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閑話休題 紳士協定
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「いや~しっかし、今日は凄いもん見たな」
「だな!」
「丸一日の演習なんてダルいと思ってたけど、参加して良かったぜ」
「むしろ今日いない奴らは惜しいことしたな」
昼間見た演習でのレジナスの剣捌きを
思い出し、ざわざわと賑やかなのは
夜も更けてきた騎士団の食堂だ。
演習の反省会と称した飲み会が
夕方から開催されている。
そしてそこで飲んでいる酒もツマミも、
今日の演習で差し入れられた
リオン殿下からのものだ。
癒し子様に目を治してもらったという噂は
この騎士団まで届いているが、
その完治祝いも兼ねているのだろうか。
普段自分達が飲むことのない
上等な酒や見たことのない外国産の高級酒まで
様々な種類の酒に、質の良い肉類などが
大量に届けられていた。
団長や副団長は、偉いのがいると
気を使うだろうからとさっさと退出した。
恐らく下っ端騎士の自分達とは違う場所で
飲み直しているのだろう。
「・・・それにしても、癒し子様が
あんなに小さい女の子だとは思わなかった」
1人の騎士がぽつりと言った。
「かわいかったな」
他の騎士も同意する。
「俺、あの子が受付から
走ってくるところとすれ違ったけど、
笑いながら駆けてく顔も
めちゃくちゃかわいかったぞ」
「あ、それ俺も見た。
団長も言ってたけど確かに髪の毛が
馬の尻尾みたいに弾んでた」
「案内板の前でウサギみたいに
ぴょんぴょん飛び跳ねてたって?
それはぜひとも見てみたかったな~」
「団長達だけ見られたのはズルい。」
「演習を中断させてごめんなさい、って
謝った時の、あのレジナス様の服を
ぎゅっと握りしめてる
小さい手もかわいかった」
「つーか演習中もめっちゃ
キラキラした顔で
俺たちのこと見てたの気付いたか⁉︎」
身を乗り出してそう言った騎士に
他の騎士達も見た見た、と同意する。
「演習を見学しに来てあんなに一生懸命
見てくれる人ってなかなか居ないしな」
擬似魔物を倒すと嬉しそうに拍手をして
笑顔を送ってくれた黒髪の少女の姿を
思い出して、皆が和む。
普段の仕事が命懸けな事もあり、
あんな風に笑顔や称賛を送られると
ちょっとやりがいを感じる。
「そういえば、あのレジナス様が
ユーリ様のことになると
顔色が変わるとは思わなかった!」
「俺も!何があっても
冷静なイメージだったのに」
「それだけ癒し子であるユーリ様が
特別ってことじゃね?」
まああの可愛らしさなら
分かる気もするが、と言った1人が
トン、と酒瓶を置いて続けた。
「食堂でのユーリ様も
可愛かったなあ・・・」
その言葉に皆が深く頷いた。
王宮ではこんな騎士団の
食堂なんかよりもよっぽど
上等な食事が出ているだろうに、
まさか自分達と同じ無骨な食事を
あそこまで喜び幸せそうに
食べるとは思わなかった。
あの時の、頬に手を当てて
うっとりしていた顔や
おにく・・・と言って潤んだ瞳で
見上げてくる仕草はみんな今も
脳内再生余裕である。
そりゃ我らがレジナス様もさすがに
赤くなるわな、と納得する。
なにしろコワモテで普段は
ニコリともしない副団長ですら
頬をゆるめて自ら食事を
食べさせていたのだ。
それを見た全員が目を疑った。
・・・あの時の団長と副団長は、
完全に孫を可愛がる爺さん
そのものだった。
演習に来ていたユーリの話題になると
可愛い・・・しか出てこなくなるくらい
完全に語彙力が死んでいる騎士団の
面々だったが、その中の1人が
ふと気付いたように言う。
「・・・なあ、この先ユーリ様は
癒しの力を使うために王都どころか
辺境に行くこともあるんだよな?
