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第十四章 手のひらを太陽に

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深夜にふと目が覚めて、うっすらと半覚醒した状態で
夢うつつのまま、自分の体から何かの力が立ち昇る
ように消えていくのを感じた。

・・・ああこれは、大きい姿から元に戻る時の感覚に
よく似ている。

思い出すのは黒い魔力に覆われたシグウェルさんを
浄化した後にグノーデルさんの力が私から抜けて
いった時のことだ。

あの時の、金色の光が頭上から抜けていく感覚。

そう思いながらまたうとうとと、私は深い眠りの中に
引き込まれていった。

次に意識を取り戻した時にはもう外は明るくなり
始めていて朝だった。

瞼の裏に明るい光を感じながら目を閉じたまま腕の
中に抱えた柔らかなぬいぐるみの感触を楽しむ。

良かった、リオン様に取り上げられることもなく
朝まで抱き締めていられた。

横向きで寝転がったまま頬にそれをぎゅっと押し付け
そのふわふわを堪能する。

はあ、あったかい。ふわふわのモフモフ最高。

ぬいぐるみを抱き締めている体の前だけでなくその
背中までぬくぬくなのは、きっと風邪を引かないよう
心配したシンシアさんが毛布でも追加してくれた
んだろう。

そう思って朝の空気を吸い込めば、嗅ぎ慣れた
リオン様の香水の香りがした。

そういえば昨日会って抱き締められた時も数日ぶりに
嗅ぐその香りに安心したなあ。

なんというか、嗅覚からリオン様に慣らされて
しまっているのかと思うと知らないうちに依存させ
られてしまっているみたいでちょっと怖くなるけど。

目を閉じたままつらつらとそんな事を考えていると
ふいに耳元でリオン様のくぐもったような囁く声が
した。

「おはようユーリ、よく眠れた?」

「ひゃあ!」

ちょうどリオン様のことを考えていたので、驚き
過ぎて声が出てしまった。

「まだそのままでいた方がいいよ。いつもの姿に
戻ってしまっているから、急に起き上がるとぶかぶか
の夜着が脱げてしまうから気を付けて。」

まだ至近距離から聞こえてくるその声は、起き抜け
特有の気だるさが漂っていてほのかな色気を纏って
いる。

話しつづけているリオン様のその言葉と共に自分の
体がぎゅっと抱き締められた感触にハッとした。

横向きで寝ている私はその後ろからしっかりと
ぬいぐるみごとリオン様に抱き込まれていたのだ。

いわゆるバックハグの状態だ。

背中がぬくぬくなのは毛布じゃなくてリオン様の
体温のおかげだった。

「寒くない?もっとくっついてもいいんだよ?」

そんな事を言いながら、私がぬいぐるみを抱き締めて
いるように私自身がぎゅっとされる。

ぬいぐるみを抱き締める私の手にリオン様の手が
重なって抱き締められていた。

「こっ、これ以上くっつく隙間なんかどこにも
ありませんけど⁉︎」

「え?あるよ?」

頬とか足とか。そう言われて後ろから更に頬を
寄せられた。足先にもすり、とリオン様の足が
重ねられて少し冷えていた足の指先に温かな
ぬくもりを感じる。

リオン様と一緒の布団で寝るのは私の結界石が新しく
作り直されて以来だ。

結界石が壊れている間は一緒に眠っていたのでもう
慣れたと思っていたけど、久しぶりだと気恥ずかしさ
がまた元に戻っていた。

多分、後ろのリオン様から見ると私が耳まで真っ赤に
なっているのが見えたんだろう。

「いつまで経っても慣れないあたりがユーリらしくて
かわいいね。」

すり寄せられた頬やうなじに軽く口付けられた。

「朝から過剰接触です!」

「将来を約束した仲ならそんなことはないと思うけど
なあ。」

ふざけたようにじゃれついてくるリオン様を、どう
あしらうべきかと思っていたら扉がノックされた。

「おはようございます、お目覚めでしたらユーリ様の
お着替えのためにシンシアさん達を呼んでもよろしい
でしょうか?」

助かった、エル君だ。

残念、もう終わりか。と肩をすくめたリオン様は
頼むよと声をかけた。

「ユーリは着替えたらエルの案内で人気のない所を
通って他の者達に見られないように、また昨日まで
過ごしていたシェラの部屋に戻ってね。僕の方には
引き続きエルに同行してもらうから。」

「一緒にいなくていいんですか?」

「大きい姿のままだったら癒し子としてまだ一緒に
いられたけど、残念ながら戻ってしまったからね。
そのままだと君は誰だという話になってしまうから
仕方ないよ。」

名残惜しそうにまた後ろからぎゅっと抱き締められ
つつそう言われた。

「昨日の深夜、宴席から戻って来た時にユーリから
金色の光が煙のように立ち昇っては空へ向けて消えて
行くのをみたよ。それはこの宮殿の外からも目撃
できたようだ。夜勤の護衛騎士や僕と同じく宴席帰り
の者達も何人もそれを見ているらしいから、それは
僕の無事を確かめた癒し子がルーシャ国へ戻った証
だってことで話を広めておく予定なんだ。」

