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第四章 何もしなければ何も起こらない、のだ。

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「温泉かぁ・・・」

「眼下には大きな湖が見えて頭上には
満点の星空が広がる露天風呂もありますよ!」

少し心を動かされた私にユリウスさんが
ダメ押しとばかりにアピールしてきた。

「それに、ただ遊びに行くだけじゃ
ないっす!
そこには王都やルーシャ国を護る
大事な結界石の取れる場所もあるんで、
ユーリ様に来てもらって
その場所で祈りを捧げてもらえれば、
きっとイリューディア神の
加護がつきます!
そしたら魔物祓いの質のいい護石や
結界石が出来るはずですから‼︎」

王都から出るための申請書もすぐに
準備できるし!
そう言って何もない空中から
用紙の束を手の平の上にパッと
取り出した。

「お前のその仕事の早さは何なんだ」

ユリウスさんを見るシグウェルさんの
目が冷たい。

「何言ってるんですか団長!
あそこは王都から1日もかからずに
行けるし、かつ魔物も出ない、安全に
癒しの力を発揮できる場所ですよ?
これから先ユーリ様が本格的に
辺境での癒し子任務をするための
いい練習になりますって!
安心安全の保養地だから、
わざわざ騎士団から
護衛を出してもらわなくても
俺や団長が同行するだけで済みますし‼︎」

今さっき思いついたはずの提案なのに、
ユリウスさんの立板に水の勢いでの
後付け理由の説得力が物凄い。

やっぱり頭の回転が早い人なんだなあと
変なところで感心してしまった。

しかもユリウスさん、
『ちなみに俺と団長が数日王都を
空けても大丈夫な日程は最短で
三日後っす!
それまでに今ある報告書関係の
書類は全部仕上げて下さい‼︎』
とシグウェルさんに発破を
かけるのも忘れない。
すごいな。

そこで今まで黙って話を聞いていた
レジナスさんが初めて意見をした。

「・・・いくら魔導士団の団長と
副団長が同行するからと言って、
全くの護衛なしというのは
許されないだろう。
とりあえず魔導士団からの提案として、
一度リオン様に報告させてもらう」

「ぜひお願いしたいっす!
ていうか、護衛なんてユーリ様の
後見人であるリオン殿下が同行すれば
自動的にアンタもくっついて来る
じゃないっすか!
もうそれでいいんじゃないですかね?
とりあえず、明日の昼までには
申請書に併せて詳しい行程表も
リオン殿下の執務室に
届けますから殿下にもよろしく
伝えておいて下さい‼︎」

ユリウスさんのやる気がすごい。
なのに護衛とか私への食に関係ない
事に対してはすごく投げやりだ。

・・・私に手ずからお菓子を
食べさせたいという、
ユリウスさんの謎の熱意が
なぜか王都近辺への初の
癒し子任務にまで
話が大きくなってしまったけど
いいのかなあ。

結局、私の意見はそこそこに
ユリウスさんの勢いに
押し切られるようにして
その日は魔導士院を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ノイエへの癒し子派遣依頼?」

いつの間にか自分の執務机の書類の
一番上にあった、
薄ピンク色の表紙の書類の束に気付き
僕は首を傾げた。

時間はすでに夕方、今日の分の
主な政務を終えてそろそろ帰ろうかと
片付けに入っていた時だった。

資料を本棚に返して、机まで戻る
ほんの一瞬の間に書類が増えている。

赤い用紙を書類の表紙に使うのは
緊急時や重要案件で、
すぐに目を通してもらいたい時。

薄いピンク色はそこまでの
緊急性はないけれど
早く目を通して欲しい場合に
よく使われている。

ほんの少し目を離した隙に
置いてあったことからも
魔法で転送されてきたのだろう。

ということは魔導士団から何か
緊急を要する報告だろうか。

急いで目を通した結果、
僕は不思議に思った。
なぜ突然癒し子の派遣依頼を?

しかも、早く目を通して欲しいとばかりに
色付きの表紙でわざわざ転送してくるなんて。

ノイエ領からは特にそんな急ぎの
要望は出ていないはずだ。

紙の束をぺらりとめくって、
改めて発案者を確かめた。
申請書の署名は
宮廷魔導士団団長と副団長の
連名になっている。

・・・確か今日はユーリが
魔導士院を訪れていたはず。
その時に何かそういう話でも
出たのだろうか?

