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第四章 何もしなければ何も起こらない、のだ。

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「君、本当に見た目通りの年齢か?」

突然そう言葉を投げかけてきた
シグウェルさんに、
お菓子を食べる私の手が止まった。

場所は魔導士院の団長室に
併設された応接室。

広い室内にあつらえてある立派なソファに
気だるげに肘をついているくせに
その眼光は鋭く、お菓子を食べている私を
じいっと観察するみたく見つめていた
シグウェルさんが唐突にそう言った。

シグウェルさんの対面には私が座り、
私の後ろには護衛騎士よろしく
レジナスさんが手を後ろ手に組んで
控えている。

シグウェルさんの後ろには
ユリウスさんが立って控えているが、
何言ってんですか団長?と
首を傾げている。

そう。先日シグウェルさんに
気になる事が出来たと言われた私は、
魔法について色々教えてもらおうと
訪れた魔導士院でついでに
その気になること、というのが
何なのか聞きにきていた。

ちなみに魔導士院に行きたいと言ったら
リオン様がレジナスさんを私に付けてくれた。

先日の騎士団での演習で分かった、
レジナスさんに付与されたらしい
力についても本人が直接
説明してくればいいんじゃないかな?
と提案したからだ。

ちょうど今は一通りその説明が終わった
ところだった。

レジナスさんに与えられたらしい力は、
あの時演習で見たように物理攻撃の
排除だった。

それから素早さや跳躍力、打撃、剣撃、
腕力の威力増強。
つまりは体力全般の向上かな?

これらはレジナスさん本人の
体感からしてそう思われるもので、
あとは実戦経験をしてみないと
よく分からないらしい。

・・・うん、でもそれを聞いただけで
私はもうお腹いっぱいだよ?

だって演習の時、剣を2本使ってたとは言え
たったの一振りであの大きな竜の首を
切り落としていたしね・・・。

結局はレジナスさんも強化人間に
しちゃったってことじゃん・・・。
ごめんレジナスさん。

そう思いながら罪悪感を誤魔化すように
黙々とお菓子を口に運んでいた私に
シグウェルさんは唐突にさっきの言葉を
言い放ったのだ。

「先日ヨナスの力の解呪を
しようとした時だ。
反発をくらう前に、少しだけ
解呪できそうな手応えを感じた。
その時に、君の姿がブレて見えたんだ」

その時のことを思い出すように
シグウェルさんは
そのアメジストみたいな
紫色の瞳をすがめて私を見た。
私の中にある本当の姿を見極めようと
しているみたいだ。

シグウェルさんの言葉を受けて、
ユリウスさんが
ふうん、と考え込んでいる。

「じゃあ団長は、ユーリ様が
ヨナスの力で別の姿に変えられていて、
解呪しようとしたら一瞬だけ
その本来の姿が見えたって
言いたいんスか?」

「オレはそう思っている」

それがどうにも気になって、
もう一度会って
聞いてみたかったのだと言った。

「ただ、確かめるにも下手に手を出せば
この間と同じことになるかも知れないからな。
とりあえず当の本人に聞いてみようと思った」

うっ、癒しの力には関係ないと思って
この間の説明の時には省いたのに、
まさかここにきて話すことになるとは。

今までいいだけ子どもらしさを
偽装してきたのに、
実は実際の見た目年齢18歳です!と
白状しなければならない時が
ついに来てしまったか。

「じ、実はあの時言いそびれて
しまってたんですけど・・・」

恐る恐る口を開く。
イリューディアさん達と
話していた時はもっと成長している
大きな姿だったこと。

召喚されてこの国に現れた時は、
なぜか小さくなっていて自分にも
原因が分からないこと。

この姿に引きずられてたまに言動が
幼くなってしまうこと。

ウ、ウソは言っていないよ!
たまに子どもらしさを偽装はしたけど
どれもホントのことだし!


