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第十四章 追録:白兎は月夜に跳ねる

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バロイ国での煌びやかな晩餐会の席、目の前にコトリ
と置かれたステーキを僕はジッと見た。

隣のリオン殿下に出されたものと瞬時に見比べる。

・・・僕に出されている方はどうやら随分とグレード
を落とした硬そうなものだ。

よく見なくても筋も多い。

「お口に合えば良いのですが」

お皿を置いた給仕はにこりと微笑んで大袈裟なほど
丁寧なお辞儀をした。

その目の奥が笑っていないのはベール越しでも
よく分かる。

まあ、剣としての訓練中はその一環として何の肉か
よく分からない得体の知れない物や腐りかけた物を
食べさせられたりしたこともあるし、それに比べれば
どうって事もない。

むしろこれを出されたのがユーリ様じゃなく僕で
良かった。

ユーリ様だったらどうすればいいか困惑した挙句
無理やり食べて喉を詰まらせていたかも知れない。

そう思いながらナイフとフォークに手を伸ばせば、
今度はそのどちらも先が僅かに丸まっていてとても
じゃないけど使い物にならない事に気が付いた。

・・・ふーん、そうか、こんな事までするんだ。

随分と念入りな嫌がらせだ。

僕の隣、リオン殿下の向こう隣でバロイ国の皇太子
殿下を押しのけて陣取っているこの国の第二殿下
・・・見た目だけはとても綺麗なその人が、僕の手が
ぴたりと止まっているのを見て目を細めたのがよく
分かった。

これがもしユーリ様だったら、食べられないのに
気付いたリオン殿下は嬉々として人目も憚らずに
その口へ食べ物を運んであげていただろうから
逆効果だと思うんだけど。

どうしようかな、と考えた結果するりと極細の糸を
服の裾から出してバロイ国側の出席者の物とこっそり
入れ替えた。

これで良し。そのまま平然と食べ始めれば、バロイ国
のテーブルの一角でなんだこのナイフは、別の物を
持ってこい!と言う怒号が聞こえてきて慌てて給仕が
飛んで行ったのが見えた。

第二殿下の周りに控えている侍女達も僅かに動揺して
互いにそっと目配せしている。

・・・バロイ国の使者がモリー公国へ移動中の
リオン殿下一行に目通りをして自国へ立ち寄る事を
提案して来たのは昨日のことだ。

提案を受けてすぐに、前もって決めていた通り僕が
ユーリ様に成り代わりリオン殿下へ同行した。

その隙にシェラザード様一行はユーリ様を伴って
モリー公国へ入り薬花と王子殿下を診る算段に
なっている。

バロイ国へ着いた昨日は様子見なのか特にこれと
言った嫌がらせもなかった。

ただし『一応僕の気に入りの少女って位置付けだから
今だけ我慢してくれる?この様子を見た彼らの反応を
知りたいから』と言ったリオン殿下が僕をユーリ様の
ように縦抱きにして馬車から降りた時の周囲の鋭い
視線と言ったらなかった。

その後の皇太子殿下や第二殿下を交えたバロイ国王
との会談は彼らの関係性が見て取れて中々興味深い
ものだったと話すリオン殿下に、そんなものなのかと
思っただけだったけど。

今日の昼間、皇太子殿下と話すためリオン殿下が
不在にした間に僕宛てに届いた花束から嫌がらせは
始まった。

歓迎の証ですと渡されたそれは、ルーシャ国では
あまり見ないがその花粉に触れれば肌がかぶれたり
赤く腫れ上がるから気を付けなければいけない種類の
ものだった。

もしこれを、無邪気にも花の香りを嗅ごうとした
ユーリ様が顔を近付けて思い切り吸い込んでいたら
どうなっていたことか。

そうかと思えばドレス用の布地を求めたシンシアさん
に手触りが悪い上に厚みのある縫いにくい物を渡して
きたり、お茶っ葉を希望したマリーさんに古い茶葉を
渡したりと地味な嫌がらせをして来た。

一つ一つは子どもじみた他愛もないものだけど、
それがいくつも何度も繰り返されれば気の休まる
暇もないだろう。

どうもこの国のお姫様・・・第二殿下はリオン殿下
の気を惹きたいがために同行者である僕が嫌がらせ
に疲れて殿下と別行動で部屋におとなしく引っ込んで
いてくれるのを望んでいるようだった。

第二殿下は皇太子殿下と権力争いをしているらしい
から、ルーシャ国では継承順位が下にあるため国を
出ても問題ないだろうと踏んでリオン殿下を自分の
伴侶に迎えルーシャ国と繋ぎを作りたいみたいだ。

今日の晩餐会も、どんな手を使ったのか知らないけど
本来なら皇太子殿下の座るべき席にちゃっかり座り
リオン殿下にしなだれかかっている。

胸と背中が大きく開いた薄手のドレスで会話の最中も
無意味に殿下に触れたりしている。

目鼻立ちもはっきりとした、身体つきも女性らしく
妖艶な、それなりに美しい姫君だけど・・・

ユーリ様ひとすじのリオン殿下には何の意味もない
だろう。

むしろあんな風に媚びた態度を取るほどユーリ様との
差が際立って愛想を尽かされるんじゃないかな。

リオン殿下の顔をそっと盗み見れば、その顔に浮かぶ
笑顔はふんわりと優しげだけどユーリ様にいつも
向けているものとは全然違う。

心なしかあの青い瞳もいつもより冷たい光を宿して
いるような気がする。

ユーリ様に会いたいとか思っているのだろうか?

