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第4章 焔天の鷹はなぜ微睡む【case3:精霊鷹】
ep.27 合同訓練と面倒ごとフラグ
しおりを挟む「あっつ……」
季節はすっかりと夏らしくなっていた。
炎天下の中、木刀が打ち合う音が響き渡る。焔天と黒夜の夏の合同公式訓練が、今年は焔天の騎士団内にある屋外練習場で開催されていた。
医務課からも臨時医務班として、留守番以外は借り出されており、もちろん私も絶賛参加中だ。
「う~ん……思ったより普通の訓練?」
「メルちゃんったら、一体どんな訓練を想像していたのよ?」
私が小首を傾げながら見学していると、隣にいた同じく臨時医務班のレイラさんから、不思議そうに尋ねられた。
「いやぁ……血みどろでドロドロな感じですかね……?」
「えぇ? 公式訓練で?」
私がそんな想像をしていたのには、一応理由がある。
カインからは焔天の一部と仲が悪いと聞いていたし、猫誘拐事件の調査の時に、路地裏でうちの副団長に喧嘩を売ってきたのも記憶に新しい。いや、あれは副団長への私的な怨念がこもっていたけどね?
だから、さぞかし今日はバチバチな合同訓練になるのだろうと危惧していた……のだけども。
意外とこういう公式の場では私情は挟まないのか、至って普通の訓練風景だった。ここだけの話、ちょっぴり拍子抜けである。
まぁ、今日は双方の団長も参加しているし、トップのいる前であからさまな行動に出る人はいないのかもしれない。
「でも、今回の合同訓練は外部の見学者がいなくて助かったわ。ご令嬢方にバタバタ倒れられてもこっちが困るし」
「あはは……確かに……」
レイラさんの刺々しいコメントに、私は苦笑いを浮かべながら相づちを打った。
焔天には、黒夜とは違って貴族の人がわりと多いらしい。
侯爵家の三男や、伯爵家の次男とか……結構いい身分の方もいるそうで、さらに見目もそこそこ良い焔天の騎士は、独身女性に人気みたいだ。それゆえ、月に1、2回ある見学開放日なんかは、毎回かなりの女性見学者で賑わっているんだとか。
でもその騎士の中には、いつまでも親のすねをかじっているような、ちょっと残念な人もいるんだと風の噂で聞いた。
ちなみに、その内の1人が路地裏で副団長によく分からない悪口を言って、喧嘩をふっかけてきたあの人らしい。
しかもそういう人は、王家の方々を直接お守りする役目を持つ【王宮専属騎士団】の方に入りたかった、とか堂々と不満を言うんだそうで。
精霊騎士団でも十分に箔がつくと思うのにと私が疑問に思えば、「王家の人と直接関わる機会があった方が、出世コースまっしぐらって考えるおバカがいるのよ」と、レイラさんが教えてくれた。
そんな厄介そうな団員達を上手くまとめている焔天の団長は、きっとすごい人なんだろうなぁ。うちの団長なんか、問答無用と言わんばかりに、力技でねじ伏せてるところあるし……
「……あれ?」
そう考えると、貴族出身のうちの副団長が焔天にいかなかったのは、かなり珍しいのでは?
実力も兼ね備えているから、敢えて黒夜にきたのかなぁ……?
「……にしても暑いですねぇ……」
考える事を放棄した私は、数分に1回は言っている自覚があるワードを呟いた。
「そうね。じっとしてるだけでも体力は消耗するから、飲んでおいた方がいいわよ」
「わ、ありがとうございます」
レイラさんから受け取った特製ドリンクは、冷えた水にレモンやオレンジなどの柑橘類を軽く絞ったものらしい。すっきり爽やかで美味しかった。
ちなみに今は、訓練が始まってから1時間ほど経ったところだ。準備運動を終えて、木刀を使った慣らしのような段階らしい。
怪我をする団員の数もまだ少ないから、医務班としてもこうやって少しのんびりしていられるのだ。この後剣を使った訓練や、精霊動物を交えた訓練が始まれば、グンと忙しくなると思う。
「ほんとに……皆さんは流石ですね。この日差しの中、あれだけ打ち合ってても元気そうですし……」
「信じられないくらいタフよねぇ。ほんと、自分は非戦闘員配属でよかったとつくづく思うわ」
私もです、と強く頷いていると、焔天の団員らしき人が1人、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
「すいませ~ん。手当お願いしてもいいですか~?」
「あ、はい! ……って、あれ? 貴方は第2地区の……」
まじまじと見ると、以前路地裏で出会ったあの軽薄そうな焔天の団員だった。
……ほんとに怪我してるのか、と疑問に感じるくらいにいい笑顔なのは、何でだろう?
「いや~、あの時ぶりだね。元気だった? あ、名前言ってなかったよね? ディニエ・パークっていうんだ。ディニエって気軽に呼んで!」
私の目の前にやってくるなりそう言って、ニコニコしながら勢いよく手を握ってきた。
「えぇと、じゃあディニエさん?で。ご丁寧にありがとうございます。メル・アシュレーと申します」
「うんうん。医務課所属だったんだね。どうりで見かけた事がないと思ったよ」
「ねぇ……この人はメルちゃんの知り合い……ってことでいいの? 焔天の医務班もあちらに待機しているのに、わざわざ黒夜にいらっしゃったんですか?」
ディニエさんのペースに乗せられて困っている私を見かねてか、レイラさんの厳しい声と突き刺すような視線が、ディニエさんに向かっていく。
そんな敵意むき出しの美女に怯えてか、ディニエさんは焦った様子で弁明し始めた。
「あのっ、俺、こう見えて焔天の団長にも名前を覚えてもらってるし、身元もしっかりした子爵家の人間なので安心してください!?」
レイラさんはふぅん……と、ディニエさんをジロジロと観察していた。
「それからメルちゃんと会った時は第2地区担当に混じってたけど、あの時はたまたま居合わせただけだからね!」
「あ、え? そうなんですか? ……って、ディニエさん。傷ってもしかして、これの事だったりします……?」
傷の確認をしてみると、手指に数か所、小さな皮むけがあるだけだった。
「メルちゃん、騎士様はお強いもの。この程度の皮むけなら、消毒液だけかけて送り出しましょ」
レイラさんはにこやかに微笑みながら、ディニエさんの腕をがっちり掴んで、水、消毒液の順番で、どちらも豪快にぶっかけた。
「滲みるぅぅぅ!?」
「うふふ。黒夜の医務課で取り扱っている消毒液は効能抜群ですのよ」
「あ、ありがとうございましたぁ……えーとメルちゃん、あの……ううん、何でもないや」
「? お大事にしてくださいね」
涙目になりながらお礼を告げたディニエさんは、私をちらりと名残惜しそうに見てから、すごすごと訓練に戻っていった。
わざわざ黒夜の医務班テントに来てまで、一体なんだったんだろう?
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