ざっと目を通した後、もう一度
最初から書類を読む。

「うーん、これは・・・」

ノイエ領の結界石採掘地への視察
及び癒しの祝福付与のための
癒し子の派遣要請なんて。

緊急性はないし、添付されている
行程予定表まで何度読み返しても
メインは祝福付与よりも
保養目的に見えるんだけど。

それをわざわざ優先事項扱いの書類で
転送する意味は?

あのシグウェルがそこまでして
ユーリの癒しの力を
直接見たがってるとは思えないし、
これは多分ユリウスが
主導したことなんだろうなあ・・・。

ユリウス・バイラルと言うサインを
じっと見て考えていたら、
この書類の下に魔導士団からの
別の書類がまだいくつか
重なっていたのに気付いた。

それはシグウェルからの
提出待ちだった数件の報告書だった。

どうやらノイエ視察のために
ユリウスが彼の尻を叩いて
急がせたらしい。

え?そこまでして・・・?
しかも申請書の途中には
ぜひとも癒し子の後見人である
僕の同行も、という要望まで
含まれていた。

ということは、僕にとっても
目が治ってから初めての視察になる。

それが王族の保養地でもある
ノイエならまあ確かに静養も兼ねた
軽い公務としていいかも知れないが。

あそこには良質の温泉もあるし、
ユーリも喜ぶかな?

ユリウスが一体何を考えて
この申請書を出したのか
分からないが、とりあえず
提案に乗ってみようか。

僕はペンを取りノイエ領の政務官へ
視察に行く旨の書類をしたためた。

せっかく帰ろうかと思っていたのに
一仕事増えたな、とペンを走らせながら
今日の夕飯はユーリと一緒に取れなく
なりそうだと思って、ため息をついた。


・・・ノイエ領視察に必要な書類を
一通り整えてから奥の院に戻ると、
案の定とっくに夕飯の時刻は過ぎていた。

レジナスの迎えを受けてユーリは
どうしているか聞くとすでに部屋で
休んでいると言う。

それなら無理に彼女を呼んできて
今日魔導士院で何があったか
聞かなくてもいいか、と
レジナスにいきさつを聞くことにした。

自室で遅い夕飯を取りながら
レジナスの話を聞いてみたら、
驚きのあまり食事を取る手が
思わず止まってしまった。

ノイエ領の件ではない。
もちろん、ユリウスが急に
ユーリにおいしい食事と
温泉を楽しんでもらいたいと
言い出してノイエ領へ
行くことになったという話は聞いた。

やっぱり保養目的なんだなと理解もした。
でも、驚いたのはそこじゃない。

むしろ別件を聞いてノイエの件は
頭から消えた。


ユーリが実は見た目以上の年齢だという話だ。
元々の容姿と年齢は18歳だって?

じゃあ初めて奥の院でレジナスに
抱かれているユーリの姿を見た時に
見えていた、あれが本来の姿だったのか。
てっきり精霊のいたずらかと思っていたのに。

ああでも、あの時の僕はまだ目が不自由で
イメージとして感知できた大まかな姿しか
見えていなかった。

成長したユーリの姿は一体どれだけ
美しいのだろう。

あの子どもらしくあどけない
可愛らしさが抜けて、
かわりに奮い立つような瑞々しい
美しさが備わっているのだろうか?
それとも、匂い立つような色香が
滲み出ている?

思いを巡らせていると、レジナスが
ほっと安堵のため息をついてぽつりと
呟いた言葉に耳を疑った。

「良かった、これで我が主が少女趣味だと
後ろ指を指されないですみそうだ」

え、なんだいそれ。どういう意味?

「何言ってるのレジナス。君、僕のことを
そんな風に思っていたのかい?」

「はっ⁉︎」

聞こえているとは思わなかったらしい。
レジナスがぎくりと肩を震わせて
目が泳いだ。

「君、忘れているようだけど
僕は目を悪くしてから周りの気配や
音には敏感になっているからね。
うかつな独り言は口に
出さない方がいいよ」

呆れて忠告しておく。

「それで、何だって?
ユーリのことを好きな僕をなんで
少女趣味だなんて思っていたのさ。」

「・・・申し訳ありません。
失礼ながらユーリとリオン様の
年齢差を考えた時に、
そのような事をいう輩も現れるのでは
ないかと懸念しておりました。
しかしユーリの歳が18とすると、
現在22歳であるリオン様とは年の頃も
似合いですので安心してつい」

「いや、王族の結婚相手が10や15は
年が離れている例はいくつもあるから、
仮にユーリの歳が本当に10歳で、
僕と12も離れていたとしても
それに対して少女趣味だなんて言う輩は
そうそういないと思うけど・・・

