に思っていたのだけど、あれか。また変な事やってるなと思われて達観視されていただけか。
ひょい、と葉を摘んでみると、だいぶ葉から水分が抜けていた。もう完成でいいかもしれない。
「まぁ、多少は……というよりも、これを寝室に置く方はそうそうおられないかと。そもそも珍しい植物で独特な香りもしますので、進んで触れる者はまずおりません」
「え、珍しいの? 庭園の一画に植わってたのにな……毒性なんてないんだから別にそんな敬遠しなくてもいいのに。あ、でも手には香りがちょっとつくか……」
「そうですね。中々香りが落ちないので、触れると猛毒、なんて親が子どもに言って聞かせる地域もあるかと」
「ふぅん……」
あれ、前世じゃドクダミって結構優秀な野草だったよね?
傷薬にもなるし、煎じて飲めば解毒剤とか何とか、そんな話をおばあちゃんから聞いた事があるんだけど……
もしかして、この世界じゃ効能とか何もないのかな。だとしたら私、無駄な事してるのでは?
だからイヴがちょっと……いや、かなり呆れた様子だったのに合点がいったのだった。
「……? 庭園にドクダミが植っている箇所なんてありましたかね……」
イヴの呟きを何となく隣で聞きながら、私は乾燥した葉を、作っておいた小さな布巾着にせっせと詰めたのだった。
今度1人でドクダミチャレンジしてみよっと。
────────────────
それから数日もしない内に、私はノエル様の私室にお邪魔していた。
部屋にはノエル様とレクド王子、そして私の3人だけ。護衛騎士であるフェルナン卿やライ、イヴを部屋に入れないのには何か訳があるのかと不思議に思っていると、レクド王子が話をしてくれた。
「先日の満月の夜に起こった事、ノエルから聞かせてもらった。その件は、母の記憶についても諸々をひっくるめて、当面私達3人だけの話にしておきたいんだ」
「私達だけ、ですか」
「あぁ。勿論、フェルナン達を信じていない訳じゃないよ。だが、意図せず何処かから外部に洩れる可能性はやはり捨てきれない。それに……秘密を共有する事でこれ以上身近な人間が狙われるのを避けたい、というのが本音かな」
そう言って、悲しげな微笑みを浮かべたレクド王子。クララ様が狙われた事で、思う事も色々とあったのだろう。その心境を思うと、私も胸がツキンとした。
「それで言うと本当はサシャも知らない方がよかったんだけど、僕がうっかりその場で話してしまったから……ごめんね」
ノエル様まで、珍しくシュンとした様子である。
「わ、私は大丈夫ですよ。契約している身ですから、秘宝に関する点はきちんと共有できた方が嬉しいです」
そう返事をすると、今度はちょっと不機嫌な顔をしている。何て言ったら正解なんだ。
私とノエル様の会話を眺めていたレクド様が再び口を開く。
「それから……貴重な万能薬を快く譲ってくれると……本当にロワン嬢には頭が上がらない。この件が片付いたら、また改めて正式にお礼をさせてほしい」
「勿体ないお言葉です。夢みたいなお話なので、お2人が信じてくださって……正直未だに驚いております……」
非現実的な物事を1から信じるのって、普通なら受け入れ難いと思う。
私はこの世界が乙女ゲームと同じならと仮定しているから、身に起こるファンタジーな現象も受け入れられているだけだし。
「ノエルが思い出してくれたお伽話と、それを知る筈のないロワン嬢が体験した内容がほぼ同じだった。それに、信用している君達の言葉だから、私は信じていられるのさ」
ある程度話が終わってから、ノエル様は護衛の2人とイヴを部屋に招き入れた。
「……ん?」
「どうしたのサシャ」
「あ、いえ……」
どことなくフェルナン卿の表情が暗いような、元気がないような。
よくよく考えたら、自分の主が命の危機に陥ったり、その主の婚約者が夜会で殺害されそうになったり、流石に疲れも出てくるだろう。
私と同じように感じたのだろうか、レクド王子から突然、フェルナンの占いをしてみてはくれないかと提案を受けた。
その突然の依頼に驚いたのは、私だけではなかった。
「そんな貴重な体験、わ、私ではなくレクド様に是非……!」
「いやいや。私がフェルナンを占ってみてもらいたいんだよ」
どうだろうか、と微笑まれたら私も断る理由はないので、久しぶりに占いをする事になったのだった。
「ではフェルナン卿、お誕生日はいつでしょうか?」
「は……誕生日ですか? 自分は12月15日ですが……」
私の唐突な質問にキョトンとするフェルナン卿である。
「山羊座……」
「もしかして星座占い?」
隣に座っていたノエル様の問い掛けに、私はコクリと頷いた。
「星座ごとの基本的な性格や、内面の思考傾向を知識として持っているだけなので……例によって簡易的なものにはなるのですが。山羊座の方はとても真面目で、与えられた任務を最後までやり遂げようとする努力と、その才能を併せ持っています」
おぉ、凄いフェルナンっぽいと、ライがやや興奮しながら相槌を打つ。
「ただ、それ故に自分を厳しく律してしまう時もあるのではないでしょうか」
言うべきか悩みつつもそう伝えると、レクド王子をはじめ、フェルナン卿本人にも思う所があるようで、苦笑していた。
「なので是非、ご自分を労る事を忘れずに。自分でも気づかない内に疲れは溜まっていくものです。無理をして身体を壊さないようにしてくださいね」
フェルナン卿は最後まで、とても真剣な様子で私の占いに耳を傾けてくれていた。
「ロワン嬢のお言葉は優しさがあり、胸にスッと入ってきますね。占っていただき、とても光栄です。ありがとうございます」
拙い占いだけど、それでも心が少し軽くなって負担が減っていたらいいのだけど。
私は元気になりますようにと想いを込めて、ニコッと笑って頷いたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる