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第7章
40.爽やかな朝を迎えて
しおりを挟む心のどこかで、朝が来て目が覚めたらきっと、ノエル様はいなくなっているんだろうって思っていた。
それで「あぁなんだ、やっぱり昨日の事は全部夢だったんだ」って納得して、朝を迎えるつもりだった。
……のに。
「ぅ……ぅん?」
眠たい目を擦りながらぼんやり瞼を開けて、無意識に隣へと視線を向ける。そこにはよく知っている整った顔と、サラサラの黒髪の持ち主が静かに寝息を立てていた。
至近距離で、尚且つこんな無防備な姿を晒すとは……寝ているだけなのに色気も漂っているのだから、何とも目の毒である。
「ちょ、ちょっと待って……!?」
慌てて視線を落として自分の着衣を確認する。
うん、大丈夫。ちゃんと寝間着を着てるし、寝る前と特に変わった箇所はない。
「夢じゃ、なかったんだ……」
ポツリと呟いた声に被せるように、眠っていた筈のノエル様の腕がニョキっと伸びてきて、私を抱き込んだ。
驚きと羞恥で、その腕の中で非難の意を告げようとするも、ぎゅっとされているものだから、もごもごと小さく喘ぐだけだった。
「おはよう」
「おはようございます。ちょ、あの、なんでここで寝て……」
「……朝までそばにいるって、約束したでしょ?」
寝起きだからか、いつもより低く感じるノエル様の声が耳元をくすぐる。
あれ……? そういえば。
今朝はいつもよりスッキリとした目覚めだったような。起きてすぐにも関わらず、大分頭が冴えているように感じたのだ。
きっと、久しぶりに悪夢じゃない、懐かしいおばあちゃんとの思い出を見る事が出来たからだろう。
そしてそれは朝までそばにいてくれたノエル様のおかげなのだと、認めざるを得ない。
「う……お、おかげさまで悪夢を見ずに眠れました。……ありがとうございました」
……中々素直になれない私は、これが精一杯である。
お礼を述べつつも、えいえいとノエル様の胸を押しやって腕の中からの脱出を図ろうとする。
そんな私の事をお見通しと言わんばかりに、ノエル様は抱き締めていた腕の力を緩めて私を逃す。
距離を取ってから改めてチラリと視線を向けると、目を細めてこちらを見つめるノエル様と目が合った。
うぐ、この何とも言えない甘い空気、落ち着かない。
愉しげに笑う姿がキラキラ眩しいのは朝だから。
……そう、イケメンが陽の光を浴びてるからだと無理やり納得する事にする。
「どういたしまして。サシャが望むなら、毎晩でもこうしてあげるからね」
「……っ!? もう大丈夫ですので……!」
耳元が一気に真っ赤になった私の、必死の否定の意は多分伝わってない気がする。
────────────────
朝の身支度を整えてから、ノエル様と今度はきちんとテーブルで対面した。
流石に先程のほわほわした甘い雰囲気ではなくなっており、ホッとしたような……何だか拍子抜けしたような。
「実は昨夜、あのボヤ騒ぎがある少し前にレクドがサシャから貰った万能薬を飲んだんだ」
「……! その、効果は大丈夫でしたか……?」
万能薬をくれたロジャの事を疑っている訳じゃないけれど、言うなればファンタジーなチートアイテムだから、ちょっと心配していたのだ。
「うん、本当に万能薬だったよ。服用してすぐに効果があったみたいで、後遺症は綺麗さっぱりなくなったって、本人も驚いてた」
心底嬉しそうに笑うノエル様につられて、私も自然と顔が綻んだ。
あ、足が治っている事はまだ内緒だよ? と釘を刺され、勿論ですとコクコク頷いた。
「レクドは毒が完全に抜けたおかげで、かなり頭も冴えてるみたいでね。母上の記憶も戻ってきたようなんだ」
「えっ、記憶まで……? 万能薬って本当に万能だったんです、ね……?」
黒猫ロジャよ、なんて物をプレゼントしてくれたんだ。
記憶の中にある、あの口元のもっふりとしたウィスカーパッドが、ニヨニヨしていたように段々思えてきた。
いやレクド王子の失われた記憶を万能薬が戻せたというのであれば、ありがたい副産物なのだけども。
「あ、でもノエル様はまだ完全に思い出した訳ではないんですよね……?」
「うーん……そうだね。今までは記憶が欠けている事にすら気づいていなかった筈なのに、少しだけ記憶が戻ったあの満月の夜から、違和感を覚え始めてて。漠然とだけど、あと少し何かが足りてないって心が叫んでいる気がするんだ」
あの夜はロジャが現れた特別な満月の夜だったから、ノエル様の記憶に少し影響があったのかもしれない。
記憶を呼び起こす為に、万能薬に代わる何か特別な方法はないのかな……?
もしもロジャにまた会えたら、尋ねてみようと思った。
「記憶の面はレクドに聞けばそれで解決する話だろうけど……何だろうね、それだと自分が心から納得できないと思う。もう意地みたいなものなのかな」
「そう、ですよね……大切な記憶なら尚更の事だと思います」
「それでね、誕生日の夜会までに、今回の件についてサシャの最後の考察を聞かせてほしいと思ってるんだ。僕の記憶はまだ何処か不完全だし、サシャの、何にも囚われないまっさらな意見が欲しい」
「私の最後の考察……ですか?」
「うん。僕とレクド、サシャの三者三様の意見ってとこかな。違う視点からの考えをまとめて、この一連の件に終止符を打ちたい……王子として情けない話だけど、サシャの事は本当に頼りにしてるんだよ、僕もレクドも」
「ありがとう、ございます……ちゃんと最後まで、自分が出来る最大限の力を使うつもりですから、安心して下さい」
契約当初は占いを馬鹿にされて、意地みたいな物だったのかもしれない。
でも今は、この人の助けになりたいんだと、自分の心がハッキリと伝えてくる。だから、まだ諦めてないんですと、偽りのない気持ちをノエル様へと真っ直ぐ向けた。
「……そっか。ありがとう。じゃあサシャは、2.3日部屋で大人しくしていてね?」
「……は、ぇ、はい!?」
なぜに今の流れでそうなるんだ……!?
「命を狙われたんだから、当然の事だと思うけど」
不服そうにしていた私に、正論を突き付けてくる王子様である。
かと思えば後ろからは、その暗殺者を引き抜いたのは、狙われた張本人なんですけどねぇ……というイヴとライからの視線をひしひしと感じる。
「も、もう大丈夫ですよ? 最高級の護衛を雇ったようなものですし」
まぁ、ゾッとするような請求額が返ってきますけどね。その金額に思いを馳せて、思わず遠い目をする私である。
「分かってる。でも、もう狙われないとは限らないし……僕にも少しは心配させて?」
そう諭されながら優しげに見つめられると、私も言葉が続かなかったのだった。
あぁ、気合いを入れた途端に謹慎になるとはなぁ……
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