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第十四章 手のひらを太陽に

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宴席というからこの国に来たばかりの頃にシェラさん
と一緒に出た、あの床に座ってくつろいだくだけた
雰囲気のものを想像していたけど全然違った。

天井からいくつも吊り下がって輝く煌びやかな
シャンデリアに着飾った貴族らしい人達、真っ白な
レースのテーブルクロスがかけられた長いテーブルに
光が反射する銀食器。そして緑と花の公国らしく卓上
には色とりどりの生花が飾られている。

楽団までいてゆったりとした音楽を奏でている。
ものすごくきちんとした晩餐会だった。

そのため、到着した日の宴席は商人の人達向けの
ゆるいものだったことにそこで初めて気付く。

この雰囲気だとさすがにエーリク様もお酒がなくなる
まで飲んで朝までここにいていいとは言わないだろう
なあ。

そんな改まった場でたくさんの人達に注目されたまま
上座に座るリオン様やエーリク様のところに行くのは
すごく緊張した。

思わずエル君の手を握るその手にも力が入っていた
らしく、

「転ばないように気を付けてくださいね」

こっそりとそうエル君に言われてしまった。

そんな事を言われるとますます緊張するからやめて!

注目度合いはモリー公国で初めてみんなの前に出て
珍獣と間違えられた時以上だ。

リオン様の元へ何とか辿り着くと、お疲れ様と
微笑まれて隣の席を促された。

「そんなにも華やかで素敵な笑顔を僕以外にも
向けられると妬けるね。」

隣から私の背中に手を回して腰を抱いたリオン様は
そう言うけどこっちは必死の作り笑いだ。

「素敵に見えたならいいですけど・・・。こんなに
注目される中を歩いたことがないので全然余裕はない
ですよ?・・・ってちょっとリオン様、顔が近い
んですけど⁉︎」

また口付けようとでもするように顔を近付けられた 
ので顔の前にさっと手をかざす。

「さっきはいなかった者もここにはいるから牽制
するには良い機会だと思ったんだけど残念だね。」

そのままかざした手を取られると、手の甲に口付け
ながらいたずらっぽく上目遣いで見つめられた。

それがじゃれあっているように見えたのか、

「本当にお二人は仲睦まじい。このように大切に
されている癒し子様がおられるルーシャ国はこの先も
安泰ですな。」

エーリク様はにこにこしていて、その近くに座る
ミオ宰相さんもそれに頷いている。

エーリク様の隣に座っていたミリアム殿下だけは
一人、王子殿下、おっかねぇ・・・俺の国への牽制
かよ、と呟いていた。

会話の中身までは分からないだろうけどそんな私と
リオン様のやり取りを見てざわめき落ち着かない
雰囲気の中、エーリク様がさっと片手を上げる。

そうすればそれまで奏でられていた楽団の音楽は
ピタリと鳴り止み、場は静かになってみんなの注目は
立ち上がったエーリク様へと集まった。

「今宵、ルーシャ国から大切な客人としてリオン・
エークルド・アルマ・ルーシャ第二王子殿下を
迎えられただけでなく、噂に名高い女神の御遣い、
癒し子ユーリ様までもこの国に迎えられたことは
公国始まって以来の僥倖である。今日この場に
居合わせた者達よ、そなた達も今日この日の我らの
喜びと幸運を子々孫々まで伝えるが良い」

そう言って手にした盃を掲げると、周りからは自然と
モリー公国万歳、ルーシャ国に栄光あれ。と声が
上がり、みんなが一度目の乾杯をして一口飲んだ。

そしてそのままエーリク様はリオン様に挨拶を
促して腰を下ろす。

・・・事前にリオン様からは、この挨拶の後に私を
紹介するからその時に加護の力を使って欲しいと
言われていた。

その打ち合わせ通りリオン様は自分の挨拶のために
立ち上がった時、私の手を取って私も一緒にその場に
立たせた。

そうして手を握ったまま公国をあげて歓迎してくれた
ことへのお礼やこの先も末永く交流を持てたら嬉しい
などの一通りの挨拶をした。

「・・・そして思いがけず公国へ現れたユーリの事も
等しく歓迎してくれたことへも感謝をしたい。
ユーリ、君からもひとつ公国の皆へ何か言葉をかけて
もらえるかな?」

来た。緊張で少し力の入った私の手にリオン様は
うやうやしくそっと口付ける。

さっきのいたずらっ子のようなふざけたものとは
違う、きちんとした敬意を表すための口付けだ。

そして大丈夫だよとでも言うようにそっと親指で、
取られた手の平を優しくなぞられてからその手を
離された。

「・・・皆さん、初めまして。突然の訪問にも
関わらずこんなにも暖かく迎えてくれたことに感謝
申し上げます。優しく善良な皆様に、イリューディア
神様の加護がありますように。今日、この場所に
女神の慈悲と慈しみの光が降り注ぎますように。」