それに、王族に限らず貴族も年齢に
こだわらずに配偶者を得るけど、
実際その相手との歳がかなり
離れていることもあるしね。」

そう。僕の義理の母上にあたる
父上の側妃達が産んだ娘は数人が
他国や国内へ嫁いでいるが
その相手との歳の差が
仕方がないとはいえ、
最大で20は離れていることもあった。
だがそこでふと思い当たる。

「・・・そうかレジナス、君は庶民の
出身だったか。」

そういえば彼は幼いながらに剣の腕が立ち、
そこを見込まれて貴族ではないのに
僕や兄上の剣の稽古相手兼遊び相手に
選ばれた特別な子だった。

小さい頃からずっと一緒だったから、
身分差なんてものはすっかり忘れていた。

「はい、そうです。
生まれは西の辺境近い片田舎ですし、
幼い頃王都に越してきて
リオン様達の遊び相手に選ばれても
住んでいたのは貴族街ではなく
一般市民街です」

なるほど、それなら貴族や王族特有の
婚姻事情を知らなくても仕方がない。

僕らにしてみれば小さい頃から
当たり前に思っているようなことも、
レジナスのように一般的な
庶民からみればあまりにも
歳のかけ離れた相手との
婚姻など想像できないに違いない。

いくら騎士団に入ったからといって、
まさかそんな貴族の婚姻事情を
習うわけでもないだろうし。

通りでユーリに対する僕の態度を
たまに不審な目で見ていたはずだ。
僕を少女趣味の人間だと思っていたとは
誤解もいいところだよ・・・。

そんなことを考えながら
レジナスを見ていたら、
僕の頭の中で足りていなかった
パズルのピースが
カチリとはまったかのように、
唐突に理解した。

レジナスがユーリに対する
自分の感情が何なのか
理解していないのはもしかして。

ユーリへの気持ちを少女趣味の
いけない事だと思い込み、
それが恋だと自覚するのを
無意識に避けているからなのか?

充分あり得る。
今の僕との会話からも、歳の差を
かなり気にしているみたいだったし。

現に今のユーリとレジナスの歳の差は
僕よりも開いている14歳差だ。

僕に対して少女趣味とか
思っていたくらいだもの、
自分のユーリに対する気持ちも
そう思い込んでいるに違いない。

・・・それじゃダメじゃないか。
ユーリに対する気持ちを
これからもずっと無意識に
避け続けるつもりか。

そうしたらユーリに夫として
選んでもらうどころか、
彼女に意識すらしてもらえない。

ということは僕と一緒にユーリを
愛でるどころか、
彼女について2人で語り合うことなど
夢のまた夢だ。

だから思わず言ってしまった。

「レジナス、ユーリに対して
かわいいと思ったり、
つい構いたくなったり、
いつの間にか目で追っていたり・・・
彼女が自分の側にいない時、
今どうしているのかと想いを
はせるのは少女趣味とは言わない。
いけない事じゃないし年は関係ない。
それはただ純粋に、相手に恋しているだけだ。」

彼の目を見て真剣に言ったから、
それは僕の話じゃなくて
彼自身のことを言っているのだと
わかってくれただろうか。
それからもう一つ。

「あと、気付いているかどうか
知らないけど勇者様の前例があるから
貴族や王族ではないが
ユーリにも複数の配偶者を
得る権利がある。
彼女が複数の配偶者を望めば、
仮に僕がすでに
ユーリの傍らにいたとしても、
いくら僕が王族でも
彼女のその望みを阻む権利は
ないんだよ。
ユーリが選べば複数人、
誰でもその夫になれるんだ。
今はまだ彼女が小さいから
誰もそこまで考えていないかも
知れないけど、君には
知っておいてもらいたい。」

