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第十四章 追録:白兎は月夜に跳ねる

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広大な森林を駆け回って虫を捕まえなければいけない
と思っていたら、樹木の蜜をエサにした虫捕り用の
仕掛けが密かにあちこちに設置されていた。

なるほど、あの毒虫はこうやって集めたのか。

仕掛けの数からして、僕一人に対しての嫌がらせの
ために集めただけでなく他にも利用していそうだ。

毒虫そのものではなく、虫から毒だけを抽出すれば
他にも使い道はあるんだろう。

探す手間が省けた毒虫を瓶いっぱいに詰め込んで
王宮を見上げる。

事前に第二殿下の宮殿や護衛の数、その交代の時間も
下調べ済みだ。

とんとん、とリズム良く樹木から城壁、バルコニー
から窓へと跳ぶ。

バロイ国やその周辺は魔物の数が少ないと聞いて
いる。

だから魔物の襲撃を恐れる心配がないからなのか
南国地方特有のおおらかさなのか、夜でも宮殿の
高所は大きく窓が開け放たれている場所も多い。

しかも、この周辺国の中ではバロイが一番歴史ある
大きな国だ。そのため他国から襲われるなど微塵も
心配していないらしく防御も緩い。

「潜入しやす過ぎて逆に不安になるなあ」

あっさりと誰にも見つかる事なく第二殿下の寝所まで
辿り着いてしまった。

他の場所と同じく開け放たれた窓から中へ入る。
室内には護衛も誰もいない。

ぐるりと辺りを見渡せば執務室みたいな作りだ。

確か第二殿下の部屋は執務用の部屋に侍女の控室、
ドレスルームに個人的な私室があってその一番奥が
寝室だ。

この時間ならもうこの部屋の主は眠っているの
だろうか?

侍女の控室の様子を伺えば、そちらも誰の気配も
しない。どうやら本当に誰もいないらしい。

その控室は仮眠場所も兼ねていて、必ず誰か一人は
ここで朝まで休息を取るはずなのに人払いがされて
いる・・・?

ふうん。と首を傾げれば、奥の私室の方からうっすら
明かりがもれて来ていた。

そちらに向かう前にドレスルームに寄って靴だけが
綺麗に収められているクローゼットみたいなところの
扉を開ける。

そして瓶から緩く折った紙箱の中へと集めた毒虫達を
移した。

これで良し。朝までに虫達は動き回って緩んだ紙箱の
隙間から這い出て来るとこのクローゼットの中
いっぱいに広がっているだろう。

第二殿下と一緒にグルになって嫌がらせをしてきた
侍女の誰かは翌朝必ずここを開ける。

靴を出そうとするその時が見ものだ。

当然こんな騒ぎになりそうな事をするんだから
リオン殿下には集めた毒虫をどうするかの了承も
得ている。

肌のかぶれる花束から毒虫までの一連の嫌がらせを
報告したら、さすがに殿下の周りの温度が下がった
ような気がした。

まるでデクラスの町の傭兵達がユーリ様の悪口を
言った時みたいな冴え冴えとした冷たい光をあの
綺麗な青い瞳に浮かべて微笑み、僕のやることに
許可を出してくれたのだ。

『エルが一人であまりにもうまく対処していたから
僕としたことが全く気付いていなかったよ。もし
これがユーリだったらと思うと身を切られる思いだ』

そう。いくらユーリ様が癒しの力を持っていてどんな
病気や怪我を治せるからと言っても、それが怖い思い
や痛い思いをしていい理由にはならない。

本当は靴箱の中に毒虫を放つだけなんて手ぬるいと
思う。だけど相手は王族だし、加減が難しい。

・・・でもこれがシェラザード様の耳に入れば、
またあの人はすぐにでも飛んで来て手足の一つも
切り落としちゃうんだろうなあ。

ユーリ様が絡んだ時の、あの心の赴くままに行動
しようとするある意味での自由さは凄いと思う。

キリウ小隊なんていう国を背負う騎士達の隊長を
しているのに。

そんな事を思いながら、明かりのもれている方へ
そっと近付いた。

「・・・そう、相変わらず公子は寝込んでいるの。」

第二殿下だ。

「はい。ベッドから起き上がれる時間も減ってきて
いるようです。食事も固形物はあまり喉を通らず
柔らかい物やスープが主だとか。ただ、食事の際は
先日よりあちらに滞在中のミリアム殿下が必ず側で
毒味をしているそうでこれでは・・・」

