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第4章 焔天の鷹はなぜ微睡む【case3:精霊鷹】

ep.28 焔天団長の最近の悩みごと

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「思い出したわ。ディニエ・パークって確か、焔天の団長の右腕ポジションといえる程の実力者だったはずよ。何年か前の入団試験の時、彼、かなり優秀な成績だったから。当時は話題になったのよね」

 レイラさんはディニエさんの後ろ姿を見ながら呟いた。

 え、じゃあチャラい感じなのに、実はめちゃすごい人だったってこと?

 背中を丸ませて、めそめそしながら戻っていく姿からは、到底想像がつかないけどな……?

「へぇぇ……あれ? でもそれだけ実力があるのなら、なんでディニエさんは副団長じゃないんでしょうか?」

 たしか、合同訓練開始の挨拶の時に焔天の団長の横に立っていた副団長は、全く知らない人だったような。なんかザ・貴族って感じの人。

 純粋な疑問をレイラさんにぶつけると、すごくいい笑顔で誤魔化された。

 えーと……もしかして、焔天の中には貴族の派閥争いなんかも関係していたり……して? 貴族社会、コワ……


「──よし、そこまで! 各自休憩に入れ!」

「この後はパートナー精霊を伴った状態で、トーナメント形式の試合をするからな。しっかり水分補給しとけよ」

「「「はい!」」」

 焔天と黒夜、両団長からの声かけに、団員たちの声が練習場に大きく響いた。

「おぉ~、いいとこで休憩してんな、メル」

 医務班の待機テントを目ざとく見つけた団長が、焔天の団長とともにやって来た。

「お疲れ様です。医務班が具合悪くなっていたら本末転倒なので」

 軽い口調で団長に返していると、団長の隣にいた焔天のジャン団長が、こちらを真っすぐに見つめていたのに気が付いた。

 あ、いけないいけない。向こうのトップがいらしてるんだから、ちゃんと挨拶しないと。

 そう思って私が挨拶をしようとした時、ジャン団長はパァァァと表情を明るくした。

「メル……そうか! 君がメル・アシュレー君か……!」

 んん? なんで焔天のトップが私のフルネームをご存じなんだろう。

「あ、はい。そうですが……って、うぇっ!?」

 私がきょとんとしつつも、そう返事をするや否や、視界がぐわりと持ちあがった。

 あ、この感覚……さてはまた私、担がれてるな!?

「ラズ殿、アシュレー君をしばしお借りしてもいいだろうか! 女性の嫌がる事は絶対にしないと、今ここで団長の名にかけて誓う!」

「あぁ? メルをか?」

「「「えええええー!?」」」

 うちの団長ラズ団長よりも、周囲にいた黒夜の団員の驚きの声が、大きく響き渡った。

「団長、いいんすか!? うちのメルちゃんですよ!?」

「うわぁぁぁ、医務課の妖精が連れ去られてしまうぅぅぅ……!」

「おい、シルヴァはどこいってんだ!? なんでこんな肝心な時にいねぇんだよ……!」

 え。医務課の妖精って何?

 色んな団員の叫び声の中に、何か聞き捨てならない単語が聞こえたんですけど。

「あー、もう、うるせぇな。この団長は純情堅物くそ真面目だから、メルに手ぇ出すつもりで担いだ訳じゃねぇよ……多分」

 いや、待て待て。そもそも担がれている私の意思とかはどこにいったんだ。

「言っとくけど、そんなに長くは貸せねぇぞ? 今はいねぇけど、こっちには特にめんどくさい騎士がいんだよ」

「あぁ、恩に着る……! 少し遅れるかもしれんが、トーナメント戦が始まる頃には帰ってくると約束しよう! ラズ殿、それまで会場をよろしく頼んだ!」

「へいへい。んじゃ借り1な。それからメル、お前は後でちゃんと報告しろよー」

「か、勝手に人をモノのように貸し借りしないでくださいよ……!」

 苦々しい表情でボヤく私を気にした様子もなく、ジャン団長はぎゅんっと一気に加速して走り出した。

「ひょぇぇ……!」

 ハイスピード俵担ぎで運ばれる最中、遠くで目を見開いた副団長の姿が、一瞬目に入ったような……気がした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ジャン団長は、走るのをやめてはくれたものの、ズンズンとひたすらに歩みを進めていた。

「……あのっ! いい加減そろそろ降ろしていただけませんかっ!?」

 だんだん人気もなくなってきて、流石にどこへ連れていかれるのかと不安になった私は、そう叫びながらジャン団長の肩をバシバシと叩いた。

 いくら焔天の団長といえど、何も分からないままじゃ怖すぎるって……!

「あぁっ、すまない! つい気が焦ってしまって……っと、そういえば担いだままだったな」

 ジャン団長は本当に今気が付いたといわんばかりに、慌てて私を地面に降ろした。

 でも、申し訳なさそうな表情を浮かべてこちらを伺う姿からは、私に対して危害を加えようとか、そういった悪意は全く感じられない。本当に困っているような雰囲気なのだ。

 その表情がカインのしょぼんとした顔にちょっとだけ似ていたものだから、文句の一つでも言ってやろうと思っていた毒気も、すっかり抜かれてしまった。

「よく分からないのですが、私に御用があったという事でしょうか?」

「ディニエから話を聞いたんだ。君は精霊適性を持たない団員だろう? なのに気難しいシルヴァとそのパートナー精霊と打ち解けて、猫誘拐事件にも携わり、とても活躍したと知って。それで、すごく厚かましいのは重々承知なのだが、俺の悩み事にも相談に乗ってくれないかと思ってだな……えぇと、俺というか、俺のパートナー精霊なんだが……」

「は、はぁ……ちなみにジャン団長のパートナー精霊は今どちらにいらっしゃるんでしょう? 今もジャン団長のお傍に?」

 私の目に見えていないから、恐らく見える範囲にはいないのだろうけれど、一応そんな質問をしてみた。

「……焔天の敷地内にある中庭の、呪われた木の上にいるのだ」

 ジャン団長は、深い溜息をついた。
 
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