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第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】

ep.10 狙われた猫の共通点

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 あぁ、折角のふかふかソファーなのに堪能できない……

 私は今ちょっと、いや……かなり居心地が悪い状況下におかれている。何というか、入団面接に来た気分っていうか……つまり、ソファーの背もたれに寄りかかるなんて実質論外なのである。

 特殊任務1日目にして思いがけず有力情報をゲットした私たちは、あの後に2つだけ他の溜まり場を巡った。そして少し早めに引き上げて、急遽報告の為に副団長室へとやって来ていたのだった。

 それにしても、報告も拘束時間内で済むようにしてくれるなんて……ニアって優秀すぎる。ノー残業最高です(この後も医務課での仕事はあるけどね)

 ローテーブルを挟んだ向かい側には、相変わらず感情が読み取れない無表情を貫く副団長の姿があった。

 うぅ、きっと副団長は女子と喋るのが嫌だろうと思って、極力顔は合わせないように接触を控えていたのに。
 今回はニアが『メルも一緒に』と言うものだから、やや渋々である。ちなみに肝心のニアは、澄ました顔で私の隣に座っている。

「……つまり城下町での猫失踪は、やはり事件性があったという事ですね?」

『そう結論付けていいと思うわ。何より連れ去られたっていう精霊猫の証言を手に入れたのが大きいわね。物的証拠にはならないけれど、精霊猫が嘘をつくメリットはないし』

  あの精霊猫、酷く落ち込んでたな……

  仲良くしていた野良猫の行方が分からないままなのは、不安でいっぱいだろう。ましてや自分が一緒に連れ去られたのに助け出せなかったという事実が、やるせない思いにさせているのだと思う。

 精霊猫からひと通り話を聞いて、去り際に告げられたのは『もしも間に合うのなら、あの子や他にもいるかもしれない子達を助けてあげてほしい』という悲痛な胸の内だった。

 知らない人が聞けば、いなくなっているのはたかが野良猫じゃないかと思うかもしれない。

 でも動物が好きな私は、そんな風にはやっぱり到底割り切れなかったのだ。

 だからこそ、猫攫いの目的や犯人の目星をどうにかして早くつけないといけない。

「あの、ニア? ちょっと聞いてもいい……? 事件性があるって確定できたけど、そこからどうやって犯人を見つけるつもりなの?」

『メルったらやぁね。あの子が最初に会った時に言ってたじゃない、『そんな綺麗な黄金の瞳を持ってたら、猫攫いに捕まるよ』って」

「言ってたけど……え、もしかして囮になろうとしてる、とか?」

「ニアが囮になるのは許可出来ませんよ」

 副団長が、即座に鋭い目線をこちらに向ける。ひぃ、ヤンデレ彼氏怖い。

「いやいや! 私だってそんな危険な事は反対ですって!」

『私が行った方が手っ取り早いと思ったのに。残念だわ』

「やっぱり行こうとしてたじゃん……!?」

 しれっと呟くニアに目を丸くしてツッコむ私と、はぁ……と溜息をつく副団長である。

「とにかくニア、君は単独行動を本当に控えてくださいよ? ……何が目的で猫を連れ去っているのかはまだ分かりませんが、野良猫の中でも見目のいい猫だけを狙っているのは確か……でいいんですよね、アシュレー?」

「あっ、はい、そうです。今日だけでも確認出来ているのは、第1地区で黒猫、第4地区でキジトラ、第5地区で白黒ブチの計3匹です。どの子も他の子より毛並みがよく、溜まり場でもそこそこ有名だったようです。他の地区はまだ回れていないので、実際にはもっといる可能性が高いかと」

 私はニアが野良猫たちから聞いた情報をまとめた物を読み上げている間、副団長は何か考え込んでいる様子だった。

「いなくなっている猫の種類がバラバラだと、連れ去られそうな目星をつけるのは難しいか……」

「……ん?」

 ――ふと、連れ去られたと話していた野良の精霊猫の姿が頭に浮かんだ。あの子は変装したニアと一緒の、金目の三毛猫だったっけ。

「? どうしました?」

「いえ、ちょっと待ってください。もしかして……」

 膝の上に置いていたメモに視線を落として、もう一度考える。

 一緒に連れ去られた黒猫の特徴も、金目。他の子は目の色まで覚えている猫に会えなかったから、確認は出来ていないけれど……もしも同じ色だったら?

「金の瞳を持つ、もしくはそれに近しい瞳の色の猫を選んでいる……?」

 誰が、何の為に?
 得体の知れない恐怖に、なんだか背筋がぞわりとした。

「アシュレー」

「……?」

 なんか声が近いな……?
 不思議に感じながら目線を正面に戻すと、思ったよりも間近に副団長の顔があった。

「ぁっ、は、はいっ!?」

「何度か声を掛けたのに返事がなかったので。つまり君の見解は、犯人は金目の毛並みのいい猫を限定して狙っているのでは、という事でしょうか?」

 そう言って、副団長は乗り出していた身体をスッと自分のソファーへと戻す。先程と何ら変わりのない、感情の読めない表情である。

 無愛想だけど顔は無駄に整ってるんだから、心臓に悪いな……!
 私は不本意にもバクバクしてしまった心臓を、どうどうと落ち着かせながら返事をした。

「なん、何となくですけどっ……この件で、やけに金の瞳が頭の片隅に残っているというか……」

 ニアが金目なのも偶然。金目の野良精霊猫に会えたのも偶然。

 だけど私には、それが必然のように思えたのだ。

「なるほど……ただ、騎士団が野良猫の全体数を把握している訳ではないですし、金目の猫がこの城下町にどれだけいるか分からないので難しいですね」

『地道に野良猫たちに聞いていって、集計していくしかないのかしら』

「あ、そういえばさ? さっきの溜まり場で思ったんだけど、野良猫にご飯をあげてる人がいるみたいなんだよね」

 溜まり場の地面に置かれていた器はだいぶ使い込まれているように感じ、その時に思ったのだ。もしかしたら、定期的に足を運んでいる人がいるのかもしれないと。

『ふぅん……でもこう言っちゃなんだけど、その人ちょっと怪しくないかしら?』

「うーん……その人なら、どんな猫がどの辺りにいるのか把握してたりしないかなって思ったんだけど……失踪事件って、ここ最近の出来事なんだよね? 野良猫が心配で長年通っている人なら怪しさは減るけど、どうなんだろう……近隣の人にも聞いてみればよかったかも」

『その辺りの事も、次に行った時に確認しましょ』

 私はニアからの提案に、分かった、と神妙に頷いたのだった。

 
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