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第九章 剣と使徒

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「エル君、ここに座ってお菓子を食べませんか?」

「座りませんし食べません。」

王宮の庭園の東屋で、おやつの時間に私の
向かいの席を薦めればエル君にそっけなく返される。
相変わらず手強い。

「僕は護衛です。座っていたらいざという時に
動けないじゃないですか。」

それはそうなんだけどさぁ・・・。

「それにそろそろリオン殿下が
いらっしゃる頃です。」

「え?」

エル君が呆れたような目で私を見た。

「午後、ユーリ様のおやつの時間の頃にここに
顔を出すと朝食の席で話していたじゃないですか。
まさか聞いてなかったんですか?
殿下のお話なのに?」

ぎくりとする。そういえばそんな事を
言っていたような。

「・・・いちごジャム」

エル君がぽつりと言った。うわ、よく見ている。

「ユーリ様、朝食で出たいちごジャムに夢中に
なっていて殿下のお話を聞いてなかったんですね?
明日からジャムは当分の間下げさせますか?」

「だ!だってあのジャムに使われてたのは私が
加護を付けてマールで育ったいちごだったんです、
それを初めて食べたんですよ⁉︎すごく甘くて
おいしくて感動してたんです!」

リオン様には悪いことをしたけれど。

「ジャムごときで殿下の話を疎かにするなんて
信じられない・・・」

エル君は深くかぶりを振っている。そうすると
白い髪の毛がきらきら光に反射して綺麗だけど、
私に話す言葉は歳下だと言うのに手厳しい。
まるで護衛で侍従で教育指導係だ。

「明日からはちゃんとしますから!ジャムだけは
取り上げないで下さい‼︎あのジャムをアイスに
垂らしたり紅茶に入れてみたりしたいんです‼︎
あっ、たっぷりの生クリームと一緒にパンケーキに
付けても絶対おいしい!ほら、ジャムの可能性は
無限大ですよ⁉︎」

力説する私にユーリ様・・・とエル君にまた呆れた
顔をされたけど、無表情に見つめられるより
ずっといい。私と一緒にいるうちに段々と顔に
感情が乗ってきて、最初の頃より少しずつ表情が
つくようになって来たように思う。

歳下のエル君に叱られながらそんなそんなやり取りを
していたら、ちょうどそこにレジナスさんを伴った
リオン様がやって来た。

「なんだかまた食べ物の話をしているね?」

またってなんですか。
そんなに食べ物のことばっかり話してるかな私。

「リオン様!お仕事はひと段落ついたんですか?」

「その仕事の一つでここに顔を出す話を朝食の時に
してたんだけど・・・やっぱりあの時、ちゃんと
聞いてなかったんだね。」

リオン様がくすりと笑う。ひえっ、バレている。
エル君の私を見る目が冷たい気がした。

「朝食の時のユーリはマールから届いたいちごの
ジャムに夢中だったからね。まあエルも話を
聞いていたから大丈夫だろうと思っていたし、
気にしなくてもいいよ。」

そう言ったリオン様の視線を受けてエル君は
ぺこりとお辞儀をした。しっかり者のエル君は
短期間でもうリオン様の信頼を取り付けたらしい。

私の隣に腰をおろしたリオン様はエル君が
お茶を淹れようとしたのを断って慣れた手付きで
自分で淹れると、懐から手紙を1通取り出して
私に手渡してくれた。

「本題の前にこれを渡しておくよ。ちょうど
ついさっきダーヴィゼルド領のヒルダ殿から
届いたユーリへの手紙だ。
僕も受け取ったけど、ユーリの考えたアイスを使った
食べ物が軌道に乗り始めているらしいから、
多分その礼状だろう。」

「そうですか!私も食べてみたいなあ。完成まで
滞在出来なかったのが残念です。」

「お酒の種類さえ揃えればそれはここでも
食べられないの?」

「残念ながらミルクを出す牛さんの種類が違うので
同じ味のアイスは出来ないんです。あと、
あちらに滞在中に私が豊穣の力を使った牧草を
食べて育つ牛さんのミルクなので、普通よりも
濃厚な味わいがするはずで・・・」

うう、話しているとますます食べたくなってくる。

そう。ダーヴィゼルド滞在中に、私はアイスを
使った食べ物を考えて提案していた。

いくらカイゼル様を助けたとは言え、山に雷を
落としてそこに大穴を開けただけなのがやっぱり
申し訳なくて滞在中は領内のあちこちに、
行ける範囲で出来るだけ色々な加護の力を使った。