そしたら護衛はどこがやるんだ?」
「え、ウチの騎士団だろ?」
「魔導士団メインってこともあるか・・・?」
「現地の傭兵団を入れるとか?」
「国軍・・・はさすがに大袈裟過ぎるか?」
「・・・まさかキリウ小隊⁉︎」
冗談じゃない、と別の誰かが声を上げた。
今日の演習にキリウ小隊の面々は
参加していない。
別の場所での長期の演習に
出掛けているからだ。
でももし参加していて、
あの可愛らしい癒し子を
目にしていたなら。
今のキリウ小隊の隊長は
かわいいものや美しいものが
好きな人物として有名なのだ、
あの癒し子など隊長の好み
ドンピシャだ。
そうしたら、あの隊長の事だから
何としても護衛につこうとして
様々な理由を付けて絶対自分達から
任務を取り上げる。
それはなんかイヤだ。
皆の頭の中には、野営で作る食事を
頬張りうっとり幸せそうな笑顔のユーリや、
魔物を倒した後にすごいですっ‼︎と
キラキラした顔で
自分達を見上げてくるユーリの姿が
妄想されていた。
皆さんがいないと怖くて
お外に出られません、
という幻聴まで聴こえてくる。
皆、深酒が過ぎて酔いが回ってきていた。
「・・・いいかみんな。
今日の演習であった出来事は
レジナス様が双剣使いに復帰したことと、
そのレジナス様が想定外の擬似魔物を
圧倒的な力で倒した事だけだ。」
1人の騎士が重々しい声で言った。
それを聞いた他の騎士達がハッとする。
「そ、そうだな。癒し子様は来ていない」
「おいしそうに食堂で食事も取っていない」
「団長の膝の上であ~んとかもされてない!」
そうだ、と最初に話し出した
騎士が頷く。
「騎士団にユーリ様が来ていたことは
キリウ小隊が帰ってきても耳に入れるな。
あいつらにユーリ様のことがバレたら、
俺達が行くかもしれない辺境への
護衛任務が取られかねないからな!」
おおっ‼︎と他の騎士達も声を上げて
全員で乾杯する。
キリウ小隊からユーリの存在を隠すための、
どうでもいいような紳士協定が
誕生した瞬間だった。
しかし彼らは知らない。
ユーリがすでに第一演習場で
キリウ小隊に所属する騎士に
出会っていて、
その存在がバレているということを。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それにしても氷瀑竜が出た時は
肝が冷えたな」
騎士団副団長のトレヴェは
自分の盃をぐいと飲み干すと
何事も無くて良かった、と
ため息をついた。
向かいに座っている団長の
マディウスが大口を開けて笑う。
2人は賑やかな食堂を避け、
団長用の応接室で
酒を酌み交わしていた。
「まあ今日のことは一応
うちの倅にも伝えておこう。
恐らくレジナスが演習に参加すると
聞いた魔導士団長の、
いつもの悪ふざけだろうよ」
わざわざ魔導士が団長からだと
断ってから割ったあの魔石。
レジナスも魔導士団長から
自分用の擬似魔物が
与えられることは
知っていたようだが、
まさかあそこまでの大物が
入っているとは思わなかったのだろう。
さすがに一瞬動きが止まっていた。
「相変わらずあの魔導士団長の
やる事は意味が分からん。
めちゃくちゃだろう、あんな
本物そっくりの擬似魔物を
送り込んでくるなんて」
しかもそれをあっさりと作り出せる
魔力と技量を持っているのも
底が知れない。
「レジナスなら倒せると
思ったんだろう。
実際そうだったしな。
・・・久しぶりにあいつの双剣を
見られて嬉しかったぞ、俺は。」
「・・・そうだな」
マディウスの言葉にトレヴェも頷いた。
最後に獲物を仕留める時の、
背後から双剣を突き刺し動きを止める
あのレジナス独特の剣技。
レジナス曰く、魔物の首の後ろには
そこを突き刺すとどんな魔物でも
一瞬動けなくなる場所があり、
そこの神経を突いているのだと言う。
ただ、魔物の大きさによって
その場所の幅や高さが
微妙に違うので、それは数をこなして
覚えていくしかないらしい。
団長であるマディウスですら、
それをやってみても
3回に1回しか成功しない。
参考がてら、当の本人に
初見の敵の時はどうやって
見極めてるんだと聞いてみたら
なんとなく、と言う返事が
返ってきたのでこれはもう最初から
レジナスの戦闘センスが
ずば抜けているとしか思えず、
全く参考にならなかった。
そして敵の背後に2本の剣を同時に
突き刺すことからもあの剣技は
双剣使いにしかできない。
だからレジナスが怪我をして
片手剣に変えてからは
久しく見ていない技だった。
ちなみに大柄なレジナスが
黒い騎士服姿で敵の首元に
2本の剣を突き立てる様は、
まるで大きな狼が喉元に
喰らい付いているようにも見え、
ルーシャの黒狼、と言われて
他国にもその名が知られているほどだ。
「リオン殿下の目を癒し子の力で
治したとは聞いていたが、
ここにきてレジナスの奴も肩が
治っているということは
まさかユーリ様は
レジナスまで治したのか?」
トレヴェが顎に手を当て呟いた。
マディウスがだろうな、と頷いて
卓上のつまみを豪快に口に放り込んだ。
「ユーリ様がリオン殿下の目を
治した日に、うちの倅が
奥の院に呼ばれていてな。
帰ってきたアイツに
どうだった、と聞いたら
珍しくぼんやりしていて
反応が鈍かった」
なんだか考え込んでいて、
しつこく聞いてみても
守秘義務がどうだとかで
詳しい話は
結局聞いていない。
「まぁその時のアイツの様子からして
魔導士的には何かとんでもないことでも
起きていたんだろう。
レジナスは殿下の護衛騎士だしな。
ユーリ様が殿下を治した時にも
近くにいて、ついでに肩を
治してもらった可能性も
あるだろうよ」
そう話す団長の言葉を黙って聞いていた
トレヴェが、思い出したように言った。
「そういえばさっき、
デレク・エヴァンスに
演習への参加許可を求められた」
「ん?あいつはまだリハビリ中だろう?
