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第十五章 レニとユーリの神隠し

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お前はユーリにくっつき過ぎだ!次の休憩の時は
自分がお前の馬に乗る!とレニ様はキリウさんに
向かって騒いだけど、私としてはルーシャ国の大事な
王族のレニ様は勇者様と一緒にいてもらう方が安全で
安心できる。

「レニ様、尊敬する勇者様と一緒の馬なんだから
いいじゃないですか。みんなに自慢できますよ?」

そう宥めれば私の後ろのキリウさんも感心する。

「さっきから思ってたけど、イスラハーンまでオレや
レンのやってる事って話が届いてるんだね?いやー
良かったなレン、あっちこっち駆け回って寝る間も
惜しんで魔物退治に精を出した甲斐があったな!」

「でもまだまだですよ。人間の住める範囲はそんなに
増えてないし、土地は痩せてるし。せめてみんなが
もうちょっと魔獣のおいしさに気付いてくれれば
食料事情くらいは良く出来るんだけどなあ・・・」

小麦の生産が増えてくれればパスタとかパイ生地とか
パンとかもっといっぱい作りたい、コロッケパンとか
焼きそばパン食べたい!とレンさんは呟いている。

牛と羊もまだまだ少ないからバターもチーズも
足りないんですよ、カルボナーラやピザはいつ
食べられるようになるのかな・・・と遠い目をして
たそがれている様子は食べ物のことを考えていると
知らなければちょっとカッコ良くさえ見える。

もしかして勇者様の行動原理は食欲なんだろうか。
もしここにエル君がいたら冷たい目で見られること
確定だ。

「いやいや、いくら食料が必要だからっていっても
倒した魔獣を片っ端から料理して食っていくのは
どうかと思うよ?もうちょっとこう、世間一般の
勇者様とか召喚者のイメージってものを考えて欲しい
よね?オレんちがレンのイメージを保つための工作を
するのにどれだけ苦労してか分かる?」

「えっ、俺はてっきりキリウさんはちゃんと俺の
魔獣料理レシピを記録してくれてるとばかり思って
たんですけど⁉︎王都に帰って落ち着いた頃にレシピ本
を出版してくれるんですよね⁉︎」

「出版したところで誰がそんな気持ち悪い本を買う
のよ・・・。オレが記録してんのはレンの戦闘と
辺境探査の記録だよ、食ったもんの記録も一応私信と
しては残してるけど公表はしないからな。」

そんな・・・楽しみにしてたのに、とレンさんは
ショックを受けている。

心なしかレンさんの馬の歩みが落ちた。

自分の魔獣料理の本が出版されないのがそんなに
ショックなのかな。

「ミミックワームの料理とか、結構食べるのに勇気が
いったけどおいしかったからみんなにもぜひ知って
欲しかったのに・・・。トゲトカゲの捕まえ方も絶対
ためになるはずなのに・・・。」

まだそんな事を言っている。それを聞いたキリウさん


「いやレン君?ミミックワームなんてあんなお化け
ミミズの料理レシピを知りたい人なんて誰もいない
からね?逆にドン引かれるよ?ていうかあの時は
オレも普通に引いてたから。料理の腕はあるのに
選ぶ食材がゲテモノ寄りって言うかセンスがない
んだよなあ・・・」

そんな本出せるわけないでしょ、出したところで
禁書か発禁処分だよ!とレンさんの馬に並んで
そう話している。

ミミックワームは図鑑で見た。ニシキヘビくらい
大きくて赤いミミズだ。口の中にはギザギザの歯が
いっぱい並んでいて、湿った沼地の泥の中に潜んで
いては通りすがりの人の足にそのギザギザの歯で
ガブリと噛みついてくるらしい。

実物は見た事はない。図鑑で見ただけだけど、その
ギザギザの歯が並んだ赤くてぬめったようなミミズの
イラストは気持ち悪かった。

それなのに、あれを食べた?

「え・・・ウソですよね?あんな気持ち悪いものを
食べたんですか?それにトゲトカゲも毒があるのに
食べられるんですか?」

思わずつい聞いてしまった。ダーヴィゼルドの山中
では、トゲトカゲの毒毛の攻撃にすごく苦労した。

まさかあれも食べられるなんて。ヒルダ様もそんな
ことは言ってなかったはずだ。

するとレンさんの顔がぱあっと輝いた。

「そうなんだよ!トゲトカゲは毒があるし可食部は
少ないんだけど、その少ない可食部がすごくおいしい
んだ!あいつらって毒毛を飛ばす時には必ず地面に
踏ん張るでしょ?そこに雷魔法を流して気絶させて
からこう毒毛をね・・・!」

まるで同士を見つけたかのように嬉々としてトカゲの
捕まえ方から料理の仕方までを教えてくれようとした
レンさんを並べた馬から手を伸ばしたキリウさんが
その口をおさえて黙らせた。

