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第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】
ep.11 曇り空は不穏の合図
しおりを挟む本日は2回目の特別任務デーである。
私と合流する前に、前回行った溜まり場に再確認しに行ったというニアの表情は、あまり冴えなかった。
「やっぱりメルの予想通り、いなくなった猫の特徴の共通点は金の瞳だったわ……」
「てことは、やっぱり城下町中を見て回って、金の瞳の子を片っ端から探すしかないって事……?」
共通点が見つかっただけでもよかったのかもしれないけれど、この広い城下町の中で私達が出来る打開策は、果たしてそれしかないのだろうか。
「それだと時間がかかり過ぎてしまうわね。こうしている間にも連れ去られている可能性だってあるのに……」
自然と早足になった私達が向かうのは、前回まわれなかった第2地区の路地裏の溜まり場だ。
薄暗くて細い通路を抜けて空間に出ると、のほほんとした穏やかな人の声がそこに響いた。
「あれ? その団服……黒夜のお嬢さん、こんな所でどうされました~?」
やけに間伸びする話し方のお兄さんが、こちらを見上げながらニコリと笑った。
というのも、その人は汚れるのもお構いなしで、がっつりと地面に座り込んでいて、その足の上には、猫・猫・猫……
これは、猫攫いというよりもむしろ……
「ね、猫使い……?」
「いやいや、僕は猫使いというよりも猫の召使いですよぉ」
お待たせしました~、とガサゴソと鞄から取り出してそれをお皿へ移すと、猫たちは待ってましたと言わんばかりにそちらへと一目散に移動する。お兄さんの足元は可哀想なくらい閑散としていた。
「もしかして、貴方がよく野良猫にご飯をあげているっていう人ですか?」
「はい。僕の事はご飯をくれる召使いだと認識していただいているんでしょうね。お恥ずかしながら裕福な暮らしはしていないもので、大した物はご用意出来ていないのですが……」
そう笑いながら、そっちの道を抜けた先にあるパン屋で3年ほど前から働いているんですと語った。
「ん? 君の隣にいるとっても美人な猫ちゃんは……城下町で見かけた事がないですねぇ」
「あ、この子は知り合いの飼い猫なんです」
私はニアと事前に決めてあった設定をお兄さんにも説明した。
「そうなんですか……うん。綺麗な毛並みと金の瞳だし、確かに野良猫とはちょっと違いますよね。失礼しました」
私とニアの纏った空気がピシリと、ほんの少し固まった。何気ない一言にドキドキするのは、私たちが勝手に猫攫いの容疑者の可能性を感じて警戒しているから。
優しいフリをして猫を寄せてつけて捕まえる事だってあり得るかもしれない。
……この人は敵なのか、はたまた味方なのか。
「つかぬ事をお聞きしますが、またたびってご存知ですか?」
精霊野良猫の話だと、変な物を嗅がされて連れ去られたと話していた。私はそれを聞いた時に「もしかしてまたたび?」と思ったのである。
前世の記憶を辿れば、確かまたたびは猫が好む香りを持つ草木の事である。
それを猫が嗅いだり舐めたりすると、一時的に興奮状態になり、ストレスを発散させるのに効果的だという豆知識を、昔ネットで拾った記憶があった。
そしてまたたびは、猫を酩酊させるとも聞いた事があったのだ。アルコールとはまた違うが、摂取量を間違えると呼吸困難だったり神経麻痺を起こす事もあるのだと。
「うん? 勿論知ってますよ。でも……猫にまたたびは、量を間違えば毒にもなりますからね。きちんと扱える飼い主さんならいいですが、個人的にはあまりオススメはしないかなと」
「お兄さんはまたたびを推奨していない感じなんですね」
「そうですねぇ。僕自身もきちんとした適正量が分からないので、自分がよかれと思ってした事が間違っていて、猫にとって悪い影響だったということは避けたいんです。獣医に診てもらうのはお金もかかりますし」
「確かに……でも野良猫たちも、本当ならお医者さんに一度診てもらいたいですよね……」
「はい。でもお金のない僕に出来る事は、少しのご飯の提供と、猫と触れ合っていつもと違う所がないかの確認。正直なところ、これくらいしかないんです」
この人……仕事とかじゃなくて、ただ猫に対する純粋な好意だけで、城下町の猫たちを見守ってくれているんだな。
うぅ、少しウルッときたかも。
人知れず感動していた私の前に、フサフサした猫の尻尾のようなアレが突然現れた。
「えーーーーっと……ねこじゃらし……?」
「そうです! 僕はっ、またたびよりもっ、同じ草なら断然ねこじゃらしの方が好きなんですよ! この自然が生み出したモフモフ、疑似的な猫のふさふさしっぽ感、堪りませんよね~!」
『……薄々気付いていたけど、この人、だいぶ変な人だわ』
横で呆れたように小さく呟いたニアに、私も同意の意を込めて頷いておいた。
でも、猫を攫うような悪人には今のところ思えない。
わざわざ自分の時間を割いてまで、何年もご飯をあげ続けるような人だ。決まった猫を家に連れて帰りたいのなら、それこそ食べ物を餌にしてもっと早い段階でやっている筈だろう。
それに変人=悪人という訳ではないしね。
「そういえば……金の瞳の子だけ、最近めっきり数が減って見かけなくなったんですよね。そういう見た目の子を好きな方が、家に迎えてくださったんでしょうか」
「えっ……?」
私、まだこの人に事件の内容は何も話してないよね?
「なんで、そんな事が分かるんですか……?」
私は内心ドキドキしながらも、さり気なく続きを催促するかのように問いかけていた。
「僕、城下町にいる猫の特徴や生息地を、ほぼ全部把握してるので!」
ちょっとドヤ顔のお兄さんに、だいぶ引いた様子のニア。
かくいう私は、この人の力を借りれば、また起きるかもしれない猫攫い事件を未然に防ぐ事が出来るのでは……と、期待を抱き始めていたのだった。
そんな気持ちとは裏腹に、空は本格的に雨曇がかかりはじめる。
これから雨が酷く降りそうな予感がした。
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