・・・いまだ治る見込みはないと
聞いているぞ」
それが、とトレヴェが続けた。
「第一演習場で出会ったユーリ様に
ケガを治してもらったそうだ。」
「はっ⁉︎」
マディウスが目を剥いた。
デレクのケガはリハビリ中とは言え
相当ひどいものだ。
それを癒し子は、間違えて
第一演習場に行き
レジナスが迎えに走った、
あの短時間に治した?
彼のケガの酷さからして、
普通の治癒魔法や
回復術ならあり得ない。
もっと時間も治療の回数も必要だ。
事実、負傷から8ヶ月が経つというのに
デレクのケガはまだ回復の見込みが
見えていなかったのだから。
それなのに癒し子ならこんな短時間で
回復させることも可能なのか。
「本人も未だに信じられないと言った
面持ちだったがな。
それでも、治った以上はすぐにでも
北方で演習中のキリウ小隊に
合流したいと申し出てきた。
今から出れば明日の早朝には
着くからと懇願されてな。
念のため俺もあいつの膝の状態を
確かめたが、全く異常が
見当たらなかった。
まるで最初からケガなど
なかったかのようだったな」
旅装姿に身を包み、感激しながら
癒し子への感謝の言葉を口にする、
紺碧の髪の嬉しそうな青年の姿を
トレヴェは思い出していた。
・・・良かった。本当に良かった。
双剣が使えなくなり片手剣に変えても
並の騎士以上の実力を持っている
レジナスとは違って、
デレクの場合はケガの酷さから
リハビリから一年を経っても
回復の見込みがなければ
後方への配置換え又は事務官への
転属を勧めるか、最悪は騎士団の
退団勧告をしなければならなかった。
元々筋が良く将来有望な騎士だった上に
本人がどれだけの努力と鍛錬を重ねて
念願のキリウ小隊へ入隊できたか
知っているトレヴェは、
ケガが治ったと聞いて心の底から安堵していた。
「お前には事後承諾ですまんが、
演習への参加を許可したから
すでにデレクは北へ向かった」
その言葉に目を優しく細めて
マディウスが頷く。
「もちろん構わん。キリウ小隊の奴らの
驚く顔が見えるようだな。
あいつらも久々に小隊に入隊してきた
デレクの事は弟分のように
かわいがっていたから合流が楽しみだ」
キリウ小隊の面々は少数精鋭で
過酷な任務も多いため
隊員同士の仲間意識が強い。
特に今の隊長は情に厚いところも
あるから、デレクの復帰は
我がことのように喜ぶに違いない。
顎ヒゲを撫でながらマディウスは
ユーリの姿を頭に思い浮かべていた。
あの子は一介の騎士の
ケガを治しただけではない。
1人の青年の人生を救ったのだ。
「・・・なんと有難いことよ」
思わず呟くと向かいに座るトレヴェが
盃から顔を上げた。
何か言ったか?と聞かれてかぶりを振る。
「いや、なんでもない。
デレクからいきさつを聞いた
小隊の奴らがユーリ様を神の如く
崇めそうで見ものだなと思っただけだ」
ーーマディウスの予想は後日
現実のものとなる。
北方演習から帰還したキリウ小隊の
隊長が、ユーリの元を訪れて
一騒動起きるのはまた別の話である。
「だな!」
「丸一日の演習なんてダルいと思ってたけど、参加して良かったぜ」
「むしろ今日いない奴らは惜しいことしたな」
昼間見た演習でのレジナスの剣捌きを
思い出し、ざわざわと賑やかなのは
