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第3章 慟哭する亡霊洋館【case2:精霊獏】

ep.25 繋がる縁を手繰り寄せ

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 まさか……?
 私はリアムさんの顔を、穴が開くんじゃないかと思う位に、じっと見つめてしまった。

「……リアムさんっ! 不躾な事をお伺いしますが、お母様の家名はっ……!?」

 ガタッと音を立てて木の椅子から立ち上がり、リアムさんへと詰め寄ると、リアムさんは驚いた顔で一歩後ろに下がった。

 ……私の顔が、必死の形相になっている自覚はギリある。申し訳ない。

 リアムさんが抱えていた木製のトレーが床に落ち、店内には鈍い音が響き渡った。

 店内に他のお客さんがいなかったのは不幸中の幸いである。店長さんがこちらの様子を見に来たけれど、落ちたトレーを見て「気を付けなさいよ」とだけ言ってトレーを回収し、また厨房へ戻っていった。

「す、すみません。母の方の家名は知らないんです……」

 貴族の母と恋仲になった父は平民で。そう小さくと告げると、リアムさんはご両親の事をポツリポツリと話してくれた。

 リアムさんのご両親は、身分違いだったその関係を認めてもらえなかったそうだ。お母様はリアムさんに懐中時計を譲った際、勘当も同然に家を出てきたから家名は捨てたのだと、悲しそうに微笑んでいたらしい。

 数年前、村で起きた流行り病でご家族を亡くしてからこの城下町に来たのだと、リアムさんは以前話してくれたっけか。だとしたらご両親はもう……

「急にこんな事を聞いて、すみませんでした。教えてくださってありがとうございます……」

 正気に戻った私は、リアムさんに慌てて頭を下げた。

「いえ。びっくりはしましたけど、大丈夫ですよ。ここに来てから久しぶりに両親の話が出来て僕も嬉しかったですし。でも、懐中時計と母の生家が何かに関係してるんですか?」

「えぇと……お仕事はもうすぐ終わりなんですよね?」

「? はい。メルさんに紅茶を運んだら、そのまま上がっていいと言われてます」

 今私が考えている事が正解である可能性は、ほぼ100パーセントだと思うけど……私の判断だけで勝手に動いちゃいけない。

 となれば、上司の元へ行き、報告・連絡・相談。そして善は急げである。

 私はきょとんとした顔のリアムさんの両手を、ぎゅっと力強く握った。

「この後、私と一緒に騎士団へ来てくれませんか?」

「は……えぇっ!? 僕みたいな部外者が騎士団になんて……入っちゃダメじゃないですか!?」

「意外と外部の方も来ますよ! 受付で名前と住所を書けば大丈夫です!」

 予想外の展開にオロオロするリアムさんを、半ば引きずるようにして、騎士団へと連れて行ったのだった。

 もしも私の服が団服だったら、犯人を連行してるみたいに見えてたかもしれない。今日が休日でよかったなと、しみじみ思ったのだった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 騎士団に戻り、ひとまずリアムさんを来客用の応接室へと案内する(押し込んだともいう)

 私が急ぎ足で団長室へ向かうと、中には団長と、ちょうど副団長が一緒にいた。

「うおっ!? メル、お前そんなカッコでどうしたんだよ?」

 私服姿の私が来るとは思っていなかったのだろう。ビックリしている2人をひっ捕まえて、事情を説明した。

 流石は団長と副団長。私の拙い説明でも、私の言いたい事をすぐに理解してくれたようで、団長はカレ家の家系図を確認してくると言って、素早く席を立った。

「アシュレー、私達は彼の元に行ってもう一度、懐中時計の確認をさせていただきましょう」

「はい!」

 私は副団長からの声掛けに、大きく頷いたのだった。


 ――結論から先に話すと、カレ家の家系図に、リアムさんのお母様の名前はあった。

 勘当されたと話していたそうだけど、家系図から抹消はされていなかったようだ。他家に嫁いだ者として、家から出た扱いにはなっていたが、きちんと名前は残されていたのだった。

 つまりカレ家の血を継ぐリアムさんは、洋館の持ち主であるイザーク・カレ伯爵の遠い親戚だと分かったのである。

 それは同時に、精霊獏がリアムさんを認めさえすれば、正式に洋館を受け継ぐ事が可能だとも意味していた。


 すっかり太陽も落ちて、月や星が明るく空に光り始めた頃。

 私と副団長、ニア、それからリアムさんは、亡霊洋館の中に再びお邪魔していた。夜にやって来たのは、夜型だと話していた精霊獏と会うのに適しているだろうとの判断でだ。

「こ、こんなに素敵な洋館がある広い敷地を、僕が相続……って、やっぱり信じられないですね……」

 一通り騎士団で説明を受けていたリアムさんだけど、実際に実物を見てみるとやはり驚きが勝ったのか、腰が引けていた。

 恐る恐る洋館の中に踏み入れた今も、僕一人じゃ絶対に持てあましてしまいます……と、少し困ったように引き笑いをしている。

 突然騎士団に連れられ、ここが自分の遠縁の持ち物で、自分が引き継ぐ事が出来ると聞かされれば、このような反応にもなるだろう。

「さてと、精霊獏は流石にこの時間なら起きてるかしらね?」

 ニアはいつの間にか、いつぞやかの三毛猫に実体化して、そう呟いていた。

「……あの時の三毛猫さん!? しかも喋った!?」

 突然自分の隣に現れたニアに、リアムさんはビクッと飛び跳ねた。

「この前の誘拐事件の時は、調査の為に普通の猫として紛れていたのよ。だから人前では喋れなくて、結果的に貴方リアムにも正体を告げられなくてね。私はそこにいる副団長シルヴァのパートナー精霊猫、ニアよ」

 改めてよろしくね、とニアが告げると、リアムさんはハッとした表情のあと、すぐに納得した様子でうんうんと大きく頷いた。

「せ、精霊猫さんだったんですね……! なるほど……だからその美しさ……! こちらこそよろしくお願いいたしますっ!」

「ふぅん……? ニアは彼にも気を許しているんですね……?」

 きゃっきゃとしているニアとリアムさんを微笑ましく見守っていたら、私の隣ではヤンデレ彼氏みたいなコメントが呟かれていた。

 いやあの、私にだけ聞こえるように話さないでほしいです、副団長。
 
 
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