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4.ネ・ズ・ミ・ト・リ
しおりを挟むご令嬢方を迎えるにあたっての準備をしている内に、あっという間に時間は過ぎていった。キラキラと着飾った令嬢が全員集合した時は、流石に圧巻の光景で。それにやっぱり候補に選ばれるだけあって、家柄は凄いし、見た目も綺麗で可愛い方ばかりだった。
レオ様のスケジュールはというと……まぁ、予想した通りである。通常の忙しい公務に加えて、ご令嬢達との交流が追加され、かなりのハードワークだ。
ご令嬢の前では猫を被っているので、忙しさや疲れを一切見せないのだけれど「未来の花嫁に対して、いつまでも猫被ってる訳にはいかないのでは……?」と、内心思っている私である。
そして今日は、ご令嬢の皆さんと庭園でのティーパーティーだ。
一つのテーブルに五人のご令嬢が着席し、一テーブル毎にレオ様が順番に回って会話をするといった形式なので、それまでは必然的にご令嬢だけでの社交タイムになる。表面上では穏やかな様子で談笑されているけれど、何だか冷戦が繰り広げられてる気もする。そりゃ皆さん、ライバルですものね……
私はその近くで待機しながら、何となしに会話を聞き流していたのだが、どうやらそこは隣国の公爵令嬢であるクラウディア様のいるテーブルだったようだ。
「クラウディア様は、隣国のドレスをお召しなんですわね。この国では見た事がない刺繍がされていて、素敵です」
話題は隣国での流行について、といったところだろうか。一人のご令嬢が、クラウディア様の着ている珍しい刺繍の施されたドレスを褒めていた。
「ありがとう。こうやって集まれたのも何かの縁ですし、この国の事も滞在中に沢山知れたらいいなと思ってるの。皆様からも教えていただけたら嬉しいわ」
「勿論ですわ。ちなみに……ここの王宮庭園には世界の花々が咲き誇っていて、希少なシレネという花も見れるんですの。クラウディア様は、シレネがどのような花かご存知ですか?」
「まぁ……いいえ、私はその花は見た事ないの。まだまだ勉強不足ね……それに比べて、エリデ様は博識なのね」
「とんでもないです。元々あまり知られていない事なので、ご存知ない方がほとんどですわ」
そう言って、エリデ様は小首を傾げて、ニコニコと優しげに微笑んだのだった。
侯爵令嬢のエリデ様……か。
事前に拝見したプロフィールには、特段何か気になる事が書いてあった方ではなかったと思う。今までの印象としても、優しげでいつもご令嬢たちの中立ポジションにいたと記憶しているし、メイドや騎士様からも悪い噂は聞かない。
……でも何だろう、どこか違和感を覚える。
さっきの言動もそうだけど、優しさの中にほんの少しの棘が混ざっている気がする。受けた方は、ジワリジワリとちょっとずつダメージを負うような。気にする事ではない、と言われたらそれまでだけれど、何となく不思議と嫌な感じがするのだ。
「とにかく、ロラン様に相談案件ですね」
告げ口みたいであまり気は進まないけど、仕方ないか。私はくるりと踵を返して、控えているロラン様の元へ向かったのだった。
────────────────
数日後、私は王宮の来客居住スペースの廊下で、ロラン様を見つけると、声を掛けた。
「申し訳ありません、クラウディア様のお部屋の件でご相談が……」
「はい。どうかなさいましたか?」
「今、鍵の調子が悪いようで、閉まらなくなっているそうなんです。なるべく早めにご確認いただければと」
「分かりました。クラウディア様はまだ図書館の見学中でしたよね? そちらからお戻りになり次第、調整に伺うようにしましょう」
私たちが話している後方から、フッと人の気配が消えた。それを確認して、静かに顔を見合わせる私とロラン様である。
「簡単すぎる罠(トラップ)ですけど、掛かっていただけますかねぇ……」
そんな私のボヤキを聞くや否や、ロラン様はフフッと笑った。
「上手くいくと思いますよ。レオドール様からもお墨付きをいただいたじゃないですか、頑張れよと。さ、別ルートで先回りしましょう」
「……レオ様の言葉をそっくりそのまま言うなら、『ネ・ズ・ミ・ト・リ、せいぜい頑張れよ』ですけどね。他人事だと思って面白がってましたよ、あの方」
ご令嬢をネズミ呼ばわりするなら、レオ様はさしずめ猫だと思う。この後の展開を考えると、足が進まない私なのだった。
──人の気配がない、静かな廊下からキィ、と小さな音が響いた。