そして豊かな牧草地が広がる所を訪ねた時に、
そこで飼われている牛が元の世界で言えば
ジャージー牛のように濃厚でコクのあるおいしい
ミルクを出す種類だと知り提案した食べ物がある。

この世界の北海道ことダーヴィゼルド領で
私が思い付いたのは、本家北海道に出張した時に
私が食べておいしくて、機会があればまた
食べたいなと思っていたもの。

ある時、急遽北海道へ出張になり自由時間があれば
観光を、と考えていたら社畜の出張にそんなものは
存在しなかった。そして地獄のようなタイトな
スケジュールの中で唯一楽しかった思い出は
着いたその日の夜の接待で付き合わされた
二軒目のお店。

そのお店はスイーツバーで、ソフトクリームの上に
自分の好きな種類のお酒を垂らして食べて楽しむ
所だった。メニューにあったお酒は甘い
リキュールから名前だけは知っている有名な
高級ウイスキーまで数十種類にものぼっていた。

度数の高く高級なお酒も、飲むのと違って
ソフトクリームに垂らせばその量は少ないので
酔わない上に高級なウイスキーでも高くない値段で
色々な種類を楽しめた。

ダーヴィゼルド領もお酒の種類は豊富だったので、
ジャージー牛に似た牛を見た時にそれをどうにか
再現できないかと思ったのだ。

それほどあの北海道でのソフトクリームは
おいしかった。私が食べたい一心でダーヴィゼルドの
ヒルダ様達に作れないか相談してみたら、
なんと作ってくれることになったのだ。

ダーヴィゼルド領には、これからグノーデルさんの
加護がつき聖域になった山を訪れる人も増える
だろうから、そういう人達にも楽しんでもらえる
新しい名物が出来るのは嬉しいと、喜んで
ヒルダ様達は食品の開発に着手してくれた。

ただ、残念な事に私が滞在中には商品として
形になるところまでは出来上がらなかった。
それがついに完成したんだ。

「今の私はお酒の入ったパウンドケーキ位なら
食べても平気なので、あの方法なら少しくらいお酒を
摂取しても体に変化はなくおいしいアイスを
楽しめると思うんです。あれを食べるために
またダーヴィゼルドに行きたいなあ・・・」

「向こうの聖域になった山の整備が終わった辺りに
また行けるといいね。・・・そうだ、もう一つ
ユーリの話していたミルクジャムも出来たから
それは今度改めて送るそうだよ。」

「わあ、嬉しいです!楽しみだなあ‼︎」

そういえばそんな話もしてきた気がする。
ヒルダ様はちゃんと覚えていてそちらも商品化
したらしい。私の提案したものが領地に収入を
もたらすと判断したら積極的に取り入れるなんて
さすがヒルダ様は自領とそこに暮らす人達を
豊かにすることに力を注ぐ、本当に良い領主様だ。

「またジャム・・・」

ミルクジャムの話を聞いて目を輝かせた私に
エル君は冷ややかな目を向けている。これは届いたら
エル君にジャムを取り上げられるかも知れない。

「大丈夫ですよエル君!今度リオン様が話してる時に
ジャムが出ても、ちゃんと話は聞きますから!
手は膝の上に、顔はリオン様の方を向きますよ?」

「僕はユーリが膝の上にいてくれればお菓子を
食べていようがジャムを舐めていようが全く
構わないけどね。」

そう言って、リオン様はレジナスさんから
今度は書類を数枚受け取りそれを私に渡してくれた。

「さて、本題だよ。ユーリにはここから馬車で
半日ほど行った先にある孤児院に視察をお願いして、
そこの領地に加護の力を使って欲しいんだ。」

書類には領地の簡単な説明や孤児院の規模、
人数など大まかな事が書いてあった。

ダーヴィゼルド領以来の癒し子としての任務だ。



■■■■

※余談ですが作中でユーリの話している、
「北海道のソフトクリームにお酒を垂らして
楽しむスイーツバー」
は実在する場所です。

私が札幌へ旅行した際に友人のおすすめで行った、
「ソフトクリームバー HOKKIDOU  ミルク村」
で、すすきのにあります。下戸の方でも楽しめる、
入りやすい雰囲気のバーでしたので北海道旅行で
札幌へ行く際はぜひ。おススメです!

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