そこへ部屋の扉が静かに開いて入ってきたエル君が
水差しや果物の乗ったお皿をテーブルに置きながら
話を引き継いだ。

「その件ですが、早朝シェラザード様に話したところ
早速その方向でさきほどからあちこちで話をしている
ようです。本当にあの方は朝から口がよく回りますね。」

「ユーリが関わる話だと疲れ知らずになるからね、
その点は本当に感心するよ」

私が関わる話どころかその下着を買い求めるために
私自身を熱心に説得しようとしてましたけどね・・・
とはとてもじゃないけどリオン様達には教えられない
のでそれは私の心の中にそっとしまい込んでおく。

「朝食はこちらで取っていかれますか?それとも
あちらのお部屋で?」

エル君に聞かれて答えようとした時に気付く。

「・・・なんか食べたくないです」

「えっ、食欲がないの?ユーリが?」

その言葉にリオン様だけでなくエル君まで目を丸く
して珍しく驚いた。若干失礼な、と思わないでもない
けども、私が食欲がなかったのはヨナスの悪夢で
うなされていた時くらいなので本当に珍しい。

「なんだか頭痛もするような・・・?」

あれ?おかしいな、お腹もむかむかする。

「ユーリ、歩けそうかい?すぐに向こうの部屋に
戻って、出発まで休んでいた方がいいよ?」

歩けそうにないなら僕が運んであげる。リオン様には
そう言われたけど、さすがにそれは悪いので断った。

その代わり、シンシアさんに着替えをさせてもらった
後はエル君にしっかり手を繋いでもらってその手を
引かれながらシェラさんの部屋に戻る。

多少ふらつきながらゆっくり歩いて戻っても人目に
つかない道を選んでもらったおかげか早朝だったせい
なのか、誰にも会わずに部屋まで辿り着けたのは
助かった。



・・・結論から言うとおそらくそれはシグウェルさん
の作ったあの飲み物の副作用とか反作用と言われる
ものじゃないかという話になった。

シェラさんの部屋に戻ってからは自分に回復魔法を
使ったのに全然良くならなかったのだ。

「ユーリ様のお力が効かない病はないと思っており
ました。もし病でないとするならば、直近の出来事
からして考えられるのはお姿が急激に変わったことが
原因かと。」

ふらつく私が少しでも楽なようにと、背もたれのある
椅子に座らせた私の頭に猫耳を作りながらシェラさん
はそう言った。

また一応シェラさんお気に入りの珍獣少女として
ここを離れるために猫耳は必須だったためだ。

「言われてみれば軽い二日酔いみたいな症状にも似て
ますけど・・・」

「魔導士団長の作ったものは完璧なものではなかった
という事ですね。」

それも含めて魔導士団長には報告しておきますと
シェラさんは言った。

どうやらあの飲み物を飲んでからの詳細な変化は全て
シグウェルさんに報告することになっているらしい。

「まだ改良の余地があるってことなんですね。」

ルーシャ国に帰ったらまたシグウェルさんは今回の
ことを元に改良するんだろう。

てことはまた飲まなきゃいけないのがちょっと怖い。

出来ましたよ、と声をかけられて鏡を見ればいつもの
あの猫耳姿でそこにまたベールを被せられた。

少しだけくったりした私は縦抱きでもいつもより
気持ちシェラさんに身を預けるようによりかかれば、
それが嬉しいらしいシェラさんは満面の笑みで私を
抱く手に力が入った。

「船に乗ればユーリ様をこの手から離さなければ
なりませんからね、今のうちにしっかりと堪能して
おきませんと。」

そう、帰りは大河を下る船に乗っての移動だった。

楽しみにしていたのにこんな微妙に調子の悪い状態
だなんて残念だ。

そう思いながらシェラさんに抱かれたまま馬車の待つ
場所へ移動する。

そこには帰国するリオン様とその一行を見送るために
エーリク様始め国の重鎮らしい人達が集っていた。

その中にはフィー殿下とミリアム殿下もいる。

フィー殿下はやっぱり昨日の宴席で使った私の力で
体調が良くなった事にしたらしく、その前日までは
こっそり出歩いていたのをやめて堂々とみんなの前に
姿を現していた。

胸元には一輪の薬花も挿している。

私の姿を見て、パッと明るい顔になったけどいつもの
ようにお姉様、と言うのは我慢してくれた。

かわりに、

「こちらがルーシャの商人が連れている珍しい者
なんですね。」

そう言って握手をしてくれた。それが私達の別れの
挨拶代わりだ。

「また会いましょうね。」

他の人達に聞こえないように小さな声で囁けばそれが
耳に届いたフィー殿下は嬉しそうににっこりと優しげ
な笑顔を見せて頷いてくれる。

その生き生きとした明るい笑顔になってもらう為に
今回はここに来たのだ。

目的通りのフィー殿下の笑顔に私も嬉しくなって
その姿をしっかりと心に刻む。

こうして予想外に長くなった初めての他国訪問は
無事終えることが出来たのだった。




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