でもさすがに、
見た目は少女・中身は社畜の
アラサーなんです、ってことは
なんだか恥ずかしくて
言えなかった・・・。

ごめん、そこだけは隠させて!

目を丸くして話を聞いていた
ユリウスさんが、
シグウェルさんの肩に手を掛けて
身を乗り出してきた。

「えっ、えっ?じゃあユーリ様ホントは 
いくつなんですか⁉︎
実際の姿って今の顔形と全然違うんですか⁉︎」

私の後ろのレジナスさんも、かすかに
動揺しているような気配がする。
そして私の後ろ頭にものすごく
視線を感じる。

「えーと、18歳、ですかね・・・?
見た目は今の姿がそのまま
大きくなったような感じなので、
そんなに変わらないと思います。
あの、ほんと、黙っててごめんなさい・・・」

あまりにも都合が悪くて顔を
上げられない。俯いてしまって、
さぁどんな嫌味も文句も
全部受け止めるぞ、と覚悟を
決めていたんだけど。

「18・・・のユーリ様?
めっちゃ見てみたいっす‼︎」

絶対美少女じゃん‼︎とユリウスさんが
一人勝手に盛り上がり始めた。

「シグウェル、お前が見たユーリの
本当の姿と言うのは魔法で
再現できないのか?」

リオン様にも見せてあげたい、と
レジナスさんまで言い出した。
あ、あれ?怒られない??なんでだ。

「大きいユーリ様かぁ。
団長、なんとかして
本来の姿に戻せないんですか?
今こそ魔法の腕の見せ所じゃないっスか。」

今やらないでいつやるの?今でしょ‼︎
どこかの有名講師みたいなことまで
ユリウスさんが言い出した。

どうやら私が年齢を誤魔化していた
ことよりも私の実際の姿の方に
関心があるらしい。

なんなんだお前ら、とシグウェルさんが
顔をしかめた。

「オレが見たのは一瞬のことだったし、
再現しろと言われても
正確に覚えていないから無理だな。
それに当の本人がどうやったら
元に戻るのか知らないんだし、
解呪しようとして本来の姿が
垣間見えた位だ、もしそれが
ヨナス神の何らかの力が働いてのことなら
ますますオレには手を付けられない」

ましてや今ユーリの中身は三神の力が
入り混じった複雑な状態かも知れないんだぞ、
そう簡単に行くか、と冷たい目で
ユリウスさんを見て
自分の肩に乗せられた手を振り払った。

「まあこれでオレの
気になっていたことは解決した。
・・・そうだな、あえてもう一点
気になると言えば
もしユーリが本来の姿に
戻れたとしたら、その時に使える
癒しの力は今の状態よりも
強いのかどうか、くらいか。」

そういう意味では本来の君の姿を
オレも見てみたい気はするな、と
シグウェルさんは私を見つめて言った。

まただ。イケメンに見つめられるとか
心臓に悪い。ていうか、レジナスさんも
ユリウスさんも私を凝視している。

これはあれだ、私の18歳姿が
どんななのか気になって
想像してるやつだ。
もうホント、黙っててごめんなさい・・・。

3人の男性に囲まれて黙って
見られ続けるとか
一体どんな罰ゲームなんだ。
嫌味も文句も言われてないけど、
これはこれで耐えられない。

「すみません、も、そんな見ないで
ほしいです・・・
反省してます・・・」

しょんぼりとうなだれてそう言ったら
かわいい‼︎とユリウスさんから
声が上がってお菓子を目の前に
差し出された。ん?何でだ。

「そんなに落ち込むことないっすよ!
もしかしたらある日突然、ポンと
元の姿に戻るかもしれないし‼︎
さっ、お菓子でも食べて元気出して‼︎」

はいっ、と私の口元にお菓子を
突きつけたまま
ユリウスさんはニコニコしている。
なんでこの流れでお菓子を
食べさせられることに?