夜も更けてきた騎士団の食堂だ。
演習の反省会と称した飲み会が
夕方から開催されている。
そしてそこで飲んでいる酒もツマミも、
今日の演習で差し入れられた
リオン殿下からのものだ。
癒し子様に目を治してもらったという噂は
この騎士団まで届いているが、
その完治祝いも兼ねているのだろうか。
普段自分達が飲むことのない
上等な酒や見たことのない外国産の高級酒まで
様々な種類の酒に、質の良い肉類などが
大量に届けられていた。
団長や副団長は、偉いのがいると
気を使うだろうからとさっさと退出した。
恐らく下っ端騎士の自分達とは違う場所で
飲み直しているのだろう。
「・・・それにしても、癒し子様が
あんなに小さい女の子だとは思わなかった」
1人の騎士がぽつりと言った。
「かわいかったな」
他の騎士も同意する。
「俺、あの子が受付から
走ってくるところとすれ違ったけど、
笑いながら駆けてく顔も
めちゃくちゃかわいかったぞ」
「あ、それ俺も見た。
団長も言ってたけど確かに髪の毛が
馬の尻尾みたいに弾んでた」
「案内板の前でウサギみたいに
ぴょんぴょん飛び跳ねてたって?
それはぜひとも見てみたかったな~」
「団長達だけ見られたのはズルい。」
「演習を中断させてごめんなさい、って
謝った時の、あのレジナス様の服を
ぎゅっと握りしめてる
小さい手もかわいかった」
「つーか演習中もめっちゃ
キラキラした顔で
俺たちのこと見てたの気付いたか⁉︎」
身を乗り出してそう言った騎士に
他の騎士達も見た見た、と同意する。
「演習を見学しに来てあんなに一生懸命
見てくれる人ってなかなか居ないしな」
擬似魔物を倒すと嬉しそうに拍手をして
笑顔を送ってくれた黒髪の少女の姿を
思い出して、皆が和む。
普段の仕事が命懸けな事もあり、
あんな風に笑顔や称賛を送られると
ちょっとやりがいを感じる。
「そういえば、あのレジナス様が
ユーリ様のことになると
顔色が変わるとは思わなかった!」
「俺も!何があっても
冷静なイメージだったのに」
「それだけ癒し子であるユーリ様が
特別ってことじゃね?」
まああの可愛らしさなら
分かる気もするが、と言った1人が
トン、と酒瓶を置いて続けた。
「食堂でのユーリ様も
可愛かったなあ・・・」
その言葉に皆が深く頷いた。
王宮ではこんな騎士団の
食堂なんかよりもよっぽど
上等な食事が出ているだろうに、
まさか自分達と同じ無骨な食事を
あそこまで喜び幸せそうに
食べるとは思わなかった。
あの時の、頬に手を当てて
うっとりしていた顔や
おにく・・・と言って潤んだ瞳で
見上げてくる仕草はみんな今も
脳内再生余裕である。
そりゃ我らがレジナス様もさすがに
赤くなるわな、と納得する。
なにしろコワモテで普段は
ニコリともしない副団長ですら
頬をゆるめて自ら食事を
食べさせていたのだ。
それを見た全員が目を疑った。
・・・あの時の団長と副団長は、
完全に孫を可愛がる爺さん
そのものだった。
演習に来ていたユーリの話題になると
可愛い・・・しか出てこなくなるくらい
完全に語彙力が死んでいる騎士団の
面々だったが、その中の1人が
ふと気付いたように言う。
「・・・なあ、この先ユーリ様は
癒しの力を使うために王都どころか
辺境に行くこともあるんだよな?