直接的には言うことを避けたけど、
ダメ押しでそこまで言えばさすがの
レジナスでも僕が何を言いたいのか
気付いたのだろう。

僕の言葉に、目を見開いて
呆然とした後に
一気に顔に赤味が増した。
ちょっと今までに見たことがない位
顔が赤くなっている。

その変化にさすがに
かわいそうになったので、
今日はもう下がっていいから
ゆっくり休むといいよ、
と言ったら部屋の建て付け家具に
ぶつかりながら退出していった。

あれは多分ぶつかったのにも
気付いていない。
それくらい動揺していた。

「・・・少し性急過ぎたかな。」

でもあれくらい言わないと
レジナスのことだから
絶対自分の気持ちに気付くことは
ないだろう。

少しの間は動揺して
ユーリの前で挙動不審に
なるかもしれないけど、
きっと大丈夫。

彼のことだ、気持ちを整理すれば
すぐに落ち着きを取り戻すだろう。

まさかレジナスがあそこまで
ユーリに対する自分の想いに
無自覚だったなんて、
思いもよらなかった。

「あれじゃあさすがに
僕も何も言わないわけには
いかないよね・・・」

頑張れ、レジナス。
君の恋はここからだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


リオン様の前から退出を許されて
自室に戻ったが、
どうやって歩いてきたのか
全く覚えていない。

剣を外すことすら忘れて帯剣したまま、
ベッドにうつ伏せに体を投げ出すと
ぎゅうぎゅうと枕に強く顔を埋めた。

部屋の中は自分一人で、
誰に見られるわけでもないのだが
自分の顔が赤くなっているのを
どうしても隠したかった。

『ーそれはただ純粋に、
相手に恋しているだけだ』

リオン様の声が頭の中で響く。
思いがけないことを言われたのは
つい先程のこと。

うっかりリオン様の前で、
少女趣味でなくて良かったと
こぼしたのをきっかけに
話は意外な展開になってしまった。

・・・俺のこのユーリに対する気持ちは
少女趣味ではなかったのか⁉︎

召喚の儀式で初めてユーリと
出会った時を思い出す。
フードが外れて見えたあの美しい瞳。
可愛らしい顔立ちと恥ずかしげに
その顔に両手を当てて俯いたあの仕草。
記憶の中、今でも鮮やかに蘇る。

その後、何かにつけ
抱き上げた時に感じた
心地良い柔らかな温もり。

リオン様に初めて会う時に
可愛らしいドレス姿で
俺の前でくるりと一回転して見せ、
似合いますかと聞いてきた
得意気な顔。

奥の院の庭園で、リオン様の話す
俺の騎士団時代の話を
キラキラした瞳で夢中になり
聞いている姿。

騎士団の食堂で、物欲しそうに
俺の皿をみてフォークを伸ばすと
掬い取った芋をこの上なく
幸せそうな笑顔で頬張り、
ほっぺが落ちそうだと
頬に手を当てていたあの仕草。

全部、つい昨日の出来事のように
思い出せる。

それらは全て彼女の事が好きだからこそ
目に焼き付いている情景なのか。

・・・そして、リオン様が
ユーリに奥の院に越してくるようにと
話したあの時、思わず声を上げた自分。
今なら分かる。

「完全に嫉妬だろうそれは・・・っ‼︎」

くっ、と枕にますます顔を埋めた。
無自覚だった己があまりにも
恥ずかしくて仕方ない。

通りであの時リオン様が俺に対して
面白そうな顔をしていたはずだ。

目を悪くされてからは以前にも増して
人の心の動きや雰囲気に敏感に
なっているリオン様が、
ユーリに対する俺の気持ちに
気付かない訳がない。

リオン様のことだ、本当なら
俺のユーリに対する気持ちが
なんなのか自分で気付くまで
見守ろうとしていたに違いない。

それを俺が、少女趣味でいけない事だと
思い込んでいるのに気付いてさすがに
口を出さずにいられなかったのだろう。

そして先程、最後に言われた言葉だ。

リオン様は当然ユーリの配偶者に
なるつもりだ。
それを前提として俺に向かって
話したアレは、俺にもユーリの
夫を目指せと言うことだ。

確かに、この国には今までにも
女公爵や女性大公で
身分が高く高貴な血筋の人物は
女性でも複数人の夫を
持っていた例はある。

しかし、だ。いいのか?それは。
リオン様はユーリを
独り占めしたくないのか?

リオン様のことだ、仮にユーリが
夫を複数選びたいと言っても
やろうと思えばいくらでも
自分だけが唯一の配偶者に
なれるよう上手く立ち回れるはず。

それなのになぜ、
自分と一緒に俺にもユーリの
夫になれと言うのか。

まだ誰も彼女に対して想いを
伝えてこない今なら他の者に先んじて
ユーリに意識してもらい有利に立てる。

だから今のうちにユーリに選ばれろ、と
言っているのだ。

「でも一体俺にどうしろと・・・⁉︎」

己の気持ちにすら今気付いたのに、
どうやってユーリにアピールしろと?

明日の朝、彼女に会う時ですら
挙動不審にならない自信がない。

リオン様から思わぬ爆弾を
投げつけられた気分だ。

赤さがまったく治まらない顔を
枕に埋めたまま、悶々とした気持ちで
俺は結局眠れぬ夜を過ごす羽目に
なったのだった。










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