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第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】
ep.8 三毛猫と私が想う事
しおりを挟む謎の猫失踪事件にあまり時間的猶予がないのだろうか、数日も経たない内にすぐ、特別業務は私の勤務スケジュールへと組み込まれていた。先輩方には、入団早々もっと忙しくなっちゃったねと慰められた。
『メル、お待たせ』
「ううん、そんなに待ってな……ん、んん?」
事前に決めてあった集合場所に待機していた私の元へやってきたのは、艶やかな毛並みの……三毛猫だった。爛々とした黄金の瞳だけは変わらず、陽の光を浴びて更にキラキラ感が増している。
「三毛猫……?」
名前を呼ばれるような三毛猫の知り合いは、絶対にいない。だけど、話しかけられている声は……ニアで間違いない。
……つまり、この三毛猫さんイコール、ニア……?
『今の私は、精霊動物じゃない普通の三毛猫。メルは私の飼い主を探している騎士団員っていう設定よ』
バッチリな変装でしょう、と満足げな様子で優雅に尻尾を揺らす姿が微笑ましい。
普通の三毛猫とは言えないくらい綺麗なんだけどなぁ……思わずもにょりと顔がにやけてしまう私である。
『メルのその様子なら、変装した私も大丈夫そうね?』
いつの間にか寄ってきて、私の足元にちょこんと座ったニアがちょっぴり安心したように笑った。
「あっ、ほんとだね……」
いつもは反射的に猫と距離を取ろうとするのだけど、ニアとなら腰が引けることなく側にいられるようだ。自分でも俄かには信じ難いが、どうやらこの短期間でニアには慣れたらしい。
きっと初めて会った時に、ニアが膝の上に乗ってくれたのが功を奏したのだろう。わりかし荒療治だったとは思うけど、今となっては結果オーライだ。
なんだ。もしかして私、意外に順応性があるのでは?
『あと、三毛猫姿の時はメル以外にこの声は聞こえていないの。だから私と会話する時は、必ず人気のないところでね。さ、シルヴァに今日の聞き込みの制限時間は2時間だって口酸っぱく言われてるから、きびきび行くわよ』
「わ、分かった」
私は慌てて顔を引き締めて、先に歩き出したニアを追うように早歩きで城下町へと繰り出したのだった。
────────────────
城下町アルニアは王都の中心部に存在し、広大な敷地面積を有している。流行はアルニアから、と言われているくらい常に賑わい、栄えているのだ。
露店がずらりと並ぶ小売店のエリアや、店舗型の建物が連なる貴族向けの最新の商業エリアなど様々で、複雑に入り組んでいる為に路地裏も多い。精霊騎士団が東と西に分かれて警備にあたっているのも、それ故なのである。
野良猫の溜まり場は、ニアが事前に他の精霊猫や野良猫に聞いてあるというので、まずはその内の1つへと足を運ぶ事に。
端からしらみつぶしに探していくとなれば骨が折れそうだなと思っていたので、こっそり胸を撫で下ろした私なのだった。
『──にしてもシルヴァとメルの会話ってお堅いわよね』
路地裏に続く脇道へと入り、人気がなくなったのを見計らってからニアが小さな声で話しかけてきた。
「そうかな? だって副団長だよ? 上司との会話ってそういうものなんじゃないの?」
この場合の上司に、うちの団長はちょっと当てはまらないからややこしいのだけども。
『シルヴァの性格に問題があるとは思うけどね。すっごい頑固だし。人付き合いが下手っていうか、せっかく関わりがあっても、その人への歩み寄りが足りないのよ』
「副団長の事、よく理解してるんだね。ふふ、ニアってなんだか副団長のお姉さんみたい」
『そう? まぁ……似たもの同士だから、なんだかんだほっとけないっていうのもあるのかしら……』
ニアはポツリと呟くと、ふいに足を止めて細い隙間から光が差し込む晴天の空を仰いだ。目を細めて見上げるその横顔は、何処か遠く、空よりももっと先を見つめているような気がした。
「……?」
2人が精霊のパートナー契約を結んだ時、何か特別な想いや出来事があったのかな。
『ねぇ、メルはやっぱり精霊適性が欲しかったって思う事……ある?』
「うーん……そうだね。私にも適性が合ったら、どんな精霊動物がパートナーとして選んでくれたのかなって考えた事は……正直何度もあるよ。どうして適性がないんだろうって、悔しかったり悲しくなったりもしたし」
『メル……』
淡々と話す私と、そんな私を静かに見つめ返すニア。その黄金の瞳には、少し心配そうで哀しげな色が映し出されていた。
「でもね、そうやって悩んだりもしてたけど、案外大丈夫なんだよ?」
私はニアを安心させたくて、目の前でしゃがみ込み、ふんわりと微笑んだ。
「村にいた時から、王都へ行ったらきっと沢山の精霊動物たちと出会えるんだろうなって、すごくワクワクしてたんだ。だからね、今は見えないフリをする事しか出来ないけど、彼らの声だけは、どんなに小さくても聞き逃さないようにしようって決めてるの」
まだ村にいた頃、人伝てに聞いた事があった。
私利私欲の為だけに精霊魔法を使わせて、契約した精霊動物をまるで物のように扱っている貴族が稀にいるのだと。
パートナーになりたいと望んできてくれた、純粋な精霊動物の気持ちを踏みにじるようなその行為に、私はゾッとした。精霊の力を借りられるようになって、人は欲に走り、元来の心まで変えてしまうのかと。
精霊動物たちの呟かれた声の中に、もしも隠された想いや助けを求めるものがあったのなら、私は……──
「……まぁ、そんな大層な目標を掲げたところで、結局適性がない私に出来る事って、あんまりないんだけどね?」
よいしょっとしゃがんでいた膝を伸ばして立ち上がり、明るく笑って告げれば、ニアは目をまんまるくさせた状態で固まっていた。
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