そしたら護衛はどこがやるんだ?」
「え、ウチの騎士団だろ?」
「魔導士団メインってこともあるか・・・?」
「現地の傭兵団を入れるとか?」
「国軍・・・はさすがに大袈裟過ぎるか?」
「・・・まさかキリウ小隊⁉︎」
冗談じゃない、と別の誰かが声を上げた。
今日の演習にキリウ小隊の面々は
参加していない。
別の場所での長期の演習に
出掛けているからだ。
でももし参加していて、
あの可愛らしい癒し子を
目にしていたなら。
今のキリウ小隊の隊長は
かわいいものや美しいものが
好きな人物として有名なのだ、
あの癒し子など隊長の好み
ドンピシャだ。
そうしたら、あの隊長の事だから
何としても護衛につこうとして
様々な理由を付けて絶対自分達から
任務を取り上げる。
それはなんかイヤだ。
皆の頭の中には、野営で作る食事を
頬張りうっとり幸せそうな笑顔のユーリや、
魔物を倒した後にすごいですっ‼︎と
キラキラした顔で
自分達を見上げてくるユーリの姿が
妄想されていた。
皆さんがいないと怖くて
お外に出られません、
という幻聴まで聴こえてくる。
皆、深酒が過ぎて酔いが回ってきていた。
「・・・いいかみんな。
今日の演習であった出来事は
レジナス様が双剣使いに復帰したことと、
そのレジナス様が想定外の擬似魔物を
圧倒的な力で倒した事だけだ。」
1人の騎士が重々しい声で言った。
それを聞いた他の騎士達がハッとする。
「そ、そうだな。癒し子様は来ていない」
「おいしそうに食堂で食事も取っていない」
「団長の膝の上であ~んとかもされてない!」
そうだ、と最初に話し出した
騎士が頷く。
「騎士団にユーリ様が来ていたことは
キリウ小隊が帰ってきても耳に入れるな。
あいつらにユーリ様のことがバレたら、
俺達が行くかもしれない辺境への
護衛任務が取られかねないからな!」
おおっ‼︎と他の騎士達も声を上げて
全員で乾杯する。
キリウ小隊からユーリの存在を隠すための、
どうでもいいような紳士協定が
誕生した瞬間だった。
しかし彼らは知らない。
ユーリがすでに第一演習場で
キリウ小隊に所属する騎士に
出会っていて、
その存在がバレているということを。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それにしても氷瀑竜が出た時は
肝が冷えたな」
騎士団副団長のトレヴェは
自分の盃をぐいと飲み干すと
何事も無くて良かった、と
ため息をついた。
向かいに座っている団長の
マディウスが大口を開けて笑う。
2人は賑やかな食堂を避け、
団長用の応接室で
酒を酌み交わしていた。
「まあ今日のことは一応
うちの倅にも伝えておこう。
恐らくレジナスが演習に参加すると
聞いた魔導士団長の、
いつもの悪ふざけだろうよ」
わざわざ魔導士が団長からだと
断ってから割ったあの魔石。
レジナスも魔導士団長から
自分用の擬似魔物が
与えられることは
知っていたようだが、
まさかあそこまでの大物が
入っているとは思わなかったのだろう。
さすがに一瞬動きが止まっていた。
「相変わらずあの魔導士団長の
やる事は意味が分からん。
めちゃくちゃだろう、あんな
本物そっくりの擬似魔物を
送り込んでくるなんて」
しかもそれをあっさりと作り出せる
魔力と技量を持っているのも
底が知れない。
「レジナスなら倒せると
思ったんだろう。
実際そうだったしな。
・・・久しぶりにあいつの双剣を
見られて嬉しかったぞ、俺は。」
「・・・そうだな」
マディウスの言葉にトレヴェも頷いた。
最後に獲物を仕留める時の、
背後から双剣を突き刺し動きを止める
あのレジナス独特の剣技。
レジナス曰く、魔物の首の後ろには
そこを突き刺すとどんな魔物でも
一瞬動けなくなる場所があり、
そこの神経を突いているのだと言う。
ただ、魔物の大きさによって
その場所の幅や高さが
微妙に違うので、それは数をこなして
覚えていくしかないらしい。
団長であるマディウスですら、
それをやってみても
3回に1回しか成功しない。
参考がてら、当の本人に
初見の敵の時はどうやって
見極めてるんだと聞いてみたら
なんとなく、と言う返事が
返ってきたのでこれはもう最初から
レジナスの戦闘センスが
ずば抜けているとしか思えず、
全く参考にならなかった。
そして敵の背後に2本の剣を同時に
突き刺すことからもあの剣技は
双剣使いにしかできない。
だからレジナスが怪我をして
片手剣に変えてからは
久しく見ていない技だった。
ちなみに大柄なレジナスが
黒い騎士服姿で敵の首元に
2本の剣を突き立てる様は、
まるで大きな狼が喉元に
喰らい付いているようにも見え、
ルーシャの黒狼、と言われて
他国にもその名が知られているほどだ。
「リオン殿下の目を癒し子の力で
治したとは聞いていたが、
ここにきてレジナスの奴も肩が
治っているということは
まさかユーリ様は
レジナスまで治したのか?」
トレヴェが顎に手を当て呟いた。
マディウスがだろうな、と頷いて
卓上のつまみを豪快に口に放り込んだ。
「ユーリ様がリオン殿下の目を
治した日に、うちの倅が
奥の院に呼ばれていてな。
帰ってきたアイツに
どうだった、と聞いたら
珍しくぼんやりしていて
反応が鈍かった」
なんだか考え込んでいて、
しつこく聞いてみても
守秘義務がどうだとかで
詳しい話は
結局聞いていない。
「まぁその時のアイツの様子からして
魔導士的には何かとんでもないことでも
起きていたんだろう。
レジナスは殿下の護衛騎士だしな。
ユーリ様が殿下を治した時にも
近くにいて、ついでに肩を
治してもらった可能性も
あるだろうよ」
そう話す団長の言葉を黙って聞いていた
トレヴェが、思い出したように言った。
「そういえばさっき、
デレク・エヴァンスに
演習への参加許可を求められた」
「ん?あいつはまだリハビリ中だろう?