クラウディア様の居室から、スッと一人の令嬢が出てきたのを確認する。その人物が辺りをそっと見渡し、そのまま何事もなかったかのように戻って行こうとしたところで、私は声を掛けた。
「お待ちください、エリデ様。別のご令嬢のお部屋に立ち入って、何のご用事で?」
「……あら? ここはクラウディア様のお部屋だったのね。間違えて入ってしまったの。すぐに出たつもりだけれども……」
困ったような表情を浮かべたエリデ様を見つめて、私は静かにこう告げた。
「中には誰もいないとお思いですか?」
ガチャ、と今閉めたばかりの部屋の扉が再び開くと、そこからロラン様が現れた。
「鏡台の上に置かれていたジュエリーボックスから、イヤリングの片方を手にされて、そのままご自身のドレスの中に忍ばせておりましたね?」
「……っ!?」
ロラン様は厳しい眼差しで、エリデ様をまっすぐに見据えた。
「貴方のドレスからイヤリングが出てきたら、何もしていないのは嘘という事になります。騙すような形をとってしまい、申し訳ありません。ですが、これもレオドール様からの正式な許可を得ております故、その点についてはお忘れなきを」
「で、殿下が、ご存知なんですかっ……!?」
ロラン様から掛けられた言葉が決定打となったようで、へなへなと力無くその場にしゃがみ込むエリデ様なのだった。
その後、他の騎士様に連れられて、別室へと誘導されていく姿を、私とロラン様は見送った。エリデ様の処罰については、陛下や義父様に任せよう。一体どの程度の処罰になるのやら……まぁ、こんな事をしていた令嬢だと知ってしまった時点で、レオ様がエリデ様を花嫁に選ぶ可能性は、皆無になっているだろうけど。
「ルルリナ様、お疲れ様でした」
「ロラン様も、ご協力ありがとうございました。本当にもう……色々信じられないですね」
私はハァ、と溜息をついた。こんな陰湿な事を、隣国の公爵令嬢相手に自国の令嬢がやっているなんてなぁ……
「あらまぁ……あの子だったのね? そんな事をするようには到底見えなかったけど。どうりで全然分からなかった筈だわ……」
ゲンナリとした気分で話していた私の後ろから、のんびりとした声が聞こえて、驚いて振り向く。
ウフフ、と微笑んだのは、嫌がらせを受けていた張本人である、クラウディア様だった。庭園でも思っていたけれど、フワフワとした栗色の髪の毛が印象的で、可愛らしくおっとりとした方である。私は慌てて姿勢を正し、お辞儀をした。
「申し訳ございません。現場を押さえようと思い、ここ数日エリデ様をワザと泳がせていました」
「それはいいのよ、大丈夫」
クラウディア様は頷くと、顔を上げてちょうだいと声をかけてくださった。
「貴方も気づいてくれていたのね。この程度の事、いちいち気にしていたらキリがないのは分かっていたけど、誰にも言えなくて困っていたの。自分だけで犯人を見つけるしかないと思っていたから、嬉しかったわ。ありがとう」
「とんでもございません。この件は、レオドール王子には勿論、上にも伝わっております。もう今後はこのような事はなくなるかと。この度は、自国の者が申し訳ございませんでした」
「嫌だ、貴方が謝る事じゃないわよ?」
優しい声を掛けてくれたクラウディア様は、そういえば……と、思い出したかのように話を続けた。
「ねぇ。一つ疑問なのだけど、そもそも私の部屋に、そのジュエリーボックスって置いてあったかしら?」
「これはこちらが用意した物です。過激な事はしないと踏んでいたのですが……クラウディア様の私物を破損するような事があってはいけないので、万が一に備え、敢えて目につく所に置いておいたんです」
私は手元にあったジュエリーボックスをカチッと開けて、クラウディア様に中を見せる。ロラン様が部屋の中で見張っていたので、もしもの時は止めに入ってくれたと思うけれど、念には念を入れての策だ。
「精巧な、全て偽物のアクセサリーが詰まった、ジュエリーボックスなのですよ」
本物の中に一つだけ偽物が入っていたら、違和感を感じるかもしれない。でも、箱の中身が全て偽物ならどうだろうか?
箱の中でキラキラと光り輝く偽物の宝石は、やけに眩しかった。
これをネズミトリと表現するとは、レオ様もよく言ったものである。こんな煌びやかなネズミトリ、正直あって欲しくない。
「こんなにキラキラとしているのに、本物にはなれないのね」
少し物憂げに呟いたクラウディア様を、私は何とも言えない表情で見つめる事しか出来なかった。
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