そう言って両手を組んで目を閉じる。

つける加護は癒しの力。

公国に来てから城下町は薬花の視察で王宮と往復した
時に馬車の中からほんの少し覗いただけだけど、地図
も見てるしその範囲は大体掴んでいる。

国自体がルーシャ国の王都の2倍程度しかないので
今の私ならこの場を含め城下町の人達みんなに軽い
治癒の加護を付けるのは簡単だ。

さすがに王都の時のように身体欠損や死にかけている
人まで治すような大きな力ではないけど。

光が降り注ぎますようにと言う私の言葉に、周囲が
明るく輝く。

おお、と感嘆するような歓声やどよめきが聞こえる。

まだだよ、もう一丁力を使う。

なぜなら『オレはまだ全力を出していない』から。

「私の感謝の気持ちが公国の豊かな花と緑にも祝福を
与えられますように。」

出来れば一ヶ月くらい、宮殿にある庭園や城下町の
建物を飾る花々が綺麗に咲いていてくれるといいな。

そう思いながら豊穣の加護の力を使う。

私の周りに小さな風が立ち、そのままそれは私を
中心にふわりと広がった感覚がした。

周囲の歓声とどよめきが更に大きくなった。

「ありがとうユーリ、もういいと思うよ。」

目を開けて見て、と言うリオン様の言葉にまばたきを
しながら目を開けて周りを確かめる。

ちょうど降り注ぐ金色の光の粒がきらきら輝きながら
消えていくところだった。

宴席に集う人達が自分の手足を動かしたり腰に手を
当てていたり、信じられないと互いに顔を見合わせて
いたりしている。

よしよし、ちゃんと癒しの力は効いたらしい。

これなら自室にいるフィー殿下にもこの光は届いて
いて、そのおかげで健康になったと思わせられる
に違いない。

それに。

「ユーリの力で卓上の花がすっかり満開になって
しまったね。」

リオン様が自分の前に飾られている花に手を伸ばして
そう言った。

宴席の会場に飾られていた花は蕾だったものも全て
綺麗に満開になっていた。

心持ちその花の大きさも大ぶりになっていて葉っぱも
緑が濃く大きくなっているような気がする。

こちらも成功だ。

となれば、今使ったこの力のおかげで薬花にも加護が
ついたと思ってもらえるかも知れない。

私が昼に金の矢を飛ばして加護をつけた薬草園の
栽培用の薬花も、そのおかげで育ったと思い込ませる
ことができるんじゃないかな。

「成功して良かったです」

会場のあちこちからは癒し子様万歳、奇跡の恵みに
感謝を、というような声や乾杯の声が聞こえる。

こうして私は無事に自分の役目を果たすことが
出来た。

・・・ちなみにこの後、宴席でリオン様の隣で
おいしくご馳走を食べているうちにうっすらと眠気を
覚えた私はリオン様より先にエル君と一緒に退席
させてもらった。

「もしかするとやっとシグウェルさんのあの飲み物の
効力が切れるのかも知れないです。」

眠気と戦いながらエル君の手を借りて部屋へ戻る。

部屋ではシンシアさんとマリーさんが待機していて
くれて、半分眠りながら立ったままの私を着替え
させてくれた。

そんな私にエル君が

「ユーリ様、これがベッドの上にありましたよ。」

そう言って大きなクマのぬいぐるみを差し出して
きた。茶色いつぶらな瞳のクマさんはその首元に
紫色に金色の刺繍入りのリボンを結んでいる。

それだけでシェラさんが準備してくれたものだと
分かった。

「さすがです・・・!」

帰国の準備もあると言っていたのにちゃんと私の
頼み事を聞いてくれた。

それをぎゅっと抱きしめてベッドへ倒れ込む。
抱き締めていればさすがにリオン様もこれをベッドの
端に転がすようなことは出来ないだろう。

ふふふ、と微笑んで睡魔に身を任せればシンシアさん
が言う「ユーリ様、上掛けをきちんとかけませんとお風邪
を召しますよ」というお小言もまるで子守唄のように
遠くに聞こえた。

「はい、シンシアさんおやすみなさい・・・」

今日は朝からなかなかいい仕事をしたんじゃない
かな?そう満足してぐっすりと眠りについた。
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