・・・いまだ治る見込みはないと
聞いているぞ」
それが、とトレヴェが続けた。
「第一演習場で出会ったユーリ様に
ケガを治してもらったそうだ。」
「はっ⁉︎」
マディウスが目を剥いた。
デレクのケガはリハビリ中とは言え
相当ひどいものだ。
それを癒し子は、間違えて
第一演習場に行き
レジナスが迎えに走った、
あの短時間に治した?
彼のケガの酷さからして、
普通の治癒魔法や
回復術ならあり得ない。
もっと時間も治療の回数も必要だ。
事実、負傷から8ヶ月が経つというのに
デレクのケガはまだ回復の見込みが
見えていなかったのだから。
それなのに癒し子ならこんな短時間で
回復させることも可能なのか。
「本人も未だに信じられないと言った
面持ちだったがな。
それでも、治った以上はすぐにでも
北方で演習中のキリウ小隊に
合流したいと申し出てきた。
今から出れば明日の早朝には
着くからと懇願されてな。
念のため俺もあいつの膝の状態を
確かめたが、全く異常が
見当たらなかった。
まるで最初からケガなど
なかったかのようだったな」
旅装姿に身を包み、感激しながら
癒し子への感謝の言葉を口にする、
紺碧の髪の嬉しそうな青年の姿を
トレヴェは思い出していた。
・・・良かった。本当に良かった。
双剣が使えなくなり片手剣に変えても
並の騎士以上の実力を持っている
レジナスとは違って、
デレクの場合はケガの酷さから
リハビリから一年を経っても
回復の見込みがなければ
後方への配置換え又は事務官への
転属を勧めるか、最悪は騎士団の
退団勧告をしなければならなかった。
元々筋が良く将来有望な騎士だった上に
本人がどれだけの努力と鍛錬を重ねて
念願のキリウ小隊へ入隊できたか
知っているトレヴェは、
ケガが治ったと聞いて心の底から安堵していた。
「お前には事後承諾ですまんが、
演習への参加を許可したから
すでにデレクは北へ向かった」
その言葉に目を優しく細めて
マディウスが頷く。
「もちろん構わん。キリウ小隊の奴らの
驚く顔が見えるようだな。
あいつらも久々に小隊に入隊してきた
デレクの事は弟分のように
かわいがっていたから合流が楽しみだ」
キリウ小隊の面々は少数精鋭で
過酷な任務も多いため
隊員同士の仲間意識が強い。
特に今の隊長は情に厚いところも
あるから、デレクの復帰は
我がことのように喜ぶに違いない。
顎ヒゲを撫でながらマディウスは
ユーリの姿を頭に思い浮かべていた。
あの子は一介の騎士の
ケガを治しただけではない。
1人の青年の人生を救ったのだ。
「・・・なんと有難いことよ」
思わず呟くと向かいに座るトレヴェが
盃から顔を上げた。
何か言ったか?と聞かれてかぶりを振る。
「いや、なんでもない。
デレクからいきさつを聞いた
小隊の奴らがユーリ様を神の如く
崇めそうで見ものだなと思っただけだ」
ーーマディウスの予想は後日
現実のものとなる。
北方演習から帰還したキリウ小隊の
隊長が、ユーリの元を訪れて
一騒動起きるのはまた別の話である。
198
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