くぐもった男の声も聞こえる。話の中身からして
モリー公国に忍び込ませている間者からの報告の
ようだ。

殿下のクスクス笑う声が聞こえた。

「呆れた弟だこと。末席ながら仮にもバロイの王族
ともあろう者が護衛騎士きどり?しかもモリー公国
などと言う弱小国のために。それなら望み通り護衛
らしく役目を全うさせてやろうかしら。」

「殿下、さすがにミリアム様にまで毒を盛るのは」

配下らしい別の男の慌てた声がする。対して殿下は
それをハッ、と鼻で笑った声がした。

リオン殿下に見せる顔とはまるで違う、僕をきつく
睨みつけていたあの表情が目に浮かぶようだ。

「そもそもあの子がモリーの公子達を見舞いに行き、
毒に気付いて兄から解毒薬を取り寄せたせいで面倒な
話になったのよ。おかげでもうバロイの毒は使えない
から、こうして遠くメイスと取引してまであの子の
知識にはない物を使わなければならなくなったという
のに。」

メイス。西の砂漠にある国だ。僕達とは着る物から
食べる物までまるで違う、あまり交流がない国だけど
そんなに遠くから仕入れた毒をモリー公国の公子殿下
に使っているなんて。

確かに、そんな遠い国の毒薬なら知っている人達は
少ないだろう。

それにしてもそんな遠い国の毒まで知っていて扱える
なんて第二殿下は思った以上に危険な人なのかも
知れない。

彼女に対する認識を少し改めた。

もしそれをこの国の皇太子殿下や敵対勢力に使い
出したら大変なことになる。

もしかすると、今はまずモリー公国でその効果を
試している段階なんだろうか。

公国の後継者が完全に途絶えたらあそこはバロイに
取り込まれるかも知れない。

そうして自分の勢力を広げて、メイスも味方に付けて
から確実に王位を取りに行くつもりだろうか。

「それから、本日モリー公国へルーシャ国からの
商人一行が到着したそうです。」

男の報告にはっとする。そうだ、リオン殿下に手紙も
届いていたしユーリ様達が着いたんだった。

「私達が取りこぼした連中ね。そちらに不審な点は
ないの?万が一、公子を治療出来そうな医官や魔導士
の類いが同行していたらさらに面倒だわ。」

「それはないようです。見たところ、皆商人達の
ようで護衛騎士すらついていないようでした。」

「では魔導士を経由して転移魔法で本国からもっと
魔力の高い魔導士を呼ばれて治療されたり、万が一
癒し子が現れる可能性もないと?ルーシャ国には
国中の全魔導士の魔力を奪えるほどの、大魔導士と
言っても過言ではないほどの手練れがいると聞いて
いるわ。」

あ、魔導士団長の話が出た。まさかこんなところで
その話が出ると思わなかったけど、あの大それた
実験がすごい功績みたいに伝わってしまっている。

噂って怖いなあ・・・と思いながら話の続きに耳を
傾けた。

「魔導士が同行していなければこちら側から転移魔法
を使うための道も開けませんから大丈夫でしょう。
ただ・・・」

間者の男は何かを伝えるのを迷い、言い淀んだ。

「何よ?何か気になることでも?」

「一点だけ変わったところといえば、ルーシャ国の
商人達の頭領らしい男が見たことのないものを連れて
おりまして。」

シェラザード様のことだ。でもそんな珍しい物、
何か持っていたかな。それともまた何かユーリ様の
ために手に入れたんだろうか。

そう思っていた僕は次の言葉に耳を疑った。

「見た目は黒髪の小柄な少女なのですが頭に何かの
動物らしい・・・言うなれば猫のような耳が生えた
者を連れておりました。随分と気に入っているようで
抱き上げたまま一度も手から離そうともせず」

「何なのそれは。人間じゃないの?」

「それが、顔はベールに覆われていて見えません
でした。もしかすると頭が人の形をしていないのか、
人外の醜さで隠しているのかも知れません。
モリー公国の者達は魔物と人間の合いの子ではないか
と噂しておりましたが・・・」

・・・まさかユーリ様が魔物に間違えられている?
猫のような耳っていうことは、きっとシェラザード様
がユーリ様をあのかわいい猫耳の髪型にしたんだと
思うけど・・・。

これはリオン殿下に報告するべきことなんだろうか。
珍しく僕は困ってしまった。
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