「え、恥ずかしいのでそれは
ちょっと・・・」

断ったら、なんで⁉︎とユリウスさんが
悲鳴を上げた。

「もしかして食べさせてもらうのは
リオン殿下限定っすか⁉︎
えっ、やっぱり2人って
なんかそういう特別な関係・・・⁉︎」

私がリオン様を従者扱いして
お菓子を手ずから食べさせて
もらっているという誤解が
まだユリウスさんの中に残っていた⁉︎

びっくりして慌てて否定する。

「いえ!ていうか、ほら!
私の本来の年齢が18じゃないですか、
それなのに誰かから
食べさせてもらうとかちょっと・・・!
それに、リオン様から
食べさせてもらうのも今はもう
お断りしてますよ⁉︎」

「ついこの間、騎士団で
団長と副団長にも
食べさせてもらっていたな・・・」

レジナスさんがぽつりと言った。
その言葉には何故か
淋しげな感情がこもっている。

「はぁっ⁉︎俺の親父が?何で?
信じらんない、先を越されるとか
納得いかないっす、
うちでそんな事一言も
言ってなかったっすよ
あのくそ親父‼︎」

「あの時は特別ですよ、
おにくのためです‼︎」

なんでユリウスさんを煽るようなこと
言うのレジナスさん!

慌てて言い訳をしたら、ユリウスさんが
分かりました。と頷いた。

「要するに、ユーリ様のお眼鏡に
叶うようなおいしいご飯が
用意できればいいってことですよね。
大船に乗ったつもりで任せるっす、
ねぇ団長‼︎」

「なんでオレに振る」

「おいしいご飯と言ったら
ユールヴァルト家直轄地で
王家御用達の御料牧場だからっすよ!
あと温泉‼︎温泉でおいしいご飯は
何にも勝る贅沢だと勇者様の時代から
伝わってるし‼︎」

なんか、何としても私に手ずから
ご飯を食べさせたいという
ユリウスさんの意気込みが
ひしひしと伝わってくるんですけど・・・?

なぜそんなに必死に、と思うと同時に
温泉という単語に心惹かれてしまう。

そう、勇者様が日本人ではないかと
思っていた理由の一つがこれだ。

勇者様は必ず日に一度の入浴、
それも湯船に浸かることを好み
特に温泉好きだったそうだ。

また、トイレも含めた身の回りの
清潔さにもこだわっていたらしい。

食にもうるさく、勇者様が伝えた
じゃがいもの薄切り揚げ・・・
チップスと、卵黄と酢から作られた
マヨソースは今もルーシャの人達に
愛されている。
ちなみにマヨソースはそのまんま
マヨネーズだった。

偉大なる勇者様は魔物を倒すだけではなく、
衛生観念の大切さと食の改革すら
我々に与えてくれたのだ。と王宮の人達に
感動の面持ちでそれらを教えられた時には、
勇者様日本人説は私の中でほぼ決定事項だった。

勇者様は魔物討伐で行った先々で
温泉を楽しんだらしいから、
そのユールヴァルト直轄地とやらに
温泉があってもおかしくはない。

「そこはシグウェルさんが
生まれたところなんですか?」

気になって聞いたら、
当のシグウェルさんに
違う、と否定された。

「単純にユールヴァルト家が
管理している土地というだけだ。
精霊の力の強い所や魔力溜まりの
場所が多くて、その手のことに
詳しく魔力の強い人間が多い
ウチの一族が王家にその土地の管理を
まかせられているんだ。」

おかげで面倒なことも多い。という
シグウェルさんに何を言うんですか、と
ユリウスさんが抗議した。

「精霊の祝福地も多いし
おかげで豊かな土壌もある、
更には温泉まで湧いてる王族の
保養地でもあるじゃないっすか!
ぜひ一度ユーリ様にも
行ってみて欲しい‼︎」

そしておいしいご飯をオレが
たくさん準備します!
ユリウスさんが気勢を上げた。
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