それにもしかするとさっき僕が食器を入れ替えたのに
動揺した第二殿下の侍女達を見て、何か気付いた
のかも知れない。

殿下の顔を盗み見ながらそんな事を考えていたら、
自分の前にまたコトリと皿が置かれた音にハッと
する。

「デザートでございます」

さっきの嫌がらせが何の効果もないから諦めたのか、
今度は普通のものが出て来た。

クリームがたっぷり乗って何層にも生地が重なった
パイの間にはフルーツがいくつも挟み込まれている。

すごく甘そうだ。僕はこんなに甘そうな物は好きじゃ
ないけど、でも・・・。

ユーリ様ならきっと目を輝かせて喜んだだろう。

『すっごくおいしいです!エル君も早く食べてみて
下さい!あ、口に合わなかったら私が貰ってもいい
ですよ⁉︎』

フォークを片手にそう言って僕が食べた後の反応を
うきうきして待つんだろうな。

そう思ったら自然と口が笑みを浮かべた。

「どうかした?」

そんな僕の様子にリオン殿下が気付いて声を掛けて
くる。

「いえ、ユーリ様の好きそうなものだなと思って。
ユーリ様に会いたいです。」

まだ離れてからたった二日しか経っていないのに。
それなのに、自然とそんな言葉が口から溢れた。

そんな僕に殿下は一瞬目を丸くしたけど、すぐに

「そうだね。ユーリにも食べさせてあげたいなあ。
・・・今頃どうしているんだろうね?」

僕と同じようにこのお菓子を口にして喜ぶユーリ様
を思い浮かべたのか、ふわりと優しい微笑みを
浮かべた。

さっきまで第二殿下に見せていた微笑みと似ては
いるけど全然違う表情だ。

そんな僕らのやり取りに、何を話しているかまでは
聞こえていないものの入り込めない空気感のような
ものを感じたのかリオン殿下の向こう側で第二殿下が
きつい表情で僕を睨んでいるのが見えた。

・・・さて、次はどんな嫌がらせをしてくるの
だろう?

そう思っていたら翌日の朝、僕の履き物には毒虫が
入っていた。

かさこそ言う音を僕は聞き逃さないけど普通の人
だったらそうはいかない。

知らずに足を入れれば噛まれて腫れ上がり高熱に
うなされただろう。

数日の間は歩く事はおろかベッドから降りることも
ままならなかったはずだ。

なるほどこれは数日間リオン殿下をバロイ国に足止め
出来るし毒で歩けなければ殿下と離れて行動せざる
を得ない。

なかなかいい手だ。ぜひお返ししよう。

小瓶に毒虫を入れて観察して、それがこの地方に
よくいる夜に活動する虫なことを確認する。

シンシアさん達が見つけると大騒ぎになるので
夜までそれを見つからない所へそっと隠した。

深夜、外へ出て同じ虫を集めてこようとリオン殿下
へ一応許可を取る。すると

「第二殿下の部屋に置いてくるのかい?それなら
ついでに部屋を少し探って来てくれるかな。どうも
モリー公国の公子殿下の体調不良にも関わっていそう
なんだよね。毒虫や毒に精通しているなら何か出て
くるかも知れない。」

殿下はそう言って、シェラザード様一行とやり取り
している魔導士院謹製の魔法で転送できる便箋を
見せてくれた。

モリー公国でも何か起きているらしい。

「ユーリ様はご無事なんでしょうか。」

「そこはほら、シェラがいるから。彼がいれば必要
以上に今頃ユーリは過保護に甘やかされているはず
だよ。」

むしろユーリは無事どころか困っているかもね、と
殿下は笑っていた。

それはそれで心配だ。

「ユーリ様達の手助けになるかも知れない情報が
手に入ればありがたいですけど。それでは行って
きます。」

ぺこりと頭を下げて窓から身を踊らせる。

木の枝を利用して僕達のいる場所とは別の塔へと
飛び移りその壁の隙間に身を潜ませ夜空を見上げる。

猫の爪か神経質な女の人の爪みたいに鋭く尖った
三日月がそこには静かに浮かんでいた。

あと数日で新月だ。それに向けて欠けていくだけの
三日月は少し暗い色でバロイ国を探るにはちょうど
良い。

「まずは毒虫。瓶いっぱいに出来るといいけど。」

懐に忍ばせた瓶を割れないようにしっかりと包み直し
僕は壁の間からまた身を踊らせて王宮の中から外へと
広がる森林へ跳び入った。



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