「やめてくんない⁉︎ユーリちゃんがゲテモノ魔物料理
に興味を持ったらどうすんの?新婚生活の食卓が
ミミズだのトカゲ料理しか並ばなくなったら結婚即
離婚の危機だから!」

「まだそんな妄想の話をしてるんですか?結婚は
しないって言いましたよね?」

「言われてるうちに段々としたくなってくるから
大丈夫!」

呆れた私に、並行して走る隣の馬に乗るレンさんの
口をおさえたままで後ろから顔を覗き込んできた
キリウさんはウインクをする。

器用な人だ。そしてメンタルが強い。その時だ。

「んんーっ?むぅ、んむっ・・・‼︎」

私の方を見たまま口をおさえられているレンさんが
必死に何かを言っている。

「おいお前、勇者様が何か言ってるだろ!その手を
離せよ、あとユーリのことも見過ぎだから‼︎」

レニ様の抗議にあー、とキリウさんは姿勢を元に
戻してレンさんの顔から手を離した。

「ふざけ過ぎた?悪い悪い、でもこれくらい大丈夫
だろ?」

「・・・っ、はぁっ、俺達だけじゃないんですよ?
子どももいるのにもし何かあったらどうするんです⁉︎
良かった、気付いてないのかと思った・・・‼︎」

良く分からないやり取りをしながら二人はぴたりと
馬の歩みを止めた。

「・・・?どうしたんですか、行かないんですか?
それとも休憩ですか?」

「んー、まあね。」

不思議に思っていると、キリウさんが馬から降りる。

そしてそのままその辺に落ちていた木の枝を拾うと、
おもむろに私達を囲むようにガリガリと円を描き
だした。

円を描き終わると、木の枝はそのままざくりと地面に
突き刺してキリウさんはそれに手をかざす。

するとその枝は淡く光りあっという間に一本の木に
成長してしまった。

すごい、私の使う豊穣の力にも引けを取らない。

植物の成長を促したりする魔法は花を一つ咲かせる
ことさえ普通は大変だって聞いた。

それなのに、なんてことはないようにキリウさんは
やってのけている。

目を丸くした私がまだ乗ったままの馬と、レニ様の
乗っている馬の二頭がその木に結ばれた。

いつの間にかレンさんも馬から降りていて、準備運動
をするみたいに体を伸ばしたりひねったりしている。

「ユーリちゃん達はこの円の中から出ないでね。
一応結界も張ったから、ここから出さえしなければ
安全だよ。」

そう言ったキリウさんがまたパチリとウインクした。

「一体何の話ですか?」

不思議に思えば、遠くを見たままレンさんが言う。

「魔物が来るよ。俺とキリウさんで片付けるから、
二人とも絶対にここから出ないでね。」

「えっ⁉︎」

慌てて私やレニ様もレンさんの見ている方を見た。

だけど目の前に広がっているのはただの広大な荒れ地
だけだ。

「ユーリ、お前、魔物の気配とか感じるか・・・?」

俺は全然わかんない、とレニ様が呟く。

私も分からない。そもそもそんな気配を感じ取れる
ように私の魔力は出来ていないのだ。

「どう、キリウさん。食べられそうな奴はいるかな」

レンさんの言葉にキリウさんはガックリと肩を
落としている。

「そっちかよ!・・・残念ながら多分いない。空から
感じる気配はお前の嫌いなハーピーだし、駆けて
くるのは・・・炎狼だなあれは。どっちもヨナスの
力で強化されてそうだ。」

「しつこいなあ。町から離して全部倒したつもり
だったけど、取りこぼしてた分につけられていた
のかな?」

さえぎるもののない場所でオレ達を囲んで
一気に仕留めようと機会を狙ってたのかもな。」

二人のやり取りから察するに、魔石鉱山への道中
どこかの町を魔物から救ったはずがその残党に
つけ狙われていたらしい。

「今からここに魔物が来るんですか⁉︎」

周りはどこにも隠れる場所のない平坦な荒れ地だ。

もし魔物の数が多くて囲まれたら手に負えないんじゃ
ないだろうか。

顔色を失った私とレニ様を見たレンさんとキリウさん
はにっこりと笑った。

「すぐ終わるから大丈夫。怖かったら目を瞑って
しゃがんでるといいよ。炎狼もハーピーも食べるのは
おすすめ出来ないからご馳走できないのが残念だな」

「ユーリちゃん、オレの剣技と魔法、どっちが
見たい?どっちもカッコいいよ?惚れ直すよ?」

呑気に二人ともお互いの性格がよく分かるセリフを
私達に言うものだから、なんだか体の力が抜ける。

「・・・ここでちゃんと待ってますから。
よろしくお願いします。」

気負わない二人には、そんな事くらいしか私が掛ける
言